2009年6月12日(金)、茅場町サン茶房でバイオカフェを開きました。お話は相模女子大学短期大学部 金井美恵子先生による「夏の食中毒にご用心!」でした。食のリスクというと、BSE,食品添加物、遺伝子組換え食品などがよく話題になりますが、実際に毎年健康被害が発生しているのは食中毒です。また、自分でコントロールできるのも食中毒!明日から気をつけられるお話をうかがいました。
初めに、高橋晴香さんによるバイオリンの演奏がありました。
高橋晴香さん | 金井美恵子先生 |
はじめに
病因物質別の食中毒事件数および患者数(1991〜2008年)を見ると、かつて猛威をふるった腸炎ビブリオは1998年をピークに減少しているのに対し、キャンピロバクターは1996年以降急速に増え現在は病因物質の第1位を占めるようになってきました。2000年には雪印乳業の加工乳による黄色ブドウ球菌中毒は会社の運命を左右する事件でした。また、1996年、学校給食を中心とした腸管出血性大腸菌O157の食中毒が多発しました。現在はO157中毒の報道はほとんどないですが、保育所などでヒト→ヒト感染を原因とした発生がみられています。ノロウイルスは、秋から冬に多発する中毒ですが、夏の食中毒として気をつけなければならないのは、やはり細菌性食中毒です。個々の中毒は個人のレベルで予防できるものなので、十分気をつけましょう。
食中毒の分類
細菌性食中毒には、食品中で菌が増殖する間に産生された毒素が直接原因となって発症する毒素型(生体外)と食品とともに摂取された菌が原因となる感染型があります。
毒素型は、毒素が直接原因となるので潜伏期は短く、早ければ30分位で症状が出るものもあります。ブドウ球菌、嘔吐型セレウス菌、ボツリヌス菌がこれに属するタイプで、嘔吐、神経障害を主症状とし、発熱は伴いません。
感染型は、発熱を伴い下痢、腹痛を主症状とするもので、次の二つの型があります。
・感染侵入型: | サルモネラ属菌、腸管侵入型大腸菌、エルシニア菌がこのグループのもので、食品とともに摂取された多量の菌が、腸管内で定着・増殖して腸管を糜爛(びらん)します。 |
・感染毒素型: | 摂取された菌が腸管内で増殖する間にタンパク性の毒素を産生し、それが原因となって発症します。食中毒の多くはこのタイプで、この中には3類感染症である腸管出血性大腸菌、コレラ菌、細菌性赤痢、腸チフス、パラチフス菌も飲食が原因となる場合はこの中に属します。潜伏期は平均24時間、発熱を伴い、下痢、腹痛を主症状とするものです。 |
感染菌量、毒素と潜伏期
・サルモネラ属菌は2,300種類くらいあるといわれていますが、感染菌量は一般には10以上とされていますが、卵の食中毒菌と知られるサルモネラ・エンテリティディス(SE)感染菌量は100-1000個位とされ、潜伏期は3日間位必要とします。
・腸管出血性大腸菌(EHEC)は、10-100個で感染が成立し、潜伏期も3〜8日と長い。そのため、集団給食室等での検食も以前は5℃、3日だったものが、現在は-20℃、2週間以上となりました。
・キャンピロバクターは、当初は菌量は5,000個といわれたが、今は100個でも発症することが明らかとなりました。潜伏期は2-7日といわれています。
・嫌気性菌の芽胞形成菌であるウエルシュ菌はカレー、シチュー等の煮込み料理や麺のスープによるものが報告されています。ウエルシュ菌にはA〜E型の5種類の毒素があり、最も発生頻度の高いものはA型で、100℃、1〜6時間以上加熱しないと死にません。
・セレウス菌には嘔吐型と下痢型があります。嘔吐型セレウス菌はブドウ球菌と似ていて原因食品はチャーハン、焼きそば、豆腐などです。感染毒素型である下痢型セレウス菌は、食肉製品、スープ、プリンなどが原因食品となります。
原因食品
病因物質(原因菌)と原因食品との関係を理解することは食中毒を防止する上で重要です。サルモネラ属菌の原因食品は、卵、食肉が知られていますが、演者はうなぎによってサルモネラ中毒に感染したことがありました。これは厨房内にいたネズミやゴキブリなどの衛生害虫によってウナギがサルモネラ汚染を受け、その後十分な加熱がなされなかったことが原因と紹介されました。
