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講演会レポート「企業が取り組なくてはならないリスクコミュニケーションのあり方」

2010年5月14日(金)、NPO法人くらしとバイオプラザ21総会講演会(於銀座ラフィナート)において、講演会「企業が取り組なくてはならないリスクコミュニケーションのあり方」が開かれ、慶應義塾大学商学部准教授吉川肇子先生にご講演をいただきました。
会員、役員を始めとする企業関係者、消費者団体、メディア、研究者など60名が参加しました。

講演会会場風景 吉川肇子先生

主なお話の内容

始めに
心理学者というとカウンセラーのような臨床系の心理学者をイメージする人が多いが、私の専門である社会心理学や組織心理学のような実験心理学者の方が多いです。
私は学部のとき説得の研究をしており、少しずつ反論を聞かされていた人にはなかなか説得されないような「免疫」ができるという研究をしていた。修士課程では、「悪印象の残りやすさ」を研究し、博士課程では、印象管理、お詫びの仕方を研究した。
恩師はリスクコミュニケーションに1985年から目をつけており、これは「リスクコミュニケーション」誕生後、早い段階であった。

ことばの定義
リスクの定義は複雑だが、その大きさは、被害の重大性(ハザード)と被害の生起確率の積。これは、保険の考え方(期待値)で人間工学、災害分野ではリスクをハザードと呼ぶ。
ハザードと確率がわからないとリスクを定義できないでは困る。そこで、リスク概念を拡大し、次のような要素もリスクに含めることになった。
生起確率がわからないとき 不確定性 uncertainty
ハザードとその確率がわからないとき 無知 ignorance

リスクコミュニケーションの歴史
リスクコミュニケーションの歴史は短く、生まれて26年。
リスクを伝えるコミュニケーション技術と考えるなら、社会心理学の従来の技術が利用可能であったわけだが、新しい考え方の浸透を目指してリスクということばができたと考えられる。ある種の社会運動のようなもの。さらに、同時テロ以来、リスクということは、またよく使われるようになった。

簡単な歴史
用語が誕生したのは1984年で、リスクコミュニケーションというタイトルのついた論文が掲載された。リスクコミュニケーションというタイトルで研究資金が出たのは1983年。リスクコミュニケーションという名の会議がアメリカで初めて開かれたのは、1986年、欧州では1988年。
リスクコミュニケーションが必要になった社会的背景には、1979年のスリーマイル島事故、1984年のボパール(インド)の農薬工場の事故(3500人死亡)、1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故などがある。
オランダでは、スキポール空港飛行機墜落事故(付近のアパートの住人47人が死亡)の後、オランダ政府は空港付近の死亡リスクを計算し、リスクがある程度以上高いときには、住民を移転させるという政策をとった

リスクコミュニケーションの定義
National Research Councilによるリスクコミュニケーションの定義は「個人、機関、集団間での情報や意見のやりとりの相互作用的過程」
リスクコミュニケーションをわかりやすくするために、ありがちな誤解を次にあげる。
・科学的にリスク評価を伝達する単なる手段(説得技術や説得する魔法)ではない
・情報公開と同一ではない(公開すればおしまいでなく、情報を伝えるより「聞く」ことに意味がある)
・リスクコミュニケーションは緊急時記者会見やマスコミ対応ではない。それはリスクコミュニケーションのごく一部
・リスクについて意見や情報交換ではない(たんなる意見交換でなく相互作用的であるべき。相互作用とは互いに影響を及ぼしあったり、考えを変えあったりすること)

リスクコミュニケーションの問題
送り手にリスクを伝える意思がない場合(リスクを伝えたくない、リスクは小さくいいたい)にはできないが、伝える意思があるが伝える技術がわからない場合には心理学者が手伝うことができる。

クライシスコミュニケーションとリスクコミュニケーション
 クライシスコミュニケーションはリスクコミュニケーションより古くからあったことば。2001年同時テロからクライシスコミュニケーションということばが復活してきた。それ以前は、民主的な価値観で情報共有をしようという時代になり、軍事、警察で使われていたクライシスコミュニケーションが使われなくなっていた。クライシスコミュニケーションとリスクコミュニケーションは、使う人が違うと考えた方が理解しやすい。リスクコミュニケーションは思想運動ともいえる。

クライシスコミュニケーションは、軍事、外交には隠蔽することも時には利益という前提があるが、リスクコミュニケーションは情報隠蔽をしないのが前提となる。

リスク/クライシスコミュニケーションを支えるコミュニケーション技術
コミュニケーションとリスクコミュニケーションとクライシスコミュの関係は入れ子になっているというマトリョーシカ人形の例えで説明できる(マトリョーシカ構造)。一般的なコミュニケーションにリスクコミュニケーションは含まれており、一般的なコミュニケーションなしにリスクコミュニケーションはできないことを意味している。

コミュニケーションの技術「きく」
きき方にはふたつの「きく」があり、それは「hear 聞く」と「listen 聴く」。
もうひとつの「訊く」は、質問すること。これには、開いた質問と閉じた質問がある。
これらの「きく」を使い分けて相手の情報を上手にとることが重要。
ふだんから「きく」練習をしておくと、ききかたが上手になる
普段していない「きき方」を大事な時にすることはできない。よいきき方ができるような仕組みづくりをしておくことが重要。情報がきちんと収集してなければ、コミュニケーションはできない。

平素の備え:スキャンとモニター
「スキャン」とはレーダーのように満遍なく情報を拾っておくこと、「モニター」とはレーダーに映った影(注意しておくべき情報)を掘り下げること。
レーダーでいかに広く情報を拾っておくかが大事。
たとえば、問い合わせの電話をうるさがらず、情報が座っていてもひとりでに入ってくると考えるといい。

情報の伝わり方と受け止め方の特徴
ネガティブ情報は伝わりにくい(MUM効果という)。という現象がある。
人はネガティブなニュースを伝えたがらないもの。たとえば、医師が心配をさせまいとして軽症だというと、患者はまじめに生活習慣を直そうとしない。その結果、程度を弱めて曖昧にしたり、表現を柔らかくしたりすると、どのくらい危ないかが伝わらない。
・話し方には十分注意が必要
話し方、特に言葉遣いには注意が必要。「落ち着いてください」と言われるとさらに怒ったり、「冷静にしてください」と言われると反発したりする。このようなことばのルールの1つに「グライスの会話の格率」がある。このルールに従えば、言うからにはなにか背景があるのだろうと考え、予想外の推論をすることがある。

情報を出すときの心得
グライスの格率(世間で広く認められている行為の基準)の前提にあるのは、会話の参加者は、お互いに協調しあうということである。。「グライスの格率」には次の4つがある。
・量の格率:過不足なく必要な量を伝達せよ 
・質の格率:偽りと考えられることは言わない・関係の格率:話に関係を持たせること。話には通常、関係づけがあるはずと人は思うものである。
・様式の格率:適度なふさわしさの丁寧さがあるかと。


講演会の茶話会では吉川先生に質問する人たちが集まりました 参加者みんなで話し合えることがくらしとバイオの願いです