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バイテク情報普及会第10回セミナー報告「食の安全とリスクコミュニケーション」

2008年12月2日(火)に東京會舘 LEVEL XXIスタールームで、バイテク情報普及会主催による標記セミナーが開催されました。お話は、唐木英明氏(東京大学名誉教授・食の信頼向上をめざす会会長)の講演「食の安全に関するリスクコミュニケーション〜消費者の信頼を得るために、今、食品業界に何が必要か〜」と伊藤潤子氏(生活協同組合 コープこうべ 参与)の講演「食の安全に関する正確な情報共有とリスクコミュニケーションを考える」でした。主な内容は以下の通りです。

唐木先生のお話 伊藤参与のお話

「食の安全に関するリスクコミュニケーション〜消費者の信頼を得るために、今、食品業界に何が必要か〜」 唐木英明氏

1)「安全」と「安心」とは?
経験上の安全域であって、科学データで安全が確認されており、規制にも適合していても、市民感情ではモラル違反による不信・不安や産地・原材・期限の偽装が原因で不安である・安心できないという。消費者が安心を得るのは安全よりも信頼である。信頼を得るも、信頼を失うも報道によることが大であり、悪い評判は良い評判よりより大きく取り扱われる。

2)「食品不信」の時代?


アンケートと消費者行動
食品に対する不安は、農薬、家畜用抗生物質、有害微生物、食品添加物、遺伝子組換え食品、BSEでアンケートをとれば、ある程度不安であるとか非常に不安であるは70%以上と答えている(食品安全委員会調査)。これは、商品を見てではなくアンケート用紙を前にしたときには不安という感情ではなく、不安情報を知っているという「知識」で答えている。これに対し、消費行動を決めるのは、安価(メリット)と不安(デメリット)の計算の結果である思われる。アンケートの信頼性を高めるのには精度の高い調査が必要である。

リスク管理の主役の交代
「地産地消・家庭調理の時代」から「化学物質・加工食品・輸入食品・外食の時代」と変化し、「食の安全を守るのは主婦の仕事」から食品の安全を守るのは事業者の義務」へと変わってきた。消費者は、リスクを負わされる立場となり、ゼロリスクを要求するようになった。

物事を決めるのは「本能」か「理性」か
人は、ほとんどの場合、本能の判断(ヒューリスティク*)で、行動する。その結論は「白か黒」。「危険情報重視、利益情報重視、安全情報重視、信頼する人に従う、前例に従う、迷ったら本能に従う」である。これに対し、
理性的な判断(アルゴニズム*)はより確実であるが、時間がかかる。
ヒューリスティク*:少ない努力で直感的に結論を求める方法
アルゴニズム*:問題解決のための一連の規則的な手続きのこと

情報のバイアスはメディアにも私たちにも原因がある
図書「食べるな、危険!」が23万部売れ、「食べたい、安全!」は5万部売れた。危険情報をタイトルにした本がよく売れた例でわかる。科学・技術の発達により便利になったが自分の頭も身体も使わなくなった。このことは、器具機械が故障や誤作動を許容するが、表示で「単なる目安」を「厳格な基準」と誤解するようになった。表示やブランドが安全・や安心の代名詞となり、「正確さ」への期待から偽装は「最大の犯罪」となった。

3)誰が不信を作り出したのか?
食品安全委員会のモニター調査によれば、食品の緊急事態が発生したときに最も信用できる情報源は新聞とテレビ・ラジオからとの回答であり、政府広報HPや大学HPを上回った。
朝日新聞2007年6月24日付けの世論調査で「世論」とは何か?のアンケートで、「直感で答える」が60%、「考えて答える」が32%。誰によって誘導されるかについては、「マスメディア」が53%、「コメンテーター・キャスター」が28%、「政治家」が25%と高かった。
河合幹夫教授(桐蔭横浜大学教授(法社会学))は、著書「安全神話崩壊のパラドックス」で、新聞記事をきっちり読み返してみると、驚くほど冷静に書かれている。主要新聞は、犯人の凶悪化をことさらに述べることは皆無といってよい。しかしそれでも、犯罪情勢は悪化しており、厳罰化の流れがあるかのような印象を抱かせるのは、記事の「見出し」のせいであると述べている

具体的にBSEの全頭検査の知識は
2004年10月の埼玉県の調査では、全頭検査を継続すべきが63%、見直してもよいが29%であり、全頭検査を正しく理解している人は8%であった。誤解している点としては、「月齢にかかわらず検査をすればBSEは必ず見つかる」や「若い牛は発見の可能性は低いが、高齢牛なら見つかる。」

報道が引き起こす不安
メディアは信頼され、世論を作る立場にあるが、視聴率のために根拠が薄い危険情報を流す、その結果起こる社会的責任を取らない。例えば、食の不安情報や中越沖地震の風評被害のように。一方、企業はメディアの報道に過剰反応し、自主回収、お詫び会見、お詫び広告をする。これをみて、消費者は企業不信を強めることとなる。こうした状況を考えると、メディアには結果を予測する想像力をもってほしい。

4)原因がわかれば対策はできる?

