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談話会レポート 「出生前診断の遺伝子カウンセリングにおけるコミュニケーション」 |
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4月20日(金)にくらしとバイオプラザ21会議室において、談話会を開きました。
スピーチはお茶の水女子大学 田村智英子さんによる「出生前診断の遺伝カウンセリングにおけるコミュニケーション」でした。これまでの談話会で最も女性参加者の多い談話会でした。
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田村先生のお話 |
会場風景 |
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主なお話の内容 |
自己紹介
米国のNIHの中にある米国立ヒトゲノム研究所とジョンズ・ホプキンス大学大学院の遺伝カウンセリング修士課程へ留学し、日本においては、医師でない立場で遺伝カウンセラーとなった第1号。留学中には、ヒトゲノムプロジェクトが終了するなど、話題の多い時期だった。現在は、後進を育てつつ、複数の病院で非常勤で遺伝カウンセリングに従事している。
遺伝カウンセリングとは
カウンセリングという行為は様々な場所で行われている。化粧品のカウンセリングや、不妊カウンセリング、進学カウンセリング、就職・職業カウンセリングなど内容は多様。カウンセリングの意味の定義は難しい。遺伝カウンセリングに限っていえば、遺伝性疾患や先天異常などの不安や疑問を抱える患者や家族に情報提供と心理的社会的支援を行う行為を指している。日本では現在600人くらいいる臨床遺伝専門医が行ってきたが、今後非医師の遺伝カウンセラーも徐々に増えるだろう。ちなみに米国の非医師の遺伝カウンセラーは約2000人。
日本の遺伝カウンセリングは、主に大学病院や小児専門病院、がん専門病院などで行われているが、担当している臨床遺伝専門医の多くは小児科医で、小児科領域の遺伝カウンセリング事例が多い。次に産科領域。神経内科やがんを扱う腫瘍科、不妊治療領域など。これらの遺伝カウンセリングも今後増えるだろう。「いでんネット」のホームページで遺伝カウンセリング外来のある病院の情報が示されている。
来談者は、先天異常や遺伝性疾患を有する子どもの親、成人患者、その家族等。遺伝性疾患といっても発症は子ども、成人などいろいろ。結婚や出産にともなって家系内の疾患の遺伝や胎児の異常を心配したり、高齢妊娠にともなう不安や、妊婦の血液検査でダウン症の可能性について知りたい、これまでの妊娠出産歴から次の子の病気への不安など。遺伝カウンセリングでは、図を使って情報提供をしたり、心理的なことについてじっくり話し合ったりする。
遺伝カウンセリングでは何を行うのか
情報提供が大事。本人や家族の病歴から家系図を作り、疾患の遺伝の可能性について話し合う。その際、対象となる疾患の詳しい情報、診断や検査の情報、本やインターネットなどの情報資源や患者家族の会などの社会資源についての情報も提供する。本人や家族の心理的社会的状況に対する支援、選択肢の決断までのプロセスに付き合う。
プライバシーの確保された面談室などで行うのが望ましい。遺伝カウンセリング料は、健康保険がきかず、1〜2時間で5000円が相場。臨床遺伝専門医になるための研修中の医師や遺伝カウンセラー養成課程の大学院生が承諾を得て同席して見学することもある。
来談者の声
「最初は染色体や遺伝子に問題があると知りショックだったが、情報が得られてよかった」「よく理解でき、勉強になった」「心構えができた」「遺伝カウンセラーとの話し合いがよかった」「夫婦や家族のコミュニケーション促進に役立った」「生き方を考えるきっかけになった」など。遺伝カウンセリングを行っても病気や遺伝の状況は変わらず不安はゼロにはならない。情報を得て状況を把握するだけで、多くの人は不安が軽減し落ち着くことができるようだ。
