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講演会「DNA鑑定技術の発展からみた足利事件の問題点」レポート

2009年7月16日(木)14:00-16:20、NPO法人個人遺伝情報取扱協議会の主催により、Uraku青山セミナー・バンケットにおいて標記講演会が開催されました。新しい技術である“DNA鑑定”が証拠として有効であることがわかりました。
NPO法人個人遺伝情報取扱協議会ホームページ 

山田良広氏

「DNA鑑定技術の発展からみた足利事件の問題点」
          神奈川歯科大学 社会歯科学講座法医学分野 山田良広氏

1.DNA鑑定とは
DNA多型を利用して個人、親子などを鑑定することで、次に2種類がある。
  (1)異同識別検査;2つの試料が同じか否かの検査をすること
  (2)血縁関係検査;親子・同胞など血縁関係の検査をすること
鑑定の目的は、
  (1)刑事鑑定;刑事訴訟で必要な鑑定
  科学警察研究所(科警研)と各都道府県の科学捜査研究所(科捜研)において、捜査の段階で行われる(年間5000件程度)。再鑑定など公判中に必要な場合もある。
  (2)民事鑑定;民事訴訟で必要な鑑定で、その多くはいわゆる親子鑑定。
鑑定に使われる試料は多様である。
  (1) 刑事鑑定---人体由来と思われる試料がほとんど
   ① 現場試料:血液、体液(精液、唾液、尿など)とその斑痕、臓器組織、毛髪、骨、歯、爪
   ② 対照試料:口腔粘膜細胞、吸いがらなど
  (2) 民事鑑定---主に口腔粘膜細胞が使われる(かっては血液が使われていた)。
   綿棒で頬粘膜を強くこすって容易に採取でき、綿棒を乾燥させれば長期保存が可能。特殊なものでは臓器組織ブロックや乾燥したへその緒なども利用されることがある。

2.DNA検査法で扱うヒトDNA領域
 細胞の核の中にあるDNAの①常染色体と②性染色体、及び③核外にあるミトコンドリアDNAの3種類であり、多くは、この3点セットがDNA鑑定に使われている。
  (1) 常染色体;
    ⅰ.縦列反復(繰り返し)配列の多型
    ⅱ.塩基置換による遺伝子の多型(遺伝子疾患を見る)
  (2) 性染色体(X,Y);性染色体上の部位の型判定
  (3) ミトコンドリアDNA;ミトコンドリアDループ領域の多型

3.DNA分析法 
  (1) サザンブロット法;長いDNAを制限酵素で切って、電気泳動で判定。DNA(フィンガープリント指紋)法といわれ、1985年に開発された。多量のDNAが必要とされ、分析も視覚で判定するため現在は使われていない。
  (2) PCR(polymerase chain reaction)法:特定のDNAを選択的に増幅し、電気泳動で判定。
   ① MCT118法
 ヒトの1番染色体のMCT118部位にある16塩基配列がいくつ繰り返すかを型判定する。別の人の型と一致する確率は161人に一人。1989年に開発され、1990年に科警研が使用を開始した。1991年、足利事件に使われたのはこの方法。電気泳動の条件による変動や目視による判定であり、客観性に乏しい欠点がある。現在はSTR自動解析法に置き換わっている。 
   ② STR(Short Tandem Repeat;短い繰り返し配列)の自動解析法
    ⅰ.2003年8月よりSTR検出の市販キットを用いて増幅、キャピラリー電気泳動後、コンピューターが読み取り判定する自動解析法
    ⅱ.2006年11月より常染色体15部位と性別判定キットを用いて一度に増幅、その後はⅰ.と同様に分析・判定する方法。現場試料と容疑者の15種類のDNA型が一致した場合、地球上の同一の型を持つ人は存在しえないというほどの確率(4兆7000億人に一人)を算出できるまでに至っている。
    ⅲ.Y染色体上のSTRの自動解析法
     ②-ⅱの方法は従来の目視方から自動解析法が開発されたことにより判定の客観性が向上した。

