2009年11月20日(金)、広島大学附属福山中学校にて中・高等学校教育研究会が行われ、289名の全国から集まった教師、140名の広島大学の学生が参加しました。同校では「クリティカルシンキングを柱とした“生きる力”の育成」に取り組んでおり、文理の壁を越えて、すべての教科においてリテラシー教育を行ってきました。一部の公開授業と英語の分科会を参観しましたので、報告します。
http://fukuyama.hiroshima-u.ac.jp/inf2/index.html
同校は平成21〜23年度、文部科学省の研究開発学校の指定を受けて「クリティカルシンキングを育成する中等教育 教育課程の開発」をテーマとして「現代への視座」という教科横断的な新しい教科を中心にした研究開発を行っています。クリティカルシンキングは、次の5つの課題を達成するための技法でもあります。
・複眼的思考の基礎となる自然科学および社会科学分野の基礎的素養を高める
・課題に対して注意深く取り組み、じっくり考える態度を育む
・論理的な探求方法や推定の仕方などに関する知識を習得する
・文章や意見の論点やテーマを的確に読み取る力を育む
・自分の意見を論理的に、的確に伝える表現力・コミュニケーション力を育む
「現代への視座」は以下に示す6カ年のカリキュラムに反映されています。
中学2年「環境」(70時間) 問題解決に向けての探究活動的学習
中学3年「地球科学と資源・エネルギー」(105時間)知識を活用して複雑な事象を考察
高校1年「自然科学入門」(3.5単位)、「社会科学入門」(2単位)、「現代評論A」(1単位)
科学的思考力・論理的思考力などの育成
高校2年「数理情報」(2単位)、「現代評論A」(1単位)、「現代評論B」(1単位)
メディアリテラシー育成、複雑な事象の数学的分析力と評論を中心とした読み書く力の育成、
交流を通した異文化理解、合意形成の場の設置
図1 クリティカルシンキングを柱に据えた系統的カリキュラム
会場入り口 | 金子先生の授業 |
「枕草子を読む〜古典における批評と評価」(金子直樹教諭)を参観しました。扱われた題材は枕草子(清少納言)の第二二九段と第二三八段でした。
初めに、今までの授業で学んだ栄華物語や大鏡に描かれている中宮定子は、没落する幸薄い女性であり、枕草子に登場する機智に富み、生き生きとした教養高い人物像と異なっていることが、生徒の感想文から集約されました。今回の授業では、2つの段を分解してみて、その構成から比較検討が行われました。
第二二九段では、白居易の白氏文集にある漢詩「香炉峰下新ト山居 草堂初成偶題東壁・・・」が伏線になっています。中宮定子が「香炉峰の雪はいかに」となぞかけをしたところ、清少納言が漢詩にあるとおり御簾をあげさせて、見事に応えたこと、機智に富んだ振る舞いに中宮定子が満足された話が語られています。第二三八段では、拾遺集巻第十八雑賀1191の和歌が伏線になっています。ここでも、急ぎで返歌を求めてきた中宮定子に、清少納言がおしゃれな便りを返し、中宮定子が満足された次第が描かれています。このように枕草子はあるスタイルに則って書かれていることが、ひとつひとつ要素に分けて確認されました。
物語を客観的によみながら、より深く感動するという新鮮な経験を、生徒だけでなく、参観した人たちは持ったと思いました。
蓮尾先生の授業 | 英語の分科会 |
「景気と経済政策」(蓮尾陽平教諭)では、景気の動向を示すグラフを見ながら、好景気と不景気の理由をデータに基づいて、ひとつずつ考えました。政府と日本銀行が行う対策とその効果を確認し、小泉政権時代の経済の動きから読み取れる意味について説明がされました。ひとつひとつエビデンスに基づいて整理する手順が踏まれて行きました。
「何をもって乱数といえるのか?」(服部裕一郎教諭)では、今までの「数学の授業」の認識が覆される展開が示されました。
その他の公開授業のタイトルを以下に示します。*印はクリティカルシンキングを育成するための新教科「現代への視座」として、◎は総合的な学習として取り組まれている授業です。
国語〜学習者の世界をひろげる「ことば」の学び
「枕草子を読む」「ことばの力について考える」
社会〜社会を読み解く力を育てる授業研究
「鎌倉幕府の成立」「景気と経済政策*」
数学〜数学的な思考・判断・表現ができる生徒を育てる数学授業の実践
「何をもって乱数といえるのか?◎」「数値評価をさせる授業」
理科〜科学リテラシーを育成する理科授業
「進化のしくみ*」「放射線と資源・エネルギー*」
体育〜新学習指導要領のめざす保健体育科教育のあり方
「皆でチャレンジ〜首はね跳び(跳び箱運動)」
美術〜芸術の新しい表現
「現代美術から創造的表現を学ぶ◎」
英語〜思考力・判断力・表現力を育む英語授業の創造
「能動的な読みを促す英語授業」「伝え合う力を伸ばす英語授業」
「英語科におけるクリティカルシンキング〜新科目「現代評論B」における取り組み」についてお話がありました。
「死刑は犯罪抑止に有効か?」という問いかけに対する肯定論をモデルに的確に反論する練習が提示されました。ただ情緒的に論旨に反対するのでなく、まず文章の論理性を分析して、論理的な弱点を見つけます。そのプロセスはまず、作文してみる(実作)→モデル検討→意見交換→改稿と進み、これを繰り返します。アンケートから、多くの生徒が論理的な批判ができるようになってきている、読解力がついてきている、作文力がついてきていると感じていることがわかっています。また、このような読解力は社会に出て役立ちそうだと感じているそうです。
その後、英語のふたつの公開授業に関する事後解説と意見交換が行われました。ふたつの授業はすべて英語で行われました。近年は高等学校の英語の授業がすべて英語で行われることもあります。「先生が英語を話せて、恰好いいと思った」という声も多く、勉強意欲全般が向上するような影響を与えているという報告があるそうです。
福山は「ばらの町」といわれ、校内にはばら園がある |
これまで、クリティカルシンキングに至る取り組みをしてこられた竹盛浩二副校長は、附属学校の性質上、サイエンス、クリティカルシンキングなどと、話題性のあるタイトルをつけた取り組みをしているが、論理的に考える力を養う、つまり生きる力をつけるための「当たり前の教育」をしてきたのだと言われました。また、初めは教員の中には「文系の教科は科学のためあるのではない」という声もあったそうです。しかし、公開授業から受けた印象は、教員も生徒も教科の境界を越えてクリティカルシンキングを目指す学びの実践に誇りを持って、突き進んでいるというものでした。
11月に行われたお茶の水女子大附属高等学校の家庭科の公開授業では、「考える家庭科」がテーマになっていました。学習指導要領も大きく改訂されます。「ひとりひとりが考えながら“生きる力”を養う!」、「リテラシーを高める!」、大人も負けずに努力しなくてはならないと思いました。