2012年2月3日、東京テクニカルカレッジ(TTC)にてバイオカフェを開きました。お話は農業生物資源研究所 植物・微生物間相互作用研究ユニットの光原一朗さんによる「意外としたたかな植物〜植物のストレス応答の仕組み解明と応用への試み」でした。
「参加者の皆さんに植物にもっと興味を持ってもらいたい」と光原さんが実験用の小さなトマトや普段あまり見ることのないタバコの花や葉、ジャスモン酸などのサンプルを持参してくださいました。お話の後にみんなで病気と闘っているタバコの葉を観察したり、ジャスモン酸のお花のような甘い香りを嗅いだり、お話を聞くだけでなく、簡単な体験もできるバイオカフェとなりました。
手にタバコを持ってお話する光原さん | 和やかな観察タイム |
植物の見えない反応
私が働いている研究所はつくば市内でも自然が多く残るワイルドな環境で、昔は飛行場だったところ。メインの通りは桜並木なので花見の時期はきれい。
私は20年近く植物の病気、タバコモザイクウイルス(TMV)と植物のタバコの相互作用について、特に遺伝子レベルでタバコがどのように反応しているのか、また植物が自己防御のためにどのようにウイルスを自分の体の中に封じ込めようとするのか、ということに興味を持って研究をしてきた。今回は、虫に対する植物の反応、普段は目に見えないものを目に見えるようにして紹介する。本当は植物の細胞の中ではたくさんの反応が起こっていて紹介していたらきりがないので、その一部を選んで紹介する。
これはTMVにやられたタバコの葉には斑点ができる。これは侵入してきたウイルスをやっつけるための防御反応であり、細胞が自から自殺することでウイルスを封じ込め、それ以上被害を広げないようにしている。今日は実験に使っているタバコとマイクロトム、トマトでも実験用の小さいトマトの苗を持ってきた。虫を使う実験をする場合、タバコには虫が付きにくいので実験にはマイクロトムを使っている。
私たちの研究所のミッションの1つは植物バイオ。たとえば、遺伝子組換え技術によって植物に組込ませた外来遺伝子よりたくさんが働くようなベクター(外来遺伝子を細胞に取り込ませる際に使うDNA分子で、運び屋と呼ばれている)の研究もしている。たとえば青いバラにも私たちの研究成果が利用されていて、(サントリーが同定した)花の色を青くするために遺伝子がより沢山働いて花をより青くするために私達のベクターが使われている。これは自分たちにとっては、とても誉れ高い。
ウイルス病にかかったタバコの穂。 右は葉の根元に湿布薬が巻いてある |
「こんな風に植物を切ると、植物は痛いのでしょうか |
植物の“痛い!”
動物ならば傷つけたら激しく反応するのでわかるけれど、植物は見た目ではわからないので、遺伝子に聞いてみる。ストレスを受けたら関係する遺伝子が発現するはず。今日のお話で“遺伝子が発現している”というのは、植物が反応していること、と思ってほしい。
たとえば、WIPKという遺伝子は傷ついたり病気になったりしたときに、発現する遺伝子。この遺伝子発現を調べたところ、傷つけてから1分後というとても速い時間で反応が見られた。さらに、同じ植物の別の葉でも遺伝子レベルでの反応が1分程度で起こっていた。人間の“痛い”は神経を通ってミリ秒単位で脳に信号が伝わって感じるが、刺激を受けた部分での遺伝子発現はそのあとに起こる。それと比べると、植物が痛いと感じて1分後に遺伝子レベルでの反応が始まるのはとても速い。
では、痛い、とはどういうことか?植物が体を切られたり、ちぎられたり、かじられたりして痛がると、傷口を塞いだり、わき芽を出したりして失った機能を取り戻そうとするし、それ以上被害を受けないように働く。動物なら逃げたり、闘ったりすればいいけれど、植物は逃げられない。病気にかかった時も、病原菌の侵入や虫の攻撃を感知して、その情報伝達が物質を介しておこると抵抗性が出てくる。実は見た目にはわからないけれど、植物は闘っている。
