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松柏軒バイオカフェレポート「環境から考える農業」

2008年2月27日(水)、バイオカフェを女子栄養大学松柏軒で開きました。 お話は、東北生活文化大学の西野徳三さんによる「環境から考える農業」でした。初めに寺井庸裕さん、桑原さやかさん、今村恭子さんによってチェロ、ピアノ、バイオリンのユーモレスクの演奏が行われました。ユーモレスクとは気ままにという意味。「発酵は樽の中でゆったり」というイメージで選曲されたそうです。

チェロ、バイオリン、ピアノの演奏 西野徳三先生のお話

お話の概要

四大文明の滅亡
スーダンの都市の周辺には、過放牧によってドーナツ状の砂漠、裸地ができてしまったところがあり、こういう土地では農業ができないばかりではなく、牧草も生えず砂漠化が進みつつある。
4大文明のその後をみてみると、1)メソポタミアは塩類が集積して滅んでしまい、周辺住民は文明が開けた頃の半分しかいない、2)エジプトは、アスワンダムで農業の活性化を図り、アスワンハイダムまで建設した。しかしその結果、洪水はなくなったが、年数がたつと土壌が塩類化し、病害が発生して農業生産が低下した。洪水で毎年定期的に塩類が洗い流され、肥沃な土壌が奥地から届いていた仕組みが働かなくなり、エジプト文明は滅びていった、3)インドは森林伐採による洪水で滅びていった、4)中国は今も続いているともいえるが、黄河周辺で水不足、肥料不足、環境汚染が起こっている。こうして四大文明は全部滅びた。
その後、農業近代化の文化は米国で始まった。米国は化学肥料と地下水の灌漑で大規模農業を行ったが、早いところでは10年で砂漠化が起こり、不毛の土地になって現代に至っている。

窒素の循環
ヒトは1日70グラムのタンパク質を摂取し、それを原料として必要なタンパク質を体内で合成している。タンパク質の摂取とは窒素をとることである。空気の8割を占める窒素を根粒バクテリア等が固定し、植物や動物を介してヒトは窒素を得ている。
植物に必要なのは窒素N、リン酸P、カリウムK。
排泄物、死骸などの有機物は土壌でアンモニアから硝酸になる。雷の放電でも、空気中の窒素が窒素酸化物になったり、工場や車の排ガスも窒素酸化物。

硝石栽培
昭和30年、仙台では、米兵に「ハニーバケッツ・ワゴン」と愛称された荷車で、下肥が堂々と街中を運ばれていた。下肥の中の窒素分は、土の中の硝酸イオンとなり、植物の栄養になる。しかし、硝酸は弾薬の火薬にも使われた。弾薬も土壌の窒素を使う。昔は屋根付きの小屋で、堆肥作りと同様な方法で動物の死骸や排泄物の有機物を微生物で分解し、植物に横取りされないように暗くして硝酸カリウムを得て弾薬作りをしていた。汚くて大変な作業だった。
砲兵だったナポレオン(一番偉いのは騎兵)は硝酸栽培を、強権をもって大々的に行い、砲弾をつくり、これが彼の快進撃につながった。対するイギリスは、インドでの半年間の乾期に硝酸栽培をし、フランスに応戦していた。ナポレオン没落後、チリ硝石が発見されると、汚い硝石栽培をしなくてよくなった。
チリ硝石は雷の化石といわれ(雷の放電により空中の窒素が硝酸になり、砂漠に蓄積された)、イギリスは国力を注いでチリ奥地からチリ硝石を運び出し、肥料にすると共に砲弾をも作った。
ドイツは海上封鎖でチリ硝石が入手できなくなり、食料を確保すると共に弾薬を作る必要に迫られハーバーとボッシュは空中窒素の固定方法を発明した。このように、窒素の獲得は生命を維持するために最重要であるが、欧州の戦争の歴史と関係が深い。
現在、バイオ燃料を作るということで、食糧であるデンプンを分解してエネルギーであるアルコールにしているが、食料生産のための堆肥を爆薬に転用していた状況に似ていると思う。

リン酸肥料・カリウム肥料の原料
植物の3大栄養素である、リン酸とカリウムについてもみてみましょう。
リン酸肥料の原料は、1)尿(お酒のみは肴とタンパク質を食べるので、よい原料になるそうだ)、2)動物の骨、3)リン鉱石(骨の化石(フロリダ、)、海の鳥の糞の化石(グアノ)の順に移ってきた。リン鉱石は海の魚からタンパク質をとる海鳥のいるところに形成されるが、現在は欠乏気味。下水処理場などに蓄積しているものから回収する技術も開発されている。
また、サケの遡上(生まれた川に戻って産卵し、そこで死ぬ)により海のリン酸分が川に戻され、魚が遡上する川には物質の循環系が成り立っているともいえる。
カリウム肥料の原料は、植物を燃やした灰だった。1943年、ドイツにカリウム鉱床が見つかり、大量の鉱床が発掘され現在に至っている。