・病原大腸菌の中の腸管出血性大腸菌は、レバーなどの内臓肉、井戸水、サラダなどが原因食品として報告されています。1996年の学校給食を中心とした事件ではカイワレ大根や種々のサラダが原因となりました。そのため、未だに学校給食でサラダを出さないところもありますが、野菜は土との関係により土壌菌の汚染を受け、雑菌数(生菌数)も大腸菌群の汚染も非常に多いものです。しかし、野菜だけであれば菌の増殖は緩やかですが、たんぱく性の食品(肉・魚・卵・ハムなど)と接触して盛り付けされると、たんぱく性の食品の中で急速に増殖していきます。食べるまでに長時間おかれる場合は、野菜とたんぱく性の食品は接触させないようにしなければなりません。
・腸炎ビブリオは、近海ものの魚介類の刺身、寿司、たたきなどを原因となります。症状は上腹部痛、胃痙攣のような症状を呈しますが、熱はあまりでません。
・キャンピロバクターは、症状などはサルモネラと似ていますが、原因は鶏肉の加熱不足によって中毒になるケースが高い。キャンピロバクター中毒がここまで増加している背景には、BSE問題により、牛肉が敬遠され、鶏肉の需要が増えていることも一因と思われます。
三大食中毒
キャンピロバクター、ノロウイルス、サルモネラ属菌が現在の三大食中毒といえます。今回は、キャンピロバクター、サルモネラ属菌、そして事件数は少ないですが腸管出血性大腸菌について紹介されました。
(1)サルモネラ属菌
サルモネラは1885年にSalmonとSmithによって発見されたもので、発見者であるSalmonの名にちなみサルモネラの名前がつきました。菌の命名は一般に発見者の名前か検出された地域に由来します。属名は人の名前でいえばラストネームに相当するもので、種名はファーストネームにあたります。
サルモネラはこれまで2300種類以上の血清型が報告されています。なかでも有名なのはサルモネラ腸炎菌(S. Enteritidis)とネズミチフス菌(S. Typhimurium)ですが、もともと動物の感染症菌として知られています。かつてはネズミチフス菌が多かったが、1989年頃からSE菌が第1位となってきました。卵は国内で有精卵から育てるより外国からヒナを買う方が低コストになるため、この年から輸入ヒナが国内に入ってきており、それがSE保菌ヒナであったことがSEを増加させることになってしまったようです。また、1999年にはイカ乾製品(イカ菓子)を原因としたサルモネラ・オラニエンブルグ(S. Oranieburg)が山梨県を除く46都道府県で発生しました。原因は青森県の製造工場内が菌によって汚染されていたことが明らかとなっています。
卵のサルモネラ汚染は殻の外側(on egg型)より、卵の中が菌によって汚染(in egg型)されたものが原因となることが多いです。卵黄は輸卵管の中で卵白によって包まれ、殻ができて産み落とされます。保菌鶏の場合はこの時に汚染卵となります。菌は卵黄中では増殖しますが、卵白の中では増えません。その原因は卵白中に菌の増殖に関与する鉄分がないからです。古い卵は卵黄膜が弱くなり、鉄分の影響を受け易くなります。溶き卵などは菌が増殖しやすいので、残さないようにしましょう。
卵の選び方は、鮮度のよいひび割れのない卵を選ぶこと。購入後は低温で保存(低温ではサルモネラは増殖しにくい)しましょう。賞味期限がきたら加熱して食べてください。卵を扱った器具(箸、泡たて器、ボール、ミキサー)は二次汚染を避けるためにもしっかり洗浄してください。
(2)病原大腸菌
大腸菌には、病原性と非病原性の大腸菌があります。病原大腸菌には、病原性大腸菌、腸管侵入性大腸菌、毒素原性大腸菌、腸管出血性大腸菌 腸管凝集付着性大腸菌の5種類があります。大腸菌群は、グラム陰性の芽胞のない桿菌で乳糖を分解して酸とガスを産生する菌群です。その中には大腸菌、シトロバクター、エンテロバクター、クレブシーラなどがあります。
