2011年11月12日、三鷹市民ネットワーク大学で、バイオカフェを開きました。お話は髙野靖さん(秋田県食品総合センター 所長)による「味噌、醤油、そして魚醤」でした。初めに味覚の官能試験を参加者全員で体験し、お話をうかがった後は、立食形式の交流会でした。三鷹ネットワーク大学のカフェには、ひとりの参加者がスピーカーを「5分以上独り占めしなければ、大いに話し合いましょう」というルールがあり、スピーカーを交えて和やかなおしゃべりの輪が広がりました。
髙野さんのお話 | 会場風景 |
会場参加者を1班と2班の二つのグループに分け、1班はA液を1口飲んでから、次にB液。2班はB液を一口飲んでから次にA液という順で溶液を飲みました。1班では9人がB液の味が濃いと回答し、2班ではA液の味が濃いと思った人が8名で、わからない人が1名でした。A液はイノシン酸、B液はグルタミン酸ナトリウムの0.2%の溶液でした。A液もB液も単独では味として感じない濃度です。1班の人も、2班の人も2杯目の液を口に入れたときにうまみを感じたわけで、これが相乗効果ということです。被験者の口の中に前に食べたものの影響が残っていると、結果が出にくいなど微妙な実験ですが、今日はうまくいきました。
A液とB液のコップ | 立食タイム |
味覚
私たちは昔、味覚受容器で味を感じ、舌の先で甘さ、脇で酸味、舌の奥では苦味を感じるという「味覚の地図」を教えられてきた。最近は塩辛さやすっぱさはイオンチャンネルが、甘みとうまみには味覚受容体が関わっていることがわかってきた。ある味の受容体があると昔教えていた場所は、その種類の受容体の多い場所であったことがわかり、この地図は正しかったといわれるようになった。
味は味蕾で感じるが、味蕾の数は加齢で減る。味蕾の形成は胎児の時に始まっている。味蕾からは、電気信号が脳に味を伝える。味の情報が届くと、視床下部の海馬(経験の場所)の情報とあわせて自分の好みにあっているかを考える。目にロドプシンという光の味蕾のようなものがあって、見た情報を脳に伝えるのと似ている。ロドプシンは30年前にわかっていたが、味蕾についてわかってきたのは最近のこと。匂いの感覚も4年前のノーベル賞をもらった。味覚の研究はここ数年大きく進歩している。
大腸菌はアスパラギン酸に走って行き、トリプトファンから逃げていく。ナマズは体表で味を感じているようだ。鮎が生まれた川に戻るのは川の水のアミノ酸パターンらしいと言われ始めた。味覚が行動を制限している事例。
味はシグナル
餌を求めるために味覚がある。危険を回避するために、毒物を吸収しないように味覚が働く。甘味は糖のシグナル、旨みはエネルギー源、塩味はミネラルのシンボルだから、これらの味を追いかける。酸味は腐敗のシグナル、苦味は毒のシグナルだから、逃げようとする。赤ちゃんも苦味や酸味を嫌がる。
うまみ
秋田は脳卒中が多く、味噌と砂糖の消費量が歴史的に多かった。
相殺効果:砂糖は塩辛味を弱め、砂糖の存在で塩辛さの効果が弱められる。それで、味が濃いときには塩味と甘みの両方が濃くなりやすい。
相乗効果:同質の2種以上の呈味物質を混合する場合、単体の味の強さの合計よりも強い味を示す。初めに行った官能試験は相乗効果を表している。それで、こぶとかつおの合わせだしは相乗効果。味の素やハイ・ミーでは、昆布のうまみ成分グルタミン酸ナトリウムに鰹節のうまみ成分イノシン酸ナトリウムを少量混ぜてうまみを高めてある。
うまみの発見者は、かつおのイノシン酸が児玉新太郎博士、干し椎茸のグアニル酸ナトリウムが国中明氏、昆布のグルタミン酸ナトリウムが池田菊苗氏。3人とも日本人なのは、日本人が味覚に敏感だということではないか。
タンパク質とアミノ酸は人体のほぼ2割。タンパク質は20種類のアミノ酸を繋いでつくられる。タンパク質の種類は無数にある。
アミノ酸は、炭素(C)、カルボキシル(COOH)基、アミノ(NH2)基、水素(H)、R(アミノ酸によって変わる部位)からなっていて、Rは20種類ある。
タンパク質はアミノ酸がペプチド結合(HとOHが水分子となって抜けて繋がる)したもの。タンパク質はDNA情報に従ってアミノ酸を順番に並べてつくられる。この仕組みは 哺乳類、爬虫類 植物 ダイズ、海藻 微生物 細菌で共通。これらの生物は、体の構造をつくるためにタンパク質を取り入れ、アミノ酸に分解し、必要なタンパク質を合成する。ヒトの場合食物中のタンパク質を胃の中のペプシンが分解して、吸収する。
味噌はカビにダイズのタンパク質をアミノ酸に分解させてつくる。
私たちは、タンパク質を体外から摂取しないと成長できない。自分でつくれないアミノ酸を必須アミノ酸といい、8種類ある。
タンパク質には味がないがアミノ酸には味がある。
○ 甘味 グリシン プロリン
○ 苦味 ロイシン バリン トリプトファン
○ 酸味 グルタミン酸 アスパラギン酸
○ 旨味 グルタミン酸ナトリウム(ナトリウムで中和するとうまみになる)
アミノ酸の混合物は複雑なコク味を呈する。
