ヒトのDNAに関することの理解は、科学・技術と上手につきあっていくうえで必要なことと考え、第5回目の本実験教室を2010年10月2日(土)、NPO法人くらしとバイオプラザ21主催、東京農工大学遺伝子実験施設共催で開催しました。最初に同大遺伝子実験施設丹生谷博教授から開会のご挨拶をいただきました。
丹生谷先生の開会のことば | 同意書作成のための説明 |
実験を始める前に同意書の署名等
NPO法人くらしとバイオプラザ21の佐々主席研究員からヒトゲノムを扱う実験に関しての説明があった。主なポイントは、①本実験教室の計画は、同大学の倫理審査委員会の審査・承認を受けて実施すること、②参加者は、個人遺伝情報の特徴や自分のDNAを使って実験することの意味を理解してから実験すること。③実験終了後のDNAは分解、使用できなくすること。
参加者は、②、③の旨等の同意書に署名してから実験を開始しました。実験の指導と講義は、例年のように大藤道衛博士です。
大藤先生 | ピペッターを使う練習 |
講義風景 | 遠心分離機で口腔内細胞を集める |
実験1「口腔内細胞からのDNA抽出」
食塩水を口に含み、クチュクチュし、含んだ食塩水で口腔内細胞をはがした。
(1)遠心分離により細胞を集め、細胞溶解液を加え、細胞を壊した後、エチルアルコールを加え、DNAを白濁する沈殿物として観察した。
実験2「ALDH2遺伝子解析」
(2)口腔内細胞を(1)より穏やかな方法で壊して得たDNAを使って、酒の代謝に関係する酵素(ALDH2;後述)の遺伝子のみをPCR法で増やした後、アガロース(寒天の成分)ゲル電気泳動を行い、ALDH2遺伝子の型を判定した。
具体的には、PCRを終えた試料をマイクロピペッターでゲルの穴に入れる(アプライ)。大きさの分かっているマーカーとなるDNAもアプライする。このときが最も緊張。DNAはマイナスの電気を帯びているので、電気をかけると、プラス極の方に移動する。小さいDNA断片ほど、早く移動する。30-40分の電気泳動後にDNAを染色した後、ゲルに254ナノメーターの波長の光をあてて写真をとり、ALDH2遺伝子の大きさを指標にして解析し、その人がGG型か、AA型、GA型を判別する。
自分のDNAを観察 | 実験風景 |
PCR装置 | サンプルをゲルの穴に注入する |
ラボツアー 丹生谷先生のご案内で、ラボツアーを行いました。DNAシークエンサー、電子顕微鏡室、植物培養室及び箱型植物培養器、温室、低温実験室、分析室などを見学しました。
ラボツアーでDNAシーケンサーを見る | 電子顕微鏡の価格に驚く |
1.DNA、ゲノムとは
我々人間を含めてすべての生き物はDNAという化学物質を持っている。DNAは、A、T、G、Cという4種類の塩基が並んだ二重らせん構造をしており、タンパク質を作るための遺伝情報が書かれている。この情報により3種類の塩基の並び方(コドン)によって、1つのアミノ酸が決められ、タンパク質ができていく。
一方、その生き物が生きるために必要な遺伝子全部のセットのことをゲノムという。ゲノム(Genome)は遺伝子(gene)+染色体(chromosome)に由来する。
2.お酒とゲノム
1)ALDH2
ALDH2はアルコールの分解に関わる酵素。ALDH2遺伝子上にある特定の塩基配列がAかGかで、酵素の活性が変わる。私たちは、遺伝子を両親から貰っており、GまたはAの塩基配列も両親から貰うので、G/G, G/A, A/Aの型があることになる。上記電気泳動の実験ではこの型を判別する。
G/Gの人は活性型:気をつけないとアルコール依存症
A/Aの人は不活性型:赤くなり、気持ち悪くなる。お酒を飲めない人が多い
G/Aの人は十分には分解されない型:後から気持ち悪くなったりする
3万年前ごろ、人類の移動中にバイカル湖付近で突然変異が起きG/A型、A/A型が生まれたらしい。
2)一塩基多型(SNP:スニップ)
ある生物種集団のゲノム塩基配列中に一塩基が変異した多様性が見られ、その変異が集団内で1%以上の頻度で見られる時、これを一塩基多型(SNP:スニップ)と呼ぶ。上記ALDH2はまさにSNPの例である。
SNPの別の例として、マラリアの多い地域に発生する鎌形赤血球症がある。赤血球をつくる遺伝子上の一塩基の変異によるおこる病気で悪性貧血を起こす。鎌形になった赤血球の寿命が短いため、赤血球に住み着いたマラリアの原虫は増えることができず、マラリアの発症が抑えられ、生きていくことができる。一塩基の違いが、その人たちが置かれた環境により、陰陽の両面を持つ例。人間にはSNPが数百万箇所あることがわかってきている。
