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第33回バイオカフェレポート
「はしか(麻疹)〜なぜ今、若者の間で」 |
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8月24日(金)、茅場町サン茶房にてバイオカフェを開きました。お話は国立感染症研究所情報センター長 岡部信彦さんによる「はしか(麻疹)〜なぜ今頃若者の間で」でした。だれもがかかる人生の通過点の病気のように思っていた「はしか」の怖さを、参加者は再確認しました。そして何よりも、はしかによる後遺症や死亡をなくしたいという岡部先生の思いが、優しいユーモアを交えたお話から伝わってきました。始まりは、清水美保さんによるバイオリン演奏。
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バイオリンの豊かな澄んだ響き |
岡部先生のお話 |
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お話の主な内容 |
はしかは誰でもかかる病気じゃあなかった?
はしかへの人々の認識は、「一度かかると強い免疫がつくので予防接種よりも実際にかかった方がいい」、「人生の通過点。初恋のようなもの」と必ず治る病気のように考えている人が多い。はしかにかかってもうまく治って大人になった人は丈夫な人で、当時その周りには、肺炎などで入院したり、後遺症を残したり、亡くなった友達がいたはず。はしかは死亡や後遺症が怖い病気で、途上国では大問題。肺炎、エイズ、下痢、結核、マラリア、はしかと世界の子供が死ぬ病気のひとつ。世界中で、はしかを減らし、はしかによる死亡を減らそうとしている。国内のはしかをほぼゼロにした国も増加している。
日本の歴史の中のはしか
日本では6世紀にはしからしきものが流行したとの文献があるが、「麻疹(はしか)」ということば出てきたのは、室町時代。
はしか絵とよばれる江戸時代の浮世絵を見ると、1800年代、はしかは20−24年間隔で流行しており、大人も子どもも一斉に罹った。「命定めの病気」と言われ、いろいろなまじないがされていた。例えば、飼葉桶をかぶせるといいというものなど。はしかになると、安静、体を温め、食べていいものといけないものが決まっており、治っても半年は安静など、厳しい制限があった。全快すると酒盛りするほどめでたいことだった。
症状と感染
潜伏期が10-12日。発熱と咳が2−3日続き、ちょっと良くなったかなと思われるような時に、頬の内側にコプリック斑といわれる白いぷつぷつが出る。翌日くらいから高熱になり、耳の後ろから発疹が現れ、全身に拡がる。1週間ほど、高熱と激しい咳が続く。今もはしかそのものを治療する手段はなく、水分などを補給し全身状態を見ながら自然経過で治るのを待つしかない。熱が下がるのに、1週間、体力の回復にあと1週間で、少なくとも2週間はつらい思いをする。
困ったことに、熱の後に、はしからしい発疹が出るまでに時間がかかるので、はしかと気づく前に周囲の人にうつしてしまうことが多い。また、免疫低下状態が数週間続くので、発展途上国の子供には、はしかがなおった後、HIVや結核が急に悪化することがよくある
感染経路は、空気感染で感染力が強い(例えばインフルエンザは飛沫感染)。インフルエンザは一人から2−3人にうつるが、はしかは10-15人にうつす。
合併症としては、肺炎6%、脳炎0.1%、死亡0.1-0.2%、中耳炎などがあり、発展途上国だと死亡率は1−2%以上になる。10万人にひとりくらいだが、脳細胞にはしかウイルスが潜み5−10年後に発病する亜急性硬化性全脳炎(SSPE)という病気になることもある。これも治療法がない。私は小児科になりたてのころ、SSPEの患者さんに出会ったがなおす術がなかったことが、私のはしか撲滅への思いにつながっている。
予防
はしかは治療薬はないが予防注射(ワクチン)がある。免疫がなければ大人もはしかにかかる。ワクチンを受けていれば、たとえ免疫が低下してきても、ひどい症状にはならない(軽いはしかで自分ではしかとわからないことがある)が、感染源にはなり得る。
日本では、1976年、麻疹ワクチンの定期接種が始まった。これは世界でも早い実現で、ワクチンを受ける人が増えると共に次第にはしか患者数、死亡者数は減ったが、時々小さい流行の波はある。
日本での流行と世界の状況
はしかの予防接種は1歳で受けられるが、数年前、実際に1歳で受ける人は50%程度だった。2-3歳になれば接種している人は70-80%に達する。しかし、2000−2001年にはしかの小さい流行の波が訪れ、1歳児やその前後の乳幼児を多く含む20―30万人がはしかにかかった。そこで、「1歳になったら、はしかのワクチンのプレゼントをしよう!」キャンペーンを展開し、おかげで、1歳の接種率が50から89-90%にあがった。その結果この数年間で子どものはしかは激減した。
世界の状況をみると、南北アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、韓国などははしかがほとんどなく、多いのは、アフリカ、中国、日本、パプアニューギニアなど。