リスク判断のための情報
ステークホルダーの特徴を示すと

    行政:実質安全の現実論、リスク管理では説明のみで主張はない
    事業者:法令順守で商品を出す、差別化情報、時に非科学的 
    消費者:本能的リスク判断の偏り、絶対安全の理想論、危険情報重視
    メディア:選択・解釈・主張、危険・利益・不正情報重視、情報の不均衡
    教育界:科学教育不足、メディア教育不足、食育の迷走
    科学者:非科学に無関心、専門外は無知、大局観の不足

こんな中にあって、事業者団体と消費者団体とは、目的の共有・相互理解・信頼関係を作り、食の安全を守る仕組みを協力して作り、健全な(理性的)対立関係を持って進め、メディアは、正しいリテラシーを持って、真のリスクに注意して報道してほしい。
①自動車事故で年間約7,000人が死亡する。安全性に問題があるが反対はほとんどない。②米国産牛肉を食べても死亡者はいないし、原子力発電で市民の死者はゼロである。安全性に問題はないが反対運動があるものの、受け入れも進んでいる。③食品添加物、残留農薬、遺伝子組換え食品では健康被害はない。安全性に問題はないが反対運動が盛んで受け入れは進まない。この違いの原因は、i)メリットの実感と ii)政府の関与があり、リスクコミュニケーションの不足と考える。
最近になって、①環境問題である温室ガスの削減で原子力発電に頼ろうとしている兆しや②食糧の高騰で遺伝子組換え作物への傾斜がみられる。こうした状況の変化が報道にも変化を与え、世論の変化をもたらす現象が出てきている。


「食の安全に関する正確な情報共有とリスクコミュニケーションを考える」 伊藤潤子氏

1)「食品の安全と安心」のとらえ方 〜社会的枠組みの理解とバランス感覚〜
  1. 食品の安全をめぐっては、偽装・不祥事、残留農薬の基準違反、事故(餃子、インゲン)等が起きており、「食の安全は脅かされている」状況にある。一方、健康(メタボ、ダイエット、健康食品)への強い関心から食を見ている面もある。
  2. 食の面から健康を支えるものは、①食品の安全性の確保であり、②食べ方の適切さ(食べ過ぎない、楽しく・おいしく食べること)である。
  3. ①の食品の安全性の確保については、BSEなどの事故以後に新たな食品安全行政(制度)の整備が行われた。食品の安全に関する憲法ともいえる2003年に食品安全基本法が制定され、これを基に食品安全委員会が設置された。リスク評価とリスク管理とが分離した。これらのことは画期的な出来事であり、求めてきた「食品の安全行政」は整った。
  4. 次の課題は、食品の安全行政を社会生活の中での定着である。食品安全委員会等を充実したものへと育て上げるのは、食品に関わる全ての人々(生産者、食品加工業者、流通販売業者、消費者)の責任である。
    食品安全委員会の評価を冷静に受け止めること、評価と向き合い、決して「安心」に逃げ込まないことである。言い換えれば、評価を尊重してそれぞれの役割を果たすことである。

2)「遺伝子組換え農産物」をめぐる状況から〜関わりの中から〜
  1. 遺伝子組換え農産物の商業栽培が1996年に始まり10年以上が経過した。この間、遺伝子組換え作物に関するリスクコミュニケーションが続けられ学んできたことは、パーフェクトではないが、有効であったと思う。
    今は多様な方策を考える時期で、①食品の全体の中での位置付けという視点と②商品に乗せた情報提供である---商品の選択肢の確保である。
    遺伝子組換え不分別のナタネ油やマーガリンと遺伝子組み換えでない食用油やマーガリンなどが売られている。消費者が選択できることは望ましいことである。
  2. 消費者が買わなければ---、不安が解消されなければ始まらない?
    それが消費者尊重であれ、消費者の意見重視であれ、商品の差別化(好み・傾向の先取り、好みの創出)はマーケティングとして当たり前のものとして行われている。
    「消費者が買ってくれなければ作れないとか、問題はないと思うのですが、消費者がねえ---とか、一社だけでは----一人だけでは----とか」といった「不安が解消するまで待つ」ことも一つの見識ではあるが、いづれにしても消費者のせいにしないで、今一度、ものづくりの担い手としての原点に戻ってほしい。要は、消費者に選択の余地(選択ができる)ができるような製品を出し、消費者のくらしに貢献できるという確信をもってほしい。


質疑応答

質疑応答 


Q:コミュニケーションの専門家がいない。コミュニケーター養成のコミュニケーション教育はないか
A:大学で養成するとしても雇用(就職先)がないので難しいのではないか。
Q:食の安全に関しては消費者にも責任があるのでは、問題が起きても2〜3ヶ月で薄れる。
A:消費者が自分で判断し、冷静に受け止めることができること、又、廃棄についての考え方を持つことが大切。メディアリテラシーとしてはバナナダイエットの現象などは先ずは疑ってことにあたってほしい。日本ではディベイト教育がないからではないか。
Q:コープこうべでは農薬の残留試験をやっていますか
A:わかりません
Q:日本の食品安全委員会は見劣りがしませんか
A:規模は小さいが活動内容は見劣りしない。因みに、事務局員が60名、委員は専任が4名で、パート(大学、企業に勤務、委員に任命された人)が約200名。活動内容の一例として、全ての農薬のポジチッブリストの作成をめざしていることがあげられる。