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「ロシアでのラットによる生殖毒性試験を科学的に検証する」

6月26日(月) バイテク情報普及会主催による標記セミナーが開かれました。
2005年、イリーナ・エルマコバ博士(ロシア)が遺伝子組換えダイズを使用したラットの生殖毒性実験の結果を公表しました。この実験結果が遺伝子組換えダイズのラットの仔の死亡や成長不良といった次世代への影響を示唆する内容であったため、遺伝子組換えダイズの安全性に多くの消費者が不安を覚えました。本セミナーでは、遺伝子組換え食品の安全性評価や動物実験の方法やその結果の解釈に関する情報提供が専門家によって行われました。


イリーナ・エルマコバ博士の遺伝子組換えダイズを用いた実験について

そのおもな内容は次の通りです。
交配の2週間前から妊娠・授乳期を通じて、1)普通のラット固形飼料(6匹)、2)ラット固形飼料と在来種ダイズの粉末ペースト(3匹)、3)ラット固形飼料と遺伝子組換えダイズの粉末ペースト(6匹)の3種類の餌を雌ラットに与えました。また仔ラットにも生後13−14日後から同じ餌を与えました。

  1. 4匹のラットが出産し44匹のラットが生まれ3週間後に3匹死亡。(死亡率6.8%)
  2. 3匹  〃       33匹のラットが生まれ、  〃   3匹死亡(死亡率9%)
  3. 4匹  〃       45匹のラットが生まれ、  〃  25匹死亡(死亡率55.6%)
仔ラットの体重分布は次の表の通りです。

正常に育ったラットとその3分の1くらいの大きさの小さい白いラットの写真が発表されています(メディアには出ていません)。




「国際基準に基づく遺伝子組換え作物の安全性評価」

ジェームズ・H・マリアンスキー博士

歴史
遺伝子組換え技術に対して、科学者は1970年代から慎重な取り組みを続けており、ガイドライン作りなどが行われてきた。1983年には遺伝子組換え大腸菌によるヒト由来インシュリンがFDAにより承認されている。
1999年よりCODEXは国際的な遺伝子組換え食品の規格つくりを始めた。日本が議長国を務め「組換えDNA植物由来食品の安全性評価のガイドライン」「組換えDNA微生物由来食品の安全性評価のガイドライン」作成に貢献し、2003年7月に採択された。

食品全体についての安全性評価のアプローチ
食品の多様性、複雑性を配慮し従来食品を標準にして、新しい組換え食品との違いを調べる。違いには「意図した改変」(実験前から想定される変化)と「意図せざる改変」がある。
現在行われている遺伝子組換え作物においては、性質のよく知られたたんぱく質を、遺伝子を組換えることで作物に導入しており、それらは食品では含有量が少なく、毒素やアレルゲン(アレルギーを誘発する物質)にはならず、すぐに消化されるものばかりで長期的な悪影響は生じていない。これは意図された改変に含まれる。

意図せぬ影響
理論的には、どんな育種法でも意図せぬ影響は現れるが、今のところ遺伝子組換え作物において、意図せぬ変化によって健康影響が出た報告はされていないし、安全性評価が行われているので、意図せぬ影響の発生は考えにくい状況にある。実際従来の育種でも、1970年代、育種によって作られたジャガイモの毒性が強くなってしまい、回収されたこともある。

意図せぬ悪影響への配慮
開発者は、組換えやそれ以外の育種法においても、農業形質の評価を行う。導入した遺伝物質が安定して受け継がれるか、組成分析を行い、主要栄養素、抗栄養作用、毒性物質の変化を調べる。
通常と異なるたんぱく質機能があったり、新しい化学物質ができていたり、既知の毒素やアレルゲンと似た性質があるときなどは更なる試験を行う。ブラジルナッツの回収などは、現在の安全性評価が機能していることを示しているともいえるのではないか
この11年間、遺伝子組換え農作物は規制要件を満したものの商業栽培が進んでおり、健康被害、長期的・多世代動物試験を必要とするケースは起きていない。しかし、これは動物試験を全面的に否定するものでなく、よく計画された動物試験が特定の問題を解決することもあるし、動物愛護の観点からの動物の使用制限を守ることも同時に大切である。

農薬の試験
農薬のように性質がよく知られ、純度が明らかな化学物質を用いた動物実験は有効だが、遺伝子組換え作物では実験設計に困難がある。それは、食品の組成は変動したり、ヒトの摂取量の何倍も与える大量投与が難しかったり、栄養価と食餌のバランスや因果関係の確認が難しいことなどの理由による。

Codexの安全性評価の目標
食品は意図された目的で使用された場合には悪影響を起こさない。
それでは、新しい食品はどう考えるのか。従来の同様な食品と同じ程度に安全であることを目安にする。リスク管理者が特別な措置が必要であるかどうかを決定する。

まとめ
組換えDNA技術特有のリスクは知られておらず、包括的で科学に基づく食品安全性評価のアプローチは世界的に受けらいれられている。
10年の遺伝子組換え食品の食経験から、従来の食品と同じ程度に安全であることがわかっており、11年間に遺伝子組換え作物の商業生産が行われ、意図せぬ変化による健康への悪影響、長期的・複数世代動物試験を必要とする懸念はないことがわかった。




「次世代への影響をみる動物実験の理論と実際」

(財)残留農薬研究所毒性部副部長兼生殖性研究室長 青山博昭氏

ラット、マウスの実験に30年ほど行ってきた経験から、正しく繁殖毒性をみるときにどうすればいいのかを話す。

農薬のヒトに対する安全試験
農薬の試験には、農薬使用時と残留農薬のふたつのケースがある。次世代への特殊毒性の影響を調べるときには、農薬使用時では催奇形性試験、残留農薬では繁殖毒性、催奇形性試験などを調べる。

