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バイオカフェレポート「21世紀地球市民の水とのつき合い方」

2011年7月8日、茅場町サン茶房にて、バイオカフェを開きました。お話は国際基督教大学名誉教授吉野輝雄さんによる「21世紀地球市民の水とのつき合い方」でした。水のバイオカフェシリーズ第1回。初めに、松本宗雄さんのバイオリン演奏がありました。清涼感のあるバッハとヘンデルのバイオリンソナタが選曲されました。

松本さんの演奏 吉野さんのお話

主な内容

はじめに
私の専門は有機化学。理系でない学生に水を通じて「自然と人間についてを考える」という(構造式はH2O以外を使わない)講義をしてきた。学生も興味をもってくれて、学生からの刺激を受け、私も水の面白さにのめりこんでしまった。水はありふれた物質のようで、「化学と工業」の最新号(7月号)で「水はどこまでわかっているのか」という特集を組まれるほど、自然環境や人体の中の水の挙動など、わかっていないことだらけ。水は今も化学のトップテーマの一つだ。
ここで実験。
「水はユニークか?」ふたつのコップの水に氷を入れた。一方は底に沈んだ!他方は表面に浮いた。皆さんの見慣れている景色はどちら。底に沈む方がおかしい?いいえ、水以外の99%以上の物質では固体になると底に沈みます。
種明かしをすると、水の密度は1、アルコールは0.786、氷は0.917。氷が沈んだコップの液体はアルコールでした。
「水は無味・無臭、どこにでもある最もありふれている物質だ、という認識は正しいか」
これは学生に出していた最終試験問題。学生のユニークなレポートをHPに公開しているので見てください(http://subsite.icu.ac.jp/people/yoshino/waterstage.html)。いつも学生の発想には感心してます。


「氷が水に沈んでいる?」 会場風景

地球は水の惑星
地球表面の71%を水が覆い、生命が存在している。8つの太陽系惑星で地球だけに大量の液体の水が存在する。水が液体として存在する温度は0-100度。水星の平均表面温度は300度、金星は200度、地球は15度、火星―50度、この外の星はもっと低くなる。温度は太陽からの距離と関係し、地球との距離は水が液体として存在できるのでちょうど良い。月と太陽の距離が地球との距離と余り変わりがないのに海がないのは、月のサイズが小さく引力が6分の1だから。地球と月は同じ頃にできたが、月の水は宇宙空間に飛散し水のない衛星になった。地球は水を保つのによい大きさだった。46億年間、地球の水は循環し量は変わっていない。これが地球の水の特徴。石油は枯渇し、ウランもなくなるだろうが、水の総量は変わらない。けれど、水不足の時代がやってくる。
 月の表面温度はマイナス180度と110度の間を毎日、変化している。地球の一日の温度変化が小さいのは水があるから。水は比熱が大きく、冷えにくく温まりにくいので、地球の一日の温度変化が小さい。地球環境には水が大量にあり、平均温度15度!水のユニークな性質が生命を支えていることが分かる。

地球は生命の星
38億年前に海の中で生命が誕生した。有機化合物、核酸塩基、液胞ができ、複製できるようになったとき、コアセルベートという原始細胞ができた。海の中は紫外線で守られ、複数の細胞が複合した多細胞生物へと進化(複雑化)していった。
光合成をするシアノバクテリアという生物が登場し、二酸化炭素と水から体内で糖をつくり、酸素を作り出した。酸素が20%もある惑星は地球だけ。酸素は呼吸や燃やすときに使われるだけでなく、酸素は上空でオゾンになって地球を紫外線から守っている。
宇宙誕生を元旦とすると、ホモサピエンス誕生(50万年前)は大晦日の午後11時、エジプト文明(8000年前)は午後11時59分、産業革命200年前は夜中の12時の1.5秒前。
地球では新参者の人間は環境とつきあうとき、自然への畏れを持っているべきではないか。あらゆる生物が共生できる社会をつくっていきたい。

水の三態
水の融点、沸点は異常に高く、分子が小さいのに凍りにくい、蒸発しにくい。表面張力が大きく、凝集力が大きく、毛管現象で高いところにのぼれる。水は何でも溶かす。沸点が高く蒸発しにくいのは、分子間力が大きいから。
水温があがると膨張して、密度は小さくなるが、水は4度で密度が最大になり、氷になると11分の1だけ密度が小さくなる。だから約9%の氷がオンザロックとして水の上に出る。凍ると膨張するので水道管が破裂する。0度から4度に温度を上げると密度が大きくなるという異常な変化を示すのは水だけ。

