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CBD/ABSシンポジウム〜生物多様性条約交渉の現場から

 2010年8月27日(金)、(財)バイオインダストリー協会生物資源総合研究所主催により、標記シンポジウムが学術総合センター(東京千代田区)において開かれました。10月、名古屋で開かれる生物多様性条約(Convention on Biological Diversity: CBD)の第10回締約国会議(COP 10)に向けて、日本は里山保全計画をよい事例として紹介しますが、交渉には政治・経済に関わる未解決の課題が残っています。


「生物多様性条約交渉とその歴史的背景」
          明治大学法科大学院 教授 高倉成男氏

はじめに
 生物多様性条約交渉では多様性問題を議論するが、経済的な問題のウエイトが高い。今も厳しい交渉が続いていることを皆さんと共有したい。日本は2国間では相手国に尊重されるような関係を構築してきているが、多国間の交渉では苦戦している。
 生物多様性条約は、気候変動枠組条約とともに1992年6月地球サミットで採択された。現在の加盟国は192カ国とEU。
 遺伝資源の保全とともに、その持続可能な利用が重要であり、また、遺伝資源の利用から生ずる利益の公正、衡平な配分という条約の第3の目的にフォーカスがあてられるようになってきた。
 生物多様性の保全、生物多様性の構成要素の持続可能な利用、遺伝資源の利用から生ずる利益の配分について、発展途上国は先進国に対し資金提供の要求を強めてきている。

CBD以前の歴史
 1960年代以降、新国際経済秩序(NIEO宣言1974年国連)の構築が途上国により主張されるようになった。米国は最も強く反対したが、国連で採択された。富の再分配から衡平な分配への流れに。
 先進国は、環境問題において地球規模で途上国の協力が必要とし、途上国は「環境汚染は先進国の責任。環境保護に必要な技術・資金を提供せよ」と反発した。

対照的なパラダイムの転換
 知的財産に関する貿易におけるルール(TRIPS合意1991年)により知的財産法制は世界共通になった。
 一方、生物遺伝資源は以前は人類の共有とみなされてきたが、その後、資源ナショナリズムの高まりを背景に各国の主権に属するという考え方にシフトして行った。CBDの採択と発効は画期的な出来事といえる。
アクセスとベネフィット シェアリング(ABS)条項では、
・遺伝資源は各国の主権に属し
・相互に合意する条件で、遺伝資源から生じた利益を遺伝資源提供国と利用国で公正かつ衡平に配分する。(相手が合意しないと資金を受けられないと署名しなかった国もある)
 1980年代 国際自然保護連合(IUCN)で先進国と途上国はコストと利益をシェアするという発想が生まれた。欧州市民、欧州議会の共感を得て、EUは途上国と融和的交渉ポジションをとった。カナダ、オーストラリア、ニュージーランドは自然資源が豊かで自国の先住民に配慮しなくてはならないことから同調。日本と米国は当事者の合意項目があることを前提とするように主張。

CBDへの反対と合意へ
日本代表団は以下の3点においてCBDに反対した。
・遺伝資源が利益を生むことは稀。生物多様性保全は公的資金で行うべき
・遺伝資源から生じた利益配分がうまくいくと乱獲が進むなど多様性が損なわれるのではないか
・遺伝資源の開発には投資が必要で、当事者の合意が第一。
 アメリカは、①知的財産権保護の弱体化、②条約が市場メカニズムに介入、③ABSが基金を持つことの3点において反対した。
それでもCBDが合意に至ったのは、
地球環境への危機感を持つ人が増え、NGOが活躍したこと、EUの体制整備に向けて欧州首脳の強い意志、ソ連崩壊後に「世界はひとつ」という空気があったなどの理由が考えられる。2週間で160国が同意した。

まとめ
 南北間で意識にずれがある。めざす目的(多様性保全)がひとつならば、共同すれば手段が増えると有利ということだったが、先進国の関心は環境保全にありABSは手段だが、途上国では、ABSこそが目的となっている。
 知的財産交渉が変化し、知的財産権と公共善(環境、生命、貧困など)とリンクして複雑になっている。
 日本は、横断的な問題には横断的な体制で対応し、広い視点で柔軟な議論をしていくべき。