微生物による食品の規格基準は生菌数と大腸菌または大腸菌群、そして食中毒菌によって規制しています。牛乳の殺菌は炭疽菌や結核菌など牛乳特有の病原菌をなくすことを目的としており、大腸菌群が目安となっています。水の基準はかつて大腸菌群を基準にしていましたが、現在は大腸菌陰性となっています。
一般に口から摂取された細菌は胃酸によって死んでしまいますが、腸管出血性大腸菌は耐酸性で容易に胃を通過し、十二指腸、小腸を経て大腸に定着し大腸炎を起して出血します。そのため下痢は血液の方が多いので血性下痢といわれます。大腸炎だけであれば、抗生物質で治りますが、小児の6〜7%は、産生されたベロ毒素によって溶血性尿毒症症候群といわれる急性腎炎のような症状や脳症を引き起こして死亡します。ベロ毒素は、赤痢の毒素と類似した毒素です。最近はほとんど報道されることはありませんが、国立感染症研究所の感染症情報センターのデータでは、毎年相当数の事例が報告されています。特に抵抗力の弱い子どもや高齢者は十分注意しましょう。
外国では牛肉(内臓肉、ハンバーグ、ローストビーフ)で多く起こりますが、日本はサラダによる報告例が多い。千葉の幼稚園ではメロンが原因となっているが、これは使用した包丁とまな板がO157によって汚染されていたことが原因といわれていました。
腸管出血大腸菌は菌体抗原(O)と鞭毛抗原(H)によって血清型別が決められ、その9割はO157のタイプであるが、O26、O111もあります。
厚生労働省では食中毒を防止するために大量調理施設衛生管理マニュアルを策定し、通達した結果、学校給食でのO157中毒はほとんどなくなりました。このマニュアルは家庭でも参考にするとよく、次のようなことを実施しましょう。
①購入した食品は先入れ先出しすること。
②食材毎に適正な温度で保管し、肉汁等によって非加熱で食べる食品を汚染させないようにすること。
③ハンバーグのようなものは中心温度が75℃以上になるようしっかり焼くこと。
④調理用や飲み水は塩素消毒したものを使用すること。水道水は定期的に大腸菌の有無を検査して使用すること。
⑤調理器具が汚染源とならないように、使用後は洗浄・消毒を徹底すること。
(3)キャンピロバクター
キャンピロバクターは牛や羊の早産・流産の原因菌として古くから知られています。
菌の名前はギリシャ語のcampylo(カーブした)とbacter(棒状の菌:桿菌)から由来しており、jejuni(ジェジュニ)とcoli(コリ)の2菌株があります。性質は微好気性菌で、酸素濃度5%位で生育します。水と鶏肉が主な原因食品となり、鶏肉の加熱が不十分なときに発生しています。また、ペットの排泄物から汚染することがありますので、ペットを扱った手指の洗浄は徹底しましょう。また、プラスチック包装された肉類はキャンピロバクターの汚染もあるので、加熱調理をしてください。
細菌性食中毒予防三原則
・つけない:菌をつけない。害虫やねずみの駆除、手指の消毒。食材の相互汚染をさせないこと。
・ふやさない:低温管理、調理したら早いうちに食べる。サルモネラは好条件であれば20分で1分裂する
・やっつける:加熱調理でしっかり殺菌する。ボツリヌス菌のように熱で分解する毒素なら加熱は有効な手段です。
食中毒予防の基本
・手洗い
・食材は加熱調理をすぐにする(中心温度が75度以上)
・低温保管
・調理後は、菌が増殖しないよう、できるだけ早く食べること。
会場風景 | 「食中毒予防の基本を守ってください」 |
- 細菌の食中毒が出ているが日本人の衛生は向上しているのではないか→感染症は減りました。日本人の衛生が向上したことによって、免疫力が落ち、外国で同じものを食べても日本人だけが中毒症状起こした例があります。食中毒は集団で発生しないと食中毒として届けられず、また、検査法も確立されていない時は十分判断できなかった時代がありました。例えば、昔は牡蠣中毒といえば病原大腸菌だと思われていた。しかし、ウイルスの検査法ができるとノロウイルスによることも明らかとなってきました。また、細菌やウイルスは遺伝子伝達や接合によって新たな性質をもった菌が登場します。赤痢菌の毒素を獲得して誕生したのが腸管出血性大腸菌です。