循環型農業
植物が土壌から奪った16元素はどうなるのか。減った分を投入すれば収支は戻るが、実際にはいちいち分析をするわけにはいかずで、不足しないよう大量に投与されている。
そこには、再生産の考え方はない。再生産とは自然の循環を絶たないことであり、自然の循環以上に酷使しないことである。化学肥料以外に堆肥や厩肥が必要。最後には、循環型農業をすることで再生産ができるようになり、土が豊かになる。そのときに活躍するのが生物(微生物が主だが、生物全部が役目を担う)。
例えば、レンゲは窒素肥料として昔からよく使われてきたが、5月に田植えが行われるこのごろは土に鋤き込んでから発酵が終了するまでの1ヶ月の時間が間に合わず、姿を消してきた。
有機物は微生物の餌になり、微生物が増加し、微量元素までも含め、バランスのとれた肥料分となる。こうして、土の養分が増し、持続的に生産を行うことができる。

土の中の生き物
10アールの畑に生息する微生物の全重量は、カビは、約500Kg、バクテリアは150−170Kg。植物の栄養になる窒素、リン酸、カリウムは700キロの微生物の重量の中に含まれている。
その他にもダニ、線虫類、ミミズ、トビムシなどいろんな生物がいる。
明治神宮で、靴で踏んだ面積に、2000匹のダニがいるという。1平方メートルの農地にはササラダニが2−10万匹いて、冬眠もせずに一年中有機物を分解し農業に寄与している。

化学肥料の恩恵
人間1人の1年間の食い扶持(1石)がとれる土地が1反の定義。1反の広さを太閤検地から何度か引き下げ、1190平方メートルから998平方メートルにして、年貢を増やしてきたという背景があるが、一定の土地から収穫できる米の収量は化学肥料のおかげで急増し、人口増加に役立った。
江戸時代の大人の人口は2,700万人。それしか食料の生産能力がなかったわけである。

まとめ
タイのシロアリが作るアリ塚の中では、働きアリの糞でキノコを栽培し、その菌糸が赤ちゃんアリを養っている。そのように排泄物と食料の循環型の関係を範として「初心に帰る」ことが我々の社会でも大事。実際には、昔からの農業に化学肥料を取り入れ、微生物の力を活用した農業を目指していくのが現実的であろう。
窒素肥料の増産に貢献したハーバー・ボッシュ法。それに匹敵するような、バイオエタノールを食料以外から効率よく生産するバイオテクノロジー技術の誕生に期待している。
皆さんには、科学を知らないからと傍観しないでいただきたいし、遺伝子組換えなどの新しい技術に対しても、ムードだけで嫌わないでほしいと思っている。


