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バイオカフェレポート「ホタルの文化と先端技術」 |
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8月25日(金)、サン茶房にてバイオカフェが開かれました。お話はオリンパス(株) 研究開発センターの鈴木浩文さんによる「ホタルの文化と先端技術」でした。5月19日のバイオカフェでホタルの酵素の話が出たときに、ホタルがなぜ光るのかという疑問が参加者からでて、ホタルの研究をされている鈴木さんをお招きすることになりました。
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鈴木さんのお話 |
「浮世絵にもホタルは登場します」 |
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鈴木さんのお話の概要 |
自己紹介
光学の会社で研究しているが、私自身はホタルの生態の研究をしていた。その中で日本人はサクラ、鯉と同じようにホタルが好きで、ホタルを通じた自然保護活動も盛んであること、日本にはホタルの文化があることを感じた。ホタルの生態を通じて、自然保護について考えていることや、ホタルの光る酵素を使った先端研究を紹介したい。
東洋人と西洋人の感じ方の違い
日本、中国、韓国では、川柳、小説などにホタルが描かれている。日本では古事記にはホタルは出てこないが、日本書紀からホタルが登場している。ホタルの光は魂を意味し、「霊魂化虫」という捉えかたを日本人はしている。一方、西洋では、イタリヤでは豊穣の神だと思われているが、一般に光は不吉だと思われている。
ホタルばかりでなく、西洋人が雑音だと思う秋の虫の声も日本人は「虫の音(ね)」と捉える。ホタルを見たときや、虫の音を聞いたとき、東洋人の脳波は変化するという研究もある。
日本人が好きなもの
日本にはさくら、鯉、ホタルにまつわる文化もある。江戸時代にはホタルの名所があり、夕涼み、ホタル狩があった。明治から昭和まではホタルを天皇に献上しており、明治時代には「ホタル問屋」があって、1ヶ月に150万匹に出たという記録もある。こうして、乱獲されてホタルは減っていき、ゲンジボタルが初めて国指定の天然記念物になった滋賀県では、昭和に絶滅してしまった。
絶滅すると、ホタルを養殖や他の場所からもってきてホタルを放す、行政による町おこしとしてのホタル祭りを行うようになり、ホタルは行政指導のシンボルという側面も持っている。ホタルが出れば自然はもどったといえるのだろうか
日本のホタル
日本でポピュラーなのはゲンジボタル。この幼虫は水にすむ。日本には、ヘイケボタル、クメジマボタル(沖縄の久米島だけにいる。10年前に新種記載された)とあわせて3種類の水生で光るホタルがいる。しかし、世界のほとんどのホタルは陸生で光らない。
ホタルの光り方は種類で異なり、光交信で、自分と同じ種類のオスメスであることを知る。ビデオや開放でとった写真の画像から解析すると東日本の蛍は4秒周期でのんびり型、関西は2秒でせっかち。
西が暖かいからなのか、光り方に方言があるのか、光り方が変わると遺伝子も変化してきているのかわからない。2秒、4秒の境界は、糸魚川のフォッサマグマのあたり。地質の違いによるものかもしれない。
活動性は、東日本にいるオスは9時には葉の上で休むが、九州は12時すぎてもぶんぶん飛んでいて、九州、関西はうちわどころか、網でないととれないくらい速く飛ぶ。
メスの習性も異なっていて、関東は卵を単独で産むが、関西は集まってコケの上に集団で産卵する。この習性は、関西のホタルを関東につれてきて変わらない。
ホタルの遺伝子から国内の分布を調べる
ゲンジボタルのミトコンドリアDNAを調べたらCOII遺伝子には19種類あることがわかった。19種類の遺伝型は日本中に一様に分布しているのではなく、地域ごとに分かれている。大きく地域で分けると、東北関東型、中部・西日本型、九州型があり、九州と本州がわかれ、本州に東北・関東型と中部・西日本が出てきたと考えられる。
進化の過程を考えると、祖先は2秒型で、それが九州と本州に分かれ、本州で4秒型が分かれたらしい。
2400万年前、日本は中国大陸と陸続きであったが、1600万年前、海が広がり、それから隆起と沈降をくりかえした。日本が今の形に近くなった1300万年前ごろ、本州で4秒型が生まれたのではないか
ヘイケボタルの遺伝型は11種類あり、遺伝型を調べると、ヘイケボタルの中の遺伝子の違いの開きは、ゲンジボタルの南北の九州の違いくらいに小さい。またゲンジボタルはヘイケボタルよりもクメジマボタルに近い。
