アクセスマップお問い合わせ
第6回ヒトゲノムを使う実験教室「私たちのDNA」開かれる

 2011年10月1日(土)、東京農工大学遺伝子実験施設で、ヒトゲノムを使う実験教室「私たちのDNA」を行いました。第6回となる今年は、アルコール代謝に関係する遺伝子ALDH2の検出を今までと別な方法で行ったり、協賛のNPO個人遺伝情報取扱協議会理事長堤正好さんの講演をいただくなど、今までとは異なる進め方で行いました。
 実験は①口腔粘膜の細胞からDNAを粗抽出して目視(肉眼でみて観察)すること、②PCR(特定のDNAの配列だけを増やす)で増幅し、増えたDNAを制限酵素で切断し電気泳動(DNAの電気的な性質で分析する方法)で解析すること(PCR-RFLP解析)の2つを行いました。
 初めに、同施設丹生谷博教授より、開会のことばがあり、実験概要説明、個人遺伝情報を利用するための説明と同意書作成を行いました。

丹生谷先生の開会のことば 同意書作成
ピペットの練習 大藤先生による実験の概要の説明


実験1「DNAの粗抽出と観察」

 上あごやほほの内側の口腔粘膜細胞を綿棒でこすって集め、細胞溶解液の入った試験管に綿棒をつけて、細胞を溶かす。アルコールを静かに注ぎ、しばらく静置し、界面を観察する。試験管を上下にしてゆっくり混ぜると白いもやもやしたもの(DNA)が認められた。

少量の液体を扱う 唾液の中の口腔粘膜細胞を観察する


実験2「ALDH2の検出」

 実験1と同じように集めた口腔粘膜細胞を細胞溶解液に溶かしこみDNAを抽出する。アルコール代謝に関係するALDH2遺伝子の活性型と不活性型のDNA配列は1塩基だけ異なっている。抽出DNAにPCR溶液を加えて、ALDH2遺伝子を増幅する。活性型のALDH2遺伝子のDNA配列だけを制限酵素で切ることができる。電気泳動を行うと、制限酵素で切られたDNA断片は切られないDNA断片より小さくなり、ALDH2活性型の遺伝子では、下にバンドが現れる。電気泳動のパターンから、自分の遺伝子型がわかる。

PCRはALDH2遺伝子を増やす装置 電気泳動装置にサンプルを注ぐ


ラボツアー

丹生谷先生のガイドで遺伝子実験施設の見学を行いました。

ラボツアー 堤さんのお話


講義1「遺伝子診断の現状」 個人遺伝情報取扱協議会 理事長 堤正好氏

遺伝子診断には、診断キットをインターネットなどで消費者が購入できるDTC(Direct to consumer)遺伝子診断と、医療機関を通じて行うもの2種類ある。
調べる対象は、①病原体の遺伝子検査(病原体のDNAを調べることで、病気を診断する。結核は患者の喀痰を2ヶ月培養しないと結核かどうかわからなかったが、今では喀痰に含まれる病原体のDNAを調べれば結核かどうかわかるので、数日で診断できる)とガンの遺伝子検査、②個人識別(軍隊の兵士を登録する、災害時の被害者の身元を調べる)、③ヒトの遺伝子診断(体質にあった医薬品の処方に遺伝情報を用いる)の3種類がある。
体質検査や親子鑑定にはDTCがあり、インターネットで簡単に購入することができる。
2008年度、日本衛生検査所協会は加盟している133社を対象にアンケートを行い、76.7%回収された。
ヒト遺伝子検査は12,245件行われ、そのうち単一遺伝子疾患に関するものは2,447件、最近増加した薬剤応答性診断に関するものが8,252件である。対象外の遺伝子検査4,179,758件のうち感染症病原体の遺伝子検査は4,007,584件であり、ヒト遺伝子検査では薬剤応答性に関するものが3分の2をしめ、感染症病原体の遺伝子検査はヒト遺伝子検査よりもはるかに多いことがわかる。指針の対象外の染色体検査や遺伝子検査は、染色体異常の確定診断や白血病の治療薬の効果を調べるのに役立ち、多く利用されている。
実際には、日本衛生検査所協会に加盟していない会社が体質検査キットの販売などをしている。個人遺伝情報の取り扱いにおいては、技術開発と倫理原則がうまく融合していかなくてはならない。



