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  • 第18回TTCバイオカフェ「お醤油のサイエンス」

     2015年11月27日、東京テクニカルカレッジでTTCバイオカフェを開きました。お話はキッコーマン㈱研究開発本部 学際担当部長 小幡明雄さんによる「お醤油のサイエンス」でした。はじめに北政扶美子さんが南米パラグアイのハープで オードリー・ヘップバーン映画の名曲オムニバスの演奏がありました。


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    北政扶美子さんのハープの演奏
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    小幡明雄さんお話

    主なお話

    はじめに(自己紹介・会社紹介)
     30年以上、野田にある研究所で研究をしてきた。入社当時は海外進出が盛んで海外に輸出する豆腐の研究開発に関わった。その後も大豆に関係した研究に携わり、大豆のアレルギー、大豆の機能性などの研究もした。
     キッコーマンというと醤油と思われるが、和風総菜の素、デルモンテ・トマト製品、マンジョウ・本みりん マンズワインなどもキッコーマンの製品。近年、旧紀文フードケミファもグループ会社となり、豆乳製品も取り扱っている。キッコーマンは350年も前から野田で醤油をつくってきた。キッコーマンは創業八家によりが株式会社になってから、あと2年で100年になる。1970年代からは海外進出に注力し、現在の売上の半分以上は海外である。キッコーマングループは、食品だけでなく、バイオテクノロジー関連製品にも手掛けている。
     
    醤油の歴史
     ルーツは中国のジャン(ひしお)。保存食である塩漬けの過程で誕生。肉びしお、魚びしお、穀びしおがある。唐と高麗からのふたつのルートで、大和朝廷時代に製法が伝来した。鎌倉時代、金山寺味噌の下にたまった液がおいしく、これが醤油の始まりといわれている。醤油という字が出てきたのは室町時代。醤油の「醤」は発酵させたカメを表し、「油」はできた液体をさす。醤油は上方(関西)で大量につくられていたが、江戸時代中期から関東に生産の中心が移り、その結果、上方タイプの醤油が減り、色の濃い関東タイプが増えてきた。千葉県の野田、銚子は今も一大生産地である。
     
    野田の醤油
     350年前に高梨兵佐衛門家と茂木七左衛門家が野田で醤油醸造を始め、今も継承されている。1917年、茂木、高梨一族と堀切家が会社を設立。キッコーマンの商標は茂木佐平治が使用していたもので、千葉県香取市にある香取神社の「三盛亀甲紋松鶴鏡」をもとにしている。
     野田で醤油産業が栄えたのは、江戸川と利根川のおかげで大消費地であった江戸に運びやすく、小麦が下総台地、大豆は常陸、塩は行徳でつくられていたため、原料の入手が容易であったという利点があったからである。それゆえ千葉県には、キッコーマン、ヤマサ、ヒゲタなどの大手の醤油の会社がそろっている。キッコーマンでは、御用蔵醤油といって、今でも昔ながらの製法でつくられた製品もある。醤油業界では、キッコーマン、ヤマサ、ヒゲタ、ヒガシマル、マルキンが大手5社といわれている。
     
    醤油の作り方
     醤油の特徴は、麹菌、乳酸菌、酵母の3つの微生物で発酵させること。味噌、納豆、酢、日本酒など日本でも発酵食品は多いが3種の微生物を使う発酵食品は少ない。
    発酵とは人間にとって有益な物質をつくることをさし、それ以外の場合は腐敗という。
     醤油の原料は、大豆と小麦が1:1、食塩濃度は16%。通常の微生物はその食塩濃度では生きられないので、醤油の醸造に必要なものである。
     3種類の微生物の役割は
    ・麹菌:大豆のタンパク質、小麦のデンプンを分解する。
    ・乳酸菌:糖から乳酸をつくる。
    ・酵母:糖からアルコールをつくる。香り、味をよくする。
     それぞれのメーカーごとに特徴のある独自の菌を使っている。私たちはキッコーマン菌を使っている。
    大豆のタンパク質はアミノ酸に、小麦のデンプンはブドウ糖まで分解され、味と香りをつくる。塩は塩味になるとともに雑菌の繁殖を抑える。丸大豆を原料とした場合には味に丸みが出る。大豆はアメリカ、カナダからの輸入がほとんど。食塩は赤穂、小名浜などの国産品を主に使用。
     麹菌が増殖し、麹菌の菌糸が蒸煮した大豆と炒った小麦を覆ってしまったあとに食塩水を添加・混合してもろみができる。麹菌が出す酵素により大豆と小麦が分解される。もろみの中で乳酸菌が働き始め、ブドウ糖から乳酸ができる。乳酸でpHが下がると酵母が生え始め、アルコール発酵がはじまる。分解が進み、反応が進むにつれて、色が濃くなる。色が濃くなるにつれて香りも良くなる。
    一定期間発酵したもろみをしぼると生醤油になる。生醤油は静置すると、上部に油が集まって2層になり、その油を除いた透き通った部分が生醤油である。
     火入れは、微生物を殺菌するとともに、良い香りと色をつける。醤油では色と香りと味のバランスが大切だが、最大の特徴は香りである。
    しぼりたては明るい橙色、味は塩味だけでなく甘み、酸味、うま味のバランスがいい。約300種類以上の香りがあり、メーカー間による醤油の特徴は香りに依存するところが大きい。
     
