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談話会レポート「リスク報道とガイドライン」

 2010年2月19日(金)、くらしとバイオプラザ21事務所において、談話会を開きました。毎日新聞生活家庭部 小島正美さんを迎えて、「リスク報道とガイドライン」というお話をうかがい、話し合いをしました。

小島正美さん 会場は満員御礼

お話の主な内容

 メディアガイドラインというのは、こういうことを知っていると、記事を書く人だけでなく読む人にも有益なもの。書くときに便利で、読むときに役立つガイドラインをイメージしている。


こんにゃくゼリー事件の事例から
同じ時点で書かれた記事を、読売、毎日、朝日、日経、産経の5紙で比べると、内容が次のように異なり、どれも食品安全委員会の本意でない表現になっていた。 「評価報告書を公表」「推測値を初めて公表」「見解をまとめた」「推計結果を初めて公表した」「推計結果を公表した」
見出しを比較すると
・高頻度で窒息が起こる 1件
・リスクは食品のリスクの中で2番目 2件
・飴と同程度のリスク 1件→これが食品安全委員会の発表に近い。
・餅に次ぐ事故頻度 1件
こういう書き方になったのは、中間報告書ができたときの報告の仕方にも問題があったのではないか。WHOは、中間報告書と最終報告書の数字は一致させておくべきと指摘しており、Q&Aが用意されているのなら、中間報告公表時でもきちんと報道すべきだと思う。
ワークショップに参加した記者があとで書いた記事を見ると、事実に近い報告になっている。このことからわかることは、勉強会をしてしっかり情報を伝えるとよい記事が書けるようになるということ。つまり、きちんとした情報を与えればきちんとした記事ができる。取材に来た記者がよく理解していなくても「勉強してから出直せ」と言わないこと。記者も凝り固まっているわけではない。

どんな書き方がいいのか
情報を発信するときは、何を伝えてほしいかが見出しで伝わるようにしてA4版1枚にまとめる。「エコナのリスクはポテトチップと同程度」などの伝え方がいいのではないか。リスクは数字で表すべき。
伊藤ハムも、A4サイズ1枚で伝えてほしいことをまとめて、記者会見すべきだった。キャッサバには伊藤ハム事件でわかった地下水中に含まれていたのと同じ程度のシアンがあるという表現や、水道水でも塩素処理でシアンはできるという表現もわかりやすいと思う。

記者の持つバイアス
「未来の食卓」というフランス映画があり、記者が記事にしたくなるような映画だった。「農薬による食品汚染が健康をむしばむ現実」を前提に、がん、糖尿病などの7割は環境によると断定的に扱っている。こういう映画を見ると記者はそのまま書き、デスクがチェックできないのが現実。
有機食品は「善」という印象は、先輩記者もそう書いてきているから「善」というような記者の思考のバイアスではないか。
合成洗剤は悪という認識の結果、掃除には重曹、酢、エタノールなどの天然成分を使うとよいという表現が出てくる。すべて化学合成された物質ばかりで、そんなにきれいになるなら、洗剤は発明されなかったはず。
がんが増えたというが、高齢者が増えるとがんも増える。国立ガンセンターでは年齢調整死亡率を使っており、これだとガンは減っている。これを知っていれば、環境影響でがんが増えるという記述に記者はおかしいと気づくはず。国立ガンセンターは「年齢調整死亡率で書いてほしい、動物実験の結果は書かないでほしい」と呼びかけている。

メディアガイドライン案
メディアガイドライン案をつくるならば、テーマによってまとめて、記者の持つ既成概念や通説の矛盾を理解してもらう必要があるだろう。

○有機栽培の場合
次のようなことを知っていてほしい。
・英国食品基準庁は2009年「有機栽培農産物の安全性と健康への効果は従来の作物と差がない」と発表した。
・虫食い作物の方がアレルギー物質が増えることもあり得る。
・ビタミンEの長期過剰摂取で寿命が短くなることもあることを知らない人は多い。
・日本の有機農産物の7-8割は輸入。
有機食品を、ガソリンを使って宅配してエコな有機といえるだろうか。米国では、プラスチックで包装、冷凍して運んでくる工業的な有機食品はおかしいという声が出てきている。
地産地消は記者が好むことばだが(グローバリゼーション反対という記者もいる)、食品総合研究所 椎名先生は「国内のハウス栽培のトマトと海外から旬の時期に運んできたトマトに使ったエネルギーを計算したら、国内のハウス栽培の方で使ったエネルギーの方がずっと多かった」といわれている。

