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バイオカフェレポート「ゲノムの話〜生まれと育ち」

 2011年2月18日(金)、茅場町サン茶房で、バイオカフェを開きました。 お話は大藤道衛さんによる「ゲノムの話〜生まれと育ち」でした。始まりは富山宏基さんのバイオリン演奏。G線上のアリア、チャルダッシュなど、おなじみの調べが奏でられました。

富山宏基さんの演奏 大藤道衛さんのお話「DNAは長い鎖のような構造です」

主なお話の内容

1.ゲノム、遺伝子とは
 ヒトの体は60兆個の細胞からできていて、その中にはいくつかの「構造物」があり、「構造物」のひとつである「核」中に染色体も入っている。染色体は細胞分裂のときに登場する。染色体をほぐすとヒストンというタンンパク質に巻きついたDNAの鎖が出てくる。ひとつひとつの細胞にはつなげると2mにもなるDNAの鎖が収まっている。DNAは糖とリン酸がつながった化学物質。これにアデニンA、グアニンG、チミンT、シトシンCという4種類の塩基がついていて、AGCTはいろんな並び方をしている。遺伝子の暗号はAGCTの並び方。並び方はタンパク質の創り方の情報、意味がない部分、わからない部分がある。タンパク質の創り方を示している部分を遺伝子という。すべての遺伝子を集めたものをゲノムという。「ゲノム」とは遺伝子全体という意味で、「ジーンgene(遺伝子)」と「クロモソーム(chromosome)」の造語。オーム(ome)とは全体という意味。物質としてはDNA。
〜「サケの精巣、私の血液からとったDNAが入ったチューブを回覧します。見てみて下さい〜
 AGCTの並びはタンパク質を教えている。タンパク質は体の中で重要な働きをしている。
例えば、デンプンはアミラーゼ、マルターゼという酵素で分解されてグルコースになる。タンパク質はペプシン、トリプシンで分解され、アミノ酸になる。消化に大事な酵素の作り方がゲノムの中に書かれている。

私のゲノムは誰から来たのか
 ヒトは生物学的な両親から、精子、卵子を通じて、ゲノムを1mずつもらう。受精卵は細胞分裂を繰り返しながら、分化していく。すべての体細胞には2メートルのDNAがあるが、分化した細胞はそれぞれ、異なる遺伝子を使っている状態にある。私たちは親から遺伝子をもらうときに、父、母は半分の量(or 半量のDNA)を子ども与え、両親もそれぞれの両親から半量ずつもらう。私たちのDNAには、先祖の遺伝子がモザイク状に残っている。
 精子の持つミトコンドリアDNAは受精の時に失われ受精卵には受け継がれない。ミトコンドリアDNAは女系で伝わる。これに対して、性染色体のY染色体は男系で伝わり、男性のもつX染色体はシャッフルされながら受け継がれる。今のヒトのY染色体とミトコンドリアDNAの配列を調べて行くと、現代人の誰と誰の遺伝子が近いかがわかる。
 現生人類ホモサピエンスはエチオピアの南あたりで発生し、日本に到着したのは3-5万年前くらいらしい。アフリカからベーリング海までは10万年かかったのに、北米から南米は3000年と短い期間で移動している。

化石から取り出したDNAを調べたら
化石の調査など様々なデータからアフリカから大陸への移動「出アフリカ」が2回あったらしいことがわかった。
 2010年5月の雑誌「サイエンス」に、ネアンデルタール人の化石のゲノムDNA(Y染色体とミトコンドリアDNAを除く)を調べたら、ホモサピエンスとネアンデルタール人のDNAには似た配列があることがわかり、交雑していた可能性が出てきた。2万数千年前、ネアンデルタール人は欧州でホモサピエンスと共存していただろうと考えられる。「サイエンティフィックアメリカン」というもう少し大衆向け科学雑誌には「We are not alone(私たちはひとりじゃない)」という記事が2000年1月号にあった。第1回出アフリカの後、色々なヒトがいたらしいということが、推定された。ホモエレクトス(ジャワ原人)など。
 それでは、「ちょっとずつ違うヒト」はどうして発生したのだろう。細胞分裂の時にDNAが変化することがある。その変化を修復する遺伝子も変化すると、遂に配列が変わってしまう。これが病気になったり、進化の原動力になったりする。
 例えば、赤血球が鎌形赤血球(サラセミア)になると貧血になる。原因は遺伝子の変化。鎌形赤血球を持つ人の分布がマラリアの地域と重なっていることは、ゲノム研究以前からわかっていた。鎌形赤血球は寿命が短く、赤血球の中にいるマラリアの原虫が成長するときに、成長する前に壊れるので、マラリア耐性になる。貧血は苦しいが、マラリアに罹らなければ、その民族は生き残ることができることになる。
 DNAの配列の変化はランダムに起っている。生きていくうえでネガティブな変化が生じれば、生まれてこなかったり成長できなかったりすることがある。ポジティブだと成長し子孫にその形質が伝わり、もっと有利なら進化の原動力になる。
 ネパールの高地に住む少数民族にダヌアール族とタマン族がいる。また、マラリアの蚊は高地に棲めない。タマン族は高地で暮らしているが、農業は低い所に来て作業する。ある研究報告では、ダヌアール族とタマン族のヘモグロビンを調べたら、低地に住むダヌアール族は変異を持っていて、サラセミアの一種の貧血だが、マラリア耐性も持っている。蚊が出る夜は高地にもどって暮らすタマン族は変異もなく貧血もない。

