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バイオカフェレポート「水・食のふるさとをカガクする〜安定同位体比分析の利用」

 2011年11月11日、茅場町サン茶房で第78回バイオカフェを開きました。お話は産業技術総合研究機構食品総合研究所 鈴木彌生子さんによる「水・食のふるさとをカガクする〜安定同位体比分析の利用」でした。
始まりは、福田徳子さんによるフルート演奏でした。「里の秋」の調べには、会場参加者もゆったりとした気分になりました。

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「安定同位体比とは」 福田徳子さんの演奏

主なお話の内容

はじめに
食品の原料・産地を科学的に調べ、国産品の裏づけを調べることを目的とする。
国産品と輸入品を混ぜて、「国産」と産地偽装し、コストを安くしようとする事件があった。安全性と信頼性で国産人気は高い。だから、トレーサビリティ(トレース可能)を調べるシステムを作ろう。
トレーサビリティシステムには、①電子的手法(ICタグ、IDナンバーをつけて、携帯でも産地にアクセスできるが、簡単に表示をすりかえることもできる(意図的、貼り間違える))と②科学的手法(科学的根拠をもって産地、原料を確定したい。生育環境、DNAによる品種特定を行うなど)がある。
科学的手法には①DNAによる品種判別(品種がコシヒカリでもオーストラリアで栽培しているかもしれない)、②微量無機元素分析(カリウム、マグネシウム、アルミニウム、カドミウム、鉛など微量元素は、世界で土壌の組成が異なっている。植物には適応できるが、世界からの輸入飼料を食べている家畜には利用しにくい)がある。
新しい手法として、安定同位体比を使う方法を研究している。

安定同位体比とは
炭素、窒素、酸素、水素から私たちの体はできている。水素、炭素、窒素、酸素にはそれぞれ、質量数がわずかにことなる元素が微量だが存在する(原子量が1と2の水素、12と13の炭素、14と15の窒素、16,17,18の酸素)。
重さが違う(質量数の違い)と、体内で化学反応が起るときに、軽いほうの分子の方が反応しやすい。その結果、体内には、重いほうの元素が残る。こうして安定同位体比は変化していく。安定同位体分析比は化学の指紋のようなもの。
具体的には、トウモロコシ、サトウキビはC4植物(炭素を多く取り入れる)で、炭素の同位体比が特徴的。普通の植物はC3植物。
果汁や蜂蜜に甘味料を足したかどうかが調べられる。魚は窒素が濃縮されているので、魚を多く食べる人たちの髪は窒素が多い。日本、アメリカ、豪州で肉に含まれる水の重さが違うことを利用して、人種、肉の産地を調べられる。

水が地域で違いがあるのはなぜか
雨には、重い同位体が多く含まれている。軽い方が蒸発し、液体に重い元素が残る。雨を降らして軽くなった雲は次の場所では、前の地域より軽い雨を降らす。雨は内陸ほど軽い。世界中の雨水はIAEAの世界地図で見られる。一般に赤道は値が高く、局地(北極)は低い。日本では、南ほど値が高くて、北ほど低い。長野県は雪解け水だから値が低くなる。

市販されている水はどうか?
「富士山麓水」をキリンが自社で調査した。泉質のように水の成分を比較する。キリンは井戸でくんでいる。調べたら、富士山の水のプロットの中に点がとれた。
標高と水の酸素の安定同位体比の間には、きれいな直線関係があり、水の安定同位体比から、かなり正確に標高を判別できる。
例)利用の事例
(1)炭素の同位体比はC4植物(トウモロコシ、サトウキビ)の方が一般の植物(C3)より高い
果物の炭素の安定同意体比はC3植物と同じ値になる。ジュースの値が高いときは、果汁にトウモロコシやサトウキビの甘味料が添加されていることがわかる。
ビートはC3植物なので、ビートから作った甘味料は添加しても、値が高くならない。
ストレートは絞ったままのジュース。濃縮還元は濃縮して現地の水で薄めて輸送コストを安くしている。軽いものほど蒸発するので植物体内の値は高くなっていく。
現地の水の値は低いので、濃縮還元を希釈すると値は低くなる。果汁に現地の水を加えたかが推定できる。
ワインの判別にこの方法を使っているところもある。(水が入っているかどうか?ブドウの産地はどこか?)
(2)コメの産地
米の産地も栽培に使われた水から推定できる。
同じコシヒカリでも、日本、アメリカ、オーストラリアの水分を比べると、水の分布との相関から栽培場所が推定できる。
北海道、庄内、日立、鈴鹿、石垣の米の酸素の安定同位体比を調べた。南ほど値が高かったが、本州の中での判別は難しい。触れ幅があり、産地の判別が難しいところもある。
(3)その他のもの
アメリカ産・豪州産の牛肉かどうかが、牛の飲んだ水や飼料でわかる。例えば、アメリカの家畜はトウモロコシ(C4)を食べている。アメリカ人の髪にもトウモロコシの影響が現れる。
うなぎの産地調べの場合、判別精度は8割くらい。
リンゴ果汁について、青森県産と表示されていたが、中国産の原料を使用していた業者が摘発されたことがあったことから、リンゴ果汁の産地判別を検証した。日本はどの生物も酸素が低い。日本産と中国産でプロットが重複する部分も多いので、精度をあげるためにさらなる手法開発を行っている。
(4)変わったものへの応用例
考古学でアイスマンの髪の毛から食べていたものを予測する。豆は、炭素と窒素両方低い。
動物は両方少し高い。魚は濃縮され、窒素が高い。トウモロコシを食べる民族は炭素が高い。インドの人やベジタリアンは炭素も窒素も低い。
アメリカ、ブラジルは炭素窒素ともに高い(トウモロコシを食べるから)。食べ物の違いが髪の毛にでてくる
食品の異物検査にも応用できる。輸入品の桃の缶詰から出てきた髪の毛を調べたことがある。異物は製造過程で混入したのか、輸入した国で入ったのか。このときは異物の毛髪は日本人の食生活とは異なる値となり、日本人ではないと考えられたが、食べ物はグローバルに豊かになってきているので、確定は難しくなっていくだろう。
カシミヤと表示されたマフラーを調べると、化学繊維(石油由来は植物由来なので、窒素と炭素が低い)だった。カシミヤは動物繊維(窒素、炭素が高い)の特徴が出る。毛玉くらいの大きさのサンプルがあれば10分くらいで調べられる。