○遺伝子組み換え作物・食品の場合 
グリーンピースのコメントを採用する記者は共感しているからだろう。
遺伝子組換えの方が益虫やうさぎが増えたと米国の生産者が言っても、取材時に虫や鳥がいないと記者は環境影響があると書く。
次のようなことは知っておいてもらいたい。
・遺伝子組換え作物だと農薬が節約できる
・労力が確実に減る
・収量が増える場合が多い
・雑草とは、植えようと思った作物以外すべてをさす。
・ノンGM飼料は従来通りの農薬を使って栽培されている
・Btたんぱく質(標的害虫を殺す成分)は有機農業でも使われている。
・種の壁を越えた遺伝子の移動は自然界で起きている(遺伝子を組み換えた微生物が医薬品の原料を作っていることはむしろ素晴らしいこと)
・ハクラン(キャベツと白菜から細胞融合で作られた作物)は種の壁を越えている

○放射線の場合
中越地震で柏崎原子力発電所で火事が起こったとき、一般の人たちは火事のテレビ放映を見ていて、危ない印象を先に持っていたようだ。柏崎原子力発電所の放射能漏れのリスクについて正確に書いた記者が少なかった。
普段食べている食品にカリウム40という放射性物質が含まれていることや宇宙から放射線は来ていることを認識していれば、書き方も違ったのではないか。多分、本来、放出されるはずでないものだからという気持ちが強かったのだろう。

○農薬の場合
「農薬は危険」という認識があり、基準の2倍の違反というような見出しが登場する。
記者は健康被害をADI(一日摂取許容量)から考え、もしADIがわからなければは食品安全委員会に尋ねるようにしてもらいたい。群馬県ではリスクレベルを数字で表しているが、さらにわかりやすいことばの表現として、「自衛策不要」「即座の緊急回避」「長期的な回避が必要」などが必要ではないか。

自殺防止ガイドラインから学ぶこと
WHOでは、自殺を真似たりしないように自殺に関する報道の書き方の注意事項を決めている。自殺を当然の行為のように扱わない、目立つ扱いをしない、繰り返し報道しない、手段や場所を書かないなど。しかし、日本の報道では、場所などが書かれてしまい自殺連鎖防止になっていない。
報道の仕方に注意すれば、報道は自殺防止に貢献できるということだと思う。

どうすればいいのか
化学物質は悪、天然は善のような考え方は、記者だけのものでなく、ある意味で「世の中の価値観」としての多くの人の共通認識。
ブナ林で見つかった野生酵母で焼いたパンが記事になるのは、ブナ林、野生の酵母ということばに記者が反応して書いているから。このようなものの見方を読者が好むということ。
たとえば、脂質の代謝と書いたときに社会部のデスクが書き方を変えるように指示した。彼はメタボと代謝が同じだと知らなかった。抗酸化作用や代謝の意味をきちんと説明しなければならない。メディアの中で根拠が必要だということも繰り返して伝えなくてはならない。
そして、丁寧に繰り返し説明すれば、わかってもらえる。
そこで、よい報道をめざして行っている「メディアドクター」の活動を紹介したい。

メディアドクターの活動から
医療記事のガイドラインを10項目にまとめ、定期的に、医者、学者、企業など関係者ボランティア20名くらいが2か月おきに集まり10項目にそって記事の評価をしている。10項目で採点すると、記事の評価がしやすい。
エビデンスの強さ、学者の利害相反、費用対効果なども評価基準になる。
こういうガイドラインが医薬品、農薬、遺伝子組み換え、健康食品など、いろんな分野のガイドラインを作って冊子にして配るとよい。どの分野についても大体10項目くらい評価項目を作り、メディアに配れるとよい記事ができるのではないか。


