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バイオカフェレポート「ノロウイルスについて」 |
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2008年8月8日(金)、茅場町サン茶房でバイオカフェを開きました。お話は相模女子大学短期大学部教授金井美恵子さんによる「ノロウイルスについて」でした。初めに松本宗雄さんによるビオラの演奏がありました
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松本さんの演奏 |
金井先生のお話 |
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金井先生の主なお話 |
1.食中毒と感染症
食中毒とは、食品に起因する細菌性、自然毒、化学物質等によって起り、食品衛生法であつかわれている。かつては症状の似ている消化器系感染症と細菌性食中毒の違いを菌量、潜伏期間、予防対策によって特徴付けていたが、平成11年4月より感染症法が施行されるようになり、コレラ、細菌性赤痢、腸チフス、パラチフスは、飲食物が原因となる場合は食中毒として統計処理をし、ヒト→ヒト感染の場合は3類感染症として扱うことになった。微生物が原因となる食中毒の潜伏期間は平均24時間位であるが、食品中で産生された毒素が原因となる場合は発症までの時間は短く3−5時間位である。中には30分位で症状がでるものもある。症状は下痢、腹痛、嘔吐などの急性胃腸炎症状を起こす。
感染症法は重症な疾患が増えたため、伝染病予防法、性病予防法、エイズ予防法を廃止し、平成11年4月1日から施行された。平成19年には結核予防法も廃止され、1類〜5類、新感染症、指定感染症の7つに分類されるようになった。今日のテーマであるノロウイルスは感染性胃腸炎として第五類感染症に分類されている。感染症は細菌やウイルス等に汚染された水や保菌者であるヒト、ネズミや蚊などの媒介動物などが感染源となるが、感染菌量が少ないため潜伏期間は1−2週間くらいを要するものが多い。消化器系や呼吸器系等があり、症状は様々である。
予防について
感染症は感染源、感染経路、予防接種などの感受性について国のレベルで対策をとらないとだめであるが、食中毒は手洗いや加熱調理などというように個人のレベルで予防することができる。
2.細菌とウイルス
生物は遺伝子としてDNAとRNAを持っている。細菌は原核細胞生物で核膜がなく、核がむき出しになっているが、DNAとRNAを持っているので、自分で体を複製することができる(細胞は2分裂して増える)ので、食品や土壌、水など、死んだ細胞内でも生きていける。
ウイルス細胞はエンベロープ(皮膜)のあるものとないものがあるが、遺伝子はDNAかRNAの片方しか持たないので、生きた細胞の中でのみ生存し、相手の遺伝子を利用して増殖する。ウイルスには寄生する相手により、動物性ウイルス、植物性ウイルスがある。
3.ノロウイルス Small Round Structured Virus ;SRSV
大きさは38nm(1nm(ナノメーター)は1ミリの100万分の1)で、電子顕微鏡でないと見られない。胃腸炎症状を起こすロタウイルスや夏風邪の原因となるアデノウイルスよりも小さいウイルスである。
ノロウイルスは1968年 オハイオ州のノーウォーク小学校の下痢症患者から発見されたため当初はノーウォーク様ウイルスあるいはSRSVと呼ばれていたが、2002年に国際ウイルス学会によってノロウイルスと名称変更された。
ノロウイルスはカキ等の二枚貝の中腸腺に存在することがわかり、以後次々にノロウイルスによるカキ中毒が明らかになり、食中毒統計表に登場した平成10年以降事件数は増える一方である。
食中毒は、医師が食中毒だと判断すると24時間以内に保健所に届けられ、疫学調査として原因食品や病因物質が調べられ、保健所から都道府県知事、そして厚生労働省に報告され、統計処理される。
食中毒は多量の菌によって感染するといわれているが、最近ではキャンピロバクターやO157等のように少量で感染が成立する菌もでてきた。ノロウイルスも同様に10個程度の菌で感染するといわれている。集団給食施設などは中毒の原因を明らかにするために、検食をおこなっているが、平成8年のO157中毒以降、大量調理施設衛生管理マニュアルができ、-20℃で2週間以上原材料(調理前の食材)、調理食品を保存するようになり、少量の汚染菌であっても容易に原因菌を見つけることが可能になってきた。
平成18年、ノロウイルスは爆発的に流行し、空気感染するような報道もなされたが、呼吸器系感染症ではなく、あくまでも経口感染なので間違えないようにしてください。
季節別発生状況をみると細菌性食中毒が増えるのは6〜10月で、ノロウイルスは冬から春先に発生する。Rのつく月に牡蠣が解禁になるが、ノロウイルスに気をつける季節になったと思ってほしい。
ノロウイルスの感染源は主に、牡蠣などの2枚貝またはヒトの手指を介して感染する。夏季のノロウイルス中毒の感染源はヒトが原因となることがほとんどである。