会場風景1 会場風景2


話し合い
  • は参加者、→はスピーカーの発言
    • 堆肥を使った循環型農業といっても、化学肥料に頼る人も多いと思う。循環型で手間を減らせる方法はあるのか→良い堆肥があれば良い。実際は、使うと腐敗してしまうというような粗悪品も多く、問題が多い。山形県では内城菌を使って食品残渣を堆肥にする取組が地域を越えて広域で展開され、19年も続いている。地元のサクランボなどの果樹作りやお米作りに利用され、甘みが増加したり、食味が良くなるなどと好評であり、肥料効果としても多くの農家が支持し、これほど使われている生ごみ堆肥もないと評価されている。このように良質の堆肥が供給されれば需要は大いにあると思われる。堆肥は使っても効果が出るのが遅く、収入がプラスになるには2から3年もかかる。化学肥料は利用のマニュアル化もしやすく、労力も省け、使いやすい。それに比して、堆肥の組成は一定せず、画一的には行かずマニュアル化もしにくい。堆肥の特性に合わせて使い方も一緒に指導・販売するなどのサービスや、粒状にしてまきやすい堆肥を作る工夫なども行なわれている。また、良質の堆肥は微生物の増殖につながり、少々過剰に使っても余り困ったことにはならない。
    • 土壌微生物にも善玉、悪玉がいますか→はい。微生物には大きくわけて嫌気性と好気性の二種類。耕せば好気性が増える。腸内細菌と同じで、善玉が多いと悪玉はおとなしくしているので、悪玉を排除しなくてもいい。人間でも体調不良、変な異物が入ると悪玉が活性化する。
    • トータルバランスでみると日本では、80頭以上の牛を飼育している地域や鶏を飼っているところは糞が増えすぎている。植物にうまく利用されずに畜産糞尿があまって国土を汚染している。鹿児島は黒ブタで窒素過多。家畜の糞尿処理については→畜糞は堆肥にしても使いきれないという意見があり、良い堆肥を作ろうという方向性がない。ただ単に廃棄物の処理に力点があり、できた製品には注目していない(そこまで注目できない)。堆肥センター設置は地元に嫌われる。私は生ごみ処理の微生物も研究しているが、アシドロ菌という好熱・好酸性菌を見つけて家庭用の処理機の開発を行なった。一昨年(財)みやぎ産業振興機構が研究会を作ってくれて食品残渣と畜糞を合わせて1日20トンの処理場で試験を行なった。その結果、90メートルのオープンレーンがすべて酸性になり、臭いが気にならない堆肥場になった。出来たものは乳酸菌で酸性になったもので良質の堆肥である。この方式を他でも使ってほしいと思っても、既に稼働している処理場はなかなか受け入れてくれない。私は、うまく処理する仕組みがあるはずで、それが理解されれば、普及するようになると思う。アメリカから来た飼料を食べた牛の糞や、牛肉を食した我々の排泄物を良い堆肥にしてアメリカに戻すという循環もあると思う。良い堆肥ができることが第一。
    • オランダは国の政策として土壌の窒素とリンのバランスをとり、花きに利用している。
    • ミミズはどうですか→微生物が増えると良い土になり、ミミズが増え、さらに良くなる。ただ、ミミズが多くなると、田や畑ではモグラも増え、ネズミも増え、それらの駆除の苦労が始まる。しかし、ネズミが増えても収穫は減っていないという人もいる。ネズミが増えても、良い土になり、生物の多様性が保全されればお互いが自然に共生するということだろうか。多様な生物がいることで自然が豊かになる。モグラやネズミが増えてもいいのかもしれない。
    • 堆肥を分析すると成分はばらばらと聞いたが、混ぜて使ってはどうか→成分を調べてから混ぜて調製するのがベストと思う。山形の内城菌農法研究会ではある程度分析し、カニやエビの殻の処理物を入れたりしてバランスをとっている。同じ所で堆肥を作っても組成の違いがある他に、熟成させる時間の長さによっても成分は異なる。一次発酵では容易に分解されるものが分解し、セルロースやリグニンなどの難分解性有機物はゆっくり二次発酵で分解する。土壌微生物は二次発酵に関わる。完熟の堆肥の定義はない。本当に完熟だと、極端の話、ミネラルだけで化学肥料と同じになってしまう。一次発酵の後で使用する方法がいいようだ。
    • 江戸の糞尿は農家に還元できて、物質収支が合っていた。人口が1億人を超えた現代、人糞、蓄糞が処理するには多すぎる。高度な技術が必要ではないか→好熱性の80度以上でも機能するような菌があれば処理能力は常温の約50倍にもなるだろう。また油を効率よく分解する菌があるといい。遺伝子組換えでいい菌を作ったり、能力の高い菌を見つけることも大事。しかし、現在は化学肥料で十分であるという考え方がゆきわたっている。有機栽培人気で堆肥が見直されることが必要。
    • これからは土壌微生物の闘い。まさに「ウンチの中のサイエンス」だと思う→レミゼラブルに「下水にパリの下肥を捨てるのは、大きな誤り」というような内容の記述がある。日本の下肥利用は江戸時代に商売として発展し、リサイクルの循環型社会ができあがっていた。
    • 中国で野菜を栽培し冷凍食品を製造する仕事をした。中国農業は化学肥料の大量投与で荒れている。堆肥を使ったら、味もよく収量があがり、病虫害に強く農薬使用量も減った。一方で人口が増えてしまうと昔にはもどれない、今更時間をかけて堆肥をこつこつつくることは不可能。市民は遺伝子組換え、放射線照射などの最先端の技術ができ、安全性評価ができても嫌っている、これでは農業はだめになるだろう。正しいことを正しいといい、理科離れをどうにかしないと間に合わないと思う→全く同感。世界の人々が日本人レベルで暮らすには地球が2.4個必要。日本で足りない分は輸入すればいいという社会になってしまった。これ以上、輸入は増やせない。食べ残しが1人1日600キロカロリーもあり、輸入量に匹敵するという問題もある。どのレベルで自分の考えをまとめるか、エネルギーの輸入にも切実感がない。私たちは限られた「閉鎖系」社会の、有限な食料や資源の中にいることを理解させないとだめ。もったいないのは、自分なのか、誰なのか。
    • 有機栽培の全国的な広がり方はどんな状況か→有機栽培(農業)は収量が減り、見栄えも悪くなる。有機農業の割合は日本の農産物のたった0.16%。有機栽培が高く売れるシステムがなく、農家が潤わない。また農業は天候に左右され収量が不安定。冷害のときに堆肥を入れていた田圃の収量は落ちなかったそうだ。堆肥は微生物が温度を感知して分解し、必要な養分を供給するので、冷害の時にも有効に働いたようだ。私はいつも、「土壌微生物は植物の消化器官」だといっているが、堆肥を見直し、微生物の生態系を介して土を豊かにし、循環型社会に少しでも近づけたいものである。


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