ホタルの本来の分布と保護活動
昔からいたホタルが少なくなって、町おこしとしてホタル祭りでホタルを放したりした結果、本来、ホタルのいなかった奥多摩の山奥に西日本のホタルがいたりするようになっている。人為的遺伝子のかく乱といえるかもしれない。自然環境を復元するといって行っているホタル祭りで、自然環境を復元したことになるのか。ホタルが飛びさえすれば自然保護になるのか。日本列島の歴史とホタルの進化の歴史は重なっていたものだった。
しかし、全くホタルがいなくなった所にはホタルを放したいと思う人は多く、ソメイヨシノが日本中にあるのと似ている。
自然をめでるとはどういうことなのか。こういうことを考えて、自然保護政策を考える仕事をしたいと思ったが、それだけでは就職が難しく、今はホタルの光る仕組みを利用した研究を仕事にしている。
ホタルの発光
例えば、くらげのタンパク質が励起光を受けて蛍光を発するが、この光を利用して生物の組織を観察するには、組織を切片にして固定し、染色してみることになり、材料は死んでしまう。
その点、ホタルの発光は自ら光るので生き物を生きたまま観察できる。ホタルの光る酵素ルシフェラーゼはルシフェリンを酸化して光らせる触媒。調べたい遺伝子を、ルシフェラーゼを作る遺伝子に置き換えると、目的遺伝子が働いたときに発光するので、それをモニターできる。
ホタルは眼で見て明るく見えるくらい進化しているが、光らない生物にルシフェラーゼを入れても微弱な光しか出せない。その微弱な光を高感度装置でつかまえる。
たとえば、眠っている間の体内の働きを調べられると、薬の代謝活性が落ちている時間に効果的に薬を飲んで長時間効果を出す方法がわかるかもしれない。時間を刻む遺伝子が細胞ごとでどのように働いているかを光で調べる。または、ガン細胞に光る遺伝子を入れて、ガンの転移の仕組みを光で調べるなどの研究にホタルの光が使われる。
私自身がしたい研究
ウニの発生では、受精卵から分裂していく中で、とげのあるムラサキウニもできるし、すべすべのジンガサウニも出てくる。遺伝子プロジェクトは終わっても、こういう遺伝子の発現調節のことはわかっていない。それがわかると、生物の形の違いの理由もわかるはず。発生のときの遺伝子発現調節を光でモニターしたい。
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会場風景1 |
会場風景2 |
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質疑応答 |
は参加者、→はスピーカーの発言
- ホタルのミトコンドリアDNAだけを調べたのか→遺伝子は核とミトコンドリアにある。ミトコンドリアの変化が早いので、近縁のものの変化が早く反映されるので関係をみつけやすい。
- 私はキッコーマンの研究所で、食品衛生用の試薬を作っていた。生物のATP測定の研究をしていて、同僚がゲンジボタルを長野県から集めて遺伝子を取り出すことに成功し、今では遺伝子を変化させて、レインボーといって7色の蛍光が作られている。
- ホタルの酵素はNASAで地球外生物を探すときにも使われていた。
- 4秒型が進化で分かれてくるというのは、どんなイメージか→東西に隔離されていたのが、東日本の集団にこの形質が広がったと考えられる。
- 突然変異がただ広がったというのは考えにくいのではないか→変異した遺伝子が広がるきっかけは、突然変異を持つことが生物にとって有利な場合。さっき示したホタルの家計図は2秒と4秒を決める遺伝子とは無関係な遺伝子を基に作ったもの。各地域に固有にみられた遺伝子型は,生存に有利でも不利でもない突然変異で,その地域に偶然広がったものと考えられる。例えばネズミでは合成できるビタミンCを,人は合成できない。これは,食物から十分ビタミンCを取れる状態にあった人の祖先において生じた合成できない突然変異が,人全体に広がったためと考えられている。このように閉ざされた地域に偶然広がって,いろいろな変異が蓄積されていく確率は時間と共に大きくなるので,この家系図は時間を反映したものといえる。一方,2秒と4秒の間隔を司る遺伝子はわかってないが,遺伝子する性質であることは認識できる。その性質は,交配時のメスの好みによって選ばれたりするので,家系図を作った遺伝子とは違った形で広がっていったと思われる。結果的には,時間を反映した家系図と2秒4秒の性質はうまく対応していた。だから、家系図から2秒型と4秒型が分かれた時間が推定でき,その地質時代の地史と照らし合わせることによって,その時代に2つを分ける何らかの出来事があったのではないかと推察しているわけです。