感染経路は、感染者の便から下水、川や海を汚染し、これを2枚貝が海水中のプランクトンとともに中腸腺に濃縮する。帆立貝は黒い部分の中腸腺を取り除くことが容易であるが、カキは内部に中腸腺が存在するため、除去することは難しい。汚染水の中で育ったカキを食べるとノロウイルスに感染する機会が高く、保菌者になるケースも高まる。そして、保菌者の手指を介し、二次汚染(他の人、食品)する。時には患者の吐しゃ物がエアロゾルとなって飛沫感染することもあるので、片付けには十分注意が必要である。症状は1〜2日で改善するが、その後も便を介して排菌される。成人は症状がなくても、便中には3週間から1ヶ月ノロウイルスが排泄されるともいわれているが、特に子供は長く200日も便中に菌が存在したという報告もあるので、症状が治っても十分注意が必要である。余談になるが、動物性自然毒中毒の原因食品となるホタテガイは黒い中腸腺部分は必ず取り除いて食べましょう。ノロウイルスの感染菌量は前述のように10個程度、1〜2日位(平均24hr)の潜伏期の後、吐き気、嘔吐、激しい下痢、頭痛、微熱や咽頭痛を伴なうこともあるので風邪と間違われ、治療が遅れる場合もある。
4.ノロウイルスノ予防法について
2000年位までは飲食店で発生するノロウイルス中毒の原因は生牡蠣、加熱不十分な牡蠣によるものが多かったが、最近はヒト→ヒト感染が優位なっており、すっかりノロウイルス汚染が日本に定着した状態になったと思われる。
以下に予防法を示す。
- 流行時期には生カキを食べない。
- 排便の後は必ず石鹸を使ってしっかり手洗いをする。まな板などの調理器具は次亜塩素酸ナトリウム(塩素濃度200ppm)に浸すか、熱湯消毒するとウイルスを失活できる。
- ノロウイルスはアルコール、逆性石鹸は効果がないので、下痢、嘔吐物を片付ける場合はビニール手袋をして、濃い塩素剤(次亜塩素酸ソーダ)を撒いて15分くらい経過してから片付けること。
- 流行時期のリスク者(こども、高齢者、健康の弱いヒト)への二枚貝の調理は、中心温度が85℃、1分以上になるよう加熱する。
- 二枚貝(生)の取り扱いは素手で扱わないこと。
食中毒の予防三原則:1)つけない、2)ふやさない、3)殺す(殺菌)といわれるが、ウイルスは食品の中では増殖できないので、「つけない」「殺す」の2原則を十分注意をしなくてはならない。WHOでは、食品をより安全にするための5つの鍵をあげている。
- 清潔に保つ。
- 生の食品と加熱済み食品と分ける。特にまな板は裏表を使い分けるか、生肉・魚を切るときには牛乳パックの上でカットするなどの工夫をすると良い。
- よく加熱する。中心温度は85℃以上になるよう十分加熱する。
- 安全な温度に保つ。これは適正温度で加熱をすることが重要である。特に調理食品を保存するときは素早く10℃以下にして保管するかし、暖かい状態で保管するときは65℃以上の温度で保つようにする。
- 安全な水と原材料を使う。水は遊離の残留塩素が0.1mg/L以上のものを使うと良い。もし、井戸水を使っている家庭は、保健所などで水質検査をしてもらうとよい。
十分な知識を持つことが、予防(「知識=予防」)につながるので、食中毒のことを良く知ることが重要です。
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話し合い |
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は参加者、→はスピーカーの発言 |
- 人から人への感染が増えたから、生カキは食べてもいいのではないか→ノロウイルス中毒事件全体が増え、その原因がヒト→ヒト感染の割合が増えたということで、生カキのノロウイルス汚染がなくなったということではない。
- 貝が原因という食中毒の記事には、漁業従事者からクレームがつくことがある→貝を食べてはいけないということではない。ノロウイルスの汚染の可能性がある以上、しっかり加熱をして食べれば問題はない。日本の海域が汚れてきているので、ノロウイルスの感染を避けるには、生カキを食べない方がよい。栄養士・管理栄養士などの指導にあたっては、保菌者にならないためにも生カキは食べないように注意している。
- ノロウイルスだとどうやって断定するのか→中毒が起きた場合、何を食べたか等の疫学調査がなされる。症状、原因食品等から推定し、その検査を行う。
- 例えば鶏肉、高熱が出た場合は、キャンピロバクターやサルモネラを疑うなど。
- ヒト→ヒト感染の場合はどうしてわかるのか→まず、食品、吐しゃ物、検便などの細菌検査をしてそれでも菌が検出できないときはウイルスの検査をしていく。以前、文京区の2つの小学校でロールパンを原因としたノロウイルス食中毒が発生した。まず保存食品から2つの学校で共通の食品を推定し検査をするが、当初は細菌性の食中毒を疑って検査をしたが、細菌は一つも検出されなかった。ノロウイルスであると断定したのはパン製造業の従業員からの検便と患者から検出されたウイルスの遺伝子が一致したことから原因物質がノロウイルスと判断した。集団給食などの調理従事者は月に2回以上検便をして保菌者検索を行っている。パンが中毒の原因となるなどとは普通は考えられないが、保菌者である従業員が焼きあがったパンを素手で扱ったことが原因であった。
