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第27回談話会レポート「バイオセキュリティ」

2008年2月29日(金)、くらしとバイオプラザにて談話会を開きました。お話は、慈恵会医科大学准教授浦島充佳さんによる「バイオセキュリティ」でした。SARSのビデオを鑑賞し、感染症の感染の拡大について話し合いました。

浦島先生1 浦島先生2


お話の概要

自己紹介
私の専門は小児ガンで週4回小児科外来を行っています。医師になってから、骨髄移植を中心とした小児癌の医療に献身。抗がん剤ではじめて子供の白血病を治したシドニー・ファーバー先生創設のハーバード大学ダナファーバー癌研究所に留学。分子生物学を学んで帰ってきた。日本に帰り、治りにくく、治っても再発するガン患者をみているうちに、一生かかって治療するよりも、予防医学を究めること方がより多くの人を救えるかもしれないと思うようになった。
そこで、ハーバード大学公衆衛生大学院(HSPH)に入学。そこで、疫学、統計学、予防医学を中心に学ぶはずだったが、行ってみると生涯教育コースなどの集中講義が卒業後もあるなど想像以上に幅広いものだった。
Dr. 浦島充佳公式サイト http://dr-urashima.jp/

サリン事件の経験
サリン事件のとき私は海外留学中だったが、その日は朝8時ごろから、目の前が暗くなるという患者がぱらぱら来たそうだ。担当だった外科医が法医学の医師に相談し、有機リン中毒だと判断。農薬の解毒薬PAMとアトロピンを使うことを決めて東京中の解毒薬を集め、投薬のプロトコールを作成して各医局に配布した。他の病院や政府の発表に先駆け対応していたことになる。

私が危機管理に関心を持った理由
4年半ボストンにいたので、米国の集中講義から帰国した後に起こった同時テロには思うところがあり、バイオ危機管理の勉強も始めた。ブルーム先生(ハーバード大学公衆衛生大学院学長)が、炭疽菌の事件後、「我々の使命は世界がより住みやすいところになるようにがんばろう」という手紙を卒業生に送られてきたことは印象的だった。そのとき、今の私の立場でなにができるか考えた。エリックシビアン教授の講義を思い出した。精神科医である彼は、1985年、Last Aidという著書でノーベル平和賞をもらっている。彼は、その中で核戦争は人々の健康にどんな影響が及ぶのかを著した。それは7カ国語に訳されて、冷戦終結に寄与した。そして核戦争防止国際医師会議を立ち上げた人でもある。
こうして、私は医師の仕事は診療だけではない、他の方法によっても多くの人々の健康や尊い命をも守ることもできると思うようになった。私自身は、2001年の同時テロの翌年に「NBCテロリズム〜ハーバード大学の対テロ戦略(角川書店ISBN:9784047040724)」という本を書いた。NBCは核Nuclear、バイオBiology、化学Chemistryの意味。日本は、原爆で核、サリン事件で化学、実施されなかったが、オームはボツリヌス菌の研究をしており、この点、日本は3種類のテロを経験している。この本は外務省、内閣官房、警察庁の関係者が多く読んでくれて、今は、日米安全保障戦略会議などにも加わっている。危機管理と小児科は両極端と思われがちであるが、小児科医にとって、将来が長い子供を相手にするからこそ、「予防」には重い意味があると考えている。

危機管理の勉強
内閣官房安全保障・危機管理室の勉強会では、シナリオで勉強する。バイオテロとして、タンソ菌、天然痘、鳥インフルエンザ、SARS、ウイルス性出血熱、ペスト、ボツリヌス毒素、リシンなどが対象になる。
例1)天然痘のスプレーを東京駅で散布したという想定では、シナリオどおり保健所に30分後に届出は出ず、初めは何が起こったかわからない状況になる。
例2)ホテルでスーツケース型核爆弾が爆発したという想定では、核だということが認識されるのは、駆けつけた消防士の被爆からというのが、現実的。
というように、実際に起こる状況を具体的に考える。米国ではタンソ菌事件以降、FBIとCDC(Center for Disease Control and Prevension)が共同演習を行ったり、法疫学のワークショップなどが行われている。
ハーバード大学のリーダーシップインクライシスというコースでは、ハリケーンや同時テロへの対応について深く読み込むケースメソードで勉強する。CIA,FBI、国土安全保障省、赤十字などの人が参加していた。そこでは、キューバ危機で活躍した報道官や同時テロのときに指揮をとった消防チームのリーダーの話を聞いたりする。
慈恵大学でも中立の立場を利用して、警察、公衆衛生、外務省、国交省などの省庁の壁をこえたシナリオ演習を去年秋に実施しているが、日本は一般に危機意識が低い。