医療機関側の訴訟対策として、遺伝カウンセラーの雇用が進む可能性も
最近の遺伝性疾患に関する裁判事例より。第1子が遺伝性疾患であるPM(ペリツァイス・メルツバッハ)病を有して生まれた後、その後生まれる子においても同疾患がみられる可能性について主治医から十分な説明がなされないまま、第2子が生まれたが、第2子はPM病を有していなかった。そこで親は遺伝性ではないと思い、再度妊娠、第3子を出産したところ、PM病に罹患していた。主治医は以前、PM病を有する子どもが生まれる確率は交通事故程度だと説明していたため、説明が足りなかったとして患児の両親が訴えを起こした。最高裁で、最終的に患児の親側の勝訴となり、医療機関に約7000万円の支払い命令が出た。この判決は、医師は本来、診療契約のある第1子の治療に努めるのみならず、将来生まれるかどうかもわからない子どもにおける疾患発症の可能性についても説明責任があることを示唆している。
遺伝カウンセリングは儲からないので、病院での遺伝カウンセラーの就職はなかなか進まない。遺伝カウンセラーが活躍すると、情報提供や患者家族の心理的ケアに役立ち、病院側の遺伝性疾患に関する説明義務が全うされ訴訟対策にもなるメリットがあると思う。こうした視点から遺伝カウンセラーの活躍の場が増えると嬉しいと思う。
現在、日本で遺伝カウンセラーになるための勉強ができる場所は、お茶大を含む7大学院。卒業後、認定試験合格者は10人(2006年現在)。これらの大学では、遺伝学や心理カウンセリング、生命倫理学などを教えてながら、遺伝カウンセラーの卵を養成している。
ライフサイエンスの進歩が私たちに与える影響を考える:乳がんになりやすい体質の遺伝子検査を例に
乳がんの遺伝子検査を例に、遺伝子診断について何を考えればよいか、シナリオにそってお示ししたい。
まず、以下の例を考えてみてほしい。乳がんの一部は遺伝性である。BRCA1とBRCA2という2つの遺伝子を調べると乳がんにかかりやすい体質を持っていることがわかる場合がある。遺伝子検査を受けてそうした体質がわかれば、早期発見に心がけることができる。こういう状況で、この遺伝子検査を受けたいと思う人は?
〜談話会参加者で挙手したところ、検査を受けたい人13人、受けたくない人は1人〜
次に、同じ検査について、さらに情報を追加してみたい。たとえば、実は遺伝性の乳がんがあるといっても、乳がん患者の9割は遺伝でなく、乳がんの家族歴があまりない人はこの遺伝子検査を受けても遺伝子の変化が見つかる確率も低い。しかも、遺伝子検査の費用は約40万円で保険がきかないので全額自己負担。さらに、遺伝子の変化が見つかったとしても、その遺伝子の変化を持っている人が乳がんを発症する確率は論文によっては5割程度とも言われている。また、発症時期もまったく不明(生きている間に発症しないこともありうる)。そして、これらの根拠となるデータはほとんど白人のデータで、日本人でも同じようなことが言えるかどうかわからない。日本人では増えてはいるものの白人より乳がんの頻度が低いことも考慮しなければいけないかもしれない。
さらに考えておくべきこととして、乳がんは早期発見しやすいがんではあるが、がんになる前に見つけることはできない。遺伝子検査で乳がんになりやすい体質とわかった場合、みすみすとがんになるのを待つのではなく、がんになる乳腺組織を予防的に手術で取り除いてしまうことも米国では行われているが、日本ではそうした手術はできない。遺伝子検査で遺伝子の変化が見つかったら明日がんになるか10年後にがんになるかひたすらやきもきしながら検診を受け続けて待つことしかできない。それでも乳がんは早期発見できるかもしれないが、これらの遺伝子は卵巣がんとも関係があり、遺伝子の変化が見つかった人は乳がんリスクが高いだけでなく卵巣がんのリスクもあることを知らされることになる。しかし、卵巣がんは乳がんのように検診で早期発見しやすいがんではなく、しばしば見つかったときにはかなり進行していることがある。こうした状況を知った上で、この遺伝子検査を受けたいと思いますか?
