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バイオカフェレポート「乳がんの予後診断と遺伝子診断のできること」

2010年1月15日(金)、茅場町サン茶房で今年最初のバイオカフェを開きました。お話はDNAチップ研究所 藤沼俊則さんの「乳がんの予後診断と遺伝子診断のできること」でした。武山浩先生(慈恵医科大学病院)をはじめ、患者、研究者など異なる立場の方が参加し、発言がありました。
初めに工藤ゆかりさんによるバイオリン演奏があり、先輩オリジナルというソーラン節とチャルダッシュ(モンティ作曲)の華やかな2曲が演奏されました。

    工藤ゆかりさんの演奏 藤沼俊則さんのお話

お話の主な内容

遺伝子とは
ヒトの体はおよそ60兆個の細胞からできていて、細胞の核の中に遺伝子があります。遺伝子の本体はDNAという化学物質で、4種類の塩基がつながったもの。DNAは生命活動の設計図といわれる。DNAを英語の設計図とすると、RNAは母国語に翻訳されたもの。遺伝子診断にはDNAをみているものとRNAをみているものがある。
予後診断とは、例えば乳がんの手術をした人の何年後の状況の予測をすること。予後診断ができれば、術後のくらし方の指標となる。

乳がんの予後診断
マイクロアレイとは合成されたオリゴDNA(DNAの断片)がスポット(点として貼り付けられている)されたもので、1枚のスライドに昨年、最大で100万個のオリゴDNAがスポットできるようになった。このオリゴDNAに蛍光などをつけて見つけやすくする。
2007年2月、RNAを使った乳がんの診断薬「マンマプリント」が米国FDAで認可され、多くの人に衝撃を与えた大発明だった。
乳がんの手術でがん細胞を切除後、化学療法を受ける人、放射線治療を受ける人があるが、転移が起こる人は25%。実際には75%の人が化学療法を受けている。もしかすると、50%の人は化学療法を受けなくてもいい人かもしれない。化学療法を受けなくてもいい人を見つけられないか。がん細胞の遺伝子診断で、お医者さんと患者さんが今後の治療を相談する時の指標になるし、医療費の削減にも貢献できるかもしれない。
78人の乳がん患者(55歳以下、リンパの転移なし、化学療法なし)の人のがん細胞をいただき、転移に関係ありそうな遺伝子を調べて、5-10年後の予後予測を試みた。転移のリスクが高い(ハイリスク)と分類された人は8割だったのが、予後診断をしたら6割になった。検診の頻度を増やして化学療法を減らすことができたりする。
アメリカの「アルジェクティブオンライン(乳がんの予後診断をするコンピューターソフト)」を使ってシミュレーションをした結果と、マンマプリントの予測とは一致していない。現在、欧州で6000名の患者を、ハイリスク、ローリスクに分類して研究をしているところ。
マイクロアレイでは約70個の遺伝子を調べる。26,000個くらいあるヒト遺伝子のうちの70個位ががんの転移に関係していそうだということ。10年後の生存率97%をローリスク、50%以下をハイリスクと定めた。実際には予後診断をもとに、お医者さんと相談しながら、化学療法を控えたり、検診頻度を増やしたりしてがんと闘う。

マンマプリントのやり方
マンマプリントは手術を受ける人のがん細胞を使って診断を行う。オランダに送って解析する。60歳以下、リンパ節転移がない、5センチ以下の小さいがんの患者さんが対象。英語の診断書を翻訳したものをもとに、お医者さんと相談する。
がん手術で摘出したがん細胞(質がよいサンプル)をオランダに送りマイクロアレイで分析すると2週間で結果がわかる。

大腸がんの予後診断
大腸がんの5年後生存率が手術後にわかったら、その後の治療、検診頻度の決め方、治療法の改善・検討に役立つのではないか。
大腸がんに関係する遺伝子がどのくらい現れたかを調べ、コンピューターで判定する。大阪大学第二外科で研究を進めている。

リューマチの薬剤投与
リューマチの痛みをとる薬があるが、痛みの有無で薬の投与を続けるかどうかが決められている現状だが、薬の投与を続けるかどうかに科学的根拠があれば役立つのではないか。方法は血液検査。慶應義塾大学が中心になって研究をしている。薬投与後2週間、6週間の血液を検査して、薬が効いているかどうかが判断できる。

これからの研究
これからは私の予想です。
例えば、一卵性双生児の方は遺伝子が全く同じなので、遺伝子の研究に役立つことが多い。私の友人で一卵性双生児のひとりががんで早く亡くなったが、もう一人は今も元気に暮らしている。一卵性双生児は遺伝子だけでなく、ある年齢までは食生活などの環境も同じ。この違いを研究するのがエピジェネティックスという学問。このような遺伝子に関する研究で治療、薬の開発、食品による病気の予防などに貢献できるのではないかと思う。
大阪大学にTwin research centerが設立され、双生児の方に登録・協力していただき研究が進む予定。
一方、金沢大学では、少量の血液からがんの予測ができるという研究もされている。こういう研究が進むと、少量の血液から健康な生活のための指導も可能になるのではないか。