- 4秒、2秒でどちらがエネルギーを使うのか。4秒の方がエネルギーを使ってしまうので、早く活動をやめるのではないか
- 光る面積でみると2秒型と4秒型の消耗するエネルギーは同じになるはず
- 4秒の方が速く目的を達して休んでしまうのではないか
- がん細胞を光で検出するというのは、どうことか→光りっぱなしのがん細胞を作ってその遺伝子を取り出して利用する
- 微弱光の明るさはどのくらいか→目では見えない。暗視カメラのような感度がいいものでしか、とらえられない。
- 光らないホタルは生物として合目的なのか→蛍の幼虫、卵は光るが、成虫になっても光るホタルが少ないということ。卵や幼虫が光ると餌としてねらわれやすいという考え方もあるが、ホタルの幼虫は、スカンクの臭いのような忌避物質を持っていて、光って目立つのに、食べられそうになると忌避物質を出し、捕食者に食べないように学習させていると考えられる。この仕組みを検証するのは難しい。光るホタルは発光器と目が進化して、夜、パートナーを探すようになり、光らないホタルはフェロモンを感じる触覚が発達して昼間活動している。光る生物はいっぱいいる。ニュージーランドの土ホタル(グローワーム)は発光するが、ルシフェリンとルシフェラーゼは異なる。ゲンジボタルのルシフェリンとグローワームのルシフェラーゼを合わせても光らない。ホタルには、フェロモンでオスメスを認識するグループと、光のコミュニケーションをするグループができたと考えられる。
- 捕食者の学習は次世代にうけつがれるのか。次世代に引き継がれないと、忌避物質を出しても食べられてしまったホタルはそれで終わってしまうのではないか
- 忌避物質を嫌がる突然変異が出て、それを得た種類が生き残ったのではないか→擬態といって毒を持っていなくても、毒を持っている虫の真似をする虫が出てくることから考えて、捕食者に対抗できる形質というものは認識されているように思う。しかし、後天的に学習したことは,人間のように文化を次世代に残していけるわけではないので、会得したものは一代限りで終わるような気がする
- 自然環境保護では外来の生物が入らないのがいいのか→基本的にはそのままがいいと思う。昔いたところにホタルがいたらなぜいけないのか、と強く思っている人たちとどういう妥協点を見出していくか。もともといなかった場所にホタルをいれるのはまずいのではないか。できれば、放すときに元いた種類と遺伝的に近いものを放してほしい。ホタルを戻すことをいいと信じている人との議論は難しい。
- 森林を元に戻すのも、単によいことではないのだろうか
- 森林を復元するときにも元にあった木の種類を選んだ方がいいと思う。→いなくなった生物への地域の人の思いは、とても強くて議論が難しい。とくにペットなどになると本当に大変
- 日本にいない生き物はペットにできないということになるのか
- 植林をするときに、生態の背景を教えることはないと思うが、そういうことも必要ではないか
- ゲンジボタルの4秒型、2秒型は交雑するのか。交雑して3秒型がでたりするのだろうか→愛知県あたりに3秒型は出ている。
- 将来のホタルの分布も変わる可能性もありますね
- 海にも光る動物がいて、エネルギー効率がいいと聞いたが、クリーンエネルギーとして利用しないのだろうか→海には発光するものが多い、ホタルのエネルギー効率は98%でダントツで高いが、光るクラゲは1割くらい。ホタルだけ飛びぬけていいので調べなおす必要もあるかもしれないが、人工的に使おうとするなんとも暗い。
- 「ホタルの光、窓の雪」という歌に習ってホタルを集めたが、実際の光は暗いと聞いた→10匹くらい集めると新聞を読める明るさになる。ホタルは発光する生物としてはとても進化している。
- 子供のころ、蚊帳の中にホタルを放って絵本を見た経験がある。
- 陸生で光るホタルはいるか→日本では,親になっても顕著に光るものは10種類くらい
- ゲンジ、ヘイケはオス、メス共に光るのか→光りかたが違う。
- オスメスの光り方の違いはどんなことか→雌は光りっぱなしで待ち型。夕暮れの20分くらいに光り、パートナーを見つける。
- 交尾のあとは光らないのか→2秒、4秒は飛びながら雌を探しているときの長さ。イリオモテボタル(クメジマボタル)のメスは羽がなく光りっぱなしでオスを待ち、交尾後に土にもぐって産卵する。ホタルの生態はとても面白い。
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