〜再び挙手を求めたところ、検査はやめておこうと思う人11人、迷っている人3人〜
このように、遺伝子診断を受けるかどうか考える際の情報は複雑。費用や検診の問題もからみ、遺伝性となると親戚の間で情報をどのように共有するかといった問題も無視できない。
それでも、こうした遺伝子検査が利用できるようになると、乳がんの家族歴があり、乳がんリスクが高いかもしれないと思われる人々が、遺伝子検査結果を見ればよりきちんと検診を受けるようになるのではないかという意見もある。ところが、米国で、乳がんになりやすい体質であるとわかる遺伝子検査結果を得た人で検診の受診率が上がるかどうか調べた研究がある。遺伝子検査のできない時代に家族歴から乳がんハイリスクと思われる人のうち68%の人がマンモグラフィを受けていたのが、遺伝子検査が可能なった後に遺伝子検査で乳がんハイリスクとわかった人の1年後のマンモグラフィ受診率は68%だった。つまり、遺伝子検査は検診行動を促すとは必ずしも言えない。もともと時間がないなどの理由で検診を受けに行かない人はたとえ遺伝子検査でハイリスクと言われても行かないのかもしれないし、遺伝子検査の結果をつきつけられて不安が増し、乳がんとわかるかもしれないのがこわくて検診に行くことができなくなる人もいるであろう。
高齢妊娠で生まれた子どもがダウン症を有している確率は上がるけれども
生まれてくる子どもがダウン症候群を有しているかどうか、妊娠16週ごろから行うことのできる羊水検査で調べることは技術的には可能。高齢妊娠で子どものダウン症を心配している場合、この検査を受けたいと思うだろうか考えてみてほしい。その際にもいろいろな要素がからんでくる。たとえば、実は子どもにおいてダウン症がみられる確率は、30歳の妊婦だと約1000人にひとりの確率、35歳なら約300人にひとり、40歳だと100人にひとりの確率。年齢とともに確率は高くなるが、出産時40歳の人での確率は1%。これは、天気予報の降水確率でいえば多くの人が傘を持たない程度の確率。同じ1%でも人々の心配の度合いは対象となる事柄によってずいぶん違う。人間の心理は複雑なものだと感じる。雨が降ることと子どもがダウン症を有して生まれてくることを同じように扱うつもりもないし、無視してもよい低い確率だと言うつもりもないが、40歳で出産しても、子どもがダウン症を有している確率は多くの人が考えているより低いのも事実。どの程度心配するかは考えどころ。さらに、ダウン症候群について、知的障害の程度や心臓病など身体の病気の合併症の状態について、あるいはダウン症をもつ人の平均寿命が50〜60歳であることなど、人々が知らないことも多い。思ったほど重い病気ではないと感じる人もいるだろう。だから、ダウン症について詳しく知った上で、赤ちゃんがダウン症を有するかどうか調べる検査を妊娠中に受けておきたいかどうか考えると、また意見が変わってくることがある。さらに、羊水検査費用は10〜15万円かかる。また、羊水検査には検査のリスクがあって、胎児にダウン症などの疾患がなかったとしても300回に1回程度の頻度で検査のせいで流産などで胎児が死亡することもある。そういうことを総合的に考えたときに、羊水検査を受けたいかどうかの決断は容易ではないことが多い。
その他の遺伝学的な検査:遺伝子検査の特殊性を考えながら
今後、ライフサイエンスの進歩に伴い、いろいろながんになりやすい体質がわかる検査や、アルツハイマー病になる可能性をみる検査、糖尿病や高血圧を発症しやすい体質かどうか知る検査、喫煙すると肺がんになりやすい体質の有無がかわかる検査などが可能になる時代が来るかもしれない。いずれの検査も、どうあるべきか悩ましい検査だ。
遺伝学的検査には、他の検査と異なる特殊性がある。例えば、遺伝子は一生変わらず、生活習慣を変えても変化しない。DNA配列は指紋の個人を特定する情報。遺伝子の状況は血縁者において一部共有され、遺伝子診断結果は個人だけでなく他の家族に影響を及ぼすことがある。また、遺伝子が変化していてもすぐには発症しないことも多いが遺伝子を調べると疾患状況を発症前に予測することになるかもしれない。
