TTCバイオカフェレポート「がん治療の今までとこれから」
2016年2月5日、東京テクニカルカレッジ(TTC)でバイオカフェを開きました。お話は「がん治療の今までとこれから」東京医科歯科大学腫瘍センター長 三宅智さんによるお話でした。はじめに水野美香さんと鈴木里佳さんによるクラリネットとフルートの演奏がありました。エルガー「愛の挨拶」に始まり、最後は桜など日本の春の歌のメドレーが演奏されました。
クラリネットとフルートの演奏
三宅智さんのお話
お話の主な内容
はじめに
私は1987年に東京医科歯科大学医学部を卒業しました。最初は消化器外科医としてスタートしましたが、卒後9年目から3年間の基礎研究者としてのアメリカ留学の後は、がんの基礎研究に専念しました。計9年間の研究者として過ごした期間の後に、再び臨床医としての活動を再開しましたが、今度は外科医ではなく、がんの化学療法および緩和ケアを専門とするようになりました。2010年からは緩和ケアのみに専念し、2012年に東京医科歯科大学に戻ってからも、緩和ケア医としての活動を継続しています。
緩和ケアの歴史と現状
患者さんのみならず医療者にとっても、「緩和ケア」という言葉のイメージからは、終末期医療やターミナルケアといった、ネガティブな印象を受ける人が多いのが現状です。がんに対する積極的な治療ができなくなったら緩和ケア、という考え方です。緩和ケアの分野で、シシリー・ソンダースの存在は欠く事ができません。1967年にイギリスにセントクリストファーホスピスを設立し、近代ホスピスの母と呼ばれています。彼女は医療の在り方を治療からケアも含む概念に広げました。彼女の唱えたホスピスの5原則は現在の医療現場でも重要なことばかりです。
緩和ケアという言葉については、WHOによる定義があります。日本では、緩和ケア病棟やがん対策基本法との関連で緩和ケア体制が整備されてきた経緯がありますが、この定義では、がんのみならず、生命を脅かすすべての疾患に対して、さらにそれらの疾患の早期から、そして患者のみならず家族に対しても提供されるべきと記されています。日本における緩和ケアの発展に関わってこられた先生として、医科歯科の先輩である故鈴木荘一先生、柏木哲夫先生、山崎章郎先生を挙げさせていただきます。
以前、緩和ケアは治療が終了してから初めて導入されるというイメージがありましたが、最近では、治療と並行して、さらには診断された時から同時に緩和ケアを提供する必要性が指摘されています。緩和ケアの目標は、QOL (quality of life)の向上ですが、最近ではQALYs (quality adjusted life years 質調整生存年)という考え方が紹介されています。これは単に生存期間が延長するだけではなく、QOLを維持することが重要であるという考え方です。また、病の軌跡 (illness trajectory)という概念があり、がんの患者さんは比較的ADLが保たれた状態で過ごし、最後の数か月で急速にADLが低下するという指摘があります。また、亡くなる1ヶ月前には様々な症状が出現し進行するとも言われています。最近の研究では、緩和ケアをがんの治療と並行して行うと、より生存期間が延長するということも示されています。まとめると、緩和ケアは今までは、特にがん治療が終了した後に姑息的に行われるものというイメージでしたが、現在では、がん治療と並行して行う、むしろ包括的ながん治療の一環としての位置づけに変わろうとしています。
海外では、最近、“whole person care”という考え方が広まってきました。今までの医学は治療に焦点を置き、患者さんを一人の人間として見る視点に欠けていた部分があります。そこをcare(治療)に加えてhealing(癒し)の部分を重視するという考え方です。東京医科歯科大学のミッションは「知と癒しの匠を創造する」ことですが、whole person careの考え方と通ずるものがあります。また、最近では、EBM (evidence-based medicine 根拠に基づいた医療)が重視されていますが、同時に、NBM (narrative-based medicine 物語に基づいた医療)も同時に考えなければならないと言われており、これらはすべて、従来の医療者が主体となった医療提供体制から、医療者と患者さん・ご家族が一緒に作り上げる医療を目指した動きと言えるかもしれません。
東京医科歯科大学では、2012年以降、がん診療の体制を整備してきました。腫瘍センターを中心として、緩和ケア、化学療法、がん登録、がん相談支援、がん診療連携の各部門の活動を充実させ、2014年には改訂された要件で、がん診療連携拠点病院に指定されました。中でも歯学部との連携と緩和ケア提供体制の整備は重点課題となっています。緩和ケアについては、2012年来、緩和ケアチームの活動、総合がん・緩和ケア外来の開設などを行い、現在は年間300名以上の患者さんに対応しています。先にも述べたように、2017年には緩和ケア病棟の開設も予定しており、関連する施設を協力して、診療、研究、教育の体制整備を行う予定です。