- 保菌の期間は→成人で3週間位。下痢をしているときは調理に携わってはいけない。
- サルモネラは健康保菌者となる場合も多く、またキャンピロバクターに感染した場合は長期間排菌される。栄養士等の調理従事者は検便を行って菌が検出されると、食材を扱う業務に就くことができない。菌が完全に検出されなくなるまで検査を続ける。
- 同じ物を食べても当たる人と当たらない人がいるが→食べた人の体力と毒力の関係がある。毒力≧体力となると必ず中毒を起こす。体力、免疫力を付けることが重要。
- カキの中腸線にノロウイルスがたまっているとき、牡カキは感染しているのか→カキが感染しているという表現はできないと思うが、カキの体内ではノロウイルスは増えずに保有した状態である。
- ノロウイルスが壊れる条件は→加熱することが重要。
- 素手でつかんだパンのように付着したウイルスはどのくらい生きているのか→自分で調べていないのでわからないが数日位は十分生きている。
- 冷凍したら→冷凍しても死なないで残っている場合が多い。
- 牡蠣を食べる前に予防接種、ワクチンはないのか→現時点でノロウイルスの抗ウイルス剤はない。
- ノロウイルスはどのよう同定するのか→電子顕微鏡で観察やPCRによって遺伝子を調べるなどの方法をとっている。
- ノロウイルスのリスクの大きさは→小児や高齢者など体力がない人はリスク者になりやすい。保育園や老人福祉施設のオムツを介した感染もあるので、オムツの取替えは素手では扱わないこと。
- 大学入試の時期にノロウイルスが流行るので、大学でも患者対応マニュアルが配布される→消毒キットも売られているのでそれを利用するのもよい。
- ウイルスの季節による傾向は→ウイルスの種類によって冬流行するものと夏流行するものがある。細菌ではキャンピロバクターはオールシーズンみられる。今年はウエルシュ菌という嫌気性の中毒が多く発生している。ウエルシュ菌やセレウス菌は栄養がなかったり、乾燥するなど発育の条件が悪くなり胞子を形成する。胞子は熱に強いので中毒が発生する。給食のカレーやうどんのスープはよく寸胴鍋で作くられるが、深鍋は加熱をすると底の方は酸素がなくなり、嫌気性菌の発育条件となるので、残すときは小分けをして早く冷却して保管することが重要である。
- 10個で感染する仕組みは→細菌は2分裂して増殖していくが、ウイルスは1個が数個あるいは数十個と爆発的に増えていく。
- ノロウイルスはいつ誕生したのか→前にも話したが、1968年に米国のオハイオ州ノーウォークというところで発見されたのが始まりである。ウイルスは細菌より変異が早いので、これからも新しいウイルスがどんどん生まれるだろう。
- 日本人は菌のリトマス試験紙みたいですね→多少汚い環境の方が免疫力はつく。最近は神経質になってドアノブも触らない人がいるが、微生物は金属部分では増えない。冷蔵庫の取手が細菌によって汚れているのは、食材を触った手で取手を触るからである。金・銀・銅はオリゴダイナミック効果という殺菌作用がある。ただし、トイレのノブにノロウイルス汚染があった報告もあるので、手洗いはしっかり行うこと。
- 中腸線を取り除く方法はあるか→ホタテガイの中腸線部分は食用部分でないので除去しやすいが、カキは中腸線をとると食べるところがなくなってしまうので、不可能である。
85℃、1分以上加熱してウイルスを殺すことが大切。
- 生カキを食べて免疫力をあげることはできるか→一度感染したら永久免疫が出来るわけではない。生カキを食べたければ、殺菌海域で育ったものを食べるか、夏の岩牡蠣を食べることを薦める。
- 外食で生カキを出しているが→生食用カキは大腸菌は100g中230個以下という基準があるが、ノロウイルスの基準はない。清浄海域で育てたものは生カキとして出していいことになっているが、ウイルスがゼロである補償はない。
- アサリやハマグリの中腸腺にはノロウイルスはいないのか→カキと同じようにノロウイルスを持っており、アサリの砂抜きで排水した水が、近くの食べ物にかかって食中毒が起きた例もある。
- 生カキにレモンを絞るが酸で殺菌できないか→ノロウイルスは酸に強いので、難しいと思うが、体を切り開いて中腸腺部分にお酢をかけると、もしかしたら、ウイルスが死ぬかもしれない。
- ノロウイルスは毒素を出すのか→ノロウイルス、サルモネラは体内で菌が増殖するときに発症する。キャピロバクター、病原大腸菌、ウエルシュ菌は腸管で菌が増殖するときに産生された毒素が原因となる。ぶどう球菌、ボツリヌス菌や嘔吐型セレウス菌は食品の中で菌が増殖するときに毒素を産生し、その毒素が直接の原因となる。毒素が原因のときの症状は短時間で発症するが、菌の感染が主となるものは24時間くらいかかる。だから、短時間で発症したときは毒素を疑うとよい。毒キノコ、フグ毒など自然毒中毒も毒素が原因である。
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