講義2「ゲノムとは何か? 遺伝子と体質・病気」東京テクニカルカレッジ・バイオ科 大藤道衛氏

ゲノムとDNA
生物は細胞の核に遺伝情報を担う化学物質であるDNAを持っている。DNAはヒストンタンパク質に絡みながら、4種類の塩基がつながる長い鎖のような構造をしている。細胞分裂のときには、ヒトの場合23対の染色体という糸巻きに巻かれたような状態になって細胞から細胞へと伝わる。また、ゲノムDNAは生殖細胞を通じ親から子へと受け継がれる。ゲノムを、ある生物のすべての遺伝子の1セットをいう。

ガンはなぜできるのか 
ガンは細胞が不死化して増殖続ける状況で、DNAに傷がついて細胞が死ななくなるとガンができる。私たちは癌原遺伝子と癌抑制遺伝子をもっていて、そのバランスが崩れるとガンが発症する。またDNAが傷ついても、それを修復する機能があるので、私たちの体内では毎日、DNAの修復が行われている。

一卵性双生児とエピジェネティックス
エピジェネティックスとは遺伝情報(DNAの塩基配列)に基づくジェネティックス(遺伝学)に依存しない現象をさす。DNAがメチル化するのも、エピジェネティックスに含まれる。一卵性双生児は、全く同じゲノムを持っている。ある3歳児の一卵性双生児のDNAメチル化の状況と50歳の人の状況を比べたら、50歳の双子では、お互いに異なる場所でメチル化が起っていた。一卵性双生児が年配になると、お互いに違いがでてくるのは、このようなゲノムDNAのメチル化の変化が反映されていると考えられる。遺伝子の調節領域がメチル化されるとその遺伝子の発現が抑えられる。言い換えればDNAのメチル化によりある遺伝子によるタンパク質が作られなくなる。

大藤先生による説明:
●「エピ=〜の外、〜を越えた」という意味(Epi-: Prefix taken from the Greek that means "on, upon, at, by, near, over, on top of, toward, against, among.")。また、エピジェネティクスを「後世遺伝学」という場合もありますが、あまり見かけないように思います。
●双生児のデータを同じ人の3歳時点と50歳時点を調べることは現時点では技術的にできません。スライドで紹介した3歳と50歳の人は違う双子のペアーです。

ガンと遺伝
ガン患者が多い家系をガン家系と言ったりする。元米国大統領のジミー・カーター氏は、家族にガンが多く、実家はピーナッツ農園である。遺伝子を調べてもガンと遺伝の相関はわからなかったという。
病気・健康は遺伝子因子と環境因子を組み合わせで起る。そういう総合的な視点で自分のゲノム情報や健康について考えていけるとよい。

タコ糸を使ってDNAの説明 お茶を飲みながら実験を振り返る

個人遺伝情報の保護
実験に使った自分のDNAサンプルは、ひとつの容器に集めて塩酸で分解しました。こうすることで、個人遺伝情報が利用できなくなり、保護する事ができるからです。

話し合い 
 実験終了後、参加者はお茶を飲みながら、実験の感想を話し合いました。学生時代は実験をしていたが今は離れてしまった人、昨年も参加したけれど今年は方法が変わったので挑戦した人、放送大学でバイオを学んでいて興味を持った人など、いろいろな方が来られました。実験の説明もわかりやすく、自分のゲノム情報を利用して実験ができて興味深かったという参加者がほとんどでした。今年度は実験と講義に加えて、遺伝子診断のビジネスの実態のお話もうかがえたので、より具体的にゲノム情報の利用の実態がイメージできた参加者が多くいました。