くらしとバイオプラザ21ロゴ
  • くらしとバイオニュース
  • サイエンスアゴラ ステークホルダー会議「ゲノム編集野菜 食べますか?」

    2018年11月11日、サイエンスアゴラ2018でステークホルダー会議「ゲノム編集野菜 食べますか?」というワークショップ(WS)を開きました。くらしとバイオプラザ21は「新しい育種技術の社会実装」というプロジェクトのメンバーとして、新しい育種技術の中のゲノム編集に関する情報提供や対話の場づくりを行ってきました。しかし、開発された作物がないところでの議論では、食経験のない食物への不安が先立ち、なかなか、幅広いサイエンスコミュニケーション(SC)を行えない、もどかしさを感じてきました。そこで、消費者だけでなく、事業者などの立場に立って考え話し合うことで、幅広い話し合いができるようにと考え、このワークショップ「ステークホルダー会議」を企画しました。初めに専門家による話題提供を受けてから、話し合いを行いました。

    写真
    ダイズやツルマメを見せる大澤良先生
    写真
    村中俊哉先生のお話

    話題提供1 「ゲノム編集と品種改良」

    講師:筑波大学 大澤良先生

    1.はじめに

    農業を取り巻く環境は厳しく、世界人口の増加に伴う食料供給量の確保、異常気象による栽培環境の悪化、農地面積、農業用水の減少など、多くの課題がある。

    2.育種って何?

    育種とは、生物を遺伝的に改良して、新しい品種を作ること。その目的は、生産量の向上と生産性の向上であり、多くの種子や大きい実がとれること、生育を邪魔する害虫や病気に打ち勝つことを目指している。

    3.品種改良の歴史

    私たちが今口にしている作物は、1万2千年前、我々の祖先が農耕を開始して以来、野生種から食べやすく安全な作物を改良してつくりだしてきた。この品種改良の歴史ではほとんどの時間を偶然生まれた優れた形質をもつ個体を選び、その子孫を増やしていくことを繰り返してきた。
    例えば、トウモロコシ(祖先種テオシント)、ダイズ(祖先種ツルマメ)、アワ(祖先種エノコログサ)は、祖先種の子実を巨大化させて、食用に適した作物に改良されてきた。

    1900年
    メンデルの法則の再発見から、交配による近代的育種が始まる。
    1910年代
    親の形質を超える子が生れることを利用した計画的な改良が始まる。
    1920年代
    突然変異を人為的に作る(放射線、化学物質)ことによって、さらに品種の多様性を生み出す。
    1950年代
    DNAの構造が解明されて、遺伝情報の利用が始まる。
    1960年代
    緑の革命(コムギ、イネの品種改良によって、高収量化が実現される)
    1990年代
    分子生物学の著しい発展に伴ってゲノム情報が積極的に利用され、遺伝子組換え技術やゲノム編集技術が開発され利用され始めた。

    4.育種の方法

    育種にはいろいろな方法がある。

    1. 交雑育種(従来からの方法であり、欲しい形質の個体が偶然できたら、それを掛け合わせていく。偶然に頼るので、長い時間と手間がかかる。)
    2. 突然変異育種(放射線や化学物質を生物にあてて、突然変異を人為的に作り、欲しい形質の個体を選抜する。欲しい変異が必ず起こるわけではなく、時間も手間もかかるが、在来種や近縁種に無いような変異が手に入る。)
    3. 遺伝子組換え(その生物が持っていない有用な遺伝子を外から組み込むことで、通常の方法では作り出せない形質を生み出す。安全性評価に時間がかかる。)
    4. ゲノム編集(その生物のゲノムの一部をピンポイントで改変して、欲しい形質を持つ個体を作り出す。ゲノムで起こっていることは従来の育種と同じだが、短期間かつ省力で実現できる。目的形質の遺伝情報がよく分かっていることが前提。)

    5.品種改良の3原則

    品種改良では、次の3つが実現しなくてはならない。③を忘れる人がいるが、タネの普及も重要。

    1. 有用な変異を生み出して、多様性を作ること
    2. 目的とする個体を効率よく選別できること
    3. 農家が安定して作れるように、そのタネの品質を維持しながら行き渡らせること

    6.誰のための改変なのか?

