2011年7月2日(土)、第3回遺伝子組換え実験安全研修会が全国大学等遺伝子研究支援連絡協議会(http://www.tuat.ac.jp/~iden-kyo/index.html)主催により開かれ、全国の大学や企業の遺伝子実験施設関係者ら120名が集まりました。午前は4つテーマの分科会で議論し、午後は全体で意見交換が行われました。
午後の部の冒頭、遺伝子研究支援施設連絡協議会長 難波栄二氏(鳥取大学)より、「今年度、3回目となるが、遺伝子組換え技術には新たに疑問点が生じているので、このような研修会の継続が重要であるという参加者からの声が聞こえている。本研修会は全国で唯一の、遺伝子組換え技術を関係者皆で考え、意見交換できる会合として重要で貴重な機会。実り多き議論をしたい」という開会の辞がありました。
分科会報告の後、文部科学省ライフサイエンス課生命倫理安全対策室専門官美留町潤一氏、同室木村室長補佐からカルタヘナ法とその運用について話題提供が行われました。この分野の問題はケースバイケースで検討していく必要があり、ライフサイエンス課に問い合わせてほしいとのことでした。
安西弘行氏(茨城大学)の進行により、4つの分科会での議論の報告と話し合いが行われました。培養細胞使用実験の問題点(拡散防止措置等)
(報告 東北大学 田村氏 と 熊本大学 荒木氏)
被災した研究者の経験をもとに、具体的な被災時の問題点と対応策を次のようにまとめた。①遺伝子実験施設の体制、②動物拡散防止、③事務手続き、④物資(飼料、水)の備蓄、⑤施設の中で避難できるスペースの確保、⑥全体を管理する場所の設置、⑦バックアップ体制など。
(報告 筑波大学 鎌田博氏 と 広島大学 田中氏)
遺伝子組換え技術をめぐる最近の世界の動き、ことにOECDの報告書に挙げられた項目が紹介された。組換え技術を用いていることがプロダクトで検知できない遺伝子組換え生物の扱いについて、9月に国際会議が予定されるなど、海外でも動きがあり、日本の研究者の意見収集、日本で使っているどんな技術が対象になるかを整理しなくてはならない。
(報告 東京大学 齋藤氏 と 三浦氏)
感染症にはカルタヘナ法を上回るルールが決まっている。家畜病原体についても厳しく整備されている。震災時の感染症法をめぐる緊急時対応とその記録は貴重であり、それらを大学の本部組織にどのように伝えていくのか。例えば、停電時、自動ロックの施設は開放し人が立つのがいいのか、停電でも開かないのがいいのかなどのを議論が必要で、ルール整備と周知が必要。
カルタヘナ法で培養細胞の扱いはずいぶん変わった。大学遺伝子協にアンケートを行い、33組織より回答を得、現状把握を行った。
ウイルスベクターを用いた実験、iPS細胞由来でつくられた遺伝子組換え体、外来DNAの有無をどのように確認するのかなどについて、関連するガイドラインの必要性を含めて議論した。
カルタヘナ法が策定された頃より、現在の科学・技術は大きく進歩しており、状況に即した安全管理が求められている。
遺伝子組換え技術を用いた生物の情報の継承
植物、プラスミドのガイドラインが必要ではないか。研究で使う細胞は、どういう作られ方をしたかを譲渡時に次の研究者に知らせるべきで、もらう人も細胞の来歴を知っておくことは研究者の良識だろう。培養細胞にも履歴を残すべきだろう。iPS細胞を使うと、プロダクトから履歴は追えないので、iPS細胞をもらった人は併せて情報をもらっておく方がいい。しかし、規制が強すぎるとiPS実験は進まなくなる恐れがある。履歴のわからない培養細胞は使わないという指導が必要ではないか。
研究時に遺伝子組換え体を譲渡された時には非組換え体の扱いだったものが、後で規制の対象となって、組換え体扱いになることもありうる。たとえば遺伝子組換え体を台木にして接木したら、実った実は組換えかどうか。日本のカルタヘナ法の解釈では、組換えと非組換えを交配したものから、外来遺伝子が検出されなかったら、組換えと扱わなくていいことになっている。作った人は知っていても、種子をもらった人が品種改良して世界に流通してしまうことも想定しなくてはならないのではないか。