感染症の脅威
スペイン風邪が流行したときの患者数の増減のカーブをコンピューターで計算したり、どのように隔離すると患者数はどうなるかを予想したりできる。ヒトからヒトへの感染しやすさ、死亡率などをパラメーターとして計算する。大流行は、人々の健康への大きなインパクトを与え、社会的混乱を誘発し、人々をパニックに陥れる。
1991年、湾岸戦争終了後、イラクには1900gのボツリヌス毒素のタンクがあり、それは世界人口を殺せる3倍量だった。天然痘は、ロシア、米国だけに残して他の国は破棄したことになっているが、確認できない。今も、台風などより感染症で死んでいる人数は多い。
ペストはハイペストになるとヒトからヒトに感染し、粉末にして空中散布も可能。しかし、インフルエンザのパンデミックへの備えが出来ていれば、バイオテロの脅威にも対抗できるかもしれないと考えている。

SARS(重症急性呼吸症候群)の流行から学ぶ
(ナショナルジオグラフィのSARSのビデオをみんなで鑑賞しました)
2003年のSARSの流行を終息させたのは、現代医学でなく、隔離などの古典的公衆衛生の手法であった。SARSのDNA配列はわかったが、診断薬や治療薬は間に合わなかった。
ビデオの概要は、広東で肺炎患者を診ていた医者が親戚の結婚式でホンコンのホテルに滞在。医師の症状は悪化しホンコンで死去。ホンコンのホテルからベトナムに移動したビジネスマン、カナダに帰った婦人の周りで病気が広がった。ベトナムではWHOから派遣されていたウルバニ医師が周囲の医師や看護師に感染したことから隔離措置をとり、自らも感染し犠牲者となったが、ベトナムが最も早くSARSを終息させた。トロントでは院内感染が広がり、感染者のうち4割が医療従事者。残された医療従事者は感染の不安の中で任務を遂行した。ホンコンではホテルに滞在した人たちを中心に、SARSが広がり、団地の空調から広がったケースもあった。ホンコンの人たちは情報不足の中で恐れながら、マスク着用を励行するしかなかった。
SARSは7ヶ月間に32カ国で8000人に感染した(約800人が死亡)。結果的には潜伏期間が10日くらいあり、10日ごろから感染力が出る程度であったために、抗生物質や抗ウイルス剤の投与、隔離などの古典的な方法で終息させることができた。交通の発達はウイルスの拡散を早め、人口密集地での大量感染の怖さが浮き彫りになった。