    醸造過程における反応と成分
     大豆のタンパク質は、分解されてペプチド、アミノ酸になる。小麦はオリゴ糖、単糖(主にブドウ糖)になる。
    アミノ酸と糖の反応(メイラード反応)により醤油らしい色と香りが生まれる。
    醤油の品質は窒素量(おもにアミノ酸量を反映)で等級が決まる。
    醤油を使った調理で魚の生臭みを消えることを科学的に検証し、「メカジキの漬け焼きの食味におよぼす醤油の影響」という論文(日本調理科学会:2015年)を出した。また、醤油の香りは食品の味にも影響を与えることも明らかにした。
     
    醤油の種類
     醤油には次の5種類がある。
    ・「こいくち」は日本の醤油の85%を占める。食塩含有量は16%
    ・その他は、「たまり」、「うすくち」、「しろ」、「再仕込み」醤油 
    素材を活かすなら「うすくち」を使うなど、使い分ける。
    全国の醤油の使い方をみると、関東は「こいくち」、関西は「うすくち」の使用が中心となるが、地域で「こいくち」、「うすくち」などの組み合わせ方が違う。
     今は、火入れをしていない生醤油が流行している。膜処理で微生物を除去したもの。生醤油は火入れ醤油にくらべて、色が薄く、香りがおだやかで味もまろやかでさっぱりしている。生醤油は、二重ボトル(スクイズボトル)という容器の開発で、酸化せずに色が安定するようになった。生醤油の加熱後の香りを調べるために、官能試験を実施。豚の生姜焼きを調理すると火入れ醤油よりも生醤油の方がおいしいといった人が多かった。生醤油は加熱により香りが出てくるため、調理後の甘い香りが多く、その香りが残っていることがわかった。
    1990年ころから国内での醤油の使用量は落ち続けているが、海外では継続的に伸びている。オランダ、中国、カリフォルニアなどに拠点を設け、現地向けに製造している。
     ここまでの話しは、キッコーマンHP、キッコーマン国際文化研究センターHPなどに出ている内容なので、興味のある方はぜひ見て欲しい。この他にも、キッコーマンの強みは微生物、酵素分野なので、ルシフェラーゼなどのバイオ分野にも力を入れている。
     
    特定保健用食品(大豆ペプチド入り減塩醤油)
     高血圧予防のために食塩の摂取を減らす努力が必要だが、減塩醤油の普及は進んでいない。そのような状況のなか、血圧低下効果のあるトクホ醤油の開発に着手。トクホ(特定保健用食品)の対象は、病気の人ではなく血圧が高めの高血圧の予備軍(20歳以上の53%の人がターゲットになる)。いま使っている醤油を変えるだけで血圧をコントロールできるように、アンジオテンシン変換酵素(ACE:血圧の上昇に関係するペプチドを生成する酵素)を阻害する成分を発酵工程で増やした醤油をつくることになった。ペプチドをアミノ酸に分解するペプチダーゼという酵素を抑制することでペプチドの多い液(大豆発酵調味料)を作り、それを使って血圧が高めの方向けのペプチドが多い醤油を製造。大豆発酵調味液はACEを阻害する力が強い。
     ヒトの試験では、血圧が高めの男女を対象に、大豆ペプチド入り減塩醤油を使ってもらったところ、8週目で有意な血圧低下が確認できた。2013年から、大豆ペプチド入り減塩醤油を通信通販で販売している。減塩醤油だが「だし」を加えることで味を調えた。今後も、食塩を多く含む調味料を扱いつつ、それを補うような調味料をつくっていきたい。


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    会場風景
     
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    東京テクニカルカレッジ講師 大藤道衛さん
    「これまでのバイオカフェの流れ」

