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神戸酒心館バイオカフェレポート 「バイオテクノロジーの歴史とこれから〜お酒から薬まで」 |
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1月27日(土)、神戸酒心館で、神戸酒心館、神戸サイエンスカフェ、NPO法人くらしとバイオプラザ21共催でバイオカフェを開きました。
お話は(独)製品評価技術基盤機構の佐藤元さんによる「バイオテクノロジーの歴史とこれから〜お酒から薬まで」でした。
始まりは、神戸女学院大学卒業生の中村公美さんと田原口安代さんによるコントラバスとバイオリンの演奏。普通はコントラバス、チェロ、バイオリンの組み合わせですが、高音のバイオリンと音域の広いコントラバスを組み合わせた演奏でした。曲目はベーベンのメヌエット、冬の夜(日本歌曲)など。
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コントラバスの音域の広さは魅力的 |
広い酒蔵に大きな紙芝居を使って
話される佐藤元さん |
「バイオテクノロジーの歴史とこれから〜お酒から薬まで」 |
(独)製品評価技術基盤機構 佐藤 元さん
バイオの歴史1(微生物の発見)
バイオテクノロジーとは生物技術の学問のこと。
紀元前4000年 エジプト 酵母を使ってビール、パン、ワインが作られた。これらは偶然、こねた小麦粉やぶどうジュースが発酵して生まれたと考えられている。
最初の品種改良 ペルー人がジャガイモの品種改良をした 早く収穫したい、寒さに強いという目的を果たすためにジャガイモの品種が改良された。
1632年、ルーエンフックが顕微鏡を発明(洋服屋が生地の品質チェックに顕微鏡を発明)、ヒト赤血球、口腔微生物も発見。顕微鏡を持ち歩いて色々な物を見る変人だったらしい。
1822−95年 パスツール 狂犬病ワクチン発明、パスツリゼーションを発見(65度30分だと牛乳は香りよく殺菌できる)、生物の自然発生説の否定(自然発生する生物はいない、カビは首曲がりフラスコの肉汁を過熱すると、上から胞子などが落ちてこないのでかびない)
ローエンフックとパスツールにより微生物の存在をヒトは知った
バイオの歴史2(遺伝の法則)
メンデルはエンドウ豆を使って、遺伝の法則を見つけた。
フレミングは、微生物学者で、アオカビが微生物を殺す物質(抗生物質であるペニシリン)を出しているのではないか、と考え、抗生物質を発見した。
バイオの歴史3(分子生物学の始まり)
ワトソン、クリックの二重螺旋構造発見が遺伝子の正体はDNAであることの決め手となった。
コーエン、ボイヤーは初めての遺伝子組換え実験に成功した。この後、分子生物学、遺伝子工学の爆発的発展を遂げた。
1977年、サンガーはDNA配列の解析方法の発見。この方法は今も用いられている。
2003年、ヒトゲノム(生命の設計図)が解読された。その量は31億文字(新聞31年分に相当する)
クローン羊ドリーが誕生し、絶滅種の復活、ペット猫のクローン化などに利用されている。
遺伝子組換え食品が誕生し、腐らないトマト、涙の出ないタマネギの研究が行われている。
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質疑応答 |
は参加者、→はスピーカーの発言
- 組換えと交配の違いは何か→交配は近縁種をかける。組換えはヒトが行う。
- モモタロウは夕顔の接木だそうだが、これは組換えか→組み換えではなく、クローン技術
- 遺伝子組換えの成功の確率は2−3割か→ずっとずっと低い
- クローンは、お母さんとお父さんが同じということか→ドリーは乳腺の細胞からできた。お父さん、お母さんから生まれたのではない。
- ドリーの両親の遺伝子をもっているので、両親が祖父母ということになるのではないか
- 一卵性双生児は遺伝子は同じだが、指紋は同じか→ヒトの指紋は汗腺の並び方で決まり、遺伝子で決まらない。人には遺伝で決まる要素と環境で決まる要素があるので、後天的に決まる部分は一卵性双生児でも同じではない。
- ゲノムとDNAの違い DNAは化学物質の名前。ゲノムは概念的なもの
バイオテクノロジーの産物1(発酵とワイン)
発酵技術はバイオテクノロジーのひとつ。
微生物が物質を分解するとき、人間に都合のよいのが発酵、都合が悪いのが腐敗
発酵とは、栄養素を腐敗菌に食べられる前に、先に発酵菌に栄養素を食べさせ、人に都合のよいものを作られること。
ワインは、ブドウ果汁を発酵させてつくる。
皮や種と共に発酵させると赤ワイン、果汁だけで発酵させると白ワインになる。