適用除外の範囲
植物は培養細胞からでも植物個体が再生できる。植物は培養細胞でも適用除外できないことは多い。個体再分化を目的とする植物培養細胞は組換え体扱いになる(文書化されていないが、説明文書が残っているかもしれない)。このことが知られていないかもしれない。
ウイルスベクターを介して組換えた生物
ウイルスベクターを介して作製された組換え生物から最終プロダクトになったときにウイルスがいないことをどうやって確認するのか。カルタヘナ法の対象だったものが規制緩和で外すときはどうすればいいのか。
同種の遺伝子のみを用いた遺伝子組換え体の育成
FT遺伝子を用いた早期開花性を利用した品種改良方法ができ、塗るだけで大量に蛋白が発現し、形質も見やすく、使いやすい。例えば、リンゴの実生に塗って、花が咲いて実がなるまで2ヶ月(従来は半年)。どんどん使ってほしい技術。品種改良の途中で使っているので、プロダクトに出ないから、特許侵害をされても証明できないという問題点もある。
安全性審査のプロセスの問題
文部科学省は基礎研究、環境省は全体統括、経済産業省は組換え微生物の大量発酵と環境修復、農林水産省は農業利用や家畜用飼料、厚生労働省は遺伝子組換え微生物などを使った医薬品、財務省は酒類となっている。環境修復用植物は経済産業省か農林水産省かという問題がある。
初めに大学で利用するときに組換えでないと判断されるとカルタヘナ法が適用されずに進むことになる。食品や飼料となったとたんに組換え扱いになると規制対象になるケースが考えられる。食品安全委員会は経済産業省がはずした相同組換えも審査対象にしている。6省庁で規制緩和されたものが、食品安全委員会で戻り規制になる。
6省庁と食品安全委員会で審査が済んだもの(カルタヘナ法によりプロダクトベースで検知可能かどうかで審査)に対して、食品安全委員会、消費者庁がプロセスベースで規制するとなると、遡って検討することになるかもしれない。
プロダクトベースの「検知」がポイントになるだろう。
ジャンクションの扱い
カルタヘナ法では審査しないが、食品安全委員会ではイネにイネ遺伝子を入れたつなぎ目(ジャンクション)はチェックする。ジャンクションは食品安全委員会の審査項目になっているので、ジャンクション情報を研究者は受けついでおかなければならない。
まとめ
カルタヘナ法を作ったころと今では技術がずいぶん進んでしまった。2011年5月、EC(European Commission)はNew Plant Breeding Techniquesを公開した。そこには新しい技術が紹介されている。
http://ipts.jrc.ec.europa.eu/publications/pub.cfm?id=4100
ftp://ftp.jrc.es/pub/EURdoc/JRC63971.pdf
これらの技術について、日本ではどう考えていくのか。どんなものが法律の適用をうけるのか。研究者が発言しないと、規制はどんどん厳しくなっていくだろう。
東北大学、筑波大学、茨城大学、産業技術総合研究所の被害の状況が報告され、今後の対策について話し合いが行われました。
「東日本大震災による被災状況と対応〜東北大学からの報告」
東北大学遺伝子実験センター長 田村真理先生
地震、津波、原子力発電所事故の3つの被害が重なってしまい、学生が2名、入学予定1名が亡くなった。
28棟が入棟禁止(うち2棟が遺伝子組換え実験施設)、遺伝子組換え実験施設1棟が津波の被害を受け、生物資源が失われてしまった。被害総額は800億円で、1,800件の被害があった。遺伝子組換え実験を行っている部局が16あり、2,400名が従事。微生物・動植物を扱う部屋は425、12種類の小動物を扱っている。
結果的には、32年前宮城県沖地震の経験からラックは固定されていたので、倒壊の被害は大きくなく、停電、立ち入り禁止等によって起きた地震後の被害が大きかった。
