8月8日(金)第4回談話会が開催されました。今回は「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律案」(以後、カルタヘナ議定書国内担保法とする)が6月18日第156回国会を通過したので、依田次平さん(財団法人バイオインダストリー協会産業と社会部長)をスピーカーにお迎えし、この法案成立の背景、経緯、意味などについてお話いただきその後、14名の参加者全員でディスカッションしました。
参考サイト ヨハネスブルグサミット
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依田さんのお話 |
カルタヘナ議定書国内担保法ができ、遺伝子組換え生物の越境移動や扱いが法律で規制されるようになりました。今までは指針で規制されていましたが、これからは罰則が科せられることになります。従来は、法律は指針での規制が不十分であるときに作られますが、今回はカルタヘナ議定書が先にあって、これに対応するものとして国内の規制が作られた、という経緯があります。したがって、今回の法律の制定は、組換え体の環境影響が実際に問題になったため法律を作った訳ではなく、あくまでも国際条約に対応するためであるということに注意する必要があります。
現在は環境省内にカルタヘナ議定書国内担保法準備室が設置され、そこを中心に環境省、農林水産省、厚生労働省、経済産業省、文部科学省、財務省が運用について、調整しています。農作物、産業利用など個別の利用用途については、従来通り各省の指針の流れを汲んだ縦割りの省令で対応することになるのではないかと予想されています。日本はカルタヘナ議定書をまだ批准していません。
遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律案
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リオ地球環境サミットと生物多様性条約 |
1992年リオで地球環境サミットが開かれました。ここでつくられた条約は、気候変動枠組み条約(地球温暖化、二酸化炭素の排出削減などが論点)と生物多様性条約(途上国の資源保護、知的財産権と農民の権利、遺伝子組換え生物の環境への影響などが論点)でした。
非常に多くの参加者が集まったこと、条約の実現のための方法を決めようという動きができたことが特記すべきことでした。
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カルタヘナ議定書 |
気候変動枠組み条約の具体的な取り組みとして京都議定書が採択され、生物多様性条約第19条に基づいて遺伝子組換え生物の越境移動に伴う生物多様性への潜在的影響に対処するために定められたものがカルタヘナ議定書で、2000年1月にカルタヘナで採択されました。
米国は生物多様性条約も気候変動枠組み条約の京都議定書にも批准していません。これは、どちらの条約も欧州に比べて米国の負担が過大と考えられること、交渉の過程で米国が主張する科学的(合理的)な提案が必ずしも受け入れられなかったことが全般的な理由です。生物多様性条約については、知的所有権の保護が十分に行われない可能性があることも米国が批准を見送った大きな理由でした。
カルタヘナ議定書では遺伝子組換え生物の扱いを規制するために分子生物学的な分析を行う施設、機材、人材育成を先進国が支援することになり、これも途上国への資金援助となります。その場合金額は国連拠出金に準じ、最大の資金を国連に送っている米国が抜けている現在、日本がその割合を負担し(20-30%)欧州は1国あたり10%以下になるだろうと推定されます。
生物多様性条約の締結国の状況
カルタヘナ議定書とは?
日本政府も初期から代表を送って、この議定書作成作業に参加し、当初は次の2点を主張してきました。
(1)遺伝子組換え生物の環境への影響のみを対象とし、ヒトの健康は対象外としない
(2)予防原則といわれるprecautionary principleという概念は加えない
結果的には(1)、(2)ともに日本の主張は認められませんでした。予防原則というのは、科学的なデータでは問題はないが、時間的経過が十分でない場合など大事をとって予防的な措置をとりましょう、というもので、世界が納得すべき条約の基準に、厳密には科学で定義できない考え方を取り入れていいものかどうかが争点となりました。
Precautionary principleについては様々な解釈があり、宮城島一明先生は予警主義と翻訳され、これは科学主義と相対するものであると位置づけられています。
設立1周年記念講演会開催「食品保健をめぐる世界の潮流」
カルタヘナ議定書(和文)
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遺伝子組換え技術の予期せぬ危険はあるのか |
OECD(欧州経済協力機構)では遺伝子組換え技術そのものに特に危険は認められないが、「新規」なものは国民の認知が得られるまで留意しながら実施するということで、各国で何らかの規制を行ってきました。日本では法律でなく、指針による規制を行ってきました。
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欧州と米国と日本 |
precautionary principleに代表されるように欧州と米国では、ものの考え方や歴史が異なっています。「理念」を重んじる欧州と「論理」を重んじる米国の考え方の違いが生じてきます。たとえば国際基準であるISOは欧州、HACCPは米国です。米国の設ける基準は実施していくうえで整然として扱いやすいと評価されています。
理念の実現のために欧州には国際機関の本部も多く、それらの会議が行われ、その地域には宿泊施設、会議場、通訳、資料作成など受発注が盛んに起こり、「国際機関の本部のある都市」という新しい産業の恩恵を得ています。
欧州指令(EUdirective2002/18/RC)が2002年に作られましたが、遺伝子組換え生物の環境への影響に対する考え方、理念はカルタヘナ議定書と同じです。文書作成が相前後して行われたことがわかります。
日本は欧米の間にあって、「安心」と「安全」、「国民の声」という「理念」や「論理」とは少し違った考え方をしています。
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参加者の質問と感想 |
バイオテクノロジー関連
- 遺伝子組換え農作物の交雑の頻度が極めて低いことはどうして理解されないのだろうか。
生物資源の保護
- 質問: 生物資源保護の背景に国際的な政治的な駆け引きがあることがわかったが、適切な保全というものはないのか? 物質的な利便性のために好き勝手をしていいとは思わない。
回答: 自然に対する考え方はひとりひとり異なっており、水田を自然という人もいれば、荒地の方が自然という人もいる。多様性の定義はあいまいであると思う。きれいな自然は保護したほうがいいが、自然の利用と保全のバランスを取る必要がある。
- NPOでネパール、パキスタンの薬用植物を栽培し、日本で医薬品にする仕事を支援している。薬用植物や原料の越境ばかりでなく、使い方の文化をセットにして考えていかなくてはいけない。先進国の必要な作物を途上国の畑の従来の作物をやめさせて栽培するようなやり方は相手の国の文化を無視していることになると思う。
- 質問: カルタヘナ議定書の背景は何か?