自然環境との関係
氷は水に浮く。厳冬マイナス20度の釧路湖でも中は凍っていない。表面だけ凍り、湖水の底には4度の重い水があるので魚は死なない。もしも氷が湖底にたまると、春の光がさしても、底まで光は届かず魚は死んでしまうだろう。氷を解かすのには大きな熱が必要なので湖はいつまでも冷たいままだ。
水、シリコン、ビスマスだけが、不連続になる変な性質を持ち、固体になると水に浮く。
氷の結晶はダイヤモンドに似ている。氷は隙間の多い構造で、水分子の周りに4つの分子が集まっている。液体では4.4個。つまり、11分の1だけ氷の密度が小さくなる。
水は表面張力が大きく、凝集力が強く、毛管作用によって親和力の大きな紙や木綿を濡らし隙間にしみ通る。100メートルのメタセコイヤの6メートルまでは毛管現象で水が登り、植物繊維の表面を濡らそうとする性質と葉から蒸散する力で、木のてっぺんまで水が運ばれる。
ヒトの体の65%は水(血液の63% 筋肉の76%、骨の12%が水)。毎日2ℓの水を取り入れ、2ℓ排出している。生命活動維持には200ℓの水が必要でも200ℓ飲まないですむのは、腎臓が老廃物をろ過して水を使いまわしてくれるから。汗をかいて体温調節をするのも、水の蒸発熱のお陰。
動物の毛細血管まで酸素と栄養物が運ばれるのは、水がいろんなものを溶かし込んで運ぶことができるから。水ほど多くのものを溶かせるものはない。たんぱく質、糖は溶けて体の隅々に運ばれ、水に包まれた細胞内で生命活動を担う。油は水に溶けないが、胆汁酸が界面活性剤の働きをして、油を胆汁酸でくるんで体中に運び、酵素で分解できる。海のように大量な水があれば、溶けないものでも完全に分散して「溶けた」といえる状態になる。魚が取り入れたものを私たちが食べると食物連鎖を経て海に溶けた物質が私たちの体に戻ってくる。

光合成
植物は太陽エネルギー、二酸化炭素、水からブドウ糖をつくる。逆に、木の枝や石油を燃やしたり、呼吸によって熱エネルギーを出した後、二酸化炭素と水を生成する。燃えカスともいえる二酸化炭素と水から有用な物質(ブドウ糖、デンプン、セルロース)を作り出す光合成。光合成こそが、生命を維持する価値のある有機反応。こんなにすばらしいことを道端の雑草は毎日やっている。緑の草木のことを思うと、森林破壊なんてとんでもないと思う。
ノーベル賞の根岸先生は「夢は光合成を人間が実現すること」といわれた。さすが!光合成の実現こそ次世代にやってもらいたい研究の一つだと思う。

人間生活を支える水
水資源は、生活用水、農業用水、工業用水など。日本では年間900億トンの水を使っている(泳ぐ、水運など水の減らない利用は含まれない)。
GNPがあがると水の消費量があがる。発展途上国でも、人口が増加し、工業化や都市化が進むと水需要も増える。
日本人は1日一人で、料理、お風呂、洗濯、トイレ等で300ℓ使っている。飲み水の量は少ない。水需要はどんどん上がっていたが、節水で316ℓで落ち着いている。例えば、歯磨き中に水を流しっぱなしにすると、30秒で6ℓ。これは21世紀に生きる人間としては失格だ。
一人1日、世界平均では150ℓ、アフリカは100ℓ以下で暮らしている。

地球環境を支えている水
大部分は海水。淡水は2.6%、生活に使われている水は0.01%。この0.01%の水の分配が重要。海水の淡水化で水不足が解決するという意見もあるが、膨大なエネルギーが必要。
海には魚が生きている。日本人は魚好き。海は水がたまっている場所でなく生命を育んでいる。水の景色はまた、私たちを幸せにする。
地球の71%を覆う海の水の一部が太陽熱によって蒸発し、再び降水する。その中40兆トンが雲となって陸に運ばれ、陸地から蒸発した水と共に降水となる。この淡水量が年間115兆トン。山地、畑を潤し、やがて川や地下水になって海にもどる。この水の大循環が45億年繰り返されている。人体の中でも水は腎臓でろ過されて循環している。水の大事なことは循環(リサイクル)!で、循環エネルギーは太陽熱。
循環水の仕事は偉大だ。例えば、毎年40兆トンの海水の淡水化。山に降った雨水による水力発電源。陸に降る115兆トン淡水が「水資源」で、生活用水、農業・工業用水、生物環境の維持、光合成に使われる。海川の水は大きな比熱・蒸発熱により地球を温和し、気象現象を支配している。実際、水は大量の二酸化炭素を吸収してくれている。

