ワトソンとクリックという学者が1953年、生物のDNAの二重らせん構造を発表してちょうど50年目にあたる今年、ヒトゲノム解読が終了し、いろいろな行事が行われています。
「DNAの構造」
平成15年4月18日(金)、日本科学未来館みらいCANホールにおいて記念シンポジウムが開かれ、聴講したので報告します。
「ヒトゲノム解読完了・DNA二重らせん発見50周年記念事業」
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イギリスで作られた「DNA二重らせん発見50年記念コイン」 |
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記念事業のひとつである日本科学未来館特別展示 |
本記念シンポに先立ち14日(月)に日米欧などの国際研究チーム(ヒトゲノムプロジェクト)は、人間の設計図にあたるヒトゲノム(ヒトの全遺伝情報)を完全に解読したと発表し、これを受け6カ国(日本、米国、英国、フランス、ドイツ、中国)首脳は共同でヒトゲノム解読完了を宣言しました。国際チームは1991年に始動。欧米日6カ国のおよそ3000人の研究者が従事し、5000億円以上の費用がかかったといわれています。
日本科学未来館
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遠山文部科学大臣 |
冒頭、小泉首相よりビデオメッセージがあり、その後、遠山文部科学大臣のご挨拶がありました。ともに研究に携わって来た研究者に敬意を表し、文部科学省ではこの分野に積極的に取り組み、今後の発展を願うという内容でした。
講演会では「日本のこれまでの歩み」として、ゲノム科学総合研究センター所長の和田昭允氏と大阪大学名誉教授・DNAチップ研究所社長の松原謙一氏より、「日本が先導したDNAの高速自動解析」「日本のゲノム研究の歩み」というお話がありました。日本はこの研究の開始当初から自動解析ロボットを提案するなどこのプロジェクトを先導してきたそうです。またこの研究には生物学の分野であった遺伝子を物理学、化学、情報科学等の手法を取り入れて分析することで生命現象と化学物質の関連付けができた、という点で意味があるという話でした。
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和田先生の講演 |
この後、日本でこの解析作業を中心になって支えた3つの研究室(理研ゲノム科学総合研究センター、慶応義塾大学医学部、東海大学医学部)の先生方からこのプロジェクトの意味と日本の貢献についての次のような話がありました。
2000年、ヒトゲノムのドラフトシークエンス(概要配列)の解読はほぼ終わっていましたが、今回の発表でさらに遺伝子の99.99%まで解読が進み完成度の高いデータができました。これからは成果の社会への還元と生命の本質の解明を倫理的配慮や法制度の整備と技術方法論の開発を2本柱にして進めていくことが重要です。
ヒトの体をかたちづくる細胞の中にある核には、遺伝情報が書かれている46本の染色体があります。ヒトの染色体には1番から22番までの番号のつけられた染色体が2本ずつと2本の性染色体があり、これが性別を決定します。日本は特に21番、22番染色体の全解読と6番染色体の解読解析に貢献し、これは量的には全配列の7%にあたります。日本が担当したこれらの染色体の解析を通じて、単なる配列以外にも多くの知見が得られました。たとえば遺伝子予測精度の高いコンピュータープログラムの開発や免疫グロブリン軽鎖λ(ラムダ)遺伝子クラスターの詳細な構造や様々な反復配列の分布、遺伝子が極度に少ない遺伝子砂漠と言われる領域の発見、病気との相関関係などです。
この他、ともに協力してきた米国や英国の研究者や日本の企業からも講演があり、これからはヒト以外の生物の遺伝子を調べたり、すでに配列のわかったヒト以外の生物の遺伝子とヒトの遺伝子を比べたり、類推したりしながら次の段階の研究に進むということでした。
また質疑応答では、「ライフサイエンスへの市民の不安が研究開発の障害になっていると思うがいい解決方法はあるか」という質問に対して、米国の研究者が「妙案はないが、米国で順調に進んでいるのは、早期から徹底的に情報開示してきたことと、医療に役立てようとする米国厚生省の意欲が市民に理解されていた背景がある」と答えていました。「英国のバイオバンク(英国民有志の協力によってヒトの遺伝情報の集大成をつくる計画)における倫理問題はどのように解決されているのか」という質問に対しては、「英国では科学に協力する伝統があるが、あらゆる面での教育による理解活動も必要であり、市民が不安を持たないようにする努力を怠ってはならない。」という回答がありました。米国や英国の国民には、よく説明を聞き、理解した上で科学に協力する姿勢があり、それを促す環境があるのだと思いました。
ほとんどの講演で共通していたことは、ポストゲノム(ゲノム解析の後にくるもの)ということばが使われるけれど、私達はまだヒトの遺伝子の研究のスタートラインに立ったばかりなのでこのことばを使うのはやめましょう、ということでした。最後に司会者が実際の研究に携わった日本の3つ研究室の若い研究員に全員で拍手を送りましょうといわれ、大きな拍手が会場から送られたことが印象的でした。
私達は、みな親から遺伝子を受け継いで生まれてきています。その配列は世界中の研究者が協力し、新しい分析機器が次々に開発されてやっとここまで解明できるような複雑なものです。そしてひとりひとりの遺伝子は微妙に異なっていることがわかってきました。私達はヒトゲノムの研究すべてを理解することはできませんが、私達のDNAは、私達の存在と同じようにそれぞれ個性を持ったかけがえのないものであることを覚えていたいと思いました。