熱心に話し合う参加者

話し合い 
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • メディアドクターの結果をどうやって、メディアに伝えるのか。記者には初めから書き方を決めてかかっているような感じの人がいる。ストーリーありきでセンセーショナルにしようとしているように見える。訂正記事は出ない→食品安全委員会のワーキンググループで効果があったことは、違う記者が違う場所に書いているので確かだと思う。ちゃんとした団体が発言しないとだめ。学会有志の発言は記事になる。
    • 新聞記事にある「〜」という発言の引用は、聞いたとおり書いただけで記者には責任はないという態度ではないか→記者は「〜」の発言を好んで書いているところがある。
    • 抗議しても訂正しない→違う記事を書いてもらえるように気長に対応するしかない。
    • 大規模農業は環境に悪いという発言に抗議したら、根拠はあるが教える気はないといわれた→記者の考えが変わらないときは、記者に抗議するよりメディアをチェックする第三者機関をつくる必要があるのではないか。
    • ガイドラインには大賛成だが、無理強いは報道規制になるのではないか。どう使ってもらえるのだろうか。
    • 記者は自由な存在だと思っているから、メディアガイドラインを嫌うのでは→若い記者は勉強したがっているので、「勉強してから出直せ」というより役に立つだろう。
    • 新聞社のデスクは何人くらいいるのか→各部に複数のデスクがいる。私の所属する生活家庭部の4人のデスクは全員、社会部出身。すんなり読めればそのままパスする。
    • デスク向けのメディアセミナーが必要ではないか
    • すんなり読めればパスするなら、デスクは何をチェックするのか→中学生が読んでわかりやすいか。消費者目線で書いているかどうか。
    • 科学部の記事ではエビデンスをチェックするのか→科学部のデスクは科学的なチェックをしている。整理(見出しをつける)、デスク、部長の3名はチェックしている。
    • うまい見出しにはひかれるが、見出しは影響力が大きく問題が多いと感じている→整理という見出しをつける係があり、10年くらい記者を経験した人が整理を担当する。取材した記者は仮見出しをつけて記事を出す。
    • 私たちは食品関連の見出しに怒るが、政治や社会の記事だと目を引く見出しを興味深く思ってしまう。トヨタの見出しには私もつられてしまう。
    • メディアガイドラインは読む人の「クリティカルシンキング」の視点を養うために広めるべきだと思う。
    • 見出しがよくなかったという背景には、そのような書き方をされてしまうような情報提供側の責任もあるのではないか。
    • 間違った報道に対してはアカデミアの働きかけが大事だと思う。
    • メディアドクターの検証事例を本として出せないか→次の本には入れようと思っている。
    • メディアガイドラインをつくるときには、複数のメディアが関わるべき→プレスリリースを出すときに、こういう書き方はNGですよ、というようなアドバイスをしていきたい。
    • ガイドラインはいくつかの分野で作る必要があるので、策定作業は大変だと思う。
    • 間違った報道にはどう対応するのがいいのか→デスク宛、読者窓口宛が考えられるが、記者のメンツをつぶさない配慮も必要なときもあるだろう。
    • ガイドラインは病気予防のようではないかと思う。どこにクレームをいうかなどの対処療法のようなもので、新聞社のデスクがガイドラインを持っているのはいいことのはずだと思う。
    • 自主ガイドラインとして作って、いくつかの新聞が共通で使ってくれることはありえるのだろうか→記者も専門家から認められる情報を書きたいはず。
    • 「残留農薬の基準値の何倍という書き方はやめよう!」など、基準の2倍というとより、「ウナギを毎日42キロ食べても大丈夫」という表現がわかりやすい。残留基準には、管理目標値ということばをかぎかっこでつける。消費者用でなく、生産者用であることを示す。