個人情報保護法案が5月6日に参議院、5月23日に衆議院を通過し、成立しました。
個人情報保護法は高度情報通信社会の進展に伴い個人情報の利用が著しく拡大したことを背景に個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利や利益を保護することを目的としています。同法の基本理念(3条)では、個人情報は、個人の人格尊重の理念の下に慎重に取り扱われるべきものであり、その適正な取扱いが図られなければならない、とされています。
この法案は個人情報保護法案・野党案に対する公開質問状が4月16日マスコミ関連6団体から発表されるなど、注目されてきました。
個人情報保護法の解説(首相官邸)
|
個人情報保護とバイオテクノロジーの関係 |
個人情報の保護とバイオテクノロジーがなぜ関係があるかというと、私達が持っている遺伝情報はひとりひとり少しずつDNA配列が異なっており、これらの情報も保護の対象になるからです。個人遺伝情報は髪の色、肌の色、体質など今わかっているものから将来かかりやすい病気など、未来にまで及ぶ「究極のプライバシー」といわれています。
たとえばある人が遺伝子診断を受け、その人はまだ治療方法の見つかっていない難病にかかる可能性が高いことがわかったとします。その人には結果を知る権利も知らない権利もありますが、家族性の病気ならば早く結果を知って、なんらかの予防をしたいと思う家族もいるかもしれません。このような病気を予知する情報はだれのものになるのでしょうか。また遺伝子診断の結果によって将来、就職、生命保険の加入、結婚などの折に不公平が生じることはないでしょうか。このように個人遺伝情報は、将来の可能性についてわかってしまう点が、今まで個人情報とされてきた、学歴、職歴、金融関係の情報などとは異なっています。
また個人遺伝情報は人々の生活の質(QOL: Quality of life)を向上させるような医療の研究になくてはならないものです。
文部科学省、厚生労働省及び経済産業省は、ヒトゲノム・遺伝子解析研究において、血液などの試料を協力して提供した人のプライバシーが守られるように、人間の尊厳及び人権を尊重し、社会の理解と協力を得て、適正に研究を実施するための指針を三省共同でつくりました。
ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針ホームページ
|
ファルマスニップコンソーシアム(PSC)のはたらき |
このような動きの中で2000年9月、日本の製薬会社43社はスニップファルマシアコンソーシアム(PSC)というグループを総額10億円をだしあってつくりました。2001年2月1日から6月1日までに1000人の一般日本人の血液を集め、2003年3月までに医療の研究・開発に役立つデータベース(集められた情報を整理し、まとめたもの)をつくり、日本人の一般集団における、薬物動態関連遺伝子(薬の効き方や副作用に影響を及ぼす遺伝子)のSNP(一塩基多型)がどの程度の頻度で出現するのかを解析し、さらにSNPによって生じる変異型タンパク質の発現・機能解析を行いました。このデータベースは新しい薬の開発や、副作用の小さい薬つくりに役立てられます。この事業の実施に必要な倫理指針を作成したり、血液試料等の提供を受けるための同意・説明文書を作成したり、インフォームド・コンセントを得るための手続きの確立、倫理面のマニュアルの整備等を通じて、企業におけるゲノム関連研究実施環境の整備もこの事業の中の重要な部分として取り組みました。このことは高い評価を受けています。
ファルマスニップコンソーシアム
|
「連結不可能匿名化」って何でしょう |
個人の将来に関わる情報が決して漏れたりしない仕組みのひとつです。採血後、病歴などの情報とは連結することができてもそれが誰のものであるかは決してわからないようにコード番号を用いて、個人遺伝情報が保護されるような仕組みで、今回のPSCではこの方法が採用されました。実際にこの仕組みを使ったことで協力者はプライバシーが守られると安心することができたのでしょうか。この事業を担当された奥本武城氏(三菱ウェルファーマ)に聞いてみました。「採血に行くときに「行ってくるよ」と同僚に声をかけてしまうような何気ない情報から厳密にいえば個人を特定できてしまうかもしれない。日本人はその点、プライバシー保護に対して厳しい捉え方をしていないと思います。」プライバシーの保護とは、私達が自分で考え、決めることにも慣れること、ひとりひとりの考え方から見直すことからはじめないといけないのかもしれません。そしてひとりひとりの考え方は違っていることをよく理解しなければ、相手の気持ちにたった仕組みはできないのでしょう。「情報提供、理解促進についてもひとりひとりの考え方や知識が違うので、ひとつ方法を決めようとせず、いろいろな人がいることをよく踏まえなくてはならないでしょう。」とPSI吉田事務局長も話していました。
個人遺伝情報保護を考えさせられる場面がすべての人にすぐに訪れるとは考えにくいものの、遠い話では片付けられません。研究者も市民の協力なしに進まない研究開発を前に、以前は近づかなかった生命倫理、個人情報に関する理解を市民から得るための働きを研究の一部だと考えるようになってきています。
くらしとバイオプラザ21では、ひとりひとりが納得のいく医療にたどり着けるように、生命倫理、個人情報保護についてもバイオテクノジーの切り口から情報発信し、ともに考える場をつくっていきたいと考えています。