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はこだて国際科学祭 科学夜話2「私達はいかにして食料を安全に保存してきたか」

 2010年8月22日、はこだて国際科学祭「科学夜話」を2話、函館市地域交流まちづくりセンター(北海道)において開きました。二人目のスピーカーは日本原子力研究機構 小林泰彦さん。「私達はいかにして食料を安全に保存してきたか〜そして、新しい技術『食品照射』について」というお話をいただきました。

小林泰彦さんのお話 会場風景

主なお話の内容

食の安全で何が重要なのか?
 私達の食を脅かすものはなんといっても飢餓。もし遺伝子組み換えトウモロコシや大豆が大量に作られていなかったら、私たちはすでに食糧危機に陥っていたかもしれない。この他に、病原菌による感染症や食中毒、食べ物に天然に含まれる有毒な化学物質(ふぐ毒などは調理法で克服)、意図せずに混入する環境中の重金属などがある。
 しかし、食の安全についてアンケートをとると、安全性を確認した上で意図的に使われている添加物や残留農薬を心配する回答が多い。誤った先入観や知識の不足によるところが大きいのだろうか。
「ほんとうの『食の安全』を考える」(畝山智香子著)の中で、玉ネギがもし食品添加物だったら、と仮定して、タマネギをラットに長期間与えたときの毒性実験データをもとに、食品添加物の使用を許可する時と同じ考え方で、毎日食べても大丈夫という基準値を設定すると「サラダで4mg」となる例が紹介され、「サラダの玉ねぎ基準値4mgをオーバーしたら店長がテレビカメラの前で謝罪し、メディアが『またもや食の安全が脅かされました』と深刻な顔で糾弾する?」と皮肉っている。同様に、ジャガイモに天然に含まれるソラニンなどの有毒な配糖体がもし残留農薬だったら、と仮定して、残留農薬の基準値設定と同じ方法で基準値を設定すると、市販のほぼすべてのジャガイモが「基準値違反で回収」となるレベルだと述べている。
 このように、意図的、計画的に使われる食品添加物や残留農薬は、安全性が科学的に確認され、事実上ゼロリスクで管理されているということ、むしろ普通の食品それ自体に比べて安全なものだということは知られていない。

食品の保存の歴史
 18世紀、病原菌、腐敗菌が「発見」され、原因となる微生物がなければ食品は安全であることがわかった。たとえば、パスツールは、ぶどうの果汁をワインに変えるのも、そのワインを腐らせるのも、ともに目に見えない酵母や乳酸菌などの微生物の働きであることを証明した。
 食品の安全な保存とは、まず、温度やpHなどを生育至適条件からずらして菌の増殖を抑えること。たとえば、乾燥・塩漬け(水分活性を減らす)、発酵(微生物が作る酸やアルコールの働きで病原菌抑制)、燻製(煙に含まれるホルムアルデヒドやフェノール類などの殺菌力を利用)、冷蔵・冷凍(菌の増殖を遅くする)など、伝統的な食品保存方法に科学的な裏付けがあることも分かってきた。
 そして、ナポレオンの時代になると、瓶詰や缶詰のように密封・加熱殺菌で初発の(保存開始時の)菌数を減らして腐敗するまでの時間を長くする技術が開発された。牛乳の加熱殺菌の方法が開発され、人工栄養として牛乳を与えられた乳児の死亡率を激減させることに成功した19世紀末にも猛烈な反対運動があり、その後、牛乳の加熱殺菌が社会に定着するのに数十年もかかった。いわく、「殺菌は自然を損なうものである」「殺菌は汚い牛乳をごまかして売る方法だ」「殺菌によってビタミンCが破壊され、カルシウムなどのミネラルが利用されなくなる」…。そして、1950年代以降、新たに放射線による殺菌・滅菌方法が確立された。

放射線ってなに?
 全ての原子(正確には、原子核)は不安定なもの、安定なものの2つに分けられる。不安定なものは安定になろうとして放射線の形でエネルギーを放出して安定な原子核に変わる。安定になるまでの時間は原子核の種類(核種)によって異なり、長いものではカリウム40は13億年、ウラン238は45億年経過してやっと当初の半分の数に減る。これらの天然の「不安定な原子」(放射性物質)は、数十億年前に太陽系が誕生したときに既に存在していたものが、今もなお、放射線を出しながら、ゆっくりと安定な原子に変わりつつある。
放射線とは、放射性物質から出たエネルギー(日光のようなもの)。放射能は放射線を出す能力(太陽のようなもの)。この意味の違いを混同して怖がっている人が多い。
 医療分野では、がんの治療や医療器具の滅菌などに使われている。熱に弱いプラスチック製品でも、非加熱で、密封・梱包した状態で外部から放射線を当てて内部を隅々まで一度に滅菌ができる強みがある。
 ガンマ線、エックス線は発生源が違うだけで、光の仲間で透過性が高い。電子線は通り抜けにくく表面だけの殺菌に適している。