会場風景 全員集合


話し合い
  • は参加者、→はスピーカーの発言
    • 日本でSARSが広がらなかったのはなぜ→運が良かったとしかいえない。カナダでも広がったので、アジア系と白人の違いだとは考えられず、先進国でも広がったので栄養や衛生環境も関係しなかったことがわかっている。
    • 日本ではどんな対策がとられているのか→アメリカではSARSの流行がスペイン風邪再来に備えるケースタディになったようだ。日本は遅れている。
    • 日本版のCDCはあるのか→ない。国立感染症研究所はウィルス同定はするが、CDCは予防対策や政策への進言、健康指導も行う。厚生労働省の疾病対策局の人数や予算は小規模。同時テロでアメリカは意識がかわった。大きな危機なしには意識は変わらない。
    • 日本は非常事態時に国際空港を4箇所に限定するというが→SARSでは空港で赤外線で体温を測ったが、これによりSARS患者を発見し、入国を阻止できたケースは世界でもなかった。潜伏期間内に入国して広めてしまう可能性も残る。空港閉鎖は、経済的ダメージに比べ効果がないのではないか。憲法で人の自由は制限できないので、勧告までではないか。
    • SARSの治療薬は?→ワクチンができても患者がいないと検証できない。診断薬はできた。
    • SARSでは、中国のデータ隠蔽があったが、透明性が大事だと思う→SARSのときのWHOのチーフは小児科医で後にノルウエイの首相にまでなった人で、彼女が指揮したWHOの進め方は適切だった。ウルバニ医師が対面してWHOの医師に訴えたこともよい影響を残した。今後の透明性もWHOの対応によるところが大きいだろう。
    • ホンコンとトロントの患者の類似から、SARSの存在が浮かび上がったが、どのように現場は類似に気づいたのか→ふたつの方法がある。ひとつは、医師が患者の感染経路をその行動を聞き取り調査しながら深掘りする原始的な追跡。もうひとつは、全体をみて管理する方法。世界の重症例は見えにくいものなので、世界や国内である程度以上、重症例が出たときに報告しあい、全体をみている医師がいる仕組みが必要。スペイン風邪患者数が基準値の2倍を超えて何日後に隔離政策を始めたかで発症数は何倍も変わってくることがわかっている。パンデミックの始まりを見つける仕組みができるといい。異常死の届け出制度や死亡診断書を中央で集約する仕組みもいいかもしれない。異常なことの時間的空間的把握から早期発見ができたらいい。
    • 冷凍餃子事件の管理はどうしたらいいか→食品は厚生労働省。作物は農林省、事件だと警察と縦割り行政になっている。米国にはCDCとFBIの共同システムがあり、イギリスは911同時テロやポロニウム事件からEPAと警察が共同調査した成功例がある。日本は縦割り。医療関係者が警察にすぐ報告すれば早いが、保健所→県と上がってから上から情報が降りてくる。メディアの方が早かった例もある。
    • 異常事態のときには紙情報がいいと思う。
    • メールの方が広く伝わるのではないか→アメリカでは、トップに2時間で伝わる。日本は間違いだとしかられるのではないかと躊躇したり、自分で現場に行って確認してから、としてうちに遅れてしまう。フォールズポジティブ(間違った情報)でも中央でノイズかどうかを判断できるはず。中央にモニターシステムが必要。
    • 新しい感染症はどう把握するのか→プロットされるのは既知の病気だけ。未知の病気のデータはあがってこない。はしかなど現場で診断がついたものは2週間で公表される。
    • 肝障害を起こした健康食品の調査をした時、医者のレポートが集まるのに数ヶ月かかった。医薬品の情報が上がってのが日本は遅いと思った。薬害肝炎ももっと早くていいはず。
    • SARSのまた起こるのか→SARS,スペイン風邪はどこかに隠れていると考えるか、進化してしまったと考えるのか。ホストと共存し続けるのがウイルスの賢い生き方。天然痘のように次の人にうつらないうちにホストを殺してしまうのは得策でない。
    • 中国の餃子も小さなテロだと仮定すると、日本政府はなんらかの手法を提示すべきだと思うが→いろいろな事情があるらしい。
    • 餃子に入っていたのが農薬でなく病原菌だったらと思うと怖い気がする→食品にたんそ菌を入れたらと思うと一番怖いと思う。餃子から新しい仕組みができるといい。
    • 入国時の健康情報や個人情報の申告について→たとえばはしかが広がるとき、個人名を出した方が感染経路を調べるには有効。リスクベネフィットを話して患者に同意をとる。保健所までは名前を公開できるが、メディにはしない。警察まではいいのか。悩ましい所。
    • SARSの原因になった広東の医師の行動に問題があると思う→告白するには葛藤があったのだろう。中国ではクラミジア肺炎だと判断していた。まさかこんなに深刻な病気だと思わなかったのだろう。最初の一人の判定は難しい。
    • SARSの空気感染を疑われたマンションはどうなったのか→ノロウイルスは吐しゃ物が乾燥し空気孔を通って空気感染のように伝わる。アモイガーデンでの空気感染の場合、最初の患者は下痢をしており、同じような原理で伝播したのではないか?RNAウイルスの殻は脂肪膜なので、アルコールで殺菌できる。タンソ菌は土の中で生きることができる。じゅうたんや羽毛ではウイルスは長生きするのかもしれず、今後研究が必要。


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