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バイオカフェレポート「体細胞クローン牛について」

 2012年1月13日(金)、くらしとバイオプラザ21会議室においてバイオカフェを開きました。お話は畜産草地研究所 渡邊伸也さんによる「体細胞クローン牛について」でした。はじめに安全性審査をした体細胞クローン牛肉(黒毛和種)を希望者は試食できることについて説明がありました。試食を遠慮した人は一人もいませんでした。そしてお話と試食の、おいしくてにぎやかなバイオカフェとなりました。

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渡邊先生のお話 会場風景

お話の主な内容

はじめに〜試食するにあたって
 体細胞クローン牛は食品安全委員会で安全性審査済みのもので、問題はない。しかし、農林水産省からの指導で、理解して納得した方に試食して頂くことになっている。また、持ってきたもも肉とバラ肉は、真空パックにしてあるので、少し色が悪い。これらのことをご理解いただき、希望者は試食してください。

クローン技術
 クローン技術とはコピーの技術のこと。植物を挿し木、取り木で増やすのもクローン技術。ソメイヨシノが一斉に咲くのはクローンだから。植物に比べて、高等動物のコピーを増やすのは難しかった。1997年、体細胞クローンである羊のドリーの誕生が報道されたときには、みんながびっくりしたものだった。

体細胞クローンのつくり方
 よいドナー細胞を選び、核をのぞいた卵子に核移植をする。体外受精用の卵子を食肉処理工場から集めてきて牛の受精卵生産のために利用する技術は、昭和の終わりの頃から行われていた。
 牛の場合、ドナー細胞を除核した卵子に入れるので、ドナーと卵子のミトコンドリアが混ざり、やがて、ドナーの体細胞のミトコンドリアは消えてしまうことが多い(まれに、体細胞由来のミトコンドリアが残ることもある)。
 卵子は約120μmで、減数分裂するときに、不等分割(等分に分かれず、一方が大きくなる)する。小さい方に極体があり、ここに核(染色体はn個)がある。透明帯(卵子の周りのゼリーのような層。卵子を守り、精子がひとつしか入らないようにする)にピペットを刺して、小さい切り目をつくる。細胞をおすと、切り口から極体を含む部分が押し出される。この状態が、卵子から核が除かれた状態(蛍光色素で核を染めて、除かれた部分に核が含まれていることを確認する)。
 ドナー細胞にはいろいろな細胞を使う。卵子の透明帯の切り口から、細いピペットで拾った細胞をひとつ入れる。これで卵子の持っていた核と入れた細胞からもらう核で、2nになる。
 特殊なパターンの電気刺激(経験的にわかった)や化学物質の刺激などで卵子を活性化させ、入れた細胞を融合させる。入った細胞と卵子がひとつの細胞(クローン胚)になり、そのほぼ4割が育って、胚盤胞に至る。細胞が分裂して、150〜160個になったときに透明帯の切り口から、細胞の塊があふれ出して来る。そこまでに8日ほどかかる(体外受精から2つの細胞になるのに20時間かかる)。クローン胚の色の濃いところが胎子(ヒトの場合は「胎児」、家畜の場合は「胎子」)に、また、色の薄いところが胎盤になることがわかっている(普通の受精卵の場合も同様)。つまり、細胞の分化が始まっていることがわかる。クローン胚を仮腹雌(代理母)に移植し、生まれてくるのは、そのうちの1割程度。
 除核した後の卵子の中(細胞質)にはいろいろな物質が含まれていて、細胞を初期化する因子も入っている。今でも、発生の始まりはわからないことが多い。私たちは、ドリーの研究者はわからないことが多い中で果敢に行ったのだと思っている。また、細胞を扱う研究者は職人芸のようなこだわりを持っていて、設計図があって進んできたのではなく、経験則の積み重ねの中で研究が進んできたといえる。牛の場合、研究者によっては饑餓培養(血清がほとんど含まれない培養液で細胞をあらかじめ培養すること)などの初期化処理をせずに体細胞を核を除いた卵子に入れることもある。 

