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ヒトゲノムを使った実験教室「私たちのDNA」開かれる
〜ALDH2遺伝子の検出〜 |
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6月10日(土)、東京農工大学遺伝子実験施設と共催で、標記実験教室が開かれました(協力:日本製粉株式会社中央研究所、東京テクニカルカレッジ)。抽選で選ばれた16名の20歳以上の一般市民が参加しました。会場となった同大遺伝子実験施設の前には広々とした農場が続き、前日の雨がうそのような気持ちのよい青空が現れ、くらしとバイオ自信の“18年度の新イベント”の門出となりました。
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開催までの経緯 |
2005年の個人情報保護法施行に伴い、「ヒトゲノム・遺伝子研究に関する倫理指針」(三省合同指針)が改訂されました。その中で、研究の推進と個人遺伝情報保護のバランスをとりつつ、ヒトゲノムやヒト遺伝子に対する国民の理解増進、研究者との対話の必要性が認められました。
三省合同指針のURL
くらしとバイオプラザ21では、昨年、ヒトゲノムDNAを使った実験を通じた理解増進・対話の場づくりを助ける事例として福島県立明成高校、岐阜大学生命科学総合研究支援センターでの授業や研修会の取材を行い、本実験教室の開催に至りました。本実験教室は、三省合同指針の趣旨に基づき東京農工大学の倫理規定を遵守し、ヒトゲノムについて学ぶ市民講座として実施しました。
福島県立明成功等学校で行われた授業の取材レポート
岐阜大学生命科学総合研究支援センターで行われた研修会の取材レポート
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同意書の作成 |
ヒトゲノムについて学ぶため、自分のゲノムDNAを使う実験を行うことに関して説明を受けた上で、同意したことを示す東京農工大学長宛の同意書を作成しました。それぞれが、捺印、署名することで、今日の実験で使う試料には、それぞれの参加者の個人遺伝情報が含まれていることを意識して行うことに、気をつけました。
同 意 書
平成18年 月 日
国立大学法人東京農工大学長 殿
私は平成18年6月10日開催の「ゲノム実験教室」に参加し、指導講師より実験の目的、対象とする遺伝子、使用したゲノムDNAの廃棄方法について下記項目の説明を受け理解しました。実験教室にて私が実験をおこなう際、私のゲノムDNAを実験に使用することに同意いたします。
記
説明を受け理解した項目(□の中にご自分でレを付けてください。)
□本講座は、受講者自身のゲノムDNAを用いた実験を通じ、ヒトゲノムについて学ぶ実験教室です。
□ゲノムDNAには個人の遺伝子情報が含まれています。
□実験では、アルコール代謝に関連するALDH2遺伝子の情報を調べます。
□実験結果を、他の目的に使用することはありません。
□本実験終了後、使用したゲノムDNAを1M HClで分解し情報を保護します。
住所、氏名を自署して、捺印
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開催の挨拶 丹生谷先生 |
実験室風景 |
大藤先生の講義 |
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講義 |
DNA、ゲノム、遺伝子
ある生物が生きるのに必要な情報がおさめられている遺伝子の1セットをゲノムといいます。物質としての実態はDNAで、ゲノムDNAと呼びます。ゲノムDNAの上には遺伝子がたくさんあり、ヒトの遺伝子は現在の研究では約22,000個あるといわれています。私たちが生きていくとき、遺伝子はそれひとつ、または組み合わさっていろいろな機能を果たしています。
私たちの体は約60兆個の細胞からできていて、DNAは細胞核内でヒストンタンパク質と複合体を作っています。細胞が分裂するとき、DNAとヒストンタンパク質は糸巻きのようにコンパクトにまとまった染色体として、新しい細胞に遺伝情報を伝えます。
PCRの原理
PCRはポリメラーゼ・チェイン・リアクションといって、あるDNA断片だけを、実験室の中で増やす反応です。今回はALDH2というアルコールの代謝に関係する酵素の遺伝子の一部分を、このPCRで増やしました。
電気泳動の原理
電気泳動は電荷を帯びているDNAやたんぱく質を、寒天の成分であるアガロースというゲルの中を電気で引っ張って移動させることにより、大きさごとに篩い分ける技術です。PCRで増やしたALDH2遺伝子の一部(マイナスの電気を帯びている)を、アガロースゲルの穴に注入し、それが+の電気の方に引かれる距離を調べました。小さい分子ほど、遠くまで運ばれていき、行き着いた場所でそれはバンドという形で観察することができます。(実験の項を参照)
注:ALDH2はアセトアルデヒド脱水素酵素というタンパク質を表します。ALDH2というたんぱく質の作り方がコードされた遺伝子である「ALDH2遺伝子」は、「ALDH2」というように斜体字であらわして区別します。
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実験の始まり 口腔粘膜からのDNA抽出 |
