2011年11月21日、ベルサール汐留にて、食の安全・安心財団・食の信頼向上をめざす会の共催により標記意見交換会が開かれました。
冒頭、唐木英明氏(同財団理事・同会代表・倉敷芸術科学大学学長)より開会の挨拶がありました。
「食品安全委員会では、セシウムの食品基準は年間5ミリシーベルトとしていた。今回、生涯累積線量100ミリシーベルト以上は健康に悪影響があるかもしれないが、それ以下はわからないという見解をまとめた。関連する多様な疑問を持っている方が今日は多く集まっているだろう。今日はそれらの疑問に回答できるようにこの会合を企画した。
食品安全委員会には「100ミリシーベルトはどのように決められたか」、厚生労働省には「新しい基準をどう考えていくのか」、農林水産省には「今までに測定してきた放射線量のデータと今後の食品安定供給と見通しについて」それぞれ、ご講演いただく。
小島編集員(毎日新聞)には、この問題をめぐるリスクコミュニケーションの問題点とこれからの課題に関するご講演をお願いした。
新本英二氏(食品安全委員会事務局 リスクコミュニケーション官)
日本では、リスクを評価する機関と管理する機関を分けている。評価は科学的に中立公正に行うことが求められている。
暫定規制値は平成10年の原子力安全委員会の防災指針での指標を基に厚生労働省が3月17日に設定したものだが、緊急対応として食品安全委員会のリスク評価を受けずに設定されたものであるため、3月20日にリスク評価の要請がなされた。評価要請を受けて食品安全委員会は、3月29日に「緊急とりまとめ」を行い、放射性セシウムと放射性ヨウ素の暫定規制値設定の際の年間線量はかなり安全側に立ったものと判断された。その後、食品安全委員会は詳細なリスク評価に取組み、7月に評価書案をまとめ、これについてのパブコメを経て10月27日に食品健康影響評価書がとりまとめられ、厚生労働省に通知された。
評価の考え方
・緊急時か平時かでヒトへの健康影響の評価の基準は変わらない。評価と管理の分離の観点から管理措置に評価が影響されないよう留意。
・外部被ばくは著しく増大していないことを前提、すなわち、追加的な被ばくは食品からのみと前提を置いて評価。内部被ばくのみの報告で検討することは困難であり、外部被ばくも含む文献や化学物質としての毒性の報告を含め3300の文献にあたった。
個別核種に関する検討
個別核種による評価結果を示せるだけの情報は得られなかったが、化学物質としての毒性が鋭敏に出るウランについては、耐容一日摂取量(TDI)が設定された。
低線量放射線による健康影響
動物実験や試験管の実験での知見よりヒトへの影響を示す知見を優先し、確かな疫学データを重視して評価された。
食品から受ける内部被ばくだけの知見は限られているので、外部被ばくを含んだ疫学データも利用した。
具体的には、次のような疫学データがあった。
・インドの高線量地域での発がんリスクに関する疫学データ
・広島・長崎の被曝者における、白血病による死亡リスク、固形がんによる死亡リスクに関する疫学データ
・チェルノブイリ原子力発電所事故における小児の甲状線がんや白血病のリスクに関する疫学データ。
食品健康影響評価のまとめ
生涯における追加の累積線量がおおよそ100ミリシーベルト以上で健康影響が見いだされているが、それ未満の線量での影響は、線量の推定の不正確さや他の影響と明確に区別できない可能性から、影響が有るとも無いとも証明できていない。
生涯のうち小児の期間は感受性が成人より高い可能性がある。
経緯
平成23年3月11日に東日本大震災が発生し、3月17日に、食品衛生法上の暫定規制値を定めて都道府県に通知。これについては、内閣府の食品安全委員会より3月29日に「放射性物質に関する緊急取りまとめ」が示された。4月4日に薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会に放射性物質対策部会を設置。5日には、魚介類の放射性ヨウ素に関する暫定規制値の取扱いについて都道府県に通知した。
暫定規制値の考え方と食品からの被ばく線量の推計
暫定規制値は、食品からの被ばくに対する年間の許容線量(ミリシーベルト)を設定し、この線量を越えないよう成人、幼児、乳児それぞれについて食品摂取量と線量換算係数を考慮して限度値(ベクレル/kg)を算出し、その中から最も厳しい値を規制値(ベクレル/Kg)としたもの。
暫定規制値の下での食品からの被ばく線量については、食品中の放射性物質のモニタリング検査の結果を用いて、年齢階層ごとに原発事故以降の流通食品由来の被ばく線量(放射性ヨウ素及び放射性セシウム分)を推計したところ、中央値濃度の食品を食べ続けた場合で、0.1ミリシーベルト程度と推計された。これに対し、放射性カリウムなどの自然放射性物質の摂取による被ばく線量の平均は0.4ミリシーベルト程度とされる。
新たな規制値設定のための基本的な考え方