一方、私たちの状況に遺伝子はどこまで関与するのか。身体の状態への遺伝子の寄与は無視できないが、病気のなりやすさ、知能、性格すべてが遺伝子で決まるわけではない。実際、家系図を書いて分析すると、遺伝子の変化は伝わっていても病気を発症している人とそうでない人がいることは珍しくない。病気になるかどうかは遺伝子だけで決まらないことを日々実感している。どこまで遺伝子の情報を調べて利用していくべきか考えていかねばならない。
遺伝カウンセラーの仕事
3省倫理指針における遺伝カウンセリングの定義を見ると、情報提供や、心理社会的な問題に対する対応、支援、援助等の言葉が並んでいるが、実際の遺伝カウンセリングの様子を例をあげて紹介したい。
例1)第1子に先天的な顔面の形態異常があったケース。「次子に同じ病気がでるかどうか」という相談に対して、その疾患は遺伝性ではなかったので、遺伝カウンセラーとしては単純に遺伝でないことを伝えればよいと思っていたが、実際の来談者(患児の母)の訴える状況は単純ではなかった。すなわち、第1子が何度も手術して大変だったこと、母親はストレスのためか精神安定剤を飲んでいるが妊娠した場合の薬の影響が心配であること、親戚から次は出生前検査を受けろといわれていること、第1子への罪責感、必ずしも良好でない夫婦仲や親子関の摩擦など。加えて高齢妊娠であったりもした。こうした複雑な要素を整理し、ひとつひとつ対応していくことは簡単ではない。
また、遺伝カウンセラーは医学的情報もきちんと提供する必要があるが、来談者の心理的社会的状況についても聞き取って評価し、必要に応じて支援する。ただ、一般的に遺伝カウンセリングに来談する人々の多くは、濃厚な心理ケアがなくても自分で気持ちの整理をしていくことができる。その中で、まずは、心のケアというよりも、きちんと情報提供をすることが大事だと思っている。適切な情報提供は、なによりの心理的支援になっていると感じる。情報を理解することで落ち着く人が多いし、自責の念の軽減や将来起こる事柄に対する心の準備ができることもある。
遺伝カウンセラーが時々行う心理カウンセリング的な支援のひとつに、個人による心理的な違い(ギャップ)に気づくように促すことがある。たとえば口唇裂や多指に対しては多くの医者は医学的には軽度な症状だと思うが、親にとっては重大なものと感じられることが多く、同じ症状に対して受け取り方にギャップがある。同様に、様々な病気や症状について、夫婦や他の家族の間でも、世代や男女の違い、性別などによって受け取り方にギャップがみられることは多い。何か大きな困難にあたったときのコーピング・スタイル(気持ちの整理の仕方)も、人によって泣くことで気持ちに折り合いをつけていく感情吐露型や情報を集めることで落ち着く知識収集型などの違いがあり、夫婦の間でこのスタイルが違うとお互い無理解と感じられて諍いのもとになりやすい。遺伝カウンセラーとしては、そうした個人の違いを自然なこと認める方向で話し合う。また、珍しい病気にかかった場合など、他にも同じ立場の経験をしている人がいることを知らせ孤立感を軽減する方向で話をすることもある。同時に、同じ病気の人をみな同じと扱うのではなく、個人を尊重して話すことを大事にしている。
しかし、遺伝カウンセリングは奥が深い。たとえば、ターナー症候群という疾患があるが、これは染色体の数の異常によって生じるもので遺伝ではない。主な症状は低身長、不妊など。知的障害や命に関わるような大きな身体的異常は稀。この疾患について医師と患者家族が話をする際に、そのくらいの症状は病気と思わずに体質だと思ってつきあっていきたいと考える人がいる一方、身長を伸ばす治療や不妊の悩みもあり体質だなどと軽く言わないでほしいと思う人もいる。この疾患にはこの言葉遣いが良いといえるわけではないが、相手に合わせて適切な言葉遣いで話すことは簡単ではない。
さらに、国際的に人々が国を超えて行き来することも増えてくると、個人の文化的価値観や宗教観の多様性も増してくる。日本にいるときはダウン症を有する子どもも育てていけると思っていた人が、海外で暮らすことになって現地の状況によっては難しいこともわかり考えなおす必要が出てくるといったこともあり、様々なことに配慮せねばならない。
出生前診断についての遺伝カウンセリングの姿勢