0.9%食塩水を口に含んで30秒間ゆすぎ、口腔粘膜の細胞を採取しました。採取した細胞を実験1と実験2で使うために分け、それぞれを遠心分離機にかけて、細胞だけを集めます。30秒間、集中して食塩水でクチュクチュするのは意外と難しく、思わずしゃべりたくなる人、飲み込みそうになる人もいました。
遠心分離機にかけるときには、遺伝情報を含む試料であるために、チューブに参加者自身だけが認識できるマークをつけて匿名性を保つ扱いをしました。
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微量の液体を扱うピペッターを使う
練習1 |
ピペッターの練習2 |
真剣にお口をクチュクチュ |
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マークをつけたチューブを暖める |
食塩水の含まれる口腔粘膜の細胞を
遠心機で集める |
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実験1 DNAの観察 |
遠心分離機で細胞を集め、上澄を捨て、細胞溶解液を加えて細胞をこわします。核からDNAが出てくると、液体は澄んで粘りができます。これを冷やして、冷やしておいたエタノールを加えると、界面からモヤモヤと天使の羽のようなDNAが析出してきました。後ほどのバイオカフェでは、参加者の半分がここで感動し、残りの半分の方は次に行ったALDH2遺伝子の検出で感動したと語られました。
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チューブをゆっくり上下させると、ふわふわの
白 い 羽のようにあらわれる「私のDNA」 |
自分のDNAを見て、感動! |
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実験2 ALDH2遺伝子の検出 |
はじめに採取した口腔粘膜の細胞を遠心分離機で集めました。
PCRによる増幅
DNAの分解を防ぎ、PCRによる増幅を阻害する物質の働きを抑える試薬を加え、56℃、100℃にして、細胞を壊し、中のDNAを取り出しました。次にALDH2遺伝子の一部を増幅するため、小さなチューブ(試験管)を2本用意し、取り出したDNAをふたつに分けて次ぎのチューブに入れました。1本にはA型(ALDH2が不活性化しているDNA配列)、もう1本にはG型(ALDH2が活性化しているDNA配列)のプライマー(増幅の始まりになる断片)などを含むプレミックス溶液が入っており、それにまぜて、PCR装置に入れました。A型、G型の2本を反応させることでALDH2遺伝子の個人による違い(SNP)がわかります。
PCR装置の中では温度96℃→75℃→50℃→72℃を1サイクルとして温度の変化が40サイクル繰り返されます。この間に、増やしたいALDH2遺伝子のDNA断片は、ペアになったり離れたりしながら、2倍、4倍、8倍・・・・・・と増えて行きます。2本のチューブのどちらかまたは両方でALDH2遺伝子が増えているかどうかを調べると、その人のSNPの違い(A型かG型か)も分かるようになるのです。
電気泳動によるALDH2遺伝子の検出
PCRで増幅された試料の色素と比重を重くする液を加え、20マイクロリットルずつ、アガロースでできたゲルの小さなウェル(ゲルを固めるときに作られた穴)に注入しました。ピペッターの先端に試料が入っていることを確認し、ひじをついて姿勢をしっかりと固定して行いました。緊張しながらも、試料がきれいに、ウェルに吸い込まれるように落ちていくのが見えると、実験者の顔に安堵の表情が浮かびました。
DNAはマイナスの電気を帯びていることを利用し、アガロースゲルに電圧をかけると、小さいDNAの断片ほど遠くまで移動します。移動したDNAは帯(バンド)としてみることができます。この移動距離からどのくらいの大きさのDNA断片が試料に含まれていたかがわかります。実験では、ALDH2遺伝子の一部の大きさが分かっていますので、バンドの位置からALDH2の遺伝子およびSNPの違い(A型かG型か)が分かります。
今回16人が電気泳動を行いましたが、2名の方のバンドがはっきりとしませんでした。多くのステップを踏む実験ではこうしたトラブルは良く起こるそうです。バンドがはっきり認められた14名の方々のSNP型は、G/G型、G/A型、A/A型がそれぞれ8名(57%)、5名(36%)、1名(7%)であり、講義の図で示された日本人の分布、G/G→約56%、G/A
→約38%、A/A→約4%とほぼ一致していました。
参考サイト バイオ一口話「日本人がお酒に弱いわけ」
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アガロースゲルに試料を添加する
デモンストレーション(瀧屋さん) |
一番緊張した一瞬 |
テキストを確認しながら |
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ゲノムDNAにある個人情報の保護 |
自分のゲノムDNAを使った実験が終了したら、ゲノムDNAに含まれる個人情報を保護するため、取り出したゲノムDNAやPCRで増やしたDNAは全て1M HCl(塩酸)を加えて分解しました。このように参加者は、実験で自分のゲノムDNAを用いることに同意して個人遺伝情報を含む自分のゲノムDNAを用いた実験を行い、最後に取り出したゲノムDNA全てを分解することで、個人遺伝情報を保護しました。
