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セミナーレポート「企業はリスクにどう向き合うか」

 2009年2月26日(金)、東海大学校友会館にて、(財)バイオインダストリー協会主催セミナー「企業はリスクにどう向き合うか」が開かれました。
 エコナの開発責任者である花王株式会社執行役員安川拓次氏から「エコナに何が起きたか」の一時間に及ぶ話題提供と日本経済新聞社科学部で長く精力的に報道に携わった江戸川大学教授中村雅美氏から「メディアから見たリスク」の話題提供があり、活発な質疑が行われました。
両講師から十分な話題提供を受けて、消費者への影響が大きいメディアへの対応も含めて、企業がリスクについて消費者とどう対応するかについての示唆に富んだセミナーとなりました。例えば、「ことが起こってからでは遅く、企業は普段から消費者、メディアとリスクについてコミュニケーションを良くし信頼関係を構築しておかねばならない」「クライシスになったときに来る記者は科学のバックグラウンドのない者が大半を占める。分かりやすい事例との比較を示しながら説明することが求められる」などの意見が印象的でした。


1.エコナに何が起こったか
  花王(株)ヒューマンヘルスケア事業ユニット フード&ビバレッジ事業グループ長 執行役員安川拓次氏

一時間に亘って今回のエコナの報道による混乱ついて詳細な報告がされた。主力製品の一つであるエコナのことであり、詳細な情報提供は簡単なことではないと推察されるにもかかわらず、積極的な情報公開の姿勢は出席者から好感が持たれた。

エコナとはどのような食用油か、その安全性は。
エコナはDAG(ジアシルグリセロール)が80%以上(オリーブ油5%前後、大豆油21%前後)含有し、食後の血液中の中性脂肪が上昇しにくい効果、継続摂取で体脂肪が付きにくい効果などの有効性や各種の安全性試験などにより、1998年特定保健用食品(トクホ)を取得し、翌年発売した。その後、マヨネーズタイプについて申請し、2003年にトクホ取得した。この審議(厚労省、新開発食品調査部会)で、PKC活性化作用があり、発がん促進作用(発がん作用ではない)で知られるフォルボールエステルと同様のPKC活性化作用を持つDAGについての比較が議論になり、念のための追加試験が求められ、2009年まで試験を継続している。一方、DAGは細胞膜を通過しないので問題ないとも考えられた。
これと②で述べるグリシドール脂肪酸エステルの発がん性とが混同され、話がより複雑化し分かり難くした。エコナそのものに発がん性があるような話が勝手に歩き出した。

今回問題になったこととは
2009年3月にドイツのリスク評価機関(BfR)が乳児用粉ミルクに含まれるグリシドール脂肪酸エステル(GE)低減の必要性を提唱した。GEは発がん物質として知られるグリシドールに変化する可能性が危惧されている。乳児は粉ミルクだけを飲むので厳しく考えてグリシドール低減が提唱されたが、粉ミルク中に含まれるGEのほとんどがグリシドールなったとしても、食品中の微量発がん物質として知られるポテトチップスなどに含まれるアクリルアミドと同程度のリスクとしてドイツ、欧州では規制は行われていない。GEは脱臭工程で微量副生するが、エコナ中のGEの含量もごく微量で、91ppm(0.0091%)である。なお、測定方法が確立されていないし、GEからグリシドールにどのぐらい変わるかも分かっていない。食用油中に含まれる微量成分、3-MCPD(腎に影響を及ぼす)の測定に誤差を与える物質として発見された。これも話を複雑化している。

報道による混乱とその対応
2009年8月食品安全委員会専門調査会がGEの安全性検討を決定し公表され、その内容が報道された。エコナと発がん性の関係についての報道がされた。
9月に消費者庁、消費者委員会がスタートした。この月の1日当たりで16万から17万件の問い合わせが消費者からあり、対応のため電話回線、人員の体制を整えたつもりであったが、予想を超えるものであった。
電話が繋がらず、イライラが重なり消費者から厳しいお叱りがあった。また、行政、食用油業界にも問い合わせが殺到しご迷惑をおかけすることになった。さらに他の食用油へも被害が及ぶことになってしまった。
このような状況で、花王の全社員の疲労が極限に達し、完全な出直しを決定し、販売自粛とトクホ失効させ、GEをなくすように技術改良を検討することとした。
今後も、基礎研究からイノベーションにより新しい価値を付加した新製品の事業化に取り組むが、そこに潜在するリスクについて最初からのリスクコミュニケーションが大切であると考えている。


2.メディアから見たリスク
  江戸川大学情報文化学科 教授 中村雅美氏

リスクとは
リスクの定義(ISO):危害が発生する確率と危険の重大さの組み合わせ。
一般市民はゼロリスク志向が強い。
将来起きるかもしれない(必ず起きるとは限らない)損失や危害の可能性であって、危険(ハザード)とは異なる。
リスク=危険(ハザード)ではない。
メディアはリスク=ハザードとして報道する傾向があり、風評被害のもとになる。

メディア(新聞)が大きく扱うこと
社会にとって重要な出来事、めずらしい(異常な)出来事、初めて(日本初、世界初)、感情に訴えることがら、タイムリーな(時宜にあった)出来事、読者のためになる(読者が求めている)出来事。

メディアの自覚
白か黒か二者択一を好む、社会に与える影響を自覚、リスクコミュニケーションの主役の一人。

リスクコミュニケーションのポイント
トップ、各部門の責任者を明確にする、方針を明確にする、リスクコミュニケーション担当者に権限を委譲する、見つからなければ大丈夫と思っていないか、第三者として見たときどう思うか、家族に胸を張って話せるか。


質疑応答の主な内容
今回のことで、反省することは
安川氏:総合的に反省しているが、普段からリスクについて対応を取っておかなければならないと思った
中村氏:日頃から付き合っている記者と、クライシスになると違う記者がほとんどである。
記者には分かりやすく説明する。分かりやすい事例を示しそれと比較して話す。例えば、ポテトチップスのアクリルアミドと同じ程度のリスクである。

食用油業界からの支援は
安川氏:今回のことで花王は食用油業界に迷惑を掛けた結果になった。
行政にも同じである。消費者からの問い合わせ電話が行き、さらに売り上げにも影響した。申し訳なく思っている。

社内の意思決定についてどうでしたか
安川氏:予想を越えた問い合わせ電話、クレームで花王社員全員が疲労の極限になり、これ以上無理なので、完全な出直しが決定された。省庁では主に厚生労働省との対応であった。

近々のトヨタのリコール問題をどう見るか
中村氏:日本と米国の消費者の違いもあり、遅い。スピードとタイミングが一番大事なことである。

最近の話題のクライメートゲート事件について
中村氏:IPCCなどの地球温暖化の発表についての疑惑であり、政治的にも今後どうなることか予測が難しい。