回答: 米国の遺伝子組換え農作物の輸出攻勢への欧州の対抗のひとつではないか。第一世代の遺伝子組換え農作物の特許が米国におさえられているのも一因ではないか。
- 生物多様性条約は絶滅危惧種の保護などよいことづくめだと思っていたが、政治的、経済的な駆け引きがあるのだとわかった。
日本の考え方と海外の考え方
- 質問: 日本政府がカルタヘナ議定書を批准する目的は何だったのか?
回答: 条約の目的は国際間の利害調整であり、日本の外交は戦略的でなかった。
- カルタヘナ議定書を米国が批准しないことは、米国にとってどんな利益があるのか。
- 質問: 米国と日本の考え方の違いはどこから来るのか?
回答: ひとつの理由に米国は官民の入れ替わりがよく起こるので論理が根拠になるが、日本は認可する側と認可される側は終身雇用でまず変わらないことが対照的。
- 米国は論理的で考え方が整然としているが日本と米国の今日に至る歴史が異なる以上、追随することがいいとはいえない。理念と論理とは別の民族性を追及していくのがいいのではないか。
その他
- 新聞の報道について、欧米の事情を客観的に見て行ってほしい。一部の環境保護団体の行動では遺伝子組換え作物畑を荒らすような刑法に触れる行為を行っているが、これらを英雄のように取り上げるのはいかがものか。
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談話会参加者(前列中央が依田さん) |
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当日配布された資料リストとレジュメ |
- 1992年の地球サミット
- EU
- 国連環境開発会議
- GEF
- 生物多様性条約バイオセーフティ議定書作業部会対処の重要ポイント
- 同上 対処方針
- カルタヘナ議定書に対するいろいろな意見
- 生物多様性条約抜粋
- カルタヘナ議定書抜粋
- EU組換え体の環境利用における指令
- ドイツにおけるバイオテクノロジー政策
- 米国TSCAバイオテクノロジー政策
- 日本厚生省組換え食品安全性審査の法的義務化他
- 内田先生の提案
- 米国リフキンの影響
- フランスボベの影響
- 組換え技術の安全性に関するトピックスについて
- 農業関係データ
- 識者の考え
2003.8.8
財団法人 バイオインダストリー協会 産業と社会部長 依田次平
- 本年7月に標記国内担保措置法が成立した。
- この法律は遺伝子組換え技術を用いた実験、製造や製品すべてを規制するものである。
- この法律の正式名称は「遺伝子組換え生物などの使用等の規制による生物多様性の確保に関する法律」と言う。
- ここで言う「生物の多様性」とはすべての生物(陸上生態系、海洋そのほかの水界生態系、これらが複合した生態系、その他生息または生育の場の如何を問わない)の間の変異性をいうものとし、種内の多様性、種間の多様性及び生態系の多様性を含む。(生物多様性条約第2条用語より)
また生態系とは植物、動物及ぶ微生物の群集とこれらを取り巻く非生物的な環境とが相互に作用してひとつの機能的な単位をなす動的な複合体をいう。(生物多様性条約第2条用語より)
- 庭先や公園緑地でのことか、山林や野草地帯を考えるのか。農場はどうなのか?
- 工場建屋内での生産は生物の多様性の確保にどう影響するのか?
- 遺伝子組換え技術を特別視する根拠は?
- これまでにどんな問題が起き、どういうことが想定されるのか?
- WTOでの農作物問題では日本や欧州は自国の農業は、環境保全にとって重要な役割を果たしているとしている。(例えばフランスの農家はその広大な畑地での生産が立ち行かなくなると、これが荒地となり、周辺環境がこわされるといっていた)
- 要するにどうにでも解釈できる条約に基づいた目的のはっきりしない法律をわが国は作ってしまったといえる。
- 次にわが国はカルタヘナ議定書の批准に向かうが批准すれば大きな出費が必要となる。