ワインは糖を食べる酵母がアルコールを作り出す。醸造中は酵母や乳酸菌が増えたり減ったりして、おいしいアルコール度と酸味がまじりあったところでできあがりとなる。
ワインの主な成分はブドウ糖、果糖、酒石酸、リンゴ酸、アミノ酸など。
貴腐ブドウ:貴い腐敗。ブドウにカビが生えて、皮に穴があき、水分が抜けてしまい、この果汁を発酵させると甘いデザートワインができる(ドイツなど)
バイオテクノロジーの産物2(日本酒)
原料のコメの主成分であるでんぷんを麹菌(かびの一種)がブドウ糖に分解し、ブドウ糖を酵母がアルコールにする。でんぷんはブドウ糖の長い鎖であるので、これを麹が短く切るとブドウ糖ができる。
この工程で、亜硝酸菌、産膜酵母、球状乳酸菌、桿状乳酸菌、清酒酵母が増えたり減ったりして、微生物層は複雑に変化する。そこで、乳酸、糖分、アルコールがつくられる。日本酒の造り方はワインに比べると、複雑。微生物の変化からみても、大変に複雑であることがわかる。
日本酒はおいておくと、白くすっぱくなることがあるが、これは乳酸菌が原因。できあがった日本酒を低温殺菌して乳酸菌を殺したり、乳酸菌の餌になるメバロン酸を作らない麹を使うことで防げる。
NITE(独立醸成法人製品評価基盤技術機構)の紹介
私の属するバイオ部門では、微生物の図書館(ライブラリー)を作り、微生物のゲノム解析をしている。麹菌のゲノムを解析した2005年にはネイチャー誌に掲載された。
酵母では「きょうかい7号」のゲノム解析を行った。その結果、実験室の酵母とお酒を作る酵母は97%、ゲノムが一致していたことがわかった。このような研究成果から、杜氏の仕事を分析できるかもしれないと思っている。
NITEでは、微生物の収集、解析、保存、分譲を行っている。保存が役立った話として、第二次大戦で失われた沖縄の黒麹が、東大に保存されていたことがわかり、1999年に「昔の泡盛」がよみがえりニュースになったことがある。
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共催したサイエンスカフェ神戸の伊藤真之先生(神戸大学) |
くらしとバイオプラザ21からお礼のことば |
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質疑応答 |
は参加者、→はスピーカーの発言
- 麹菌のゲノム解析をもういちど説明してください →麹菌はゲノムサイズが大きく大変だったがNITEがそれをし遂げた。私たちは父と母の遺伝子をもらうが、麹は遺伝子が一セットで父母はいない。同じものばかりが増えていき、品種改良ができない微生物だった。そのゲノムを調べられたので、組変え技術を応用して品種改良ができるようにしたい
- 酒、醤油を作る麹菌は違うそうだが、今回解析したのは、どんな麹菌か →麹菌はアスペルギウス属の仲間。今回は清酒用の麹の解析をした。
- 他にゲノムを調べた菌類はあるのか →約200の微生物が調べられている
- ゲノムサイズが大きいとは? →麹菌のゲノムは納豆や乳酸菌の約10倍でヒトの約100分の1。現在は、ゲノムサイズの小さい微生物の解析は1日でできる(昔は1−2年かかった)。
- DNAと染色体に関係 →ゲノムということばは概念的なもので、その実態はDNA。DNAはDNAは核酸という物質が数珠つなぎになったもの。染色体はDNAが何重にも折りたたまれたもの。
- お酒の分類の復習
- お酒の種類をもう一度説明してください →醸造酒(単発酵と複発酵)、蒸留酒(ワインを蒸留するとブランデー、ビールを蒸留するとウィスキー)、混成酒(リキュール)がある。
- 複発酵のうち、単行複発酵はビールのように、でんぷん →糖、エタノールと2段階の発酵だが、並行複発酵(紹興酒、日本酒)ではふたつの発酵が同時に起こっているので複雑。
- アルコール度数の高いビールはできないか →酵母をがんばらせるために研究者ががんばることになる。高い糖度の中で生き残れる酵母があって、全てアルコールにできると度数があがるが、普通は死んでしまう。生き残れる酵母をみつけてスパルタ教育をすると度数があがる。日本酒が20度にできるのは並行複発酵で麹が少しずつ糖にかえて酵母に与えるので酵母が知らないうちに20度にまであがる
- ワインはなぜ14度なのか →ブドウ果汁の糖度は20度前後で、それがアルコールに変わると14度程度になる。貴腐ワインは糖度が高いブドウ果汁に性能の高い酵母を使ってアルコール度数をあげる。
- イースト菌が分解したものが発酵食品だとするとイースト菌の排泄物がお酒ですか →微生物の排泄物が毒だと腐敗で、排泄物がおいしいときは発酵だといえる。排泄物と聞こえは悪いが、ヒトの排泄物は、有機農法では微生物にとって餌になる。
