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談話会「iPSについて」が開かれました

 2009年10月30日(金)、くらしとバイオの会議室において談話会を開催しました。テーマは、八代嘉美さん(慶應義塾大学医学部 生理学教室)による「iPSについて」でした。参加者は、最初に、iPS細胞(induced Pluripotent Stem cell;人工多能性幹細胞)から作られた“拍動する心筋細胞”の動画を見せられて、歓声があがりました。

八代先生を囲んで 会場風景

「ES細胞とiPS細胞について」

1.技術の確立
 ヒトES細胞は、1998年、トムソンによって初めて作られた。ES細胞(Embryonic stem cell;胚性幹細胞)というのは、受精卵が細胞分裂をして、原腸胚の段階に入る前の段階(胚盤胞)の細胞のことで、体を形作っているあらゆる種類の細胞になれる特徴をもっている。
 ヒトiPS細胞の樹立については、山中伸弥先生が、2007年11月20日付けでサイエンスに発表した。山中教授らはデータベース上でES細胞とそれ以外の細胞の遺伝子を比較し、ES細胞のみで機能している遺伝子を選び出し、24個の候補を見つけ出した。まず、マウスの細胞で、24個の遺伝子をすべて組み込むと皮膚由来の細胞がES細胞のような性質を得ることを確認した。その中から一つずつ不要な遺伝子を除いてゆき、最終的には4つの遺伝子が必要なことを見出した。この4つ遺伝子(Oct3/4、Klf4、Sox2、c-myc)を「山中ファクター」という。山中ファクターは “ゲノム上で閉められていた鍵をあける役目”、即ち、普通の細胞が分化できるようにした。具体的にいえば、マウスのみならず人の大人の体の細胞から、さまざまな種類の細胞を作り出せる細胞を作ることができるようにした。
 経済面からは、巨大な利益の源、知的財産権争奪戦の焦点となっている。
幹細胞:自らとは異なる性質の細胞に分化することができる(多分化能がある)ことと自らと同じ能力をもった細胞を作り出すことができる(自己複製能がある)細胞である。
組織幹細胞:体の中の器官、組織を維持するための『素』となる細胞のこと。具体的には、脳には神経幹細胞、心臓には心筋幹細胞、骨髄には造血幹細胞、間葉系幹細胞等がある。

2.応用面
 1)ES細胞、iPS細胞とも臨床面からは、再生医療のための画期的な技術である。
ES細胞やiPS細胞の応用の一つとして、臓器移植の慢性的なドナー不足の解消がある。因みに、日本における腎臓移植、肝臓移植、心臓移植を待つ患者数は、それぞれ約116000人、約3000人、60〜660人であるが、2005年度における移植の総実施数は、994件で、その内訳は、生体移植949件、心臓死移植144件、脳死移植16件である。臓器移植は慢性的なドナー不足となっている。
 2)iPS細胞は応用面での創薬や発症過程の研究などに使われる。現在治療法が確立していない、あるいは発症するメカニズムがよく分かっていない病気を対象に、患者から作られたiPS細胞を使い、さまざまな細胞に分化させ、分子レベルで病気の発症過程を調べたり、どのような薬剤が治療効果を持つかのスクリーニングや薬剤の副作用などの検討にも使われる。
具体的な例として、慶應大学 医学部の岡野教授らは、マウスiPS細胞から神経細胞を作り出すのに成功している。この神経細胞を脊髄損傷マウスに移植し、破壊された神経を補い、機能回復に成功している。また、神経疾患患者由来のiPS細胞樹立計画を立て、順天堂大学、東京大学、東京医科歯科大学、瀬川クリニック及びJohn Hopkins Univ.と共同研究している。
 3)iPS細胞バンク構想。患者本人からiPS細胞を作ると1〜2ヵ月かかってしまうので、前もってさまざまなヒトから得た細胞をiPS細胞化し、作られたiPS細胞を『治療用iPS細胞バンク』として一括管理し、利用しようというものである。
バンク化ができる理由は、拒絶反応にかかわる細胞に着目してみると、最も日本人に多い型のiPS細胞を作っておけば約19%の人は拒絶反応から逃れることになる。上位の10種の型を合わせると半数以上に当たる58%、さらに上位50種の組みあわせを合計すると、91%の日本人を拒絶反応からカバーすることができることになる。