    話し合い

  • は参加者、 → はスピーカーの発言

      • 醤油をしぼった時にでてきた油の使い道は → ボイラーの燃料など。丸大豆の絞り粕からは相当の油がでる。脱脂大豆は既に油が抽出されているので油はあまりがでない。
      • 小麦粉アレルギーの人はどうしたらいいのか。キヌアの醤油もあるが、小麦抜きのおいしい醤油は → 大豆や小麦を使わずに調味料を作る研究は昔から検討しており、実験室では醤油様のものを作ることができている。以前、米アレルギー患者用のお米(タンパク質を除去)を販売した会社があり、価格が高くなるため事業として成功するのは難しいと聞いたことがある。醤油はかなりタンパク質が分解されているが、アレルギーを起こす人がいるとの報告もある。しかし、一般的には、大部分のタンパク質が分解されているため、アレルギーが起きにくい食品と考えられている。
      • トクホのお醤油を使ったら、ACE阻害剤を薬として使っている人はどうなるのか → 効果を示すしくみは同じであるが、薬ほど強くないので、薬と醤油を併用しても健康を害するほどの影響はないと考えている。心配な方は、かかりつけ医にご相談を。
      • 減塩醤油とこいくち醤油の価格差は → 1.2~1.3倍くらい。減塩醤油は通常の醤油を作ってから塩分だけを取り除くので、塩分を抜くためのコストがかかる。最近の研究で、減塩醤油はある期間使うと、味慣れすることがわかってきた。大学生と老人ホームの人に減塩醤油を1か月間使ってもらったところ、減塩醤油をおいしく感じるようになる。歳をとると味の感度が落ちて濃い味になるといわれているが、減塩醤油の味に慣れる結果が得られたので、減塩醤油の普及につなげたい。
      • トクホは使い続けないと効果はでないのか → そうである。継続的な使用が前提である。使用をやめると血液中の有効成分濃度が下がるので、効果が期待しにくくなる。
      • 醤油工場の醤油ソフトクリームがおいしいのでコンビニに出してほしい → コンビニで売る予定はない。醤油はちょい足しで味を良くする効果がよく知られている。イギリスでは、グレービーソースに醤油をちょい足しすることで美味しくなったとの新聞記事が出た。
      • 濃口醤油の味は微生物の加減(働き方)で変化するのか → 麹菌、乳酸菌、酵母は同じものを使って、同じように発酵管理しているので品質はほぼ一定。官能評価と品質管理で品質が変わらないことを確認して販売している。
      • 和食が見直されているのに醤油の消費量が減っているのはなぜ → 統計から見ると、米の消費量が減り、和食も減っている。和食に必須の米、味噌、醤油は連動して減っている。食育を大事にして、若い人に和食の良さを伝え、味を覚えてもらう努力をしている。
      • 海外で醤油が利用されているが、海外ではどんな使い方か → 海外では肉料理に使われることが多い。テリヤキソースなど、醤油で調理すると香ばしい良い香りが立ち。肉がおいしい。
      • 今では海外のほとんどのレストランで醤油が置かれるようになっていますね → 早い時期に海外に進出し、プロモーションを行った。今までは、海外の所得の高い人が中心で買っていたが、今では、もっと裾野を広めるようにしている。
      • 海外の生産工場でも同じ菌でつくるのか → 同じ菌を使っている。
      • 中東、アフリカでは現地にあわせた味にするのか → 現地に合わせていない。アフリカで他国のように販売するのは難しいので、新しい販売戦略が必要になると思う。
      • 減塩の方が淡口よりおいしい → 淡口は色が薄いが、塩分は18~19%くらいで普通の濃口醤油よりも塩分が高い。色が淡いので素材を活かす料理には合うと思う。当社では、食塩12%のうす塩醤油もつくっている。段階的に薄味に慣れると、無理なく減塩できる。
      • 地域により商品は異なるのか → キッコーマンは関東の濃口醤油のシェアが高い。九州向けは甘味を入れたり、北海道は昆布だし入を入れたりして現地の味にあわせた製品を作っている。
      • 小麦、大豆は輸入でも、塩は国産なのですね → 食塩は主に国産のものが使われます。メキシコ産のものを使用こともあります。
      • トクホしょうゆがいいのか → 食塩を半分に減らし、血圧を下げる成分が入っており効果が確認されている。血圧の高め人だけが使用できるように個包装になっている。
      • 官能試験をするとき、醤油ソムリエというような人はいるのか → 仕事の分業化が進み、以前のように醤油を専門にして全部わかる神様みたいな人がいなくなった。今は、成分分析値と官能評価が中心で品質を管理している。
      • 醤油の官能評価とは → 嗜好性を問うときはだれでも良く、その人の好き嫌いでいい。分析用の官能評価は味覚の感度が良く、さらに事前の官能評価のトレーニングした人で行う。分析用の官能評価では香りや味の強さを数値で表すことができる。
      • 醤油の賞味期限は → 賞味期限の範囲内はおいしく召し上がって頂ける。酸化などにより少しずつ品質が変化してゆくので、急にまずくなることはない。

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