- 灘の酒は「なだ5号」という麹?を使っていてアキバレの酒と呼ばれ、秋に極上の味になる。麹の作り方がそれぞれの蔵で異なっていると聞いている。今日のお話は杜氏の話を関係していて面白かった。今後、清酒作りに研究成果を活かす予定はありますか →きょうかい7号酵母は広島の酒類総合研究所などと共同で解析した。今後、日本酒業界と連携しさらに研究を進めていきたい。
- お米の中にブドウがあるのか →ブドウ糖は砂糖の種類の名前で、お米をかんで甘くなるのは、お米のでんぷんがブドウ糖に変化するから。
- 伏見は夏がおいしく、灘は夏越えてからがおいしいときいている →灘が酒の聖地といわれるのは、醸造用の水が酒造りに向いているから。灘の水は、麹菌の生育に向いている。また、酒の変色の原因である鉄分が少ない。
- お酒が好きなので、二日酔いしない酒を遺伝子組換えで作ってほしい。→二日酔いはお酒を分解するヒトの体の問題なので、酒を変えても二日酔いをしないようにはできないでしょう。
- ワインの酸化防止剤で頭が痛くなるが →酸化防止剤は頭痛の原因ではない。
- 日本酒の酸化防止にサリチル酸が入っていると聞いたが →熱処理で酸化を防止しているので、サリチル酸は入っていない。
- 度数とパーセントの違いは? →%は科学的な単位で、度数はプルーフの翻訳。
- 蒸留で度数をあげられるのか →蒸留するときにどの成分を標的にするかという問題がある。アルコールだけをねらって蒸留すれば99%だってできるはず。
- ブラジルでタロイモからバイオエタノールを作るそうだが日本で芋からバイオエタノールを作って自動車に使えるのか →日本でもプロジェクトが動いている。エタノールを効率よく作る酵母の開発が必要になる。トウモロコシの葉のでんぷんを麹が分解し、酵母がエタノールにすればいいので、バイオ燃料のエタノールには食物にならない作物も原料にできる。
- 酵母を使った制ガン剤があると聞いたが、どのように作られているのですか →その薬の成分を作るように遺伝子を変えられた酵母を使っている。
- 微生物の生産物の安全性は大丈夫か。人間は遺伝子が傷つくと病気になると聞いた。遺伝子を変えられた微生物は病気なのではないか →医薬品はその作り方が遺伝子組換えでも、有機化学合成、抽出物でも非臨床、臨床試験をする。試験の内容は、発がん性、変異原性など。試験方法が決まっている。第一フェーズでは、健康な男性に飲んでもらい、第3フェーズに進むと多くの患者に飲んでもらう。医薬品には副作用が伴うので、その大きさ、頻度を調べ、薬のベネフィット、リスクを比較してつくる。
- 遺伝子組換え食品が不安だと家族がいうが、私はそう思わない。世界には飢餓のところがあり、農業作業者が農薬暴露にさらされているのに、嫌うのは自分勝手だと思う。遺伝子組換え食品の安全性について知りたい →組換え食品の安全性は検証されている。食品のいいところ嫌なところをよく比べて調べたり、考えて選ぶのがいいと思います
- 現代科学にも間違いがあると思っている。ゲノム解析は進化の時間軸を進めていると思うか。わかっていないことが多い。100年前の時間軸の中で考えるべきではないか →時間軸でみると、科学者が一生かかってもできないものができている。害虫抵抗性レタスと農薬付けレタスのどっちがいいのかを考えたらどうか。
- 自然の中では悪玉と善玉のバランスがとれて進化してきたから、遺伝子組換え技術などは、そのバランスを崩し危険だと思う。
- 病原菌はすぐ変性して耐性菌がでるが、醸造菌は変化しないのか →醸造菌は病原菌と異なる。病原菌はヒトから栄養をもらっていて生き、人間がいないと生活できない。病原菌は人にとりつく能力しかもっていない。醸造菌は醸造の中でひとり立ちできるように遺伝子を全部もちながら進化してきているので、病原菌ほど速く遺伝子が変化することはない。
- 納豆、味噌に組換えでないと書いてあり、悪いものだからだと思う →今は、不分別ダイズ(遺伝子組換えダイズがふくまれているかもしれません)表示をした食用油やマーガリンが生協などで売られ始めている。
- クローンは性格も同じか →性格には遺伝的なものと後天的なものがあり同じにならない。
- クローンペット猫は商売になっているのか →毛並みが同じにならなかったそうだ。
- NITEの海外との競争力は →微生物のライブラリーは理化学研究所もやっているが規模はNITEが日本一。世界トップはアメリカだが、NITEは数年後に追いつくように努力している。東南アジアの微生物を集める微生物ハンターの仕事もしている。
- 微生物を分譲するときの使用料金は?NITEの収益は? →NITEは経済産業省所管の独立行政法人で、大学には1株4000円、企業は1株8000円で分譲。利益を追求しないため、分譲での損得は大体とんとん。
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