出生前診断に関する遺伝カウンセリングは難しいが大事であると思う。遺伝カウンセリングではどうすべきといわない中立性、非指示性が大事なので、胎児が病気かどうか調べて中絶しろということももちろんないが、同様に、調べるべきでないとか中絶すべきでないと言うこともしない。来談者が自身の価値観に沿って適当な決断を下すことができるよう支援したいが、それでは、どうすればよいのかが難しい。情報提供後、それではあとは夫婦でよく話し合ってくださいとだけ言っておけばいいのだろうか。実際、妊娠の経過の中で考えが変わることもあるし、家族やカップルにおける人間関係も影響する中で、なにができるだろうか。
私自身は、ほとんどの人は、それぞれの人に合った形で情報を消化し利用して、その人らしい決断ができるものであると感じているし、心から信じている。「患者はなかなか決められないものだ」と言う医師も少なくないが、決断しなければならない事の内容が重大であれば、誰でもそんなに簡単に決められるものではない。目の前の来談者が迷っていても、遺伝カウンセリングを行う側があせって代わりに答えを出したり早く決めてもらうようにせっついたりしてはいけない。人々は、許される時間の範囲内で安心してじっくり迷ったり悩んだりする権利があるし、そう思いながら決断に対してこちらが余計な手出しをせずに静かに見守っていれば、ほとんどの人は自ら持っている能力を発揮して判断していくことができるものである。したがって、「あとは家で考えてください」と突き放すこともしないが、遺伝カウンセリング担当者側にできることは、その人が悩み考えるプロセスをともにすることであって、代わりに決める手伝いをすることが我々の役目ではないことは肝に銘じている。
情報提供の考え方
遺伝カウンセラーは「わかっている人」で「わかっていない人」に教えるという姿勢はだめ。遺伝カウンセリングでは、「主役は説明者ではなく、情報を得る人」だと心得ることが大事。遺伝カウンセリング担当者は、情報と情報を得る人の間を媒介する役目を担っているに過ぎない。
ノールズが提唱している「成人学習理論」によると、大人である来談者に対応する際は1)成人は自立した学習者であり大人として扱ってほしいと感じている、2)成人の過去の経験は学習のための資源、3)成人の学習の準備性は人生における発達段階に応じて生じてくるので、就職時、新しい仕事に就いたときや、子どもが生まれたときなどの人生の転機は学習意欲が増すなど、学習に適したタイミングがある、4)成人の学びは課題や問題に基づいて導かれるといった点に配慮し情報提供を行うことが大事。一般の人における科学リテラシーや遺伝のリテラシーといったことが話題になるが、大人に情報提供を行う場合、普段関心のないことを聞かされても学習効率はあまり上がらない。一方、実際に病気に直面している当事者は、多量の情報を真剣に学び吸収し理解する。そのパワーはものすごく、そうした人達に「難しい話はやめておきましょう」というのは失礼になることもある。
ライフサイエンスが益々発達し、情報も選択肢も増えてきている。以前は頑張るだけだったが、様々な選択肢ができ決断の必要性が生じたり、選んだことの責任も考えねばならなくなったりして、ややこしい世の中になってきたと感じることもある。いずれにしても、遺伝カウンセラーの仕事で大事なのは十分な情報提供。これが心理支援となる。世の中には、変えることができず引き受けていかなくてはならない現実と、対処して変えていくことができる現実があると思うが、その両者の境目は必ずしも明確ではない。変えられない現実を変えようとして苦しい思いをすることもあるし、変えられる現実に向かい合う勇気がないこともある。そうした中、人々が得た情報を上手に利用して現実とつきあっていく方策を考えたり現実を変える方向で努力したりすることができるように支援したい。そのためには、情報提供に際して双方向のコミュニケーションをもつことが重要。遺伝カウンセラーは来談者と話し合う(talk with)のであって、来談者に向かって話す(talk to)ではない。また、情報を説明する(一方通行)のでなく、その情報について話し合う(双方向)ことが大事。そうすることで、来談者がその人なりに情報を受け止めて利用していくことができるようになる。