4.足利事件におけるDNA鑑定について
最初の鑑定は、MCT118法で行われた。当時最新技術であっても現在では分析技術が進み、旧法となってしまった。最初の鑑定に使われたDNAサンプルは使い切られており、同じサンプルでの再検査はできていない。
今回行われた再鑑定で使われた試料は、同じ衣服のMCT118法で鑑定された別の個所からの試料から抽出されたDNAで、最初の鑑定で使われたDNAと同じではない。18年を経過した試料からの抽出したDNAであるが、分析方法は最新のSTR自動解析法によったものであり良かった。
18年経ってもDNAが得られ、鑑定が実施可能であることを示せたことはよかったが、2003年に新法が開発された時点で再鑑定をしておくべきであった。そうすれば、裁判の決定を早められたのではないか。
足利事件から、現在のDNA鑑定技術では分析不可能であっても、将来は分析できるようになる可能性が高いことが再認識された。試料DNAを使い切らずDNAのままで保存保管しておくことが絶対必要であることも明らかになった。
 
5.DNA鑑定の課題
今後の課題として以下のことが考えられる。
・現場からの確実な試料を採取することが重要で、これには鑑識の意識向上が必要。
・試料からのDNAの抽出で確率が大きく変わる場合があり、技術者の習練が必要。
・調べるDNA・部位は多いほどよく、ミトコンドリアDNA、SNIPSの採用も検討中。
・証拠能力として適切に解釈されるために、検事・弁護士・裁判官及び警察の上層の理解が必要。
混合試料をどう扱っていくかが、DNA鑑定に残された最後の課題となるだろう。


質疑応答 
  • は参加者の質問、→はスピーカーの回答

    • 足利事件の最初のDNA鑑定で、同一人物との判定において疑陽性はなかったか? →電気泳動で分析・判定するは、DNAバンドが一致するかしないかを見るもので、疑陽性ということはない。一致した場合は、犯人か全く同じ型を持つ人ということになる。
    • 新しい鑑定において、試料が劣化していて同一であっても別人と判断される可能性はないか。 →分析可能なDNAがあったから、分析したのであって、そのように解釈するしかない。
    • 足利事件では、試料は使い切ったということであるが、新たな試料が出てきたのか。 →そのような情報はなかった。
    • 犯罪捜査、親子鑑定は法的に裏付けされているか。 →犯罪捜査用DNAバンクの法律を持っていないのは、日本だけ。犯罪捜査用のバンクが必要であり、その設置に関する法律が必要だと考えられていると思う。指紋及び足型、血液型が一般的な証拠として使われている。法制化は、個人情報の取り扱いや盗聴法など、日本人は非常に神経質で難しい。
    • DNA鑑定における技術的な証明、品質保証(機器のメンテナンス、記録の保管)について →実験方法の明記や実験データの保管、鑑定書には分析データ(チャート)を添付するなどが必要である。再検査をした場合も記録に残すこと。
    • DNA鑑定用の検体の保存について →検体(試料)は乾燥状態で保存されていれば問題はない。更に、低温であればなお良い。理想的にはDNAを抽出し保存しておくのが良い。
    • ミトコンドリアDNAの利用について準備中とのことであるが、人種判定に活用し、系統をたどることは可能か。 →確立できるところまでは至っていない。常染色体には及ばない。
      ミトコンドリアDNAの鑑定で精度を上げるのには、DNA抽出、分析法など操作方法を含めた基準が必要だろう。
    • 混合試料DNAの鑑別について →今後の課題であるが、現状では、分別する方法がないので利用は難しい。
    • 特定遺伝子(例えば色素を作る)鑑定について →特定遺伝子鑑定は実施していない。今の鑑定対象領域は、ゲノムの繰り返し配列など特定の遺伝子の情報を使っていない。このため、特定の遺伝子の配列情報を鑑定に使うような場合には、遺伝情報例外主義が強い日本では、いろいろな反応が出てきて来るのではないかと懸念している。例えば、個人遺伝情報の問題と関係して、規制が厳しくなる。