まとめ
安定同位体比分析は有効な手法だが、DNAの手法など複数の手法を組み合わせて検査の精度をあげたいと考えている。製品の安全性・信頼性を確保したい。
安定同位体比分析でリンゴジュースの国内外がわかるが、これに微量元素を取り入れると、国内の違いもわかってきている。
今までは安定同位体比分析は、起源推定など考古学などの分野に限られていたが、食品、警察(麻薬の産地、)いろいろなものに使っていきたい。


話し合い 
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • バイオプラスチックの産地を同定できるか→バイオプラと石油から作ったプラは判別できる。
      コメ(C3)から作ったプラと石油プラは区別が付かない。
      C14で石油かバイオマスかは区別できる。
    • 時間や料金は→簡易法だと短時間でできる。検査料金は1検体は数万円。食品メーカーは高いというが、化学メーカーは安いという。
    • 軽いほうから蒸発するのはなぜか→蒸気圧、葉の中の同位体の構成の変動などいろいろ影響する。重さはひとつの中心的な要素だが、実際は様々な要因が働く。
    • 緯度の違いはなぜわかるのか→緯度と水の相関は一致していない。多くのサンプルと比較する。
    • 髪の毛で健康検診はできるか→安定同位対比は体内で変動していて、同位体比を変えた水を飲んで、それをトレースするような方法が考えられる。ピロリ菌がいると呼気がかわるのは、安定同位対比で測れると聞いている。米国では安定同位体比の異なるものを微量、加えた医薬品などをつくり、偽装医薬品による訴訟に備えている。代謝のメカニズムの違いを同位体比で調べて検診できないかと思っている。
    • 同位体比を変えて、見えないシールをつけるとはどういうことか→化学合成でN15が98%含まれているアミノ酸を肥料に添加したり、繊維に入れて自社製品を守ったりする。
    • 同位体比と味との相関はとれないのか→肥料の影響はわかるが。コメの味への水の影響を調べてほしいといわれるが、おいしさの科学的分析にはまだ手がつけられない。
    • 欧州では同位体、微量元素、DNAを使った分析を並行して行う大きな研究があるというが→日本では連携して調べるという動きはない。カドミウムの問題など、利害が対立するようだ。
    • 安定同位体はなぜできたのか→ビッグバンに起源がある。重さは中性子数の違いで、電気的性質は同じだから反応は同じように起る。
    • ヘルスケアコミュニケーションは欧州でどのように行われているのか→国、民間など 50の機関で国家プロジェクトとしてやっている。EUの製品の原産地保障のため。EUの食材を守るため。データベースを作ろうとしている。中国メラミン事件から欧州を守ることがきっかけ。欧州の特徴を知って、流通の抑止力としようとしているようだ。
    • 日本は行政との関係で、安定同位体比、微量元素、DNAの手法を一緒に行う動きが進まないのか→技術的指導と現場でどう役立つかを考え、行政はどう関われるのかを前向きに考えている。日本の食材は中国で高品質で評価されている。中国産品に日本の包装紙をつけて売っているものがある。日本の食品に同位体比のシールをつけて、日本のブランドを守っていきたい。震災の影響下で、日本ブランドをどう考えていくのがいいのだろうか。
    • 高齢者は採血が難しいことがあるので、髪の毛で健康診断ができるといい。
    • 検査料金は→ダイオキシンは1検体が40万。需要が増えると数万円におさえられるだろう。機械がなかなか売れないので、単価が高い。
    • 放射性同位体の印象は悪い。特にセシウムは悪くて、カリウムはいいイメージがある→生物が死んで改変していくときに放射性同位体は半減期にそって減っていく。石油は何万年も経って放射性炭素はなくなっているが、植物では生きていたものだから放射性をもっている。放射性は年数をすぎると減っていく。しかし、安定同位体は減らないので、加工しても比率がかわらないので測定に便利。放射線が出ないから誰でも扱える。
    • 熊の食べたものがわかると聞いたが→里におりた熊が、2年前に乗鞍バスターミナルで観光客を襲い、9名が負傷。残飯に依存していた熊なのか、山にいて山のものを食べていたが人にあってパニックになったのか。射殺された熊の体毛の炭素窒素の同位体比をみた。残飯を食べていたり、トウモロコシを食べていたりすると値が高くなるはず。実際には、この熊は野生の熊で残飯依存でないとわかった。胃の内容物を見たら、自然のものが出て体毛で調べた結果と一致していた。さらに熊と人が遭遇しないような観光地整備の課題が洗い出された。