食品への放射線の利用
・発芽を抑える(ジャガイモの芽には、食中毒の原因となる物質が含まれているから)。
・殺虫、殺菌(肉や香辛料を、加熱や化学物質を使わずに殺菌できる。特に、香辛料は加熱すると風味が悪くなるので、照射が適している)
 世界の食品照射処理量(2005年)をみると、ジャガイモの芽止めは全体の約22%。香辛料、乾燥野菜の滅菌が46%をしめる。中国が照射量で第一位、米国は経済規模で最大。中国と米国が世界で最も食品照射を利用している。
 タイのバンコクでは、主として外国人向けに、放射線で殺菌処理した香辛料やドライフルーツ、放射線で殺虫処理した発酵ソーセージ(生の豚肉を含む)が売られている。
 植物防疫のための検疫処理でマンゴーなどの熱帯果実を加熱や長期間の冷蔵によって殺虫処理すると、鮮度が落ちて美味しくなくなってしまうが、放射線処理によりフレッシュなものを扱えるようになった。
 日本では食品衛生法で食品照射は禁止されているが、ジャガイモの芽止めだけは認められている。北海道の士幌町農協では、照射ジャガイモを端境期(3-5月)の目玉商品としている。士幌町農協は、大規模な馬鈴薯貯蔵施設、澱粉工場、馬鈴薯加工コンビナートなど、近代的な設備を導入して、生産から加工、流通・販売まで一貫した経営に努力してきた極めて先見性のある農協。芽止めのための照射施設の建設もその一環として行われた。

食品照射のメリット
・非加熱で殺菌殺虫が可能。冷蔵・冷凍状態で新鮮なまま処理でき、色や香り、栄養素などの品質が保たれる。
・残留毒性や環境汚染の心配がない。エチレンオキサイド(発がん性)、臭化メチル(オゾン層破壊)等の薬剤を使わずにすむ。
・透過力が大きく、効率的で確実。形状を問わず殺菌できる(形が複雑な医療器具を包装したまま滅菌できるように)

リスクについてのよくある疑問
「食品に放射線照射すると放射能を持つようになるのか?」→定められた範囲内で適切に照射すれば、食品が放射能を持つことは無く、放射線を出すようにはならない。
「食べても大丈夫か?」→放射線をあてることによって起きる色々な変化は、その他の加工方法(加熱、乾燥など)や調理で起きる変化と同様。人の健康に悪い影響を与えるような化学物質ができることは無く、栄養成分は殆ど変化しないことが科学的に確認されている。
 脂肪を多く含む食品に放射線を当てると、加熱ではできない物質:シクロブタノンがわずかに出来ることがわかった。中性脂肪が分解され、10万から100万分の1のごく微量、生成される。これに発がん性はない。食べ物から体内に吸収されたシクロブタノンは体内でシクロブタノールになって分解あるいは排泄される。実験動物で影響が出てくる最小量を調べ、その値を人間に換算すると、例えば体重60kgの人間が照射ビーフバーガーパテを毎日4.8トンも食べ続けた場合に相当するなど、現実的にはあり得ないことから、1980年や1997年にWHOが出した安全宣言はいささかも揺るがない、というのが現在のWHOの見解。もちろんWHOでは、新しい実験データが出される毎に、その結果を精査して、安全性の再評価を続けている。

食品照射の実用化の歴
 1960年代に日本でも大規模な安全性と有効性の研究が行われ、動物実験も行われ、1972年にジャガイモでの芽止めのための照射が許可された。1980年にWHOが照射食品は安全と確認し、1983年にコーデックス国際食品規格に採択されて後、先進諸国では必要に応じて、香辛料(スパイス・ハーブ類)や肉類、熱帯果実、魚介類、野菜類などの照射が次々に許可され実用化されてきたが、日本で照射してよいのは未だにジャガイモの芽止めだけ。先進国で日本だけが香辛料の照射殺菌を認めていない現状に困った全日本スパイス協会が2000年に厚生省(当時)に香辛料の照射殺菌の許可を要請したが、進展していない。

まとめ
 放射線は、食料を安全に保存し、食品衛生を確保するための一つの有効な手段である。これまでに行われた安全性の研究結果において、照射食品を摂取することによる悪影響を示す証拠は一つも無かった。