1996年から2006年にアメリカのはしか患者を調べたところ、国内でのアメリカ人の発症はほとんどなく、海外から持ち込まれたものだった。その中のトップは日本。日本は車やオートバイと共にはしかの輸出国といわれてしまった。米国は国内の年間患者数は数十人単位だが、日本は20-30万人で、輸出国と呼ばれても仕方がない。しかし「1歳になったら」のキャンペーン後、2005、2006年の日本からのはしかの輸出の数はゼロになっている。
WHOは麻疹排除目標を設定した(排除elimination とは、国内のはしかがほぼゼロで、外国などから持ち込まれてもそれ以上拡がらない状態)。南北アメリカはすでに達成している。地中海と欧州地域は2010年を目標にしている。日本、中国、パプアニューギニアなどが含まれるWHO西太平洋地域では、2012年を目標とし、このうち韓国は2006年すでに達成した。
2回の予防接種
はしかのワクチンは1回接種すると効果は一生に及ぶのではといわれていたが、幸いにはしかが少なくなってくると、今度は免疫の記憶が次第に薄れてくることがあることがわかってきた。免疫機能も、時々復習をしないと持たないらしい。また予防接種は100%の効果はなく、優秀なはしかワクチンでも数%ほど免疫の出来ない人もいる。また、忘れてしまったりきっかけを失したりで、ワクチンの受けないままでいる人も1割くらいはいる。そこで日本では、はしか対策の強化として、昨年から、1歳の時と小学校入学前の1年間に2回、はしかワクチンを接種することにした。この時に風疹の対策も行うこととして、はしかと風疹の混合ワクチンが主に使われるようになった。日本は昨年から2回接種が行われるようになったが、実は世界で、はしかワクチンの2回接種を実施している国は、既にWHO加盟国の89%に達している。
予防接種というと、副反応を心配する声がある。確かにない方が良い。しかし病気のときは多少の反応が出ても今の症状を改善したいと思って治療を受けることもあるがが、ワクチン接種は健康なときにやるので、たとえ1日程度の発熱や、発疹程度でも、心配の種になってしまう。しかし、はしかに本当にかかるとかなり重い症状になり、今でも治療法のない死に至る可能性のある病気であるという怖さを考えてもらいたい。2回目の接種で副反応の発生率が高まることはなく、むしろ1回目よりも低くなる。
2007年のはしかの流行について
2007年の流行では大学が休校になり、話題になった。確かに20代前後の若者に多く見られたが、こどもはあまりかかっていなかった。これは、「1歳になったら・・・・」キャンペーンの明らかな効果で、ワクチン接種率が良くなったために防ぐことが出来たと言える。しかし、高校、大学生では、子ども時に受け損ねているままの人10%、接種しても免疫のつかなかった人2−3%、そして次第に免疫が下がった人10%を併せて、およそ2割の免疫を持っていない人が集団として生活をしているために、そこにはしかウイルスが入り込んで広がったと考えられる。しかも彼らの行動範囲は乳幼児と違ってはるかに広い。そのため、関東での発生は、沖縄や北海道、そしてカナダやアメリカ、台湾などに持ち出した。
日本のはしか対策
日本では、小さい子どもたちへの対策は昨年から進んだ。しかし今回の高校生大学生のはしかの流行は、このままにしておくと2−3年後にはまた同じ現象が起きるだろうと考えられた。この轍を踏まないため、そして日本も海外同様はしかをゼロにすること(はしかの排除:elimination)を目標にして、今後5年間、中学1年と高校3年の年齢にも、はしか、そして風疹のワクチンを接種する方針が立てられた。この時もはしか風疹混合ワクチンを使うので、受けるのは1回でよい。
2007年、大学で流行がみられたが、医学部、看護学部の学生には、ここ数年間実習前にワクチン接種をする学校が増えており、今回医学部看護学部では集団発生はなかった。教育実習などのある学部は、ぜひ見習ってほしい。
最後に
はしかは、個人にとって重い病気になるという問題の他に、確かに免疫があれば軽い症状ですむことがあり、弱者への感染源になるということにも思いを馳せてほしい。また、国際的には、日本ともあろう国がまだはしかがいるのか、しかもこちら(海外)に持ち出している、という目で見られていることも知ってほしい。WHOははしか排除運動を始めている。天然痘、ポリオ根絶運動が世界で始まったとき、日本にはすでに両者ともなく、「良い子」でのスタートだったが、はしかはかなり遅れてのスタートとなる。しかし、これからでも十分間に合う。はしか対策の重要性をぜひご理解頂きたい。
はしかの怖さを知ってほしい。新型インフルエンザやSARSなどの流行がない、落ち着いている時にこそ是非、はしかのワクチンを受けてほしい。
ところではしか対策は、外国がやっているから仕方なく見習ってやっているのではない。日本にすんでいる子どもたちをはしかから守ることがもっとも大切なことで、はしかなどで辛い思いをしたり、後遺症に悩んだり、命を落とすことなどなく、過ごしてほしい。
江戸時代のはしか絵には、はしかから治って嬉しくってどんちゃん騒ぎをしている様子が描かれている。今は罹らないですむ方法がある。2012年は「はしかゼロの祝いの酒盛り」を、ぜひバイオカフェでやりましょう。
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会場風景 |