クローン牛の生産
 生まれた体細胞クローン牛の数は、平成11年が93頭で最高だった。同年、農林水産省から出生の報告と、出荷の自粛が決められ、数は激減し、去年は2頭。
 研究を行っていたのは都道府県の畜産試験場や独立行政法人などの約50機関である。都道府県の畜産試験場の使命は、農家に役立つ技術の研究をすることにある。そのため、出荷自粛が決まった体細胞クローン家畜を生産しても、その家畜を農家は売ることができないことから都道府県の畜産試験場では、体細胞クローン研究からの撤退を余儀なくされた。
 体細胞クローン牛の出生累計は591頭。出世以後、まともに育つ体細胞クローン牛は4-5割。普通の牛が出世以後、どの程度育つ頭数は、農家の企業秘密的な要素があるためにわからない。協力機関に依頼して、調査した結果、普通の牛では、5〜10%が生まれた直後に死ぬようだ。体細胞クローン牛の出生直後に死ぬのは、ばらつきがあるが、3割くらい。
 私は、平成15年に畜産草地研究所に異動してきて、5年かけて安全性の試験をした。平成21年、取りまとめたデータを活用して食品安全委員会が体細胞クロン牛・豚および後代の安全性審査し、これらの家畜由来の乳肉は一般の家畜が生産したも のと同等であること(実質的同等性)を示した。
 昭和末期からバブル期にかけた畜産バイオ研究ブームによって、わが国の家畜繁殖技術は全国的に向上していた。それを背景に、ドリー誕生の翌年に日本ではすぐに体細胞クローン牛に成功した次第である。
 受精卵クローンというのは、ドナー細胞として受精卵を使う。平成10年からは体細胞クローンが増え、受精卵クローンはほとんど研究しなくなってしまった。受精卵クローンは任意表示で出荷できるが、安く買い叩かれてしまうので飼育する農家はいない。買いたたかれた牛肉は、任意表示をいいことに、無表示のまま市場では高い値で出回っていたようだが、上記の理由から現在の授精産クローン牛の生産は皆無といえる。
 そもそも、普通の牛は人工授精で生まれる。その1%が受精卵移植。食肉処理工場から出てきた卵巣を使う。和牛を育てるのは手間がかかるので、農家はよい血統の牛で買い叩かれない、高く売れる牛を育てたい。そこで、安い短角、赤毛和牛は飼育しなくなっている。

世界の生産状況
 アメリカのベンチャーがやっている。受精卵クローンは出ているが、体細胞クローンはない。オーストラリアなどはやっているが、政府がクローン牛の統計ををとっているのは日本だけ。欧州には、カトリックの影響で体細胞クローン家畜を生ませてはいけないという国もある
 日本で食品安全委員会、アメリカ、欧州で安全性審査はOKだが、米国は出荷自粛、欧州は話がまとまらないそうだ。

後代牛
 後代牛とは、クローン牛と普通の牛のこども。F1世代の牛。
生産効率は普通の牛と同様、受胎率が高く、生産性が高いので、食品として流通させることを考えると体細胞クローンより体細胞クローン牛(資質の高い牛をコピーするので生産物の品質が高い)の後代牛の利用が現実的であると思う。
和牛の優秀な種雄牛の中には、20万頭の子孫を残したという牛もいる。牛の生産現場では、よい雄牛を選びに選び人工授精用の種雄牛に選ぶ。種雄牛は畜産家の宝物。よい種牛をコピーして増やして使いたい。昔の和牛のいいものは、今でもいいので、クローン牛を使うことは意味がある。その点、乳牛は新しい品種の方が、乳量、乳質などがいい。牛は、ヒトと同様に単胎動物で、1回のお産で、原則、1頭しか産まない。双子、三つ子が生まれても、難産や虚弱子の発生など、母子ともに経過がよくない。

知ってもらいたいこと
 ミネラルウォーターより牛乳が安いのは、動物を犠牲にしながら、酪農家が経営努力を積み重ねてきた結果といえると思う。
焼肉や乳製品を使う洋菓子は人気で、畜産物は身近なのに、こういう背景が理解されていないのは残念。
 乳牛は子牛を生まないと牛乳を出さない(これは、人間と同様)。1年1産で搾乳し、人工授精して次の子牛をうませて、1年搾乳する 乳牛も休み暇がない。2〜3回搾乳し、2〜3回お産して終わり。 このように効率化をはかっているので牛乳の値段は安い。アメリカよりは高いが、こういう背景を知ってもらいたい。日本で、畜産物は農業生産の3分の1位を占めているが、米がスターで、家畜にはライトが当たらない。
 平成11年の体細胞クローンの出荷自粛の後、クローンの研究に関わった人たちは徐々に異動させられ、体細胞クローン牛の生産現場であった畜産試験場を離れ、家畜保健所などに移って行った。苦労してつくったクローン牛の殺処分自らさせられて、転勤を強いられた研究者もいる。気の毒だと思う。前述のように、私は平成15年着任から5年計画の予算で体細胞クローン家畜の健全性や安全性に関する試験調査を行い、平成20年にデータを取りまとめ、平成21年に食品安全委員会で評価してもらった。開発したクローン牛の技術が生かされず、無念に思っている関係者に報いたいと思っている。牛に触れてもらいたいがそれも難しいので、せめて試食を通じて知ってもらいたい。

試食

 和牛は、海外産にない独特の匂(和牛香)いが強いので、この匂いがクローン牛特有のものでないこと、真空パックで色がややよくないことの説明がありました。はじめに油の出るバラ肉から焼き、その後にモモ肉を焼いて試食しました。



