2010年8月3日(火)、つくば農場比較見学会を開きました。猛暑の中、教員、主婦、会社員、学生、メディア関係者、家庭菜園のプロなど21名が参加しました。この見学会は2003年開催から数えて、8回目の開催でした。
毎年、見学会に参加される方の多くは、土から生えた遺伝子組換え作物が見たい、試験栽培ほ場が見たいといわれて、見学後には満足して帰られます。今回は希望者には害虫抵抗性を付与したスイートコーンの試食があり、全員が試食しました。
研究者と直接、話しあい、いろいろな人たちと意見を交換し、共に暑さも分かち合い、充実した一日でした。
(独)農業生物資源研究所遺伝子組換えカイコ研究センターを訪ね、町井研究主幹から「光るドレス」というタイトルでお話をうかがい、光るドレスの実物などを見学しました。お話の主な内容は次のとおりです。
10年前、カイコの遺伝子組換えに成功し、今では組織特異的、時期特異的にたんぱく質を発現させられるようになった。
絹糸は、フィブロインという繊維の周りをセリシンが糊となって覆っている。カイコの体の中の後部絹糸腺でフィブロインが、中部絹糸腺でセリシンができる。絹糸腺から大量にたんぱく質がつくれることからこの2つに代わる有用な物質を作らせたいと考えた。
カイコの卵に組換えた遺伝子を、固い卵の殻に穴をあけてガラス管で注入する。慣れてくると1時間に400個打ち込めるようになる。オワンクラゲ由来のたんぱく質ができると緑色(GFP)、サンゴ由来だと赤になる。更に、フィブロイン、セリシンでの発現調節もできるようになった。
GFPのご縁で下村先生に差し上げた光る絹でつくったタペストリーがスウェーデンのノーベル記念館に展示されている。自然光で白いウエディングドレスがLEDを当てると緑になる。光るドレスのおかげで、いろいろな方から声がかかり異業種と連携するなどの道が開けている。養蚕県の群馬県など。
今年から医療有用成分の合成をはじめ、来年度からは、高機能糸の生産も始める。
自然光の絹糸 | グリーンの光を当ててスクリーン越しに見た絹糸 |
自然光のドレス | グリーンの光を当ててスクリーン越しに見たドレス |
中央農研の香西科長に案内していただき、見本園を見学しました。見本園には、イネ、穀物、飼料、工芸、繊維として利用する多様な作物が植えてあります。イネは自家受粉といって、開花してすぐに自分のおしべで受粉するので、幅30センチ、縦15センチ間隔で植えることができるそうです。
雑草園では、雑草を栽培し、除草剤の研究者に分けるための種を集めます。雑草は穀物と異なり、種が広く散ってしまう(脱粒性)ので、何度も種を集めなければならず、作物栽培よりも手間がかかります。
見本園と雑草園の周囲の畑で作られているダイズやトウモロコシは緑肥といって、収穫せずに粉砕して土にすき込み、土地を肥やすために栽培しています。試験栽培を行う土地では、どの場所でも土の栄養に偏りがあると試験がうまくいかないので、緑肥と化学肥料を使って土壌の質を整えます。大きい試験栽培ほ場に空き地が多いのは、このように調整中の区画があるからです。
最近、はびこっているワルナスビの観察もしました。ワルナスビには数ミリの鋭いとげがあり、小さいなすびができその中の種が散るとあちこちにはびこります。除草剤の原液で一株ずつ枯らさないと根が残って増えるので、生産者を困らせている雑草です。
香西先生の説明 | 繊維をとるアマ |
イネの見本園 | 豆の見本園(ヒヨコマメ) |
雑草園 | ワルナスビ |
フェロモンを使って目的の害虫だけを捉え自動的に数える装置 | 高機能隔離ほ場 |
施設内の水場と焼却炉。使った水や組換え体は外に出さない | 高機能隔離ほ場内、向こうに遺伝子組換えイネが見える |
(独)農業・食品産業技術総合研究機構作物研究所 高機能隔離ほ場を見学し、浦尾研究調整役のご説明をうかがいました。ほ場では、クサホナミというイネの遺伝子を組換えてトリプトファンが多くできるようにした飼料用イネの試験栽培が行われていました。トリプトファンの蓄積が通常のレベルに達しても、さらに合成を続けるように改変したもので、従来の80-200倍のトリプトファンが蓄積されます。