人間は、自分で自分を助けることができるもの。悩んだり苦しんだりしている人に対し遺伝カウンセラーは、手を差し伸べて助けるのではなく、その人が自分で自分を助けられるように支援していく。本来自分で自分を助けるべきところを、代わりに手出しをして助けるのはおせっかい。カウンセラーとしては、えてして「思いやり」の名のもとに余計なおせっかいをしてしまいがちであり、このような姿勢から脱却したいと思っている。
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田村先生のお話 |
参加者のみなさん |
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話し合い |
は参加者、→はスピーカーの発言
- 出生前診断を受けるときに知っているべきことは何か→羊水検査の方法としては妊娠16週ごろから可能で、おなかの上から子宮に針を刺して羊水を吸い取り、羊水の中にある胎児の細胞を培養して、その中の染色体や遺伝子を調べる。検査のせいで流産などにより胎児が亡くなる可能性が300回に1回程度ある(米国の最近のデータでは、もう少しリスクは低いという意見もある)。超音波で子宮の様子を見ながら針を刺すので胎児を傷つけることは稀。遺伝子や染色体に関係のない心臓疾患などは見つけられない。人間に約5万個あると言う全遺伝子をチェックするのではなく、すべての病気を見つけるための検査ではない。中絶の是非についての議論はあるが、妊娠22週前には人工妊娠中絶が事実上可能。遺伝カウンセリングではこれらのことについてゆっくり話し合うことができる。出生前診断について考えたいときには遺伝カウンセリングを受けることが望ましい。
- 出産年齢のカップルの考え方はどんなものか→全く気にしない人はそもそも遺伝カウンセリングに来ないので、そういう人がどのくらいいるかはわからない。遺伝カウンセリングに来談される方の中では、障害を有する子どもを持つことに抵抗のある人もない人もいる。障害とひとくちに言っても、人によって、身体的な形態異常は構わないが知的障害は避けたいと考える人もいれば、知的障害はいいが身体的な形態の異常は嫌だという人もいて、人々の価値観は様々。地方か都市部かだけで一定の傾向があるわけでない。家族関係や経済的な状態、夫々の夫婦の性格や夫婦関係により異なる。病気をもつ子でも産みたいと思っていても周囲の家族と話し合う中で中絶する方向に考えが変わる人もいるし、逆のパターンもある。あまり深く考えずにダウン症を有する子どもは中絶すると決断する人はむしろ少なく、悩んで迷う人が多い。遺伝カウンセリングでは、中絶を断念してもらうことを目的としているわけではない。その人その人の決断を支えたいと。実際に、出生前診断を受けたいとか中絶も考えたいという人の意見を否定せず受け止めて聞いていると、話しているうちに落ち着き、中絶しない方向に行くことが少なくない。軽い疾患でも「中絶したい」と大騒ぎしていた人が、私がじっくり聞いていると、ひとしきり泣いた後でころっと考えを変えて「やっぱり頑張って産みます」という経験することもある。そういう人たちを見ていると、性善説といってはなんだが、障害児を受け入れましょう、中絶しないようにしましょう等と言わなくても、人間はそれなりに無理の無い範囲で人間的な決断をするものだなあと感じる。遺伝カウンセラー側が、中絶をしないように説得し始めると、来談者側は遺伝カウンセラーに自分の不安を理解してもらうことに注力してしまう。カウンセリングでは、来談者が自身の気持ちと向き合って自分はどうしたいのか、じっくり考える場を提供することが大事。だから、相手が何を言おうと否定しないで聞く姿勢が必要。
- これまでの経験で成功したと思ったカウンセリングは→この仕事は好きだが、病気を治せるわけではなく、遺伝カウンセラーにできることは少ない。私が何かしてさしあげることがあるというより、むしろ、人々が大きな困難に直面し涙をふりしぼって立ち上がっていく生き様を目の当たりにさせていただき、こちらが感動することが多い。そういう体験ができるのがこの仕事の醍醐味。でもそれはあくまでも人間の持つ力の凄さで、遺伝カウンセラーの力ではない。