地球の水環境問題
今、工場による水質汚染の割合は小さい。法規制により改善されたからだ。工場では水を再生利用している。むしろ、家庭の生活排水が水質汚染源の最大の要因になっている。
生活排水汚染の割合は減らないのは、注意はできても規制ができないからだ。だから、市民の良識が大事。市民が動かなければ環境問題解決には至らない。
70億人の世界の人を支えるには毎年20兆トン余の水が必要。水の大循環による降水量は115兆トンと限られている。どんなに水利用技術が進んでも降水量の2割が限界と言われている。75億人使う水を予測計算すると、今年の降水量の2割にあたる(日本政府はあと3,000億トンくらい使えるというが)。
世界には雨の多い所、雨の少ない所が混ざっている。雨の少ない地域は危機感をもっているが、近い将来、世界的な水の危機に直面することは明らか。水の分配、共有が人類生存の大きな課題だ。
どうしたら水を有効利用できるか?雨水を貯めれば水資源となる。墨田区の国技館では、水洗トイレは雨水を利用している。日本は森林が多く、保水能力が高い。森林にはダムの19倍の保水能力がある。森林があれば、鉄砲水洪水が防げる。多様な地中生物が棲む事もでき、森林ハイキングもできる。森林は水問題のキーワード!
日本の降水量は1,600mm。世界3位。ところが、日本人は一人当たりをみると水不足国。サウジアラビアより悪い状況。しかし、水不足の実感がない。輸入される農畜産物を間接水(バーチャルウォーター)として使っているからだ。日本の間接水量は746億トン!自前の900億トンの水に加えて間接水を使っている現状をいつまで続けることができるのか。

水戦争
20世紀はエネルギー(石油、石炭)を獲得するために戦争をしてきた。しかし、80カ国で水不足になっている21世紀は水戦争の時代となる、と予言されている。イスラエルの第3次中東戦争は民族問題のように見えるが、実はガリラヤ湖の水を得るための水戦争だった。インドとバングラディッシュの間にも水紛争がある。

まとめ
学生に、Think globally, Act locally!といっている。
状況は世界レベルで考え、今いる場所を大事にし、自分にできる行動を続けること。自分が自然環境をどれだけ大事なものとして実感しているか?。浦和の自然がすぐそばにある農村で育った私は、都会の人と生活するようになって劣等感を持っていたが、50歳をすぎてから、当時の田舎育ちがいかに自分の感性を育て、豊かな自然に恵まれていたのかが分かった。定年前にICUで環境研究メジャーの立ち上げに取り組む原動力となった。
 アメリカでは、ウォータービジネスが始まっている。中国で水はエネルギー問題より大きいという。北海道の山間地が買われているという話も聞く。上流の水を買い占めて外国資本で水工場をつくるとペイできるようになるかもしれない。水資源をビジネス材料にしてはいけないと私は思う。石油とは違う。水源地の買占めを許してはだめだ。海水の淡水化は日本が誇る技術だが、抜本的水問題解決にはまだ遠い。日本の水ビジネスは100兆円ビジネスといわれ、今、国をあげ、多くの企業が参入しようとしている。フランスも以前から水ビジネスには熱心だ。私たちはのんきすぎるのではないだろうか。


話し合い 

石巻のヘドロだしをしてきた。海に垂れ流してきたものが陸地に戻された気がした。過去に流したものはきれいになるのだろうか→なる!汚水を流し続けていれば、海の浄化は遅くなるだろう。けれど、江戸前寿司が食べられるようになったという人もいる。昔のヘドロが蓄積されていても、海の中をかき混ぜられたら、プランクトンや海草の働きで浄化される。自然のしくみはスゴイ。しかし、時間がかかり、浄化の条件を整える必要がある。よどんだ川でも、流れを起こすと浄化し、清流にもどった例がある。