「生物資源戦略と実践〜生物多様性の時代を迎えて」 
          (財)バイオインダストリー協会顧問 石川不二夫氏

 1990年から、熱帯雨林の保全と利用に関する調査をした。熱帯雨林の減少は1992年のリオでの国連環境開発会議のまえから世界的な問題となっており、経済産業省の政策研究グループでの検討を契機に、JBAが関連研究を受託することになった。霊長類研究の河合雅雄先生をはじめ、森林生態学の荻野和彦教授、天然物化学の小清水弘一教授、その他植物学、微生物学、民族学、生態学など幅広い学問分野の先生方20名が集まり、広範でレベルの高い議論を行い、熱帯における生物の多様性、熱帯地域の人と自然、熱帯林の保全と利用に関する現状、熱帯地域における有用物質資源、海外研究機関の活動状況、国際動向、熱帯林の保全と利用に関するバイオテクノロジーの現状と可能性、提言などからなる報告書を作成した。

―総合開発計画調査―アジア諸国における研究開発基盤形成に関する基礎調査(生物学的多様性の保全とその持続的利用を進めるための対策を検討する際の基礎資料として役立てる)-1991年度
 この研究はその後、東南アジア諸国との間で行われた研究協力の基礎となり跳躍台ともなったもので、事実この研究委員の先生方や教室の研究員の方々が研究協力に従事されることになった。
 続いて1992年11月から1993年7月にかけて「微生物グループ」「植物グループ」に分かれて民間の研究者を主とするメンバーによる勉強会を実施し。また、
 熱帯生物機能利用技術の先導研究をNEDOから受託実施した。
 1993年度、1994年度にわたり、荻野和彦教授を委員長に、(生態系ワーキンググループ):井上民二教授(主査)他5名、(植物ワーキンググループ):岩槻邦男教授(主査)他8名、(微生物ワーキンググループ):駒形和男教授(主査)他9名、(相互作用ワーキンググループ):荻野和彦教授(主査)他10名、(物質変換グループ):駒形和男教授(主査)他13名、調査研究協力委員:大東 肇教授他9名

 生物多様性保全と持続的利用等に関する研究協力 1993〜1998年度
 タイ、インドネシアおよびマレーシアと研究協力を行い、延べ591人の交流が行われた。
 研究協力の課題の設定については、多様性条約の理念を基本としつつ、相互に充分な意見交換を行い、また4カ国で国際シンポジウムを組織して幅広く合意の形成につとめ、さらに相手国の窓口機関だけでなく、研究協力に参画すると思われる研究所や大学を訪問して理解の促進を図った。
 タイとの研究協力課題は、1.分類・生態系評価モニタリング(1)霊長類の採食戦略 (2)微生物カルチャコレクションシステムの改良 2.人工生態系による生物多様性の保全(1)人工生態系の生物間相互作用(2)人工生態系の遺伝子多様性解析(3)人工生態系の社会経済的、民族学的解析、3.生物資源の利用(1)熱帯植物由来の有用生理活性物質の探索(2)伝承植物の利用
 インドネシアとの研究協力課題は1.分類、生態系評価、モニタリング(1)微生物カルチャコレクションシステム(2)植物保全技術、2.生物資源の利用(1)微生物利用技術(2)植物利用技術(3)植物/微生物の共生、利用技術、3.インドネシア熱帯生物資源情報センターのフィージビリティ調査
 マレーシアとの研究協力の課題は、1.生態系評価とモニタリング(1)生物多様性データベースおよびジーンバンク(2)海洋生態系の評価、モニタリング(3)先端技術による生態系評価、モニタリング、2.熱帯生物資源利用技術(1)微生物、植物由来の生理活性物質の探索、分離(2)天然物の薬理、毒性評価

 生物資源総合研究所を設置し、分科会を立ち上げた 1998
・カルチャーコレクション&データベース(CCD)
・アクセスと利益配分(ABS)
 生物多様性問題に関し、ワークショップの開催や提言を続けている。
 なお、2002年には(独)製品評価技術基盤機構に、「生物遺伝資源センター(NBRC)」開所