- 子どもを育てた体験からいえることは、出生前診断より、育て始めると本当にいろんなことがあると伝えたい。障害児の親御さんに子育て中は助けられたこともある→出生前診断や羊水検査に対して反対運動をしている方たちは、ダウン症児は世の中に大事な存在だと主張している。私個人としてはこうした考え方も否定しないが、個々の来談者を尊重する立場のカウンセラーとしては、来談者にああしろ、こうしろという権利はない。どんな決断もあり得ると思う。その人がその人の価値観に沿って決めることが大事。決断はプライベートなもの。従って私は情報を淡々と伝える。ただ、その際に、今おっしゃったような意見があることや、ダウン症をもつ人々が世の中に存在することが大事だと思っている方々の意見の存在も情報として伝えることはある。個人の判断の基盤になっている価値観は社会からもたらされているので、社会が個人の価値観を育てるという視点は大事だと思う。
- 日米で、臨床の意思決定の場面の違いはあるか。米国は個人主義で、日本は家族主義など→アメリカで約200例経験したが、アメリカでも実に様々。例えばギリシャ系の人は個人主義というよりは大家族主義のこともあり、民族や宗教、文化的背景により様々。同様に日本人でも個人主義の人もいて、国によって一定の傾向があるとは思わない。ただひとつ感じることがあるとすれば、日本では、生まれてくる子どもに病気の可能性があるとき、カップル本人達ではなくその親世代にあたる人(子どもの祖父母にあたる人)が、カップル本人たちは気にしていないのに、内緒で来談し結婚や出産をあきらめさせようとすることがある。アメリカでも子どもの結婚や出産をやめさせたいという親がいるのは同じだが、「そうはいっても、子どもも、もう大人なので親は口出しできない」と感じて諦めることが多い。日本人はそう思わずに子どもに干渉しようとする人が少なくないのが、日本人らしい部分かもしれない。
- 日本の来談者は自分で決められないので決めてほしいという人が多いのか→難しい選択肢の決断に苦悩するのは米国人も同じ。日米の違いはない。遺伝カウンセリングで扱う選択肢はどれも重大で決断は容易ではなくい。なかなか決断できない状態とつきあいながら支援していくのが遺伝カウンセリング。
- 医療現場での遺伝カウンセラー、ソーシャル・ワーカー、心理カウンセラーの棲み分けや関係は→米国の遺伝カウンセラーもいろいろ。情報提供中心で心理カウンセリングは不得意な遺伝カウンセラーもいれば、心理カウンセリング中心の人もいる。私は情報提供も心理支援もするが、つっこんだ心理支援に関して心理カウンセラーに助けてもらうこともしばしば。福祉制度のことはソーシャル・ワーカーと相談し、心理カウンセラーやソーシャル・ワーカーが病気のことを私に尋ねることもある。いずれにしても、職種名ですべてを判断するのではなく、自分が勤めている病院にどんな専門性を有している人がおり、自分ができることは何で、自分はどの部分ができ、他の職種の専門性を活かすのはどこかをと知っておくことが大事。
- 遺伝カウンセリングは医療の場でどんな位置づけかを知り、その位置をきっちり守ることが大事だと思う。医療社会のパターナリズムを打破できるのは遺伝カウンセラーではないか。患者の目線に立ったカウンセリングをしてほしい。チーム医療の実現に向けて啓発するように働きかけるなど頑張ってほしい→東南アジアのほとんどの国には遺伝カウンセラーがいない。遺伝カウンセリングをしている人もいない。そういう環境に遺伝カウンセラーが登場することは比較的敷居が低い。一方日本では長年医師により、遺伝カウンセリングそのものは実施されている。なぜ、非医師の遺伝カウンセラーが必要のか、私自身考えあぐねることもある。医師が遺伝カウンセリングをしているのなら、遺伝カウンセラーの役目は何なのか、実はこのあたりの共通見解が得られていない。遺伝カウンセラーの必要性が理解できれば就職も増えると思うが、私自身、納得できる答えが見い出せていない現状。
- 医者は接してくれる時間が短く、質問しづらいので、代わりに看護師に話すことがある。そういう役目を遺伝カウンセラーがすればいいのではないかと思う。
- 医者が決めるのがパターナリズムだとすると、それは脱却してきたように思われるが、医療従事者が患者を助け過ぎるのもまたパターナリズムではないだろうか。
- 田村さんは凄いフロントランナーだと思った→個人としてたまたまよい遺伝カウンセラーがいることより、遺伝カウンセリングとは何なのか、皆で考えていくことができるような社会になるとよいなと思う。