ALDH2遺伝子
 お酒を飲むと、エタノールがALDH2という酵素でアルデヒドになり、アセトアルデヒドは酢酸になり、水と二酸化炭素になる。アルデヒドができると、気持ちが悪くなり、これには変異原性もある。だから、体内のアルデヒトは早く分解したい。ALDH2遺伝子がないと、分解できないので、アルデヒドが残り、ガンになりやすいかもしれない。しかし、よく分解するからと飲みすぎると、依存症になるかもしれない。今、世界の人たちのALDH2の分布を見ると、中国人と日本人に分解しにくいタイプのヒトが多い。ALDH2を持っているのが不利なら淘汰されているはず。アメーバ赤痢(農耕民族がかかる)に耐性があるのかなどと考えられている。ALDH2のご利益は何でしょう。

2.育ち
 エピジェネティクスはタイム誌にもとり上げられ、研究者にはホットなニュース。ガン研究では10年前から盛んにエピジェネティクスは研究されている。遺伝子の調節配列にメチル基がつくと、その遺伝子は使えなくなる メチル気は後天的につくが、後でとれることもある
 一卵性双生児のゲノムは同一 小さいときにふたりのメチル化の度合いがほとんど同じ。年をとるにしたがって、互いのメチル化の度合いがちがう。環境の中で使われる遺伝子がふたりは異なってくる
 例えば、女王蜂も働き蜂もメスだが、ローヤルゼリーを食べたメスが女王蜂になる。この違いはメチル化の程度の違い。働き蜂のメチル化を実験的に変化させたら、働き蜂が女王蜂のような挙動を示すようになった。

3.まとめ
 病気や体質には遺伝的要因と環境要因が織り交ざってきまる。どちらか一方ということがないことが多い。運動能力に優れた人は筋肉が壊れにくい遺伝子を持っていることがあるが、練習しなければだめ。学力も勉強しなくては伸びない。
 1978年のある報告では、牛肉の食べる量と大腸がんの関係を調査したら、正の相関があった。一方、別の報告では移民した日本人の大腸がんが増えていた。肉に発がん性があるのか、野菜が減るなど、色々な要因があるだろう。
環境でゲノムの配列が変わったり、メチル化が起こったりしてガンになる。メチル化はガンと関係があるようだ。お茶を飲んだり、エクササイズでメチル化を抑えて、がんを予防するという説もある。遺伝子の変化は戻せないが、メチル化は変化する可能性がある。
 ヒトのゲノムDNAには2.2万個の遺伝子が乗っている。超高速DNAシーケンサーは数年かかって解読したが、今は、1週間でヒトゲノムが分析できる。実際にはその後のコンピュータの解析に時間がかかる。
配列とメチル化を調べ、病気をトータルで解析しよう。ゲノムをすべて読む「ケーノーム」という会社。3,500万円で自分のゲノムを読んだ金持ちもいる。
 ゲノム情報やメチル化の程度で、病気や体質をみていくことができる。今日は「生まれ」をゲノムで、「育ち」をメチル化に代表させてお話しました。