味噌や醤油では、ダイズのタンパク質を分解して、うまみやコク味が出てくる。
比較食文化論について
比較食文化論では縦軸に時間(食文化の時系列の変化)、横軸に空間(地域ごとの文化の共通性や多様性)、斜めに人間軸(各文化の相互作用とその伝播)をとって考える。
人類は30万年前火を使い始め、1万年前に栽培を始めた。人間軸ではアフリカからホモサピエンスが南米まで人類大移動をする。
1492年、コロンブスがアメリカ大陸を発見。新大陸の贈り物が欧州に届き、1600年代にはトウガラシ、ジャガイモも日本にやってきた。100年前に新大陸で発見された食物が、日本に廻ってきたことになる。
コロンブスのアメリカ大陸発見以前の15世紀の地域軸をみると、北海道を除く日本、中国、東南アジアで稲作、中近東と欧州の南部でコムギ、北欧、イギリス、ドイツでオオムギ、中南米でトウモロコシの栽培が行われていた。オーストラリア、中国方東部、北米、南米の南端では狩猟、米作地域以外のユーラシア大陸、アフリカの北部は乳絞りをしていた。
東アジアと東南アジアは醤圏・魚醤圏で、これは米食文化圏・箸文化圏と重なる。
米食文化圏が狩猟や乳しぼりをしなかったのは、米の蛋白質組成がヒトの要求するパターンに近いためではないか。乳、卵、牛乳のアミノ酸スコアを100とするとダイズは82、米は65、コムギは40くらい、トウモロコシは30くらい。米はムギよりタンパク質が少ないが、アミノ酸のバランスがいいので、米と豆と野菜を食べて、時々、魚を食べれば十分だった。塩味、うまみの味つけとよく調和した。これに対しコムギにはタンパク質が多いが、アミノ酸バランスが悪いために、コムギだけでは不十分で乳や肉が必要で、肉は悪くなるのでスパイスが必要だった。これを古くはアラブの商人を介して手に入れていたが、これが大航海時代の引き金となった。
味噌と醤油
東洋各地の魚醤は塩辛や魚醤油(しょっつる、いしり、いかなご醤油)
東アジア・東南アジアにも魚醤や塩辛がいろいろある。
中国はわずか、韓国は塩辛のみ。ベトナムのニョクマムが最も有名で、世界での生産量は40万トン。タイのナンプラは約4万トン。
日本に醤類を伝えたのは、鑑真。穀物から作られた穀醤で、未醤(液体)だった。平安時代には、麹菌を使って味噌ができた。煮た大豆をコメ麹、ムギ麹で発酵させて、それぞれの家で勝手につくったので、手前味噌という。2000以上の味噌があるのは、みんなが勝手に作った名残。これに対して醤油は味噌より工業的に作られ、キッコーマンは20%のシェアを持つ。
鎌倉時代には、味噌の上部にできる溜まりを利用したのが、今の醤油の流れにつながる。
一方、奈良時代に朝鮮半島から伝えられた醤(ひしお)は、豆からつくるもの、魚からつくるものに分かれた。豆を蒸して団子にして干してとカビが生えたもので豆醤、はま納豆になる。魚をその内臓の酵素で分解して作るのが魚醤油で、1年半くらいかかる。
日本の味噌・醤油は、米(麦)麹によって煮大豆を発酵させて作る。黄麹菌を伝統的に育種・使用し、地方の特徴を生かした料理が様々につくられた。黄麹菌にはカビ毒をつくるものがほとんどないが、カビ毒にはダイオキシンより強い毒性があり、「糀屋さん」がうまく管理している。
1950年以降の食生活
肉食の普及とパン・牛乳の学校給食は日本人の体位向上、平均寿命が延びたことに私は感謝すべきだと思う。しかし、肉食文化も悪くないが、洋風の食文化の道を好きに任せて進むことは 経済的にみても食資源確保の観点からも、栄養・健康の観点からも好ましくない。
お米と味噌・醤油のありがたさをもういちど見直して食生活を楽しみましょう。
醤油は出しと一緒になって、バリエーション豊かな料理となる。その代表である味噌汁には、海のものも山のものもおいしく入れられて栄養豊富という大きな利点がある。
- 世界人口が増えて、米を食べる民族は増えている。醤(ジャン)類は米食文化と一緒に広がったのはなぜか →醤のうまみ、コク味が米によく合うからだろう。コムギ食の地域でも古代ローマにはガルムというカタクチイワシの魚醤があった。イタリア人はパスタ、そばを食べるなど、うまみが好きな民族。地域によってはコラトユーラ(魚醤)を今も使っている。コロンブスによってトマト(グルタミン酸が豊かで旨みがある)が伝えられて、臭いのよくない魚醬の多くはトマトに置き換わってしまった。
- 日本酒は米を発酵させてつくる。麹で米のでんぷんを分解して、酵母が糖をアルコールにする。味噌、醤油でもアルコールができるのか →ごく少量できる。味噌の発酵が続けば、袋が膨らみ、アルコールもできる。酒税法の対象になるほどはできない。
- 生物はタンパク質を分解してアミノ酸をつくる。微生物はアミノ酸を食べてアミノ酸はなくなってしまうのか。醤油では麹菌は生きていないのか →麹菌は分解能力が強いのでタンパク質をアミノ酸にする。微生物はアミノ酸を食べて、他のアミノ酸を作ったりするが、アミノ酸がなくなることはない。多くの場合醤油と味噌は製造工程で熱をかけて菌を殺してしまう。