アクセスマップお問い合わせ
観環居バイオカフェレポート「くすりができるまで」

 2011年9月10日(土)、観環居(横浜市みなとみらい)http://www.smaut.jp/home/でバイオカフェを開きました。SmaUtシステムモデルハウスのゆったりとしたリビングルームで、清田義弘さん(武田薬品工業株式会社医薬研究本部研究推進室長)のお話「くすりができるまで」をうかがいました。くすりの役割が役者と芝居にたとえて話されたので、わかりやすく、話し合いも活発になりました。

清田さんのお話 会場風景1

お話の主な内容

くすりとは
 くすりには、薬屋やコンビニで手に入る一般用医薬品と、お医者さんが出す処方箋によって投与される医療用医薬品がある。一般用は消費者が選べて、安全性がより重視されている。 
 新薬とジェネリックという分け方もある。新薬(先発医薬品)は、新しい成分の有効性・安全性が確認されて国が承認したもので、10-15年がかかって数百〜数千億円を投じて開発した製薬企業には、独占販売の権利が認められる。特許期間(20-25年の間)が切れた後、先発医薬品と同じ成分を使って、同等性のみを確認することで認められるのが、ジェネリック(後発医薬品)。同等性確認までに3年くらいかかり、価格は安くなる。

病気とくすり
 病気になると、身体の中で必要なたんぱく質などがうまく機能しなくなる。おかしくなった働きが治るのを助けるのがくすり。
 体内の酵素や受容体、ホルモンなどの蛋白質を役者にたとえると、健康状態は芝居。ある役者が張り切り過ぎたり、元気がなくなったりすると、芝居全体がよくなくなる。このような病気の状態のときに、元気のない役者を元気にしたり、張り切り過ぎの役者をなだめたりするのがくすり。しかし、元気のない役者のためにくすりを飲むと全員の役者に影響が及ぶ。くすりのために他の役者が元気になり過ぎたり、元気を失ったりして問題がおきるのが副作用。
例1)レニンーアンジオテンシン系が亢進するのが高血圧の一因。阻害するようにするのが、高血圧の治療薬。
例2)脳内神経伝達物質のノルアドレナリンやセロトニンのバランスが崩れるとうつ状態になる。ノルアドレナリンは意欲、セロトニンは穏やかな気持ちに影響する。これらの分泌が悪いと意欲低下や不安になる。脳内神経伝達物質の濃度を保つようにするのがくすりの役割。

くすりの歴史
 紀元前2000年ころ、メソポタミアには世界最古のくすりの記録が粘土板に楔形文字で刻まれて残されている。当時、悪魔にとりつかれると病気になると考え、腐った肉や動物の糞を食べさせて嘔吐と下痢を起こさせて悪魔をはらったり、呪文を唱えたりして病気を良くしようとした。
 エジプトには、パピルス・エーベルスに記録があり、アヘン、ハッカ、桂皮、ニョウバン、脂肪、動物の臓器などが、くすりの役目を果たすものとして記されている。これらの中には今も使われているものもある。
 紀元前後、ヒポクラテスは、呪術・宗教から脱却した医療を考え、「医学の父」と呼ばれる。マテリア・メディアにより生薬の情報が整理され、この流れは近代まで続いた。
産業革命の頃には、合成医薬品への発展に繋がる技術進歩が見られた。まずは、薬草からの有効成分の抽出・単離技術。例えば、ケシ坊主の樹液を乾かしてアヘンを集め、モルヒネを抽出したり、トコンからエメチン、聖イグナチウス豆の種からストリキニーネ、キナからキニーネなどが見つかっている。これらの化学構造もわかってきたが、植物などから抽出している限り、有効成分は安定して得られない。
 一方、1985年ごろ実験薬理学といって動物やヒトを使って有効性を調べる研究が進歩。エメチンの催吐作用などが調べられた。
 化学合成技術も発達し、もとのものから似た化合物を展開して有効性を調べるような、くすりのつくり方ができるようになってきた。
例)アスピリン
古代ギリシャで、シロヤナギが痛風、歯痛、リウマチに効くことが知られていた。1763年、体温を下げる効果があることがわかった。1830年にはサリシンが抽出された。1838年、サリチル酸が見つかり、防腐剤として利用されるようになった。1875年、解熱・鎮痛作用が見つかり、1899年には、アスピリンができた。アスピリンは、似た化合物をいろいろ合成して、実験薬理学でためして有効でかつ副作用が少なくして作られたくすり。アスピリンの歴史をみると、抽出、単離、合成技術の進歩が合成医薬品へ展開した流れがよくわかる。
 産業革命以降に、くすりの合成が進み、1982年にはバイオ医薬品が登場した。

