TTCバイオカフェ「カレーライスとゲノム編集」
2019年5月10日、東京テクニカルカレッジにおいて、令和になって初めてのバイオカフェを開きました。お話は、大阪府立大学 教授 小泉望さんによる「カレーライスとゲノム編集」でした。
はじめに、白井大悟さんによるバイオリン演奏がありました。高校生のバイオリンニストで、バイオカフェでは最年少の演奏者でした。
お話の主な内容
はじめに~DNAと遺伝子とゲノム
- DNA:デオキシリボ核酸という化学物質の名前。二重らせん構造で塩基のAとT,CとGが対をなしている。
- 遺伝子:DNAのうち機能をもつ部分。ヒトの遺伝子の数は2~3万。遺伝子の情報をもとにタンパク質が作られる。
- ゲノム:遺伝子全部の総称。
DNAからRNAに必要な配列が読み取られタンパク質が合成される。
「ゲノム」の概念にはいろいろな例えがある。3万の単語を収めた辞書に例えて説明してみたい。単語ひとつひとつが遺伝子。単語を抜き出してつくる単語カードがRNA。それを発音することで人に伝わる。声が機能を持つタンパク質に該当する、という例えはどうか?
遺伝子に変異が起こるのは、単語の文字配列が変わること。文字列が変わることでdevelopment(開発)がenvelopment(封筒)になると意味は全く変わる。さらに文字が抜けると意味のある単語でなくなる。これが遺伝子の機能喪失。
DNAの文字列が変わるとRNAが変わり、タンパク質が変わったり、合成されなくなったりすることがある。
カレーライスの材料をみてみよう
- 牛肉
ゲノム編集で肉厚のタイが京大で研究されている。肉付きがよくなる理由はミオスタチンというタンパク質をつくる遺伝子が働かなくなっている。ミオスタチンは筋肉の発達を抑制してバランスをとる役割をするタンパク質。
ベルジャンブルーという牛は交配を重ねて作られた肉付きのよい牛。その遺伝子を調べるとミオスタチン遺伝子が壊れていた。ならば、ミオスタチン遺伝子をゲノム編集で不活化すると、肉付きがよくなるはず。そういう考え方で肉厚のタイは開発されている。自然界でも肉厚のタイは生まれているかもしれないが、実際に海でそういうタイは見つからない。 - お米
農研機構では、ゲノム編集で多収のイネの研究を行っており、試験栽培もしている。 - ジャガイモ
植物の食中毒で最も多いのがジャガイモの芽や緑色の皮によるもので第二位はニラと間違えて水仙を食べるケースだそうです。大阪大学の村中俊哉教授がジャガイモの毒をなくす研究をしている。芽が日に当たるとソラニン、チャコニンなどのステロイドグリコアルカロイド(SGA)ができる。SGAは、毒性を持ち、苦味やえぐ味の原因。SGAのない野生種はない。
ジャガイモは栄養繁殖(種イモで増やす)なので、交配による遺伝子の変異が起こりにくい。また4倍体なのでSGAを作らせないためには4つの遺伝子が破壊されないといけない。2014年、SGA合成遺伝子が発見され、ゲノム編集記述を用いてSGAをつくる経路の遺伝子をつぶしたところ、SGAの含量が激減した。マイナーなSGA合成経路が残っているのでSGAはゼロになっていない。 - タマネギ
切ると涙がでるのは催涙成分が揮発するから。酵素反応で催涙成分ができるので冷蔵庫で冷やしておくと、酵素反応が進まず涙はあまりでない。
2002年、ネイチャーに催涙成分をつくる酵素と遺伝子を発見したという論文が発表された。ハウス食品グループの今井真介さんたちの成果。2013年にはこの発見でイグノーベル賞も受賞した。RNA干渉という技術で、遺伝子発現を抑えと催涙成分が減ることも分かったが、RNA干渉は安定でない。