注:最近日本人類遺伝学会は、遺伝用語の日本語訳の改定を行いました。「突然変異」も許容できる用語ですが、mutationには、「突然」の意味は含まれないこと、更に「突然」は、「希」「変わっている」などnegativeな意味に誤解されることから「変異」が望ましいという見解が増えているようです(大藤先生)。
3.新しい言葉;エピジェネティクス、エピゲノム
新しい言葉として「エピジェネティクス、エピゲノム」がある。受精卵細胞が分化して組織等に形成されていく過程で、遺伝子配列に加えて、DNAがメチル化という修飾を受けて制御されることが分かってきた。こうした研究をエピゲノム研究という。
1)女王蜂の誕生とDNA修飾
蜂のゲノムは、メスである働き蜂と女王蜂とは同一である。両者の違いは、エサに依存し、ローヤルゼリーを摂取した蜂が女王蜂になることが知られている。
雌のミツバチで、ローヤルゼリーをエサとして与えると、蜂のゲノムDNAのメチル化が阻害され、女王蜂の誕生となることが分かってきた。また、DNAレベルの研究から、ある特定のDNAのメチル化(遺伝子を読むために必要なDNAのプロモーターにメチル基がつく)により、雌蜂が、メチル化を阻害されると、女王蜂になることも明らかにされた。
2)育ちとDNAのメチル化
一卵性双生児のゲノムは全く同一だが、どの遺伝子が使われているかで、違いが出てくる。生まれたばかりの一卵性双生児の染色体では両者のメチル化の状態は共通だが、50歳になった一卵性双生児では、両者のメチル化の状態に違いがあるという研究から、異なる遺伝子が使われていることが推測できる。このように育ち(加齢や環境)によってメチル化の度合いに変化が起こることがわかる。
3)生活習慣とDNAのメチル化
生活習慣と胃がんに関連した遺伝子のメチル化の研究や、エピ健康法という言葉も出てきており、食生活や運動によりメチル化が変わる! 癌予防につながるか? などの研究もされている。
4.ゲノムの解読作業の進展
ヒトゲノムの解読作業は、アメリカ、イギリス、日本、フランス、ドイツ、中国の6カ国が参加する国際プロジェクトにより行われ、1990年から始まり2003年4月に終了、約13年間を要した。今や、DNAの解読作業は、次世代DNAシーケンサーにより数日で概要がわかる超スピードの時代となった。
実際に、2007年に米国では3,500万円で全配列を調べるビジネスもあるが、ゲノムの解読によって人間の性格から病気まで全てが決まるわけではないが自分のゲノムを調べたい人も出てきている。
因みに、病気は、遺伝的な要因と環境的要因とのかかわりの中でおこる。
話し合い | 集合写真 |
「私達のDNA」カフェの意見
- おもしろかった。ピペット操作、電気泳動等難しいことをいっぱいやらせていただいた。
- 分かりやすいお話(講義)であり、多くを学ぶことができた。
- これまで、生物と微生物の本を読んだが、今回、実験を体験し、実際が見えて良かった。
- 講座に参加して、DNAに関連した番組をテレビで見る場合、身近なものになる。今回のような実験講座を一般化するには費用がかかると思った。
- 遺伝子診断は、親、兄弟、子供と幅広く影響することが分かった。
- 私は精神科医で昨年も参加したが、2年目の参加では内容がよく分かった。
1)個人的には、被験者と診断者との考え方に広がりができた。
2)最近、認知症の講演を聴講し、医者、看護師による剖検の大切さを知った。 - 私は高校の教師で、マイクロピペットの扱い方をはじめ基本的なことで多くを上手に教えいただき、授業に役立てるようメモを取った。
- 本や論文だけではよくわからない。知識は学会で得られる。
- 手技の場はなかなかない。ある一定期間で教えてくれる場がほしい。
- 勤務先の高等学校にPCR設備が入ったので勉強をしにきた。
Q:アセトアルデヒドが貯まるか否かでお酒の代謝以外にどんなことがあるか
A:アセトアルデヒドが、がんのリスク(食道がん)と関係している。GAタイプの人がなりやすい?
Q:エピジェネティクスのお話で出てきたところの質問で、脱メチル化剤について
A: 脱メチル化剤はあるが、DNA上にあるメチル基の一部の脱メチル化はできない。まして特定のところの脱メチル化は難しい。
Q:ヒトゲノムの解析が2カ月(最速は2日間)でできるようになったということだが、10年をかけて実施したヒトゲノム計画の意義は
A:ヒトゲノム計画での結果(データーベース)を利用できるからこそ、短い時間でできるようになった。 ヒトゲノム計画は貴重であった。