東北大では実験施設が分散しているので、遺伝子組換え実験安全委員会を設置して全学を統括し、各施設に実験責任者がいた。さらに、遺伝子実験センターができて、全学の遺伝子実験を支援する体制になり、事務補佐、技術補佐の専任が置かれていた。
●被害状況の把握
拡散事故がなかったことがわかり、文部科学省に報告した。被害状況のアンケート調査、立ち入り調査を行い、管理運営を行った。
●飼育・栽培・培養環境の悪化
ライフラインが2日間止まった。4日目から自己責任で立ち入り対応した。余震による被害はなかったが、実験動物飼育を行ったボランティアの学生が怪我したりしたら、これは美談では済まない。対応を早急に検討すべき。
●実験動物
壁のひび、損はあったが、拡散はなかった。
安全委員会委員長、センター長の判断でGMマウスの緊急移送を行った。もし、学外、学内の安全な移送先が確保されていなかったら、移送できなかった
水漏れで溺死したマウスは90匹だったが、気温低下、飼育環境悪化(飼育担当者の帰郷を含む)のために安楽死させたマウスは9,381匹。
魚類は水槽が落下した場合は全滅。その後、停電で水の循環が停止して死んでしまった。
線虫は落下して数センチの飛散だったので、管理区域外に拡散はなかった。その後停電で全滅。
他の施設での被害
●産業総合技術研究所:高層階に飼育施設はなかったが、停電による保存用冷蔵庫や冷凍庫の微生物株に被害がある。
空調はとまったが、飼料の備蓄が1-2ヶ月分あり、系統維持はできた。研究排水管損傷でケージ洗浄ができなかった。
非常電源を確保していたが、重油がなくなってしまった。燃料保管場所の確保も難しい。
●筑波大学:建物の被害はなかったが、機械、パソコンに損傷。停電の被害が最も大きい。
ショートしていないことを確認してから再配線するというのは現実的でない。配線済みのシェルターを用意しておいてはどうか。3日間停電すると、ディープフリーザーの中身は全滅する。ディープフリーザーの中身はどうしたらいいのか。
水、ガスの復旧は電気より後回しになることがわかった。
学内で6日停電した場所の生物は、遺伝子実験センターで対応した。
まとめ
●地震が来たら:人命第一で行動する。拡散防止措置を行う。病原性のある組換え微生物を扱う部屋は施錠したり、立ち入り禁止の指示をして逃げる→遺伝子組換え生物がある部屋を施錠するのか、開放していくのかルールを決めておく。
被害状況の把握:遺伝子組換え生物を扱う部屋の状況を調査し、全体の状況をとりまとめ、文部科学省に報告→遺伝子組換え生物を扱っている部屋ごとに表示を行い、毎年、表示を更新する。
拡散防止:拡散が起きたかどうかを確認して、文部科学省に報告し、微生物のプレートが割れたときはアルコール消毒、温室はビニールで塞ぐなどして、生物ごとに拡散防止措置を行う。
●動植物・微生物の飼育・栽培・培養・保存の継続:停電でも生物の世話ができるように、実験室、保管場所は1-2階だけにする。ライフラインが復活するまでの電源の確保→保管できる燃料の量から非常電源が使えるのは11時間。11時間以内に電気がこないときには、移送する→移送先を平素より決定しておく。受け入れ先は受け入れ条件・方法(誰が判断するか、どのような状況の遺伝子組換え生物なら受け入れられるか)を定めておき、速やかに受け入れられるようにしておく。施設間の了解と担当者の了解の両方が必要なので、誰でもわかるようにしておく。
●対応に従事する人の安全管理:被災後、P3に入るときには防護服などの準備が必要。
●緊急連絡網:大学は安全委員会の緊急連絡網を使って、問い合わせ、確認、検討できるようにしておいてほしい。最後は近所の大学から見に行くしかない。
●緊急時対応マニュアル作成:遺伝子協で、動植物・微生物の緊急時対応マニュアルをつくっておくべき。
●生物保存拠点:東西に1箇所ずつ、全国規模の大事な生物の保存拠点を設けてはどうか。