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シンポジウム 「リスクコミュニケーションの現場〜バイオ企業における社会的責任」 開かれる(バイオジャパン2007) |
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パシフィコ横浜で開催されバイオジャパン2007において、2007年9月21日セミナー「国民理解」が開かれました。リスク心理学を研究されている中谷内一也氏がコーディネーターとなり、国内外のふたつのバイオ企業から遺伝子組換え技術などをめぐる市民とのコミュニケーションの事例が紹介されました。さらに、最後にはリスク認知に関する新しい知見が紹介され、時宜を得たシンポジウムでした。
ノボザイムズジャパン株式会社 代表取締役社長 ラース・ハンセン氏
ノボザイムでは遺伝子組換え技術を用いた微生物によって酵素を製造している。この技術に対しては、不安や懸念を抱く市民が多い。
企業が行うリスクコミュニケーションにおいて重要なことは、次の3つ。
1)透明性、2)責任感、3)コンプライアンス(法の遵守)
上記の3つの項目において、幅広くステークホルダーと連携していくことが共通して重要である。ステークホルダーには有識者、顧客、地域コミュニティ、投資家、NGO、サプライアー、社員、一般市民など、様々な人がいるので、ケースによって、対象とするグループを絞りこむことも重要である。今日は、ふたつのケースを紹介する
ケース1 教材の作成
DNAや遺伝子組換え技術に関する偏った議論が世間にあることから、若い人と環境保護NPOを対象に絞った計画をした。具体的には、デンマークで最も信頼が置かれている環境保護団体と協力して、DNA、遺伝子組換え技術に関する高校生向けの副教材を作成し、高等学校などに配布した。また、専用のウェブサイトを構築し、学生が科学者などと自由にコミュニケーションできる場を提供した。
これは3年間の活動であったが、かなり反響を呼び、副教材は今でも学校で使われている。この試みにより、遺伝子技術に関する議論の偏りがかなり是正されたと考えている。 また、活動を通じてNPOとの信頼関係を構築することができた。
ケース2 抗生物質耐性マーカーに対して
抗生物質耐性マーカーを使うと、環境微生物に抗生物質耐性が移行するという不安を持つ市民がいる。
実際には、封じ込めた環境で利用しているので、その心配はないが、大学と、環境微生物相の調査や交雑頻度に関する大規模な共同研究を行った。ピアレビューのある学会誌で、論文発表を行った。
一方、市民の懸念を考慮し、大きなコストをかけて抗生物質耐性マーカーを使用しない方策も講じた。
市民の不安を払拭する科学的知見を蓄積することと、市民の不安に応える方策を講じる、ふたつの局面からのリスクコミュニケーションであったと考えている。
味の素株式会社 品質保証部長 木村毅氏
わが社が経験したふたつの事例とその対策、経過を紹介する。
ケース1 蛇肉使用のうわさ
1917年、「味の素」を作るときに蛇の肉を使っているといううわさが流れ、当時の雑誌等にもとりあげられた。
誤解をとくための新聞広告を行ったり、工場見学会を開催したりしたが、なかなか信用は回復しなかった。1923年の関東大震災時、「味の素」の原料である小麦粉を大量に提供したために、小麦粉が原料であることがわかり、そのことから、グルタミン酸は小麦粉から作られていたのだという事実が受け入れられるようになった。
ケース2 科学的安全性問題
「味の素」が使われた中華料理を食べると顔がしびれたり、体が熱くなったりするという「中華料理症候群」の報告や、マウス新生児への大量注射が脳に障害を起こすとの学術報告があった。その結果、幼児食におけるグルタミン酸使用を控えるようにという指導が1970年に米国で発表された。この記事が日本の新聞に掲載された。
残念ながら、わが社では、そのときに初めてアメリカの状況を知ったために、リスクコミュニケーションとしては後手、後手になってしまったというのが、事実。
大規模な実験を重ね、科学的根拠に基づいた反論を行った(幼児でも代謝できること、ネズミの新生児は実験動物の中でも感度が高いこと、経口摂取のうち5%しか腸からは吸収されないこと、臨床試験では「中華料理症候群」の症状を再現できないことなど)。
1987年 FAO/WHO合同食品添加物専門委員会で、摂取上限と幼児への使用禁止がなくなった。
しかし、長期間にわたる負のイメージの払拭は難しく、現在に至っている。食品メーカーが食品添加物不使用などの表示を使って、自社製品の差別化を図っていることも問題解決を遅らせているのではないか。
過去の事例の教訓として、1)早期の情報入手、2)各段階における適切なリスクコミュニケーション、3)信頼できる科学データの重要性、4)情報を出すタイミングの判断が重要であると考えている。
帝塚山大学教授 中谷内一也氏
リスクコミュニケーションの成功と失敗は情報源やリスク管理責任者への信頼性に大きく依存する。
高い信頼は、能力の高さ(専門性)、偏っていない視点(公平)の主にふたつの要素に対する評価に依存していることから、外部評価委員会設置が信頼改善によいと考えられてきた(「伝統的信頼モデル」という)。
最近になって、相手との価値観の共有という視点が出てきた。伝統的信頼モデルにおいては、自分にない能力を持つ人を有能な専門家を信頼すべき相手と認めていたが、これでは価値観は共有できない。そこで、共通の価値観を持つ情報源に対して、人は信頼を抱くのだという新しいモデル(SVS: Salient Value Similarity model of Trust)が提唱された。
私はスベトコヴィッチとともに伝統的信頼モデルとSVSモデルを統合するモデルを提案し、つい最近、この論文の掲載が認められたところである。
それは、人は個人にとって重要な問題に対してはSVSモデルにそって信頼するがが、個人にとって関心が薄い問題に対しては伝統的信頼モデルにそって信頼するというものである。
具体的には、以下のような実験を行った。花粉症緩和米を題材にして、花粉症緩和米に関心のある人とない人を分けた上で、農林水産省、厚生労働省にどれだけ任せられるかという質問をして信頼を測定した。その結果、関心の高い人は価値の共有が信頼に結びつき、関心の低い人の方は公正さや専門性で信頼していることがわかった。
この考え方でいくと、ビジネスにおいて、顧客はその会社の製品やサービスに関心を持っているわけであるから、SVSモデルで信頼が決まると考えるのが妥当ではないか、ということになる
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質疑応答と意見 |
は参加者、→はスピーカーの発言
- 抗生物質耐性マーカーに対して市民が懸念を抱くことから、これ以外のマーカーを開発・使用するというのは、コストをも配慮したリスクコミュニケーションを目指すことを目標とするとき、市民の抱く不安から逃避していくことにならないだろうか→実際には、抗生物質耐性マーカーを用いない方法と、抗生物質耐性マーカーを使用する方法の両方の研究・検討を今も続けている。今は、抗生物質耐性マーカーに対する市民の受容が熟成していない段階であること配慮して、コストをかけて使用しない方法をとっている。抗生物質耐性マーカーのリスクが市民に正しく理解されることが重要であると、私たちも考えている
- 子供たちを巻き込んだ農業体験を行っている。リスクコミュニケーションにはそのような参加体験型のイベントがふさわしいと思う。
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