    1. 消費者のため:今まで以上においしい、身体にいい、今までにない機能
      例)ゴールデンライス(ビタミンA欠乏を防ぐために、βカロテンを産生させている)
      スギ花粉米(スギ花粉の成分を含んだ米、花粉症の免疫療法の一種)
    2. 生産者のため:病害虫に強い、耐暑性(気候変動への対応)など。
    3. 生産者(主に発展途上国)のため:多収量であること(日本では注目されにくい)
    4. 生産者のため(主にアメリカなどの大規模農家):除草剤耐性、害虫抵抗性

    7.まとめ

    以上の話を踏まえて、新しい育種でできた「ゲノム編集を用いて開発された野菜を食べますか?」。今日は、皆さんでぜひ議論していただきたい。

    話題提供2 「毒のないジャガイモをつくる」

    講師:大阪大学 村中俊哉先生

    ジャガイモはサツマイモとトマトとどちらに近いかというと、答えはトマト。どちらも南米産のナス科植物。ナス科植物は一般にソラニン、チャコニン、トマチンなどの有毒物質を有している。これらの作物では、品種改良でおいしく、大きくするだけでなく無毒化する改良がなされている。ただ、ジャガイモの芽の部分にできるソラニンという毒は、ジャガイモは世界有数の主要作物にも拘わらず、無毒化ができていない稀有な例である。

    1.ソラニンはどうやって作られるのか?

    植物のもつコレステロールが、SSR2という酵素の働きによって、SGA(ステロイドグリコアルカロイド)という物質に変化する。ジャガイモが芽を出し、日光に当たるとSGAが作られて、有毒なソラニンができる。

    2.品種改良の方法

    1. 突然変異
      紫外線や化学物質をあてて、ゲノムの損傷をランダムに起こす。それを修復する機能があるので、殆どは元に戻るが、それを何度も繰り返すうちに、10万から100万に1回程度、修復ミスが起こる。それがたまたま望むような修復ミスだったら、それを選別し、元の作物とかけあわせて、新しい品種を作る。例えば、次のふたつの作物は実用化しているが、後からゲノムを調べたら、どんな変化が起きていたかわかった。
      • イネは従来のインディカ米のゲノム塩基1文字が変わって、粒が落ちにくくなり、それがジャポニカ米になった。
      • 受粉しなくても実をつける(単為結果)ナスは、4600塩基が欠失してできた。
      どちらも、後でその品種の遺伝情報を調べたら、このような遺伝情報の変化によってできたものだと分かった。
    2. ゲノム編集
      ゲノム上の位置を指定して、そこをハサミ(酵素)で切る。修復機能が働き、元に戻る、これを何度も繰り返す間に、たまに修復ミスが起こる。それによってできた狙った形質の個体ができたら、これを選別して、新しい品種とする。
      このゲノム編集は、2010年頃に誕生した新しい技術である。
      ゲノム編集で使われる道具(位置を指定して切る酵素)はZFN→TALEN→クリスパーキャス9と変遷した。今、多く使われているクリスパーキャス9は誰でも安く、簡単にゲノム編集ができる。

    3.ソラニンを作らないジャガイモの開発と課題

    ソラニンを作らないジャガイモを作るために、SSR2合成を指示する遺伝情報だけを破壊するゲノム編集を施した。それによって、SGA生産量を激減することができた。現在、研究室内で栽培している。
    ただし、ハサミは残っていると、今後悪影響があるかもしれないので、狙った形質になった個体群を元の作物を交配する中で、ハサミがなくなったものを選別して、それを新しい品種とする。ところが、ジャガイモはそもそも不稔(花粉ができにくい)であるため、種子でなく種芋で増やす作物。つまりジャガイモは、交配によってハサミの遺伝子を抜くことができない。これが難問だった。

    4.アグロ変異法

    ハサミの働きをする酵素をつくる遺伝子を組み込んだアグロバクテリウム(細菌)にジャガイモを感染させ、ジャガイモのゲノムDNAには組み込まずに一過的にゲノム編集を行うことに成功した。
    現在、サッシーというジャガイモの品種をSGAフリーにする研究をしている。実現効率は1.8%。SGAフリーは、さやか(ポテトサダラ用)、メークイン(生食用)でも成功している。

    5.「毒を作らない」以外の形質

    通常、ジャガイモの保管は1年が限度である。新しい品種では、1年を越える長い期間保管しても発芽がしないのに、土に植えると発芽する品種をつくる研究をしている。エチレン処理したうえで、温度管理された部屋で3年保管した後、土に植えたら発芽した。
    ジャガイモは植物検疫の関係で生食用は輸入できないが、この技術を使えば、異常気象(例えば水害)などで、大規模にジャガイモが収穫できなくなった場合に有効。

    6.ジャガイモ加工における無毒化の必要性

    ソラニン中毒は重篤なものではないが、芋ほりしたジャガイモを日にあててほしたりするなどにして、年100件程度の食中毒の報告がある。
    生産・輸送・保管段階では、ジャガイモが芽を出さないように管理されている。加工段階では、温め、洗い、皮を剥くまでは機械化できるが、出てしまった芽を取り除くのは、人手をかけて行うしかない。このように、ジャガイモの場合かかる管理・加工コストや手間はかなりのもので、それが生産者・加工業者の負担になっている。この研究によって、それらの負担が軽減されればと願っている。

    写真
    質問に答える大澤先生・村中先生
    写真
    意見発表をする 1
    写真
    グループごとにそれぞれの立場になって話し合う
    写真
    意見発表をする 2