- 腸炎ビブリオの予防は→夏場は生の刺身は食べないことです。腸炎ビブリオは冷凍で死ぬので、解凍マグロなら大丈夫。夏場は近海ものを扱う高級寿司店より、凍結した魚介類を扱う回転寿司屋の方がいいかもしれません。魚をさばくときは二次汚染させないようまな板の上に牛乳パック等を敷くとよいでしょう。
- 腸炎ビブリオが減ったのは、魚を洗うときの海水使用が禁止されたからか→それもあるが、腸炎ビブリオの性質やどのようなものが原因となるかが理解されてきたからであろう。
- まな板洗いはどのように扱ったらいいか→アルコール消毒を過信せずに、まずは食品成分を落とすように洗剤でよく洗い、その後次亜塩素酸ソーダや熱湯にて消毒して早く乾燥することでしょう。
- 同じものを食べても中毒になる人とならない人がいるが、腸内の菌類に違いがあるのか、そういう調査はあるか→データはわからない。菌の毒力と体力の違いによって発症する人としない人がいる。丈夫な人は腸内フローラに乳酸菌が多いようだ。
- スーパーで買ったものを電子レンジで加熱するのは→芽胞菌のように電子レンジ加熱でも死なない菌もいるので過信しないように。
- サラダは危険だと思っていた方がいいですか→生野菜の表面には雑菌が10万個以上はいます。ほとんどは非病原性なので心配ないですが、カイワレのように種にも大腸菌がついている場合がありますし、土壌とのかかわりがあるので菌が必ずいます。大量調理施設では薄い次亜塩素酸ソーダにて生野菜を殺菌することがあるが、菌はあまり死なないので、まずは繰り返し水洗をすることが重要です。菌はアミノ酸が好きだから、サラダは肉料理と離しておく方がいい。コンビニで販売されているサラダもツナ等のたんぱく性食品と野菜の間にフィルムを入れて区分けされるようになってきました。デンプン製の食品が中毒の原因となるブドウ菌類はヒトの鼻の中に常在しているので、お弁当工場では、鼻前庭の検査を良くします。例えば、鼻をかんでそこを触れておにぎりを握ったりすると中毒の危険性は増えてしまいます。
- 菌はどうして毒を持つようになったのか、毒なしで宿主と共生したほうがいいはず→わからない。
- キャンピロバクターは空気が薄いのがいいということだが、ちょうどよい空気の構成の時期に誕生したのだろうか→お腹の中は空気が少ない。酸素20%だと増殖しにくい。
- 鶏肉にサルモネラが多い理由は→動物は体表と消化管にしか菌はいない。以前は食鳥肉の解体時の扱いが悪かったが、法律が改正され、食鳥の扱いが良くなってきました。ヒナハクリもサルモネラ症であるように、保菌動物だったり、ウナギのように餌に菌が存在している場合あります。
- 生肉の菌はどうやって防ぐのか→筋肉に本来菌はいませんが、捌く調理器具などから汚染されたりするケースが高い。焼き鳥のたれの中でサルモネラが生きられるか調べたことがありますが、たれ中では水分活性が低いので菌は生きられない。中濃ソース中でもO157は生きていけないです。
- 包丁で菌は生きられないと聞いたが→本来、金属では菌は生きられない。私たちが生活する環境は無菌でないので、食品の成分が付着したりするとその栄養素を利用して空中浮遊菌などが増殖します。調理器具の中で一番汚染度が高いのがスポンジやタワシなので、洗浄・消毒をよくすること。湯沸かし器のお湯で繰り返し濯ぐだけでもかなりきれいになります。
- エルシニアはなぜ右下腹部痛になるのか→年齢が上がると虫垂炎と似た症状を呈する場合があるが、理由はわかりません。
- 菌の種類はどうやってわかるのか→病院で調べ、保健所が疫学調査をする。
- 食中毒に効く薬は何か→細菌は抗生物質が効きます。しかし、途中で下痢止めは使わず、菌を体外へ出した方が早く治ります。