一方、重イオンビームによるランダムなDNAの変異でスマイルボールという涙の出ないタマネギが出来た。しかし、涙は出ないが、風味成分もない。催涙成分合成酵素遺伝子では無く、その前のステップのアリイナーゼの遺伝学が破壊されていたから。催涙成分合成酵素遺伝子を破壊して涙がでなくて風味のあるタマネギをつくれないか。重イオンビームでランダムに遺伝子をつぶそうとすると確率は数万分の1。ゲノム編集技術なら確率が高いと考えられる。
ゲノム編集技術とは
ゲノム編集では特定の遺伝子を切断する。最近よく使われるCas9はDNA切断酵素。生物はDNAの二本鎖切断に関する修復機構をもっているので、DNAは切れても元通りになる。しかし、たまに修復に失敗する。放射線育種でも放射線で切断されたDNAの修復過程で起こる失敗による変異を利用している。放射線によるDNAの切断はランダムだが、ゲノム編集では特定の場所を狙って切断できる。
DNA切断酵素の遺伝子をゲノムに入いれたら、交配してはさみの遺伝子を除いて商品化していくのが一般的。ジャガイモでは、遺伝子を組み換えずにハサミの酵素を直接入れる方法の研究が進んでいる。
まとめ
- 品種改良ではいろいろなDNAの変化が起こる。
- 遺伝子組換え技術の定義は外から遺伝子を入れる。他の生物の遺伝子でなく自分の遺伝子をRNA干渉のように逆向きに入れても、遺伝子組換えとなる。
- 放射線や重イオンビームではランダムな突然変異が起こり、変異の起こる場所や変異の内容は予測不能。放射線育種でもオフターゲットは多く起こるが、規制や安全性審査はしていない。
- ゲノム編集では、編集したい位置を狙えるが、オフターゲットが生じる可能性もある。
ヒト疾患の治療におけるオフターゲットは深刻だが、農林水産物では大きな問題になるとは思えない。
話し合い
- は参加者の質問、 → はスピーカーの応答
- 実用化はいつごろ
→牛肉、ジャガイモについては、成果物はできている。米、タマネギは研究開発中。実用化は未定。 - はさみはどうして除去するのか
→掛け合わせていくとメンデルの法則でハサミの遺伝子のない系統もできるので、それを選ぶ。 - ゲノム編集で育種は効率化されるが、世界の生態系に影響はないのか
→例えば肉厚のタイは自然界で生まれているかもしれないが発見されていない。肉厚タイは自然界で生き残っていけないからではないか。それでも開発者は陸上で養殖することを考えているらしい。ゲノム編集による血圧を下げるGABAトマトがある。あくまでトマトなので、特に生態系に影響があるとは考えにくい。たとえば芝生は雑草化するかもしれないので、慎重に検討する必要があるだろう。ケースバイケースで検討するしかないが、誰が判断するかという問題はある。 - ジャガイモの代謝経路をつぶすと眠っていた経路を目覚めさせる可能性もあるのではないか。
→一般論として代謝系を操作すると他の経路が変化することはあるだろう。メタボロミクスで調べていくのではないか。 - ゲノム編集食品が出回るのはいつか?表示は?
→表示は消費者庁の管轄。消費者が選べる環境は重要だが、法律で規制せずに届け出制にしたものに表示を義務付けられるのだろうか。今年中に方向性は出されるようだ。 - ミオスタチンは牛に特有か
→人、豚、犬などの哺乳類からタイのような魚類まである。 - ヒトのミオスタチンを抑制できないか
→ミオスタチンの働きを薬剤で抑えて筋肉増強することはあるらしい。 - 重イオンビームで催涙成分の遺伝子をこわしたタマネギは安全か
→食品としての安全性には問題はなく、涙がでなくて風味がないだけ。 - スマイルボールはどんな味か
→確かに甘い。甘味をマスクしていた、辛味がなくなって甘味を感じるようになる。
本バイオカフェは国際植物の日のイベントとして企画し、JST 科学技術コミュニケーション推進事業未来共創イノベーション活動支援を受けて開催しました。