緩和ケアのこれから
今後の緩和ケアの方向性として、「地域連携」と「コミュニケーション」という2つのキーワードがあります。連携としては、病院内での連携、病院と病院の連携、病院と地域(診療所、訪問看護ステーション、調剤薬局、介護システム)など様々な形態があります。どのような形の連携にしても、コミュニケーションがしっかりとれていることが大前提になります。最近、従来の患者中心の医療から、患者もチームに加えた「コンコーダンス(調和)」という考え方が提案されています。もちろん、医療は患者さん中心であるべきなのですが、医療者と患者の関係のみならず、さらに患者さんとご家族、医療者同士など様々な関係性をそれぞれの場面で考えることも重要なことです。さらに、アドバンスケアプランニングといって、早いうちに医療チームと患者さん・ご家族が一緒に今後の医療や介護などについて考えるプロセスを重視する考え方も広まりつつあります。
いずれにしても、大切なのは、医療者も患者さん・ご家族も同じ「ひと」であり、多くの部分は共有できる(すべきである)ことを忘れないことだと考えています。
TTC大藤道衛先生の歓迎のことば
会場風景
話し合い
- 水素治療について → いろいろな治療法があり、効いている人はいるのだと思う。しかし、データ数が集まらないとエビデンスにならないし、保険の対象にはならない。水素治療も可能性があるのかもしれないが、推奨できるかどうかという段階にはまだ至っていないのではないか。
- 自分はがん家系だろうと思って、がんマーカーの検査を受けた。マーカーにも検出限界があると思う。この検査結果はどのように解釈すればよいのか? → 腫瘍マーカーはがんの進行や治療効果の判定に用いることが多く、早期発見には適していないと考えられている。CEAという大腸がんで上昇する腫瘍マーカーは喫煙でも上昇することがある。マーカーで陽性と判定されても画像では見つけられない(がんはないらしい)人もいる。
- がんは種類が多い。早期発見の検査法がいっぱいあるがすべての検査をしていないといけないのか → すべてのがんを見つける検査はない。検診を受けるなら、まずは頻度が多い五大がん(肺がん、胃がん、乳がん、前立腺がん、大腸がん)についての検診を受ける(方法はがんによって異なる)のが良いと思う。
- がんになったときの食事療法の本がたくさんあるが → 今は情報が多すぎる。明らかによいといえる食事があるわけではない。バランスのよい食事がいいとされているが、睡眠、食事、運動、排泄のバランスがとれていることは大事だと思う。
- 活性酸素をなくすのがいいといわれているが → カテキンには活性酸素を減らす効果があることはわかっているが、デリバリーシステム(カテキンを活性酸素ある場所まで運ぶ)に課題もある。臨床試験の中で、活性酸素を減らす効果をどのように評価するかも確立していない。どのようなエビデンスが必要かもわからないなど、情報が十分にない状態。
- 緩和ケアに関する医療者への教育はどのようにされているのか → 医学部在学中、卒後の教育ともにまだ不十分な状況である。これから広がると思う。国は卒後教育(医学部を出た後)として、がん治療に関わるすべての医師に対し緩和医療学会に委託して2日コースの研修会を実施している。これだけでは医者の行動パターンは変わらない。入学試験で緩和医療の考え方にふさわしい人材を選ぶのか。緩和医療を教える教育者の資質を問うのか。
- ぜひがんばって、緩和医療を広めてほしいです → 私たちも頑張りますが、社会から変えていく(そのような動きを始める)のが効果的だと思う。
- 緩和ケアはがん治療が中心でがん以外はまだだということだった。身内を難病指定の病気で亡くした。難病患者への緩和ケアは始まっているのか → 緩和ケアの始まりは、保険診療上、緩和ケア病棟に入ることができる人(がんやエイズ)だった。難病の緩和ケアに取り組んでいる医者はいる。緩和ケア専門といっても、その病気についてよく知っている必要がある。透析専門の医師で緩和ケアを取り入れている人もいる。
- 緩和ケアは、がんの早期から始めるのがいいと思ったが、患者さんによっては「緩和ケア=終末期ケア」と認識している人もいると思う。早期からこのプログラムに入りたいという人はいるのか → 当院では、肺がんの抗がん剤治療は緩和ケアを併診することにしている。
- 情報が溢れているが、お勧めのサイトは → 国立がんセンターのサイト。主治医と一緒に考え、複数の治療法から一緒に考えて選ぶ。一緒に考えることは患者も望んでいると思う。
- 患者になったとしたら、医療関係者にどういう風に質問したり、どのようなアクションを起こしたりすると、医療チーム側はうまく動けるのか → 双方向の問題。医師をひとりの人間としてみてもらうのがいい。がん診療拠点病院にはがん支援相談センターがあるので、主治医とうまくいかないときは、そういう場所で相談してくだい。