- 3省指針は研究における遺伝子検査を対象としており、遺伝カウンセリングの定義が含まれるのは適切でないと思う→確かに。今の日本の臨床現場において、遺伝カウンセリングがどのような位置づけとして捉えられるか、まだよくわからない。私が米国に留学し遺伝カウンセラーの勉強をしたときには、日本には遺伝カウンセラーの制度はなく、自分自身が帰国後遺伝カウンセラーになるつもりはなかった。学んだ情報を日本で遺伝カウンセリングをしている医師たちに伝えることができればよいと思っていて、急に遺伝カウンセラーの制度ができるとは思っていなかった。ところが国立大学の独立行政法人化の波にのり、学生集めと外部資金導入のために魅力的に見える新しい人材育成コースとして、短期間に7大学院で遺伝カウンセラー養成講座ができた。これは喜ばしいことのようにも思えるが、いかんせんすべて文部科学省行政の一環で、臨床現場に直結した厚生労働省行政の動きは鈍い。賛否はあると思うが、各学校にスクールカウンセラーを配置することを文部科学省が決めたように、厚生労働省が主要医療機関に遺伝カウンセラーを配置すること決める等の動きがあれば遺伝カウンセラーの活躍の場が増えるかもしれないが。
- 総論と各論のギャップが大きく、一般論として旧来の倫理観で考える時と、いざ自分や家族に関わることについて考える時は大違い。凄い仕事だと思った。
- 遺伝子診断の価格は→乳がんになりやすい体質を調べる検査は約40万円、ハンチントン病(多くは成人になって発症する神経難病。親から子に遺伝する確率は50%)は、5万円から高いところでは20万円を超えることもある。
- 羊水検査の実態は→年間約1万件行われていると言われている。全妊婦の約1%前後。
- 私は遺伝カウンセラーになるための勉強中。今日のような話を一般の方々が聞いてどのように思われているのか知りたくて来た。皆さんの「頑張ってほしい」という声に励まされた。
- 遺伝カウンセラーになるための勉強中。就職は不安だが、いい遺伝カウンセラーになろり、よい社会づくりに貢献したい。
- 遺伝カウンセラーという仕事があるのを初めて知った。保険適用になるのかはどんなとき→既にある疾患が発症しているときの疾患の診断や治療に関する情報提供やその疾患の遺伝の相談は、遺伝カウンセリングを診療の一環として受けられる場合もあり、保険適用になる
- 高校で生命倫理を教えたいという先生が多い。自分のリスクは想像できるつもりでいたが、個人の問題が多いことを知り、高校で扱うのは難しいと思った。この分野の教育をしている人は少ない。どんな教育を誰がどうやってするのか。悩みが増えたが、面白かった。
- 生命倫理を教材に取り入れたい高校の先生がおられるように感じるが、本当の意味が余り理解されていないような気がすることがある。
- 高校の授業では、生物、倫理社会などとどういう関係にあるのか→高校の授業などで、出生前診断の問題などを学び、単純に障害児差別や中絶はよくないと教えられていることがあるが、個人個人の問題はそう単純ではない。十把ひとからげに障害や中絶を一定の価値観で決め付けるのはいかがなものか。多くの高校生にあまり切迫感がなく、なかなか想像が至らないことも多いのではないか。現実を知ることが精一杯というところもあるかもしれない。
- どんな人が談話会に参加しているのか知りたかった。遺伝カウンセリングは必要だといわれるが、就職できないギャップに疑問を感じている。
- 私の母国の台湾では、遺伝カウンセリングはまだ余り行われていないと思う。
- 会社をやめて今年遺伝カウンセラーコースに入り1週間。もっと勉強しなくてはならないこと、カウンセラーの力量が問われることがわかった。今は自分の価値観で話をしそうだが、主観を入れずにカウンセリングできるようになりたい。
- 遺伝カウンセリングを学んでいる。今日は参加者からエールをもらった。バイオの立場からは、遺伝子診断は生命の選択とみられていると感じた。啓発活動が大事。
- 30年前、子どもを授かった当時は難しい決断する必要がなかった。最近、娘が結婚したので、どんな判断するのか不安を感じたりした。
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