創薬の流れ
 くすりができるまでには、(1)非臨床試験(ヒトに投与しない)、(2)臨床試験(ヒトが対象)、(3)申請という3つの段階があり、全部で9-17年かかる。医薬品になるのは、25、482分の1。ひとつのターゲットに絞ってからくすりになるまでの費用が数百億円、失敗した物質に投資された開発費用も含むと2,000億円くらいかかる。
(1)非臨床試験
①基礎研究
 患者さんを診ても、初めはどの役者に問題があるかわらかない。問題がある役者に効果がある新規物質を発見し、創製する。ここまでに2-3年かかる。今はいろいろな手法がある。基礎研究の段階を芝居で説明すると、患者の病気は芝居がうまくいっていないことに気づくことから始まる。けれど、どの役者に問題があるかはわからない。まず問題のある役者を見つけ、その役者に効く物質を見つけることが基礎研究の間に行われる。 
②非臨床試験
 マウスやラットなどを使って、候補物質の有効性と安全性を調べる。3-5年。余計な影響が出ていないか、くすりの品質と化合物としての安定性がどうかを調べる。
(2)臨床試験(第1相〜第3相があり、治験といわれ、3-7年かかる)
①第1相:健康なボランティアを対象にして、安全性確認を行う。動物でOKだった量よりも少ないところからスタートし、血液中濃度をみていく。
②第2相:少数の患者を対象として、血液中の薬剤の量、有効な用法(どのくらいを何回に分けて投与するのか)を調べる。
③第3相:多数の患者を対象として、有効性と安全性を調べる。
(3)申請
厚生労働省薬事・食品衛生審議会で審査を受ける。1-2年かかる。承認されると、世の中にくすりとして登場する。

創薬の現状と将来
 この10年で、臨床開発期間は延び、研究開発費は約2倍に、市場に出てくる新薬の数は年間約45から30個以下になった。この10年の変化から、創薬が難しくなったことがわかる。いろいろな手法でくすりはつくられる。
①ゲノム創薬:病気の原因になっている遺伝子を見つける。
②分子設計技術:病気の原因になる役者の顔が見えてきている(酵素などの蛋白質のどこに、くすりが結びつくとよいのかが、みえてくる)。どういう化合物が働くと、役者がよくなるのかを、製薬企業が持っている化合物の図書館を使って調べる。その数にも限りがあり、ぴったりの物質を見つけるのは難しい。
③抗体医薬品:ヒトの持っている免疫の主役である抗体をつくってくすりにする。低分子医薬品ではできないことが、抗体のような高分子の物質を使うことで可能になることがある。ガンの領域で開発が進み、市場も拡大中。
④核酸医薬品:機能性蛋白をつくる情報を持っている遺伝子で病気の原因になっているものを見つけ、遺伝子の働きを使って、遺伝子発現を抑制するなど調節する。
 医薬品の使い方に「テーラーメード医療(個別化医療)」ということばがある。これは、くすりの感受性の違い(代謝の度合いの違い)などが患者さんの遺伝的背景によるとき、遺伝情報を調べて患者にあったくすりを処方できる。
 最後に、武田薬品工業は、大阪と筑波の研究所を統合し、湘南に研究所をオープンしました。森の中の研究所をコンセプトとした環境に優しい研究所を目指します。この神奈川の地から世界の人々に喜んでいただけるような医薬品の創製を目指します。ご理解ご協力の程宜しくお願いします


会場風景 カフェ会場前の庭

話し合い 
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • 漢方薬はどこに位置するのか→長い歴史で漢方薬の成分分析は今も続けられている。わからない成分もあるし、複合作用にはわからないこともある。永い歴史の中で有効性が検証されており、合成医薬品とは別のメリットもある。
    • くすりが合成して作られるとき、化合物だと不純物は入っているのか→合成する原薬はだいたい99%以上の純度になる。不純物が何かはわかっているので、それが排除すべきものかどうかで、担保する品質が決まり、求められる純度が決まってくる。
    • うつのくすりをのむと、脳全部に効いてしまうのか→脳には、セロトニンが働く神経、ノルアドレナリンが働く神経のように、神経伝達物質の種類によって異なる神経が存在する。不安になる患者はセロトニンに問題があるので、不安な患者さんには、セロトニンの神経に効くくすりを投与する。脳の中のセロトニンの働く場所にだけ効くようになっている。
    • くすりをのむと、体全部のセロトニンの働く神経に効いてしまうのか→末梢にもセロトニンが作用する場所はあるので、脳に入りやすい物質を探す。ただし、末梢にも効いて副作用が出るとその物質はくすりの候補から脱落する。頭は脂が多いので、脂溶性が高いくすりをつくって頭に入りやすくする。
    • 認知症を遅らせるくすりはあるが、最近、原因がみつかりiPS細胞を使って治すことができるようになると聞いた。それはいつごろできるのでしょうか→iPS細胞を目的の神経細胞に分化させ、患者さんの脳へ移植することが可能であれば、お話しの医薬品に比べ、より生理的、持続的かつ安定的な症状改善が期待できるものと 思われる。また、その臨床応用も数年以内に試みられる可能性はあると思う。例えば、パーキンソン病のように欠落している神経細胞が限定しているものは、方向性が絞りこみやすく、治療の可能性も高いと思う。
    • くすりづくりが難しくなったなかで、非臨床試験をコンピューターでシミュレーションするのはどうだろうか→分子設計などコンピューターシミュレーション等によるプロセスの効率化が行われている。ただ、今とは別の攻め方が必要ではないか。ゲノム創薬の考え方のように。例えば、同じ癌でもどんなタイプかわかると、特定の患者に効くくすりを絞り込んで作れるので、開発期間は短縮されるだろう。マーケットは小さくなるが、開発費用も削減される。

    大橋さん(積水ハウス)から観環居ツアー
    のお知らせ
    キッチンの見学