会場風景1 会場風景2

話し合い 
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • 乳がんの研究はなぜ、60歳以下なのか。乳がんの大きさ5センチ以下とステージの関係はどうなっているのか→年齢、がんの大きさは、現在は研究段階で、区切って調査しているからだろう。年齢とがんの大きさについては今後、幅が広がっていくと思う。早期発見で手術をしなくていいケースが増えれば、このような予後診断は不要になるかもしれない。
    • 健康保険の適用は→今はだめ。
    • 価格は→病院によって異なるが、大体38万円。患者さん負担のケースと、大学の臨床研究で病院持ちのケースがある。
    • お医者さんたちにどのくらい知られているのか。自分が希望すれば使ってもらえるのか→マンマプリントは医者の間ではかなり知られている。患者さんの負担は40万円くらい。オランダの試験例が余り多くなく、厚生労働省も認めていないので、日本では大学病院で研究の段階だと思う(武山先生)
    • 5年後、10年後の転移の有無を調べて、ハイリスク、ローリスクを判定するのか→70遺伝子の発現パターンを調べて、パターンによってハイリスク、ローリスクを決めている。
    • ハイリスク、ローリスクの判定に使うのはどんな遺伝子か→今までがんに関係していると考えられてきた遺伝子だけに絞ったのでなく、結果をみたら70遺伝子だったということ。
    • 学会で話題になってもハイ・ローの判定の仕方がわからないので、今ひとつわからないねという話になってしまう。
    • 大腸がんの診断は何を使うのか→手術で切除したがん細胞。
    • 日本では診断方法は特許の対象外だと思うが→方法はだめでも遺伝子のセットは特許になる。
    • 私は自分の体のがん発現遺伝子を調べた。乳癌ではエストロゲンなど複数の指標があるが、どんな遺伝子を調べているのか→70遺伝子はブラックボックス。70遺伝子の個々の発現の有無よりもパターン(複数の遺伝子の組み合わせ)で判断する。ひとつの遺伝子の有無に対して保険適用という判断はできない。
    • 化学療法もいい治療方法だと思うが→化学療法はもちろん有効だが、患者さんによって負担が大きく避けたいと思う人もいる。
    • 乳がんの化学療法の現状は→がんの治療には手術、化学療法、放射線療法、そして免疫療法がある。腫瘍の大きさ、ホルモン受容体、リンパへの転移の状況で薬を選ぶ。療法の選択のための補助手段としてマンマプリントが使えるのではないか。マンマプリントが使えるようになったからといって化学療法はなくならないだろう。大規模の試験の結果が出ないことには、臨床医は使いにくいと思う(武山先生)。
    • もし、私が乳癌になったら、ハイリスクと聞かされたらショックだと思う。お医者さんがハイリスクのときの説明をされるのか→患者さんご本人は本当のことを知る権利がある。遺伝子診断を受けるとハイリスクという結果を聞くことになるかもしれませんよという話も、遺伝子診断前にすることになると思う。ハイリスクならば、抗がん剤を増やそうかとか、放射線治療も加えましょうかという検討の材料になるだろう。費用も含めて次の治療法を考えないといけない。そのためにはこの診断の有効性を示す証拠が必要。ハイリスクかローリスクを調べるためだけに遺伝子診断を行うわけにはいかないと考えている(武山先生)
    • 私は主人をがんで亡くしたが、お医者様から医師団は医療を、ご家族は介護を通じて最高の治療ができたといわれた。患者は不安やショックで落ち込むが、家族が支えるのが使命だと思う。介護をした3年間、お礼をいってくれたことが、今になって有難かったと思う。患者は自力では立ち向かえないから家族がフォローし、お医者さんが治療するのがいいと思う。
    • FDAは診断薬として承認したそうだが、治療薬と結びついて承認したのではないか。78サンプルのデータだけでマンマプリントは作られたのか→治療薬とセットではない。78サンプルで70遺伝子を選んだが、その他のデータはわからない。
    • 最近作られたがんの遺伝子診断薬にはどんなものがあるか→RNAでみるものはマンマプリントくらい。遺伝子発現プロファイリング(いろいろな細胞で作られるRNAを調べて、がんの再発予測、腫瘍の分類、治療が有効であるかどうかなどを予測に役立てる診断検査)でみるのは技術的に難しい。血液の中の変動するRNAの、解析、採血方法、RNA抽出方法などひとつひとつが難しい。
    • エピジェネティクスから考える方向で進むのだろうか→私はそう思う。コピーナンバーバリエーションといって、人によってゲノムのコピー数が違うらしい。研究段階だが、これも薬の効き方などに関係しているかもしれない。遺伝子だけでなくゲノムのコピー数などを複合的に、臨床現場の情報や考え方に加わっていくのではないか。
    • 患者の立場からするとマンマプリントは画期的だと思う。術後のホルモン治療などを受けなくてもいいとなると、診断薬の費用をカバーできるのではないか→まだその段階ではないが、やがて大規模な臨床データ結果と治療法、お医者さんと患者さんの相談とあわせて考え進めていくのがいいと思う。
    • 乳がんには非浸潤と浸潤があり(発生した組織を超えてがんが広がっていくかどうか)、手術せずにすめば女性にとってはすごく嬉しい→義母が部分切除だけでよかったが、転移の不安から全部摘出した。再発の不安が本人にはあるので、かえって切除する人もいるようだ。
    • 悪い遺伝子が見つかった時にいい遺伝子と取り替えられますか→技術的、倫理的にまだ難しい段階です
    • 慶応の金井先生のところで家族が乳癌の部分切除を受けた。がんと闘うなといってくださって、精神的に励まされた。