3.ES細胞、iPS細胞の問題点とその対応
1)ES細胞は、「生命の萌芽」たるヒト胚を破壊してしまうこと、ヒトとしての尊厳を侵害するとの指摘があるのに対し、iPS細胞では、受精卵を破壊することなく、多能性のある細胞を得ることができる。
2)すでに樹立されているES細胞は患者にとって「免疫学的な他者」であり、いわゆる現在の臓器移植と同様の拒絶反応が生じる。他方、iPS細胞は患者本人の細胞を利用するので、免疫学的な問題(拒絶反応)はない。
3)iPS細胞のリスク
①山中ファクターのうち、c-mycという遺伝子はガンを引き起こす遺伝子であり、がん化する恐れがある。
これに対して、山中教授らは、細胞の培養法を工夫することで培養に時間がかかるもののc-mycを使わなくてもiPS細胞を樹立した。シェン・ディン博士らは山中ファクターのうち、Oct3/4、Klf4の2因子をウイルスで導入し、ある化学物質を加えることでiPS細胞ができることを示した。今年に入り、山中ファクターを使わずにiPS細胞を作成できるとの文献が出たが、その再現性の報告はこれまでにない。
②外来遺伝子がゲノムに組み込まれ、予期しないことが起こる可能性がある。 
4)ES細胞及びiPS細胞の共通の今後の課題として、効率的かつ的確な分化誘導法、移植方法の確立及び創られた細胞の品質の標準化などがある。

4.ヒトはテクノロジーとともにある
 科学は常に更新されつづけ、今日『正しい』とされた発見でも、それが明日も正しくあり続けるという保証はなく、今日のわれわれが手にしている医療などの『生命科学の果実』は誠実に向き合うことで手にされて(使われて)きたと考えている。
 一般の人々が科学の現状を知ることが出来るよう『内側』にいる人間が情報を発信しつづけていかねばならないと思っており、この4月から、慶應大学医学部に勤務してからiPS細胞を中心にした情報発信・理解活動を開始したところである。内側にいる人間として外への情報発信をどのように進めたら良いかを取り組んでいる。今日の談話会でもそのような観点から意見をいただき、生かしたい。

5.日本におけるiPS細胞研究は次の通り
文部科学省プロジェクト
  <再生医療の実現化プロジェクト拠点>
  <再生医療の実現化プロジェクト個別事業>  8部署
  <科学技術振興調整費課題>
  *2009年6月 文部科学省は『iPS細胞研究ロードマップ』を策定・推進中
科学技術振興機構
  <さきがけ課題> 1プロジェクト
  <戦略的創造推進事業(CREST)課題>  8部署
内閣府
  <先端医療開発特区課題> 2部署
厚生労働省
  <厚生労働科学研究費課題>
NEDO
  <NEDOバイオテクノロジー・医療技術分野プロジェクト>
内閣府、文部科学省、厚生労働省、経済産業省
《先端医療開発特区(スーパー特区)》
  <iPS細胞医療応用加速化プロジェクト>
  <ヒトiPS細胞を用いた新規in vitro 毒性評価型の構築>
  <中枢神経の再生医療のための先端医療開発プロジェクト-脊髄損傷を中心に->
   http://www8.cao.go.jp/cstp/project/tokku/081117tokkusaitaku2_1.pdf