来年4月を目途に、一定の経過措置を設けた上で、許容できる線量を年間1ミリシーベルトに引き下げることを基本として、薬事・食品衛生審議会において規制値設定のための検討を進めている。年間1ミリシーベルトとするのは、①食品の国際規格を作成しているコーデックス委員会の現在の指標で、年間1ミリシーベルトを超えないように設定されていること。②モニタリング検査の結果で、食品中の放射性セシウムの検出濃度は、多くの食品では、時間の経過とともに相当程度低下傾向にあることなどを踏まえたもの。
これからのスケジュール
平成23年4月に新しい規制値を施行できるように、検討を行っている。
農林水産省消費・安全局 参事官 吉岡修氏
基本方針
国民に安全な食料の安定供給
放射性物質検査を円滑、迅速に行えるように生産者に科学的(検査機器の貸し出し、自治体の分析費用の支援、分析機関の紹介など)、資金面で支援する。
厚生労働省に協力する(企画・立案)
23年度米への対応
暫定規制値を超える米が生産されないように作付け制限を実施し、収穫前後に2段階調査。
全国17箇所の水田土壌と収穫された米の放射性セシウムを1959年から2001年まで、行い、土壌による差がないことがわかっている。
土壌の濃度が低いほど、植物に移行する。移行係数は厳しく0.1とした(幾何平均値は0.12)
米の放射性物質調査
予備調査:収穫前に玄米で、一部刈り取って調査
本調査:予備調査で200ベクレル/Kg以上の濃度の玄米があったところを重点的に調査し、収穫後に放射性物質濃度を測定し、出荷制限をするかどうか判断する。
17都県の3189地点で調査し、27箇所で50ベクレル以上だった。福島県では、1,276地点中、50ベクレル/Kg以上は21地点で、ほとんどが低かった。
食品安全委員会を応援している立場から、エールを送る意味でよりよいリスクコミュニケーションとは何かを訴えたい。リスクコミュニケーションは「相手に正確にわかりやすく伝えること」と「間違いはすぐに正すこと」が基本です。
3月29日 緊急取りまとめに対して、6社の新聞をみると、私は「妥当と書いた」が、緊急時の基準緩和だと表現した新聞が3社あった。このように受け止め方が分かれたのはなぜか。
公開された検討会では年間10ミリシーベルトでいいとする有識者が多かったのに、記者会見で5ミリになった。これがばらばらの見出しができる原因になったのではないか。
食品安全委員会から国民に直接訴えるルート(ホームページ)の表現が曖昧で、この曖昧さがメディアを介して再び伝えられてしまった。
7月22日 評価案作成の日(26日)の前に、別の社の記者が食品安全委員会に確認して、「外部被ばくを含む」と報道している。最終的には「含まない」となったのに山添座長は26日に「外部被ばくを含む」といっている。含まないならば、この時点で「外部被ばくを含む」はおかしいと正すべきだったのに、それをやっていないのはおかしい。
さらに、外部被ばくは著しく増加しないことを前提としているとするならば、「この評価は内部被ばくのみ」と強調して訂正すべきだった。
8月2日 市民との意見交換会でも、食品からの内部被ばくのみなのに、山添座長は再び外部被ばくを含むと説明した。関連した質問を正してもいない。配布したQAには、外部を含むような曖昧な文章まである。
生涯累積100ミリシーベルトは内部被ばくだけという事実は、10月26日の事前記者レクで始めて知った。そのときの驚きは相当なものだった。なぜ、もっと早く言わないのだろうかと不思議に思った。その時点から振り返ると、7月からのマスコミ報道はずっと間違っていたことになる。全社がそろって間違うのは珍しい。ということは、食安は「外部被ばくを含む」と言っていたのだ。この問題は、記事の書き方よりも、食安の伝え方が悪かったという教訓ではないか。例えば、トランス脂肪酸の報告書の結論は明快に書かれている。食品安全委員会事務局が理解している内容だったからではないか。説明会の質疑応答も歯切れがいい。
放射線についてはよくわかっていなかったのではないか。放射線の専門家の活用をもっと上手に活用されるべきだったのではないか。
公開の議論もいいが、肝心なポイントを中心に、意見を集約すれば、誤解は少なかっただろうと思う。間違った報道に対して、それをすぐに正す発言が少なすぎる。正されれば記者は気づくと思う。
4名のスピーカーに食品安全委員会委員長小泉直子氏が加わり、唐木英明氏の司会により、会場を交えた討論が進められました。
はじめに小泉委員長より「小島さんの講演のとおりで反省している。委員長談話でもお詫びをした。食品からの追加的被ばくを受けた場合を検討しようとしたが、個人の外部被ばくの文献しかなかった。事務局では丁寧なリスクコミュニケーションを目指していく。」
というご発言がありました。
質疑応答では、100ミリシーベルトの基準値に関するものが多くありましたが、国内外の情報提供の状況に関するもの、放射線に関する日本人のリテラシーのことなどが話し合われました。最後に、「価値観、倫理観は個人で異なる。調停のよりどころは科学的事実だと認識して議論することが大事。科学は仮説と異なる。仮説が検証を経て生き残ったものが科学である」と、唐木代表のまとめがありました。