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お昼休みは丹生谷先生とラボツアー |
室内で青々と育つ植物 |
電子顕微鏡 |
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バイオカフェ |
「私たちのDNA〜せいめいのお手紙」 (NPO法人 くらしとバイオプラザ21 佐々義子)
実験の流れを復習し、講義の内容を絵本「せいめいのお手紙」に合わせて追ってみました。個人情報と個人遺伝情報の違いは、個人情報は名前、住所、学歴、親族など、その人の過去から現在に関わる情報ですが、個人遺伝情報からは、自分の未来や将来生まれる子供の健康の問題や、兄弟姉妹の病気のかかりやすさなど、その人と周囲の血縁の未来に関わる情報であることです。個人遺伝情報は個人情報に比べて、時間・空間的な広がりがある情報だといえるかもしれません。
今まで、個人遺伝情報は、事件や訴訟に関わるなどのケースを除いて、自分や家族の病気の治療や、医学研究のためにボランティアとして協力する場合などに主に使われてきました。しかし、最近では、体質検査(美容、健康増進など)、個人識別(災害などに備えての登録データベースの作成、管理)に応用するなど、個人遺伝情報を扱うビジネスも、広がってきており、“DNAのプライバシー”への意識が高まっています。バイオカフェでは、「せいめいのお手紙」の紙芝居を見てから、参加者の皆様から実際に自分のゲノムDNAを取り出した感想やゲノムDNAにある個人情報について話し合いました。参加者は朝から実験を通じて仲良しになったグループごとにテーブルにつき、手作りケーキとコーヒーを楽しみながら、感じたままの感想や意見をいいあいました。
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今日の実験の流れを振り返って
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自分のDNA観察で感激したり、 電気泳動で
バンドが見えて感激したり |
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実験施設のアプローチが、手作りカフェに
早変わり |
バイオカフェ会場の全景 |
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参加者全員で話し合い |
は参加者の発言、→はスピーカー
- 生徒は関心があっても保護者は同意書の署名に際して、不安になるかもしれない(理科教師)
- 個人遺伝情報を使う機会に接するであろう高校生に、その意味を考え、判断する情報を入れるべきだと思う(理科教師)
- 自分のDNAがふわふわと見えたときは涙がでるほど感激した
- 実験、講義があって、みんなで話し合う場があるのはとてもいいと思った
- ゲノム、遺伝子、DNAの違いを説明していただけてよかった。
- 電気泳動で、試料を注入するときが一番緊張した
- 思っていたより操作は簡単だった
- よく準備されていて、実験がしやすかった
- 院生時代には実験ばかりしていたが、教師になって離れてしまったので、とても実験が楽しみで参加し、実際にやってみて楽しかった
- 今日のような実験は授業で使えそうだと思った
- 生命倫理的に問題にならない遺伝子(生徒実験で検出した遺伝子が、重大な病気の予測につながったりすると、学校教育での扱いが難しい)は、ALDH2以外にないだろうか→繰り返し配列、血液型などがあるが、これは親子鑑定につながるので、難しいという意見もある
- 医学部進学を目指す生徒だけでなく、みんなに生命のことを考える機会があるといいと思う(理科教師)
- 電気泳動をして、はっきりバンドが見えると、このようにはっきり結果が出てしまうことの重さを感じる
- ALDH2検出実験で伝えたいのは、お酒に強いかどうかでなく、個人個人の違い(大藤道衛先生)。
- 個人情報保護に過敏になる余り、町内会名簿の電話番号の記載がなくなり、連絡がとれず不便
- 生徒の答案の採点でもずいぶん、気を使うことが増えた
- 個人情報保護が大事だという一方、携帯電話など、その時々の居所までわかるようなシステム整備が進むのは矛盾しているのではないか
- どのような情報の保護が大事かをみんなで考えることが大事なのではないか
- 私は国語の教師なので、これからの授業で、私のことばでDNAやヒトゲノムについて話してみたい
- いろいろな分野の人たちと実験ができるという初めての経験で、とても勉強になった
- 結婚する前に遺伝情報を交換するようになるのだろうか、と思うと不安になる→保険加入、就職で差別が生じないようにしようという議論は始まっている
- 参加費が1000円とは安い
- 学校では、科学に興味のある生徒とない生徒がいて、関心を持たない生徒にどうやってこちらに向いてもらうかが難しい→それは、私たちもいつも考えている問題です。
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カラーコピーと自分の電気泳動の写真を入れ
たカードケースが、参加者へのお土産 |
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