たとえば、タバコは虫にかじられると毒物のニコチンを作ったり、消化阻害物質を作って消化不良を起こさせたり、細胞壁をかたくして食べにくくしたり、活性酸素を作ったり、いろいろな方法で抵抗している。痛みのシグナル(情報)は遺伝子からタンパク質を作らせたり、タンパク質にリン酸基を付けたり外したりするが、この情報伝達ができなくなったら、虫に食べられやすくなる。ということは、自己防御するには情報伝達が必要。シグナル伝達が阻害された葉は、ふつうの葉よりも害虫にどんどん食べられて害虫は大きくなるが、シグナル伝達を強化させた葉はあまり食べられず、害虫も大きくなれない。ニコチンは猛毒でタバコの葉半分ぐらいで人間の致死量になる。また、病気にかかった時の斑点は自己防御で細胞が死ねばウイルスも増えられなくなり、死ぬ。病気が感染した時に抵抗性がないと全身病気になってしまうが、抵抗性を持っていると、一枚の葉だけで被害を食い止めることもできる。病気に強くなる、ということは、免疫を持つのに似ている。
シグナル伝達をする物質
植物は病原菌が侵入してきた、あるいは虫に食われたのがわかると抵抗性遺伝子が働き、サリチル酸を作らせる伝達経路と、ジャスモン酸やエチレンを作らせる経路の2つを持っている。そもそも、病原菌にも、感染した細胞を生かしておいて栄養をもらうものと、まず細胞を殺して死んだ細胞を栄養源にするものと2種類ある。TMVの様な生きた細胞に寄生する病原体にたいして防衛しようとする場合は、サリチル酸を作る経路が働く。虫にかじられると抗菌性物質や活性酸素、アルカロイド系毒物を作って抵抗しようとするが、その時にはジャスモン酸やエチレンが作られる経路が働く。大雑把にいうと、病気になったと思うとサリチル酸が、虫に食われたと思うとジャスモン酸をつくる。
サリチル酸はサロンパスなどの湿布薬などによく入っている物質。ジャスモン酸はジャスミン 花の匂いのような香りがする。これもサンプルを持ってきたので後で匂いを嗅いでみて。ハモグリバエはトマトやウリ科の植物の葉ではよくみられる。葉の表皮と表皮の間を食べて成長し、蛹になる時に葉から出てきて地面に落ちるような昆虫。
では、本当にこれらの物質が虫や病気に対する抵抗性を誘導できるか?たとえばハモグリバエに食べられた時。葉にジャスモン酸をかけると食べられにくくなるが、サリチル酸をかけても食べられてしまう。病原菌のTMVにはサリチル酸をかけると効果がある。今日持ってきた葉にも切り口のところを湿布薬で巻いていると病斑が大きくならないのがわかると思う。今日は痛がっているのを、遺伝子発現を目で見えるようにしたものを持ってきた。ジャスモン酸を作る遺伝子、あるいはサリチル酸を作る遺伝子が働くと青く見えるようにしたタバコの葉を切り抜いて、サリチル酸やジャスモン酸で処理してみるとそれぞれが働くが、両方同時に処理するとどちらの遺伝子も働かない、サリチル酸とジャスモン酸は仲が悪い。
次に虫に食べられると必ずジャスモン酸を作るのか?実は例外がある。ハスモンヨトウという蛾の幼虫に食べさせるとジャスモン酸が出てくる。しかし、ハダニに食べられた時はサリチル酸が増えていることが分かった。植物は痛がっていないのか、ダニを撃退するのはジャスモン酸なのにどうしてサリチル酸を作るのか?実はサリチル酸を作ると、肉食ハダニが来てハダニが食べられることがわかっている。植物側が戦略的に肉食ハダニを誘っているのか、それとも肉食ハダニが来るリスクを冒しつつも、ハダニが食事をしたいので毒を作らせるシグナルのジャスモン酸を作らせないために植物をだましてサリチル酸を作らせているのか、どちらなのかはわからない。これについては「植物、草食害虫、肉食虫」の3者の関係を調べている研究室が別に沢山あっていろいろ面白いことが分かってきている。
先ほどのハモグリバエの場合も実は植物はサリチル酸ができているかの様な遺伝子は発現応答をしている。サリチル酸で誘導される遺伝子が働いている(=病気になっている様な反応をしている)、けれど実はサリチル酸そのものは作られていない。植物はジャスモン酸で抵抗したいのに サリチル酸を作らせるとハチがハモグリバエの幼虫に産卵にやってきてしまう。そこで、サリチル酸以外でジャスモン酸を抑える方法(物質)をハモグリバエが持っているのではないかと思うけれど、それが何かは見つかっていない。
実用化に向けて
情報伝達を強化すると虫に強くなる、シグナル物質はいくつかあるはず。たとえばナス科の青枯れ病はサリチル酸もジャスモン酸も効かず、防除の方法がない。この病気に酵母抽出液が効果があることがわかり、抗菌物質ではないが、効果のある物質が見つかってきた。