(独)農業生物資源研究所 植物ゲノム機能解析実験棟を見学し、宮尾主任研究員にご説明を頂きました。宮尾氏は5万種のイネの特別変異体を作り出し、1年に1万種ずつ、5年かけて解析中とのことでした。この施設には、遺伝子を組換え植物が初めて栽培される閉鎖系といわれる温室があります。
宮尾先生の説明 | 遺伝子組換え植物は温度が管理された閉鎖系温室で初めに 栽培される (空気の出入りしないように3重扉になっている) |
展示ほ場では、遺伝子を組換えて害虫に抵抗性を持ったトウモロコシ、同じく特定の除草剤で枯れないようにしたダイズが栽培されていました。
何もせず雑草がいっぱいのダイズの畑 | 初めに除草剤を使ったダイズの畑 |
特定除草剤に耐性を持つダイズ。間の雑草だけが枯れた | 手前 対象外の除草剤を散布すると、除草剤耐性ダイズも 雑草も枯れる。奥は特定の除草剤で雑草だけが枯れたダイズの畑 |
筑波大学遺伝子実験センター長 鎌田博氏
動けない植物は敵が来ると毒物を体内に作る。例えば、キャベツには49種類の天然農薬が含まれている。これを総計すると残留農薬基準の1万倍の発がん性があることがわかる。それが植物というもの!ジャガイモのソラニン、生の豆のプロテアーゼインヒビター(たんぱく質分解酵素の活性を阻害する)、ナタネのエルシン酸(甲状腺肥大を起こす)などがある。
これに対して、作物につくカビが作る毒素(麦角アルカロイドは加熱分解せず、血管収縮をして末梢血管が壊死する)は危険で、汚染米のアフラトキシンが話題になった。そこで、トウモロコシのカビ毒の発生状況を調べたら、最も多いのは有機栽培トウモロコシ、最も少ないのは遺伝子組換えBtトウモロコシだった。管理が悪いと虫がかじったところからカビが生えるため。
有機栽培に問題はないが、収穫物の管理が悪いとカビが生える。
虫食い野菜は安全かというと、虫がかじると天然農薬が植物体内にできる。虫かじりがあるものは安全というのは幻想でしかない。
その他にも、ダイズイソフラボンは環境ホルモンと同じ働きをする。とりすぎには注意。普通の豆腐を食べていれば問題ないが、錠剤などの濃縮投入は過剰摂取になる。コンフリーは肝障害を起こす。モロヘイヤは花をつけたとたんに強心配糖体をつくるので危険。
身の回りの食品は毒があるのが普通だと理解してください。農作物とは野生種に改良を重ねたもので、私たちの食べているものは野生のものではない。
食料は足りているかというと、収穫された穀物のすべてをそのまま食料として利用すれば80億人養えるが、実際には半分程度が家畜飼料として使われて肉として食べられたりするから足りなくなる。これまでの人口増加に対して、実際には単収をあげて対応してきたのが近年の我々の歴史。
農業生物資源研究所遺伝子組換え研究推進室長 田部井豊氏
日本の輸入穀物は3200万トン。大豆、トウモロコシ、ナタネは7-8割が輸入で、その多くは遺伝子組換え作物。
遺伝子組換え技術は、品種改良で交配などの多様な手法でできないときに使う。遺伝子組換え技術が発明される前後で比べると品種の数は約2000種。余り変わらない。 ただし除草剤耐性はモンサントの遺伝子が2000品種の栽培特性を持つ作物に散らばったことになる。
生物多様性条約からバイオセーフティに関するカルタヘナ議定書がつくられ、対象は遺伝子組換え生物(LMO)で、LMOによる生物多様性への悪影響を防止することを目的としている。影響評価の観点は①競合による優位性、②有害物質産生性、③交雑による置き換わりの3点。遺伝子組換え作物の影響をこうむる可能性のある動植物をまず特定し、評価する。対象になる植物がなければ評価はおしまいになる。
遺伝子組換え作物には、生産性や機能性の向上、環境浄化などの働きがある。具体的には農薬削減をはじめとするコスト削減などの利点がある。
市民の対応をみると、なんとなく不安が1番多く、次に情報不足、3番目は不使用表示を見るからとなっている。情報提供を行いつつ、組換え技術も適切に取り入れながら優れた品種を作出していきたい。
- 30年前につくばに理化学研究所(P4施設)ができるときに遺伝子組換え技術は原爆より怖いという看板が並んだ。今はないですか→3年前までは隔離ほ場での田植え、収穫、種まきのときに横断幕をかけて反対運動があった。反対のヒトの有無に関係なく情報提供していきたい。