繁殖毒性試験・催奇形性試験とは
繁殖試験とは2−3世代にわたって餌として摂取した動物の繁殖に及ぼす影響を調べる。20−30ペアで試験を行い、条件を変えた実験動物のグループを3−4グループ作り、体重、性成熟、繁殖能力などを細かく調べる。
ネズミは仔を多く生み、多すぎると乳が不足し、仔が少なすぎると母ネズミへの仔から刺激が少なくて育児を放棄するので、とても気を使う。生後4日で適当な数(雌4、雄4)にそろえる(間引き)。更に生後21日で離乳した雌とオスを1匹ずつにそろえる。
成長をみる試験のときには、このように間引いたグループで試験をするが、まれにしか出ない異常をみるときには、間引いた中にたまたまその異常を示す仔がいては試験として不適切なので、別な実験を設計する。

飼育能力の習熟度
動物実験の基礎には実験者の飼育の習熟度が関係する。実験者が動物の扱いに習熟していれば、無処置群で交尾したラットのうち、95%程度が正常に出産する。また、ラットの仔の生存率に関するデータでは、動物の扱いに習熟した研究者が実施した場合には95−99%が生存する。出産数、生存数を見ると実験者の習熟度がかなり低いことが容易に想像される。
動物実験では、仔の数を間引いて数をそろえた上で、母ネズミの数を母数にして、仔の体重を比較するのが動物実験における世界標準。
催奇形性試験とは、妊娠期間中に強制経口投与した雌の胚、胎児への影響をみる。

実験動物の供給
動物実験に用いられる動物を供給する大きな会社がいくつかあり、実験の再現性のためにそういう会社が供給する動物を用いる。
私たちはWister Hannoverという有名な実験動物の2代目、3代目の仔をとったところ、突然変異で矮小症の仔が生まれることをみつけ、その原因遺伝子もつきとめた。とれた仔が小さいときには、突然変異と栄養不良の両方を考えなくてはならない。




「科学の品質保証システム」

東京大学名誉教授 唐木英明

科学とは何か
カールポパーによる科学の定義「反証されうる仮説のみが科学的な仮説」
科学には目的と価値は存在せず、What howが重要。主観的な価値基準による判断は排除し、事実に基づき客観的に判断されるのが科学。

3種類の科学
偽科学:故意に、商売のために科学でないものを科学にみせかける→正しい科学になおす努力をしない
間違い科学:悪意でなく、技術が未熟ででてしまった実験結果など→正しい科学になおす努力をする
正しい科学:科学者が目指す客観的な科学

正しい科学の見分け方
・ピアレビュー(知識と経験がある複数の審査員が内容を審査する)を受けた論文か
・論文公開後、再現性の検証が行われたか
問題点:故意のいんちきを見破れるのか、ピアレビューに不合格であった内容をメディアに発表することをとめられない。科学者はそういうことに巻き込まれたくない。雑誌によってピアレビューが甘い雑誌もある、学会報告は審査なし行えるものが多く、内容の保証はされていないことが知られていない、従来の結果と異なる研究結果は人目を引くことが多い。

専門家が疑い持つのはどんなときか(エルマコバ博士の場合)
・これまでの多く研究結果と違う場合(今までの遺伝子組換えダイズの実験では健康被害が出ていない)
・研究者の経験が十分でない場合(エルマコバ博士の論文を検索すると26の神経に関する論文があり、毒性に関する研究では熟練していないように見える)
・研究計画が不適切で技術が未熟(動物実験の扱いに問題が多い)
・経験的な事実と違う結果である場合(組換えダイズでの死亡率が50%ならば、10年間に組換え飼料を食べた家畜の半分が死んで大問題になっているはず)




質疑応答

  • は参加者の発言、→はスピーカー
    • 今回の発表された知見を示した論文はピアレビューを受けていたのか→検索したが、まだアクセプトされたという情報はない。2月の東大キャンパスでの学会発表では審査なしで受け付けている。
    • 死亡例が出たことが消費者は気になる→組換えダイズを与えたグループのネズミの死亡率50%は気になると思うが、出産した数から考えて、母ネズミの育児はうまくいっていなくて、餌に関係なく死亡が高い実験で、たまたまここのグループに死亡例が出たように感じる。私にいえるのは、自分のデータがこのように出たら、実験をやりなおしたいと感じる。
    • ロシアで投与されたダイズはきちんとした手続きで入手されていたのか、十分に加熱されていたのか →入手経路、加熱の有無について、東大キャンパスの発表では明確な答えはなかった。遺伝子組換えダイズだけを入手するのは難しい。標準試料として決まった窓口から購入するか、開発業者に頼んで分けてもらう方法がある。もし、栽培農家から個人的にわけてもらっていれば、組換えダイズ種子購入時の契約違反になるはず。
    • 一番はじめにこの情報が出たのはいつどこですか→昨年10月中旬、ロシアのNGOの集会で発表。
    • ラットは子育てに神経質だと聞いた。実験に不備があっても、組換えの悪影響について読み取れるのではないか。 →ある程度、学生が実験に慣れてきて、予想に反する結果が出たときには、例数を増やし、統計学的な処理により有意差をみていくしかない。私がある人とじゃんけんを何十回かすれば、半々の勝敗になることは誰もが想像がつく。3匹の結果から何かを汲み取るというのは、じゃんけんに3回に勝った人が「私はじゃんけんに強い」と結論付けるようなものではないか。

    参考サイト
    厚生労働省のQA「D-17」
    英国食品基準庁のコメント


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