病気や害虫に強い=抵抗性を強くすることは、農業を低コスト・低環境負荷にできる。たとえば、植物の病気に対する抵抗性をあらかじめ強くしてやれば病気にかかりにくくなる。そうすることで農薬の散布量を減らすことができる。また、こういう方法なら、作物を食べる虫(つまり害虫)にしか効果が無いので、それ以外の生物を殺さずに農業ができる。これは低環境負荷につながるだろう。
- 植物の種類や病気によって、サリチル酸が効くものと効かないものとがあるのか?→植物には大体効く。イネのいもち病に効く農薬、BTHはサリチル酸誘導体で、今すでに販売され、使用されている。
- WIPK遺伝子が1分後に働いているのはどうやって確認するの?→傷つけてから1分後の葉をとってすぐに液体窒素で凍結し、遺伝子発現をとめてしまう。その後解析する。
過敏感反応(HR)はいつ起きるのか→自分たちの系では誘導後およそ8時間後に起きる。一般的には接種後48時間以内に起るといわれています。 - 植物目線、虫目線の話が面白かった。動物の免疫に似ていると思う。TMV感染後、全身の抵抗性には特異性があるのか。→一般的には全身に誘導される抵抗性には特異性はなく、別に病気に対する抵抗性も誘導されるといわれている。ただし細かくみてみるとある程度の特異性はあるようだ。TMV感染時と、他の病気でサリチル酸ができて、あるタンパク質が誘導される仕組みは同じ。誘導されるタンパク質には種類がある。WIPKは切っても、病気でも誘導された。
- WIPKとサリチルサンとジャスモン酸の関係は?→WIPKはジャスモン酸を誘導する。
- 動物は痛いと思うが、植物は神経がないのに、どうして伝達するのか→WIPKを全身で誘導する情報伝達の本体はわかっていない。ただ、反応がとても早いことを考えると、電気刺激ないし浸透圧変化が刺激をつたえているのかもしれない。植物にも秒単位で電気刺激がいくという話はある。体を切られると維管束の内部圧力が急変する。培養細胞に浸透圧ショックを与えると反応があるので、それが信号となるのではないか。
- 紫外線への反応は→紫外線に対して自己防御を誘導する。紫外線の細胞に対する障害の第一は活性酸素ストレス。これに対して活性酸素は活性酸素を除去するための遺伝子群の活性化が起きる。第二は遺伝子の本体であるDNAの修飾(ダメージ)。このDNAダメージ(チミンダイマー等)を修復する遺伝子も活躍する。
- 放射線のダメージは?→植物にあびせた経験はない。紫外線同様にDNA損傷とかが起きる。ちなみにDNA修復系はヒトも植物もよく似ている。
→(放射線と言っても悪いことばかりではなく)放射線育種場では20世紀なしの黒斑病を克服した例もある。 - 植物はいつも抵抗性を高めていないのか?→いつも高めているとコストがかかる。自己防御で例えば細胞壁を硬くすると成長が遅れてしまう。
- 活性酸素を出して菌を殺すということは、活性酸素は自分にダメージを与えるだろう→①活性酸素と言っても種類が色々あって、反応性が高かったり寿命が長かったりする。より適切なものを選ぶことで自分より敵により効果があるようにしているかも。②そもそも植物は活性酸素のダメージを覚悟して出している。過敏感反応の場合は特にそうで、感染を受けた細胞が死ぬことは覚悟の上。③病原体より植物の方が基本的には活性酸素にかなり強いだろう。なぜなら植物は光合成の途中で出てしまう活性酸素を抑えながら成長する能力を元々もっているから。
- GMパパイヤではウイルス耐性だが、先生のしくみはどうなるのか?→私は栄養をつけて体力をあげて強い植物をつくる方向。
- CMVは使っている?→CMVはキュウリから見つかったキュウリモザイクウイルス。同じように斑点が出る。カリフラワーから見つかったのがカリフラワーモザイクウイルス・CaMV、タバコが TMV。
- 昆虫学者とのやりとりで感じることは?→植物は植物を愛し信じていて、虫屋は虫を信じているから、虫を甘く見るなといわれることがある。専門の違う人とのやり取りはやりにくいところもあるが、いい刺激になる。
- ハモグリバエのサリチル酸がでるのは傷の大きさの認識のためか?→ハモグリバエの産卵のときに小さな穴をあける。この時は傷害応答をしている。その後、幼虫が食べ進んでどんどん傷害が大きくなっていくに従って、不思議と病気にかかっている様な反応を示し始める。