大藤先生がご自分で抽出したサケのDNA 会場風景

話し合い 
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • 特定の遺伝子の変化は特定の病気の原因というより、要因のひとつということですか→はい。糖尿病などは関係する遺伝子がたくさんある。ひとつの遺伝子の変化で病気と結び付けてはだめ。単一遺伝子病はひとつの遺伝子の変化だが、複数の遺伝子が関与している。
    • 病気には複数の遺伝子関与の可能性があるのですか→どの遺伝子がどの病気に関与しているというよりもゲノム全体にある複数の遺伝子の変化も考える。エピジェネティクスが病気に関与することもある。
    • メチル化した遺伝子は遺伝しますか→メチル化は後天的に起こる。受精卵では、両親のメチル化状態はクリアー(orフォーマット)される。体細胞分裂で、メチル化のプロファイルは細胞から細胞へはうつる。
    • 飢饉のときに生まれた子どもが長生きするというのは本当か→オランダで飢饉のときに生まれた子どもが小さいという報告はあった。節約遺伝子といって、食料が少ないときにエネルギーを上手に使うように働く遺伝子がある。この遺伝子のお陰で食料が十分にあれば、肥満してしまう。飢饉のときに生まれた子が長生きするとすれば、食料のない状態に適応するように節約遺伝子などが関係するかも知れないがよくわからない。
    • アフリカからの人類の移動を現代人から調べたそうだが、何人くらいの人を調べたのか→ひとつのグループは50人くらい。少ないようだが、遺伝子の何箇所かを調べているので、人数イコール調査の数ではない。ある研究者は初め50人で調べて次に100人にしている。色々な研究者が異なる手法で分析した結果が一致すれば、解明されてくる。ミトコンドリアからの結果とY染色体の結果をつき合わせ、考古学のデータともつきあわせるようだ。 人類社会学と分子生物学者が共同研究をしている事例もある。
    • 世代ごとにY遺伝子が短くなってきていると聞いたが本当か→性の基本は女性。それがY染色体を持つことで精巣ができる。Y染色体に乗っている遺伝子は78、X染色体には2000くらいが乗っている。
    • 注:Y染色体の遺伝子数を確かに200と言ったような気がしますが、間違いでした。
    • 乳がんに関係する遺伝子があると聞いたが→一部の乳がん、大腸がん、胃がんには遺伝性があることがわかっている。乳がんはBRCA1とBRAC2という遺伝子に変異があると発がんのリスクが高まることがわかっている。
    • 誰でも遺伝子診断は受けられるのか→診断会社があり、ネットでも申し込める場合がある。
    • 乳がんの手術後にがんの性質を調べて予後診断に使えるDNA診断もある。これはネットでは申し込めない。
      乳がんの予後診断 https://www.life-bio.or.jp/topics/topics401.html
    • 南アメリカのナスカの地上絵は宇宙人が描いたという話があるが、ナスカに住む人の遺伝子を調べると、宇宙人の痕跡がわかるかもしれないと思って今日のお話を聞いた→ネアンデルタール人みたいにホモサピエンスと交雑できる宇宙人だったら、わかるかもしれない。生命の起源は40億年前あたりらしいが、アミノ酸は作れても生命はできない。隕石にアミノ酸が付着していることもあるが、地球で付いたのかもしれない。宇宙生物学という分野で研究している人もいる。
    • アフリカから始まった移動の源になったのが「ミトコンドリアイブ」という女性ですか→世界中の人のミトコンドリアDNAを調べて遡り、アフリカで生まれた初めのお母さんにあたる人をミトコンドリアイブと名づけた。ミトコンドリアDNAは母だけから子に受け継がれる。それで探していくと大昔の人口が多かったことになってしまい、これは矛盾。ミトコンドリアイブは受け継がれた可能性を考えて、データから外挿した話。子どもが男ばかりで、ミトコンドリアDNAが受け継がれなかったこともあるはずだから、昔1人の女性しかいなかったのではない。
    • なぜATGCなのだろう、宇宙に生物がいたらATGCを持っていると思いますか→DNAとRNAがありRNAはAGCUという物質。Cが条件でUに変わる。Cは安定なのでDNAの成分とし選ばれたのかもしれない。
    • NASAがヒ素の多い水に生きるバクテリアを見つけたところ、リンとヒ素が入れ替わっていたと報告。こういう生物が宇宙にいるのではないか。ヒ素がある所で生きられる生物というだけかもしれない。
    • 一方、生き物の遺伝情報が安定で変化しないことは多様性が損なわれると環境対応しにくくなる。

    「これは私のDNAです」 今年も立派なアマリリスが咲きました