公立はこだて未来大学のプロジェクト学習チームが海上設営、
受付、運営、音響、記録などを勧めて下さいました。
公立はこだて未来大学のプロジェクト学習チームのみなさんと

話し合い 
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • ジャガイモの芽が生えなくなったり、殺菌できたりするのはどういう仕組みなのか? →芽止めは、ジャガイモの「イモ」の中で将来芽を作るもとになる細胞がいちばん放射線に敏感で、弱い照射でその細胞の分裂を抑制すると、芽ができなくなる。それ以外の部分には特に影響はなく、照射しない場合と同様に生きて呼吸、代謝している。原理的には殺菌も同じで、細菌やカビの細胞分裂が阻止され増殖できなくなる。植物検疫の殺虫も同様で、果物に潜む害虫は、照射によって必ずしも即死しなくても「不妊」となり、繁殖して蔓延するおそれが無くなる。
    • 放射線に耐性を持つがん細胞が発生するケースや、放射線耐性のある菌はあるのか。そういう研究はあるのか? →抗生物質に対する耐性菌の出現とは仕組みが全く異なり、放射線耐性の菌ができることはない。今まで殺菌できていたものが、突然進化して抵抗性を身につけるというのはありえない。
    • 放射線に耐性のあるがん細胞というのも同様。質問は、がんの放射線治療の後、がん組織の中で放射線に弱いがん細胞が死んでも、比較的放射線に強いがん細胞が生き残っていたために、再発したがんには放射線が効きにくくなる、というようなケースのことか?
    • にんじん、もやしなどの他の野菜の芽止めや日持ち向上にも使用できるのか? →ジャガイモの他に、ニンニクや玉ねぎ、サツマイモなどの芽止めもできる。 →保存中の野菜が傷む原因は、カビや細菌による腐敗と、植物体として死につつある野菜自身の生理反応や自己消化の両方があるので、一概に日持ち向上ができるわけではない。照射殺菌で腐敗の防止はできても野菜自身の体内の酵素で自己消化するのはとめられない。
    • 芽止めのコストは? →ジャガイモの場合1キロ当たり2〜3円。照射コストは線量に比例するので、殺虫照射ではその数倍、殺菌照射ではさらにその10倍以上になる。
    • チェルノブイリの事故の際、土壌汚染が発生し、そこで取れた農作物を摂取した家畜は食べられないという話しがあったが、今回の話とは関係あるか? →チェルノブイリは炉が爆発して放射能を持つ物質が飛び散ってしまったので、セシウムなどの半減期の長いものが土壌吸着した。食品照射とは関係はない。
    • 日本では放射線殺菌は遅れて、外国では進んでいるが、外国の人はこの方法に対して理解があるのか? →国によって違うと思う。どこの国でも、理解している人、気にしない人、知らない人が居る。また、中には日本同様敏感な人もいる。米国では、病原性大腸菌O157による食中毒の頻発が社会問題になり、安全確保のために照射した牛挽肉(ビーフバーガー)を学校給食に導入するべきかどうか論争になった。日本の大手流通や生協は照射芽止めジャガイモを扱わないが、その品質の高さを知っているファンも多く、扱っている中小のスーパーや個人経営の八百屋などではお客様の評判がいい。士幌町農協では、青果市場から寄せられた予約注文の量だけを照射し、「照射済み」のシールを貼って表示することを確約した注文先に限定して計画的に出荷している。
    • この技術を使わないということは、本来ならば食べられたものも、その機会を逃していると言えると思った。日本で禁止しているのは何故か? →一般市民の受容が低い。しかし、イヤだと思う人は買わなければ良いので、許可しない理由にはならない。一般の人は、危険だから国が禁止しているのだろうと考えるのが自然。国が、照射食品の安全性に関するWHOの結論を無視しつづけ、その理由も説明しないのは、反対派への迎合であり、食の安全確保のためにあらゆる手段と技術的可能性を模索すべき行政の責任放棄。まず安全かどうかの科学的な判断で許可し、その上で実際に事業者が使うかどうか、売れるかどうかは、他の技術との競争であり、事業者の経営判断やPRの努力と消費者の選択の問題。行政や事業者は、そもそも放射線についてほとんど知識がない一般市民への説明が面倒で、イデオロギー的な反対派の攻撃の矢面に立たされるのが怖くて、国民の理解が足りないことを口実に永年にわたって放置してきたのではないか? しかし、食品メーカーや流通などの事業者の立場はまだ理解できる。この技術を国としてどう活かすかについて真剣に検討してこなかった行政の怠慢が最大の問題と考える。


    〜このレポートは、公立はこだて未来大学プロジェクト学習の学生チームの皆さんのご協力を得て作成しました〜