質疑応答 
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • iPSと不老不死について→iPSが実現化すれば寿命が延びる可能性はある。ただし、身体全体の調和が必要である。機能していない臓器が顕在化している(明らかになっている)場合は取り替えることは可能であろうが、顕在化していない(見えない)ところのものを取り換えることは難しい。よくないところ(臓器)をつぎはぎできても見えない場所の再生とか、全細胞を取り換えるというのは現実的ではない。脳の移植ができても、現在のテクノロジーでは記憶を受け継ぐことは難しい。結論として不老不死とはならない。
    • 山中ファクターの4つの遺伝子をたとえ3つにしたところで、その遺伝子は生物がもっている遺伝子であるわけだが、それらを何故あらたに導入するのか→導入遺伝子は、掛けられていた鍵(サイレンシング)を外し、iPS細胞になると、もともとあった内在的な4つの遺伝子が働くようになる。導入遺伝子はiPS細胞化の引き金の役割をしている。
    • 導入するウイルスはレトロウイルスですか。iPSとエイズウイルスとでとんでもないことが起こることはないか→遺伝子治療用のレトロウイルスの病原性ははずしてある。バイオハザードの規制で病原性ウイルスの実験はできない。
    • 再生医療が成功すると、特許は生じるのか→iPSの特許は京大がもち権利化している。企業が研究するときと、アカデミアの研究では金額が違う。アカデミアは1バイアルで3万円。製薬会社はもっと多額を払うことになるだろう。iPS関連の技術(治療法)特許になる方向で動いている。欧米では特許になるので、日本も合わせる方向である。
    • 再生医療の実用化について→創薬(医薬品の開発)への応用は始まっている。病気の発症解明の研究では5年以内遅くとも10年以内に結果が出てくる。
    • また、ESとiPSのハイブリッドが実用化を早めるのではないか。神経関係や目の網膜色変化細胞が早いと思われる。
    • 海外のiPSの予算について→例えば、カリフォルニア州ではiPSとESで3,000億円といわれている。
    • どこの細胞から作ったiPSがよいか→発がん性が少ない胎児や小児からの細胞、次に肝臓からの細胞が良い。
    • iPSで難しい技術はどこか→iPS細胞を増やすところ。移植するだけの細胞を得て、4つのファクターを導入、目的の細胞を選抜する、そこまでで2ヶ月を要する。
    • バンク構想について→iPS bank planで 上位50種を作れば日本の人口の9割をカバーできる。骨髄バンクはヒットするのはもっと少ない。それは、パターン化するだけの登録がされていないからだ。
    • 八代先生のiPS細胞の図書は哲学書だなと思った→科学技術の応用は大事であり、考え方の多様性は認められるべきだと思う。科学のイメージは崇拝と拒絶の両極端として顕れるが、間を埋める考え方があってよいと思う。私は、次の図書として生命科学、生殖研究、の歴史物を書く準備をしている。科学という1本やりでなく、日本史、世界史のような流れで科学を理解してもらうのもいいのではないか。科学の原理がわかることだけが大事なのではないと思う。科学者にも科学哲学のような視点があってもいいのではないかと思っている。
    • 先日のテレビの特集番組でも、今日の話にも山中先生のオールジャパン体制というのを聞いて感動した→iPSの主要のメンバーはいい意味でも悪い意味でも仲がいい。カリスマ性をもったトップで連絡もよくとれている。ただし、意思決定や予算などのガバナンスは、もっと透明性を持ったほうがいいのも事実。
    • ウイルスは運び屋として使っているとのこと。ウイルスをベクターにしているうちに変なことが起こらないか→安全性は確立しており、変な複製は起こらないと思う。基本的に、複製を起こす部分は取り除かれている。
    • 市民に伝えるだけでなく、中の働きとは→中の人とは、研究者のことです。一般のヒトがiPSの何を知りたいか、何が問題になっているかを中の人は知らない。市民講座に行って、スライドのブラッシュアップやわからなかった項目の拾い出しをするのが良いと思う。私たちの研究費は公費なので、説明責任を果たすべきと思っている。何を説明すべきか。なぜ、この機械・機器を買うかを外に対してできないのが現状。どんな情報を公開すべきかのガイドラインを作ろうと思っている。iPSの4拠点(京都大学、東京大学 医科学研究所、慶応大学、理化学研究所、ではガイドラインのプラットフォームを作りたい。
      市民と専門家の意識とのギャップを埋めていきたい。
    • 情報公開では、一般国民に分かるようにお願いしたい→iPSについての指針はまだ出来ていないので、ES細胞の指針に準じて、準備をし、実施していきたい。できれば一般市民が参加できるように。