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真空パックから出したモモ肉 バラ肉から焼きました

参加者の感想

  • 受精卵クローンは当然で出回っていると思っていたのに、出荷自粛は意外だった。受精卵クローンで血統のいい牛を増やしていると思っていた。クローンは歩留まりが悪くて採算がとれないのだろうか。血統重視の高級肉に生かせる技術だと思う。私自身は生まれて初めて和牛を食べた気がする。クローン技術では普通の食べる肉でなく、医薬品成分を含む牛乳などがいいのかもしれない。
  • クローン牛の数がこんなに少ないのは知らなかった。高校で遺伝子組換え作物とクローン家畜について、3学期にディベートをしたいが、クローン家畜チームに参加を希望する生徒が少ない。経済性が低い家畜は伸びないではないかと思った。
  • クローン技術の勉強をしたいと思って参加した。アニメでは、クローンは劣化していくという悪い印象だった。家畜のことを知らなかったことに気づいた。
  • 普段、牛肉は食べない。初めに食べたのは焼きすぎで少し硬かったが、後のモモ肉は柔らかくておいしかった。クローン技術のメリットがよく理解できなかった。出産率が少ないことについては、安全キャンペーンをしなくてはならないと思う。他の肉よりおいしいということが周知されるといいと思う。
  • 受精卵クローンと体細胞クローンがあることを知らなかった 効率、畜産業の実情などすごく勉強になった。すごくおいしかったです。
  • バイオの技術ができても、実用化につながらないことを、現在、2頭しかいないことから実感した。和牛を久しぶりに食べておいしかった。
  • 頭数が多かったときに、新しい技術をどう社会に知らせるか、運動をすべきだったのではないか。この研究成果は後にどこで生かせるのだろうか。この技術への評価をきちんとすべきで、中途半端で続くのはよくないと思った。現場で見たり食べたりする機会を増やしていくのがいいのではないか。出生率の悪さの理由を解明できたらいいと思う。
  • クローン牛のニュースを見たことはあったが、右肩下がりのグラフに驚きました。
  • 独立行政法人で、渡邊先生がご苦労されていることがわかった。出生率が悪いのは畜産の現場が乗り越えるべき壁なのだと思う。宮崎の口蹄疫の種牛の資質をクローン技術で残せたらよかったのにと思う。わからない部分がある技術に不安を感じるのも当然。畜産の現場の知られていない苦労が今日はわかってよかった。
  • ガンセンターで研究補助をしている学生です。実験ではマウスなどを使っている。大きい動物を使った実験が行われ、因子などもっといろいろなことが解明されるとよいと思う。今日の牛肉の味は普通の牛肉と同じで、クローンだから変わっているとは思わない。
  • ドリー成功の翌年に、日本では体細胞クローン牛で成功していたなんて、驚異的なことだと思う。それを生かせなかったのは残念。生かせれば安くておいしい肉が出回っていたのかなと思う。
  • 今日、食べて、普通の牛肉と同じだと思った。知る機会を持つことは大事だと思う。



補足: 平成11年11月に出された体細胞クローン牛の出荷自粛を求める通達の経緯

この通達は、「受精卵クローン牛が出荷・消費されていた」という報道が発端となった。

 その当時、受精 卵クローン牛を生産していた人たち(主に、県の畜産試験場の研究員)は、「体外受精」と同じ感覚で「受精卵クローン」の試験を行い、また、生産された牛を取り扱っていた。「人工受精→受精卵移植→体外受精→受精卵クローン」という「技術の階段」を一歩一歩、時間(30〜40年)をかけて登ってきた県の人たちにとっては、「当たり前の感覚」であった。しかし、一方で、一般の人たちの多くは、国内で生産される牛のほぼ100%が人工授精で生産されていることすら知らない (この話を聞いて「だまされた」と憤る人もいる)ため、この報道は衝撃的であった。

 その状況を収拾するために、当時の農水省畜産局(現生産局畜産部)では、

1 受精卵クローンとは、もともと発生能力のある受精卵の細胞を使った人為的な一卵性多子に過ぎない(自然界の一卵性双子と同じ)ので、出荷を停止する理由はない。そこで、任意表示での出荷を認める。・・・・これについては、生協関係の団体も追認している。

2 体細胞クローン牛は、発生能力のない体細胞を使うことから、受精卵クローン牛とは訳が違うので、当分の間、出荷自粛とする。

3 クローン牛に関する国民の不安を払拭し、さらには理解を増進するために、農林水産省が受精卵クローンおよび体細胞クローンの生産状況を把握して、公表する(そのため、これらの動物を生産した機関には農水省への報告義務が課せられた)。

という方針を決めて、関係機関に通達を出した。

 当時は、食品安全委員会がまだ存在していなかったので、当時の農水省畜産局の判断でこのような方針を決定することができた。なお、この当時の農水省畜産局では、今とは180°異なる態度である「クローン推進」であった。

  その後、食品安全基本法と食品安全委員会ができたため、体細胞クローンについては、食品安全委員会の審査を受けることになった。この審査の経緯については、機会があれば改めてお話ししたい。