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話し合い |
は参加者、→はスピーカーの発言
- 1回接種でOKといわれて育った20代の人たちはどうしたらいいのか。免疫検査と接種で13,000円かかり、大学生や院生には痛い出費→空白の年代への予防接種の費用を国が負担すると、13,000円の120万人分の予算が必要で、この予算がなかった。一方、ある大学で対象者に対し大学負担(無料)でワクチン接種を勧めたが、受けたのは半数だったという、費用だけでは解決できない問題もある。また日本は国産ワクチンを使っているが、すべてに供給できるワクチンの生産能力をあげるためには、メーカーは施設投資が必要。しかし、5年で空白の年代への予防接種は終わってしまう。施設投資の回収ができない。海外のワクチンを買うと、日本の治験に3-7年かかる。また、日本が買い占めると発展途上国にワクチンが回らなくなる、など様々な議論があった。
- ワクチンの新しい工場導入に企業が魅力を感じないのは国内には5年毎しかマーケットがないからだと思うが、輸出してはどうか→大変よいご意見。だが日本のワクチン会社は海外に売り出せる力がない。ワクチンを開発する技術は今あっても、その治験を行ったり、製品化していく土壌も弱い。
- ワクチンの薬価は安いのか→日本のワクチンは、ガラス瓶、栓などに至るまで厳しい基準がある。それ自体は良いことだが、国際価格という点では競争にならないともいえる。
- 市民の口コミの力が、日本のワクチン開発を抑圧しているのか→例えば、ポリオワクチンの改良をしたが、治験に参加してくれる人を探すのが大変。科学を育てる土壌が出来上がってこないと、研究、開発、進歩は難しい。もちろん出来るだけ安全に、オープンに治験を行う必要があり、国内の治験の仕組みにも改善を加えていく必要がある。良いものは誰かがいつでも与えてくれるのではなく、作り出さなくてはいけない。
- 予防ワクチンの効果はどうすればわかるのか。たまたま病気にならなかっただけかもしれない→よい質問!病気はよくなったことで評価できるが、ワクチンは予防なので、その病気が既になければ評価が難しい。血液中に免疫が出来あがったかどうかを指標にするしかない。
- 一般の人はこういう話をどのくらい理解できるか→すべての一般の人一人一人に説明をすることは難しい。メデイアの力はその点大きい。従ってメデイアの方々に、普段から理解をして頂いておく必要がある。そうでないとあることが起きても、どのように取り扱うか正しい判断が出来ない。そう思って情報センターでは月に1回、メディアとの勉強会をしているが、メディアの方の理解は進んでいると思う。今回のはしかの流行でも、不安を煽るような報道トーンはなかったと思う。また、どこに問題点があり、どのような対策が必要かについて、後押しして頂いた感がある。(最初の質問に答えを挿入しました)
- はしかにもインフルエンザのようにいくつかの型はあるのか→インフルエンザは同じ種類の中でも型がどんどん変化する(抗原が変化する)。はしかは、ウイルスとしては一種類であり、またその抗原は安定度が高い。しかし、細かい遺伝子構造は少しづつ変化が見られる。したがって、たとえばどこから来たはしかであるかということがわかる。米国が輸入例であるといったはしかは、米国には珍しい遺伝子型であり、made in Japanといわれた。ワクチンは、インフルエンザのように毎年作り替える必要はなく、以前のウイルス株を原材料としていても、現時点では問題がない。
- はしかにはどうして治療薬がないのか→抗生物質は血液、膿の中の菌を攻撃する。ウイルスは細胞に入りこむので、ウイルスを攻撃すると一緒に細胞も攻撃してしまい、生体も一緒に参ってしまう。つまり、副反応が大きい。もちろん抗ウイルス薬の開発は進められており、抗ヘルペスウイルス薬、抗インフルエンザウイルス薬、抗HIV薬などが市場に出ている。
- はしかの治療薬を開発すると莫大な費用がかかるので開発されないのか→治療薬を莫大な投資をして開発するより、1回5,000円の予防接種で防いだ方が安くすむと私は思う。
- 治療薬を開発するより、はしかにかからない方がいいという考え方ですね→イエス
- 天然痘ウイルスは撲滅された。そのウイルスは海外の研究所にあるだけか→イエス。
- 孫からはしかがうつるのではないか不安。はしかにかかった記憶はないが血液検査をしたらかかっていたといわれた→病気の記憶がはっきりしないのかも知れませんが、病気にならず免疫をもらった運のいい人なのかもしれません。免疫があれご心配いりません。
- 免疫力があがるとかかり難いのか→イエス。免疫が下がってくれば罹ることになる。将来は、「還暦のお祝いにはしかワクチン」もあるかもしれない。自然界の病気の流れで、感染症と予防はもぐらたたきみたいなところがある。
- 南北アメリカがはしか撲滅に成功したのはなぜ→学校法できちんと予防接種をすませておかないと、原則として入学ができないとしている。公衆衛生という考え方の強さの表れである。韓国も同様である
- こういう話を保健の授業でやってもらいたいです→私も広めていきたいです。
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