「生物多様性条約におけるABS交渉の変遷」
          (財)バイオインダストリー協会 生物資源総合研究所長 炭田精造氏

遺伝資源へのアクセスと利益の公平な分配(ABS)問題の背景

 生物多様性条約(CBD)は、1992年にABSの中身には触れない枠組みだけの条約として採択された。EUにとってABSはCBDのための手段であるが、途上国にとってABSは目的として重きが置かれている。COP(締約国会議)の流れで見ると次のようになる。

COP1(1994)からCOP6(2002)〜条約発効からボン・ガイドライン策定
 発展途上国で、遺伝資源へのアクセスを制限する動き(1997年アンデス条約、1998年コスタリカ国内法、1995-1996年フィリピン大統領令)
COP3(1996年)で、非公式なABSのワークショップ(WS)が開催され、COP4(1998年)では、ABS専門家パネルが設置された。COP5(2000年)にはガイドライン策定が決まり、COP6(2002年)、ボン・ガイドラインが採択された。
 生物多様性条約は加盟国に拘束力をもち、個人・企業は国内法に従う仕組みになっている。ボン・ガイドラインは①ABS国内法の策定、②資源提供者と利用者の契約交渉、③原住民・地域社会との関わりについて定めている。

ヨハネスブルグ・サミット(WSSD)(2002年8月26日から9月4日)
 途上国から法的拘束力のある国際レジーム(枠組みを決めること)論が急浮上。先進国はボン・ガイドラインを試行してからという考えで、交渉は難航。ボン・ガイドラインを念頭に置き、CBDの枠組みで国際レジーム交渉をすることが決まった。
 国際レジームについては、性格、課題、解決の方法などについての共通理解が加盟国にないまま、政治家レベルの提案で決まってしまった。

COP7(2004)からCOP10(2010)
COP7(2004) WFへの委任事項を決定。両論併記でゆるい規定をするしかないことになり、COP8(2006)にCOP10で作業を終了することが決まった。その感に、ワーキンググループ(WG)を開き続けているが、意見対立が続き、進捗はない。
2003年に、メキシコ政府が中心となって途上国の見解をまとめた。

  1. 資源提供国の国内法を利用国も遵守すること
  2. 遺伝資源と関連TK(Traditional Knowledge)に伴う情報の原産国証明制度
    (遺伝資源は伝承されてきた利用方法等の情報があってこそ有効に利用できる)
  3. モニタリング、遵守、執行の仕組み
  4. 国内法整備に利用国も関わること
  5. 利益配分、技術移転の条項を議定書に入れること
  6. 能力構築を利用国は支援すること

 これに対して先進国の動きとしては、日本が「遺伝資源へのアクセス手引き」を作成、スイスは「ABS管理ルール」を作成、普及プロジェクト立ち上げ、EUは微生物遺伝資源に関するABSシステム(MOSAICS)開発プロジェクト立ち上げた。
2008年、2009年もナミビア、日本、インド、フランス、カナダ、コロンビア、カナダと8回の検討作業を行っているが、対立が続いており、前途不透明なままCOP10を迎える。

先進国と途上国の意見の対立点とまとめ
 途上国はアクセス規制を主権的に行い、派生物も利益配分の対象とすることを主張し、先進国はアクセスを円滑化し、派生物は契約に従うべきとしている。
 国内法について、途上国は提供国の国内法の遵守を求め、先進国は国内法の程度により国内措置を検討したいとしている。
 法的遵守は当然のことであり、科学技術は進めなくてはならない。その上で、資源確保をめぐる国際競争にこれから、どのように関わって行くのか、重要な課題である。






最後に薮崎義康氏(財団法人バイオインダストリー協会国際部長)の司会により全スピーカーによる議論が行われました。バイオ技術は、実用化までのバリアが多く、ケースによっては市民の受容がうまくいっていないという背景があるが、日本は生物資源もあり、GDPも3位でそう低くないのだから、インフォーマルな政府間の議論を重視し、現実に即した制度設計をめざすことが重要だとする意見が述べられました。