アクセスマップお問い合わせ
バイオカフェレポート「植物の不治の病に挑む〜ウイルスの増殖を阻止せよ」

 2011年10月20日、星と風のカフェ(東京都三鷹市)において、バイオカフェを開きました。お話は、農業生物資源研究所植物科学研究領域 石川雅之さんによる「植物の不治の病に挑む」でした。

写真 写真
会場の外から(写真提供:星と風のサロン) スピーカーを囲んでスタッフと(写真提供:星と風のサロン)

主なお話の内容

植物の病気
私は、イネの全ゲノム解読を中心になって担当し、カイコや豚の遺伝子組換えの研究もしてきた研究所に所属している。私たちが相手にしているのは、植物の病気。
病気にはいろいろな原因があり、主に3つある。①細菌(アオガレ病)、②かび(糸状菌 うどん粉病、イモチ病)、③ウイルス(タバコモザイクウイルス)。
生物は細胞で構成されている。細胞の内と外を隔てているのは膜。その厚さは5ナノメートル。膜は脂の膜で、たんぱく質が浮かんでいる。膜は中と外のものを選択的に透過させる働きがある。
動物細胞の大きさは10マイクロメートル。植物はこれよりちょっと大きめ。細菌はこれより小さい。これらの「生物」は細胞からできている。細胞には膜に隔てられた「内」と「外」がある。生物は、栄養を取り込んで、分裂していく。

ウイルスとは
これに対し、ウイルスの大きさはおおむね0.1マイクロメートルほどと小さい。
ウイルスは遺伝子を持っているが、宿主に感染して、はじめて増えることができる。自分を組み立てるエネルギーや複製の材料を宿主から奪い取る。宿主の細胞を乗とってしまう。
ウイルスは宿主生物の細胞の「内」に入り込んで増えていく。
細菌やカビを殺す薬剤には抗生物質といって、宿主に害を及ぼさない効果があるものがある。細菌やカビの営みは宿主の営みと別なので、菌だけやっつけられる。ウイルスは宿主の営みそのものを使って増殖するので、宿主を痛めつけない抗ウイルス剤をつくるのは難しい。
抗生物質ができて、細菌などによる感染症は比較的治るようになったが、抗ウイルス剤は少ない。動物では、ウイルスに対して体内で抗体をつくったりする。天然痘の種痘は獲得免疫の仕組みを利用している。エイズは免疫の働きを阻害するので治療が難しい。

植物のウイルス病
植物にはいわゆる獲得免疫がない。植物はウイルスにかかると、早く見つけて抜いて焼くしかなかった。それで、植物病理学では早期発見のために診断技術が進歩した。ウイルス対策には、媒介昆虫を絶滅させる方法もある。経験的に、植物には抵抗性遺伝子を利用してきた例もある。
抵抗性遺伝子をみつけて、かけ合わせで導入できるが、交雑できない種だと遺伝子組換えを行う必要が出てくる。
タバコモザイクウイルスは、初めて結晶化されたウイルスで、よく研究され、いろいろなことがわかっている。症状は、葉にモザイク症状が出る。感染した後からでも救済はできないだろうか。
媒介虫はおらず、土壌から感染する。感染した植物体をすきこむと、ウイルスは10年くらい安定して生きていて、新しい苗の根がのびると感染してしまう。
1キロの葉から10グラムくらいのタバコモザイクウイルスが取れる。こんなにたくさんウイルスが増えるのはタバコモザイクウイルスの特徴。
タバコモザイクウイルスの遺伝子は4つしかない。殻を構成する外被タンパク質をつくるひとつ。遺伝子を複製させる働きをする遺伝子が2種類。細胞間移行(細胞と細胞のつなぐトンネルを広げてしまう)する働きをする遺伝子がひとつ。
宿主のTOM1遺伝子を利用して、ウイルスは自分の遺伝子を複製する。そこで、TOM1が働かないタバコを作ったところ、ウイルスが増えず、タバコはウイルスを接種されても元気だった。

RNAサイレンシング
植物がウイルス感染から回復する(リカバリー)ことがあることが報告された。
ウイルスのRNAがくるとそれを増やさせないようにRISCという複合体ができ、細胞のRNAを切らずに、ウイルスのRNAだけを切る。すると、ある程度まではウイルスにやられるが、その後、回復して大丈夫になることが知られていた。これは2006年にノーベル賞が与えられた「RNA干渉」あるいは「RNAサイレンシング」と関連のある現象であることがわかっている。
ウイルスの遺伝子に対するRNAサイレンシングを予め植物で起こさせておくと、その植物にはそのウイルスが感染できなくなることが広く知られている。
ハワイのパパイヤではRNAサイレンシングが生かされてウイルス抵抗性パパイヤができた。当時、ハワイではアブラムシ防除、ウイルスフリー苗を作ったり、いろんな努力をしたが、生産量が半減するほどの被害を受けた。しかし、組換えパパイヤ導入により、ウイルスの量が減り、生産量は回復してきている。結果的に媒介する虫の保毒率が減り、非組み換えも共存でき、農薬使用量も減った。

これから
ウイルス病による被害を減らすには、①TOM1のようにウイルスが利用している遺伝子がなくなった品種をつくる、②ウイルス感染を感知して細胞死を誘導する抵抗性遺伝子を導入する、③ウイルス因子に結合して働きを阻害するようなタンパク質を作る、④ウイルスに対するRNAサイレンシングをうまく利用する、の4つの方法が考えられる。また、一歩進んでウイルス病が出たときにそこに農薬をかける方法ができないだろうか(抗ウイルス剤)、と考えている。
例えば、タミフルはウイルスのスパイクタンパク質に薬がくっついて、ウイルスが細胞外に出るときに必要なインフルエンザウイルス独特の機能をブロックしてしまう。
これと同様に、例えば、TOM1に結合して、ウイルス因子が結合できなくするような薬剤ができないか、検討中です。

お話の後は、星と風のカフェ(http://www2.bbweb-arena.com/hshcafe/)で販売されている、三鷹市内にある障がい者施設・作業所が参加し、自主製品の紹介がありました。参加者全員で星と風のカフェのお菓子やお茶をいただきながら、話し合いをしました。