- 「従来育種は望ましい遺伝子を集める、組換えは望ましい遺伝子を加える」とは→交配ではよい形質を持つもの同士をかけて偶然二つ入ったものを選んだ。組換えは望ましい遺伝子を入れる。実際には審査時間が遺伝子組換えではかかるので、期間短縮はできない。花粉症緩和米は交雑ではつくれないことを行うので組換え技術を使う。
- 花粉症緩和米はヒトの体によい影響を与える一方で、リスクトレードオフのような副作用はないか→花粉症のときにヒスタミンを服用すれば薬の副作用というリスクトレードオフがある。ヒトが持っているもの(インシュリンなど)を治療に使うときは大腸菌で作らせて薬を作る。米で合成させてヒトが摂食する。お米を食べるというより、治療としての摂取。
- 医薬品として花粉症緩和米を考えるのか→花粉症緩和米もパック米で処方箋で入手できるようにして出すつもり。
- 日本のスギを花粉症防止のために伐採してはどうか。アレルゲンのないスギの研究は→花粉のできないスギの開発は進んでいるが、スギをすべて置き換えるのは難しい。
- お米アレルギーだと花粉症緩和米は使えないのか→お米アレルギーへの対応も検討中。
- 試験管から隔離ほ場までの途中でだめになるのはどんなもの→多く育てて遺伝子がちゃんと働く植物だけを選ぶ。世代をこえて働きが弱くなるものも捨てる。1000-2000のうちに1か2個のいいものを選んでいるはず。
- 非選択性除草剤の枯らすメカニズムは→ラウンドアップ(芳香族アミノ酸の生合成をおさえる)は、すべての植物が枯れるが、選択性では単子葉、双子葉など特定の植物種の特定のたんぱく質合成あるいはたんぱく質の機能を阻害する仕組みを利用する。水田で双子葉用除草剤を使えばイネは生き残る。イネを枯らさずにそれ以外の単子葉を枯らす農薬をつくって、何種類もの農薬を使っていた。非選択性をかけると作物も枯らしてしまう。ラウンドアップは残留性がなく何でも枯らすので、ラウンドアップが効かない作物を作りたかった。
- 鑑賞魚、環境修復に関わる組換え生物の主務省庁はどこか→新しい物はひとつひとつ考えていかなくてはならない。
- 組換えのリスクはどんなものでどのくらいか→リスクは環境へのリスク(成長が早くて日本中のどこでも周囲の植物を枯らして増えて行くなど)が考えられるが、これまでの組換えにそういうリスクはない。また、ブラックバスのような外来種における環境リスクにおいてもその影響の数値化は難しい。
- 害虫抵抗性に用いるBtは有機農業でも使われているので毒性は心配ないだろう。
- 低温耐性イネが冬にはびこってしまうのは困るが、寒冷地の米生産のために研究開発はやめられない。管理をきちんとすればいい。大学で研究しても、環境に出すときには想定されるリスクを考えて、諦めなくてはならない品種も出てくるかもしれない。
- 環境中で組換え微生物を使うときの管理が直近の課題。食品としてのリスクの考え方は普通の食品と同程度のリスクなら開発・利用することになるが、それをこえるときにどう考えるか。花粉症緩和米は医薬品との境界くらいにあったが、医薬品として審査管理していく。動物はこれからの課題。遺伝子組換えサケの評価がアメリカで検討されているところ(同じ期間飼養しても成分が異なってしまう可能性がある)
- 米国の種子の大手が日本の会社とちがうのは→モンサントは農薬会社で農薬をうまく使うために種苗開発をしてきた会社で大きな投資をした。遺伝子組換え食品の安全性審査には膨大な資料が必要で、日本の企業では安全性評価にそれだけの投資ができるだろうか。日本の種苗会社は規模が小さく、消費者の受容をあわせて考えると、わかっていてやりやすい食品の安全性審査でも4-5億円かかる。消費者の理解が進んでいないことを理由に、政府が早くから共存の仕組みを作らなかったためではないか。一方、生協では不分別表示食品が売れている。遺伝子組換え食品に反対する消費者の動きが外資バイオ企業に利益をもたらし、イネ研究の進んでいた部分が完全に遅れてしまった。
質問に答える鎌田先生と田部井先生 | 参加者のみなさん |