    ステークホルダー会議

    1.質問タイム

    参加者は8つの班に分かれて、話題提供に対する質問を書き出し、班ごとにひとつずつ質問をしては講師が回答することを繰り返した。

    • なぜ遺伝子組換え作物は安全性検査が義務付けられているが、従来の育種でできたものはなぜなくても良いのか?
      →食経験から大丈夫とされている。
    • ヌルセグリガントの場合は、検出することはできないのか?
      →検出できないことが特徴。市場に出回っても区別できない。
    • できたジャガイモが混じってしまうリスクはないのか?
      →無毒化したものを流通させる場合はリスクがあると考える。毒じゃないと思っていたのに毒があった場合は問題。ジャガイモの場合、交雑の可能性は低いが、流通過程で混じる可能性はあるかもしれない。
    • 生態系への影響や、不可逆的な変更なので、取り返しのつかない事態が起こる可能性は?最悪状態はどの程度予測できるものか?
      →今作っているものが野生化する可能性は低いと考えられる。でも、牧草などは野生化することがあるので、その点は慎重にする必要がある。機能性については、基本的に機能を失う方向に使うので、予測できる範囲の影響に留まると考えている。
    • 遺伝子組換えとゲノム編集の開発コスト面での違いは?
      →ターゲット遺伝子から研究開発するとなると基礎研究費がかかるが、すでに遺伝子が分かっている場合はそこまでかからない。遺伝子組換えの場合は、一つの系統を普通の圃場で栽培するための安全性検査で50億円くらい掛かってしまう。ゲノム編集育種を従来育種と同じように扱うのであれば、コストは下がる。
    • 遺伝子組換えは外来生物の遺伝子を入れているので、不安だが、ゲノム編集の場合はトータルでの利点は?
      →ゲノム編集ジャガイモは外での栽培をしてみないと農業形質としてはわからない部分もある。今のところ、遺伝子組換えとは別の扱いが考えられている。
    • 商品化に向けて、新品種の作製方法を消費者に周知させる必要は?
      →技術的な周知は現在頑張っている。遺伝子組換えは表示義務があるが、ゲノム編集についても。でも、非組換えなどの表示は必要ないと考える。違いについては、なんとなくわかるところを理解してもらうための活動が必要。
    • はさみを入れてから、抜くとの話だが、抜けたかどうかはどうやって確認するのか
      →次世代シーケンスによってゲノム配列の確認をする。相同性を検出する方法もある。ただし、ほんの少し(5塩基かと)残っていてもそれをどう考えるかは難しいところ。
    写真
    会場風景
    写真
    まとめをする小島正美さん

    2.グループごとの意見表明

    参加者は「消費者」、「生産者」、「ポテトサラダ製造販売業者」、「学校給食調理人」の4つの立場にたって、「ゲノム編集技術ジャガイモを食べるか(使うか)」に対してYESかNOの意見とその理由を整理しました。それぞれの立場で2グループずつから意見が発表されました。

      YES NO
    消費者1 保存がしやすいと廃棄が減る。病気に強いものができたら、値段が安くなるかも。栄養価が高いものができても良いのではないか。  
    消費者2   毒がないジャガイモの中に、毒のあるものが混じらないのか。味や価格による。
    生産者1 付加価値が上がって、高く売れることを前提として。出荷後にしっかり分別でき、社会の合意が得られれば使いたい。  
    生産者2 毒を作らなくて、病気に弱いなどのデメリットが出なくて、消費者が買ってくれるなら作りたい。一度作ってみてから考えたい。  
    ポテトサラダ
    製造販売1
      国の動向を見てから。安全性についての判断がはっきりしてから。
    ポテトサラダ
    製造販売2
    手間、コスト、リスクを下げられるなら。不安もあるので少しずつ導入したい。  
    学校給食
    調理人1
    時短、リスク低減、学校給食では起こっている。ただし保護者の理解が必要  
    学校給食
    調理人2
    味やコストが変わらないという前提で。大量に扱うので手間が省ける。コストも低減する。安全ではなかったら市場にはでないだろうから。市場に出たら、全面的に使う。  

    まとめ

    最後にコメンテーター 小島正美さん(食生活ジャーナリストの会 代表)から結びのことばをいただきました。「今回はYESが多かったが、条件がいろいろ述べられているので、必ずしもゲノム編集ジャガイモが受容されるだろうということにつながらないではないかと感じている。いろいろな立場での意見を整理するためにも、いろいろな育種技術のメリットとデメリットのマトリクスをつくったらいいと思った」

    本ワークショップは、JST 科学技術コミュニケーション推進事業未来共創イノベーション活動支援と、戦略的イノベーション創造プログラム(次世代農林水産業創造技術)の支援を受けて実施しました。
    また、ステークホルダー会議実施にあたり、大阪府立大学 教授 小泉望さん、同大学 准教授 山口夕さんにご協力いただきました。感謝申し上げます。

    © 2002 Life & Bio plaza 21