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  • 第10回「私たちのDNA」開かれる

     2015年9月26日、10回目を迎えた実験教室「わたしたちのDNA」が東京農工大学 遺伝子組換え実験施設にて開催されました。
    この実験教室では参加者の皆さんのDNAを抽出し、第16番染色体上のPV92 部位にあるAlu配列というDNA配列の型を自身で調べる実験です。人のDNAを使用して実験しますので、東京農工大学内の倫理審査委員会での承認を得る手続きを済ませたのちに行いました。
     
    会場を提供してくださった東京農工大学・丹生谷博先生の挨拶の後、講師の東京テクニカルカレッジ・大藤道衛先生からDNAや遺伝子の役割、実験で調べるAlu配列の説明などがあり、今日の実験結果は参加者の病気や身体的特徴などとは関係のないことも説明されました。
    その後、参加者のみなさんが自身のDNAを使用して実験することに対するインフォームドコンセントのための資料について説明があり、みなさん納得されて用紙にサインをしてから実験を行いました。

    実験

    実験は生理食塩水を口に含んでブクブクさせて細胞を集めることから始まりました。集めた細胞を壊してDNAを取り出し、必要な処理をしたサンプルに調べるPV92部位にあるAlu配列だけをたくさん増やすための試薬を加え、PCR法でDNAを増やしました。増やしたDNAは電気泳動、染色を行い、一番最後の話し合いの時間にグループごとに実験結果を見て、PV92部位にあるAlu配列のDNA型を確認しました。
    今回の実験は、本実験教室の協賛であるバイオ・ラッド ラボラトリーズ株式会社が学校向けの理科教材として販売している実験キットを提供してくださったものを中心に使用しています。

    DNAを増やすために2時間程度時間がかかりましたので、その間に昼食とラボツアー、大藤先生と株式会社エスアールエルの堤正好さんのお話を聞きました。
    ラボツアーでは丹生谷先生が遺伝子実験施設にある実験室や遺伝子の解析に使用する装置などの説明などをしてくださいました。


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    実験の説明をする大藤道衛先生
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    実験指導してくださる立田由里子さん
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    実験指導してくださる須田亙さん
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    解析装置の説明をする丹生谷博先生

    講義1.大藤先生のお話の概要

    ゲノム、DNA、遺伝子、染色体とは何か?
    微生物、植物、動物、どの生き物も細胞の核の中にDNAを持っている。昔、「ミクロの決死圏」という映画があったが、今日話すDNAや分子の世界は、ミクロ=マイクロのさらに1/1000、ナノの決死圏。生物はDNAが変わることで進化が生まれている。今私たちも進化の途中にいると言っても過言ではないだろう。遺伝子はタンパク質を作るための情報で、実際は一旦メッセンジャーRNAにコピーされてから、その情報をもとにタンパク質が作られる。ゲノムの役割は遺伝情報を親から子へ伝えることと、遺伝情報を活用することの2つがある。例えば私たち人間の体のどの部分の細胞にも、同じゲノムが入っているが、そこにある遺伝子の働き方が異なるためにそれぞれの部分になる。
     
    Alu配列の話
    Alu配列とはおよそ300塩基対の配列で、その配列も分かっている。レトロトランスポゾンというゲノム上を動くことも分かっている。アフリカで生まれた現生人類が世界中へ移動する過程で、ゲノムのある部分にAlu配列の入った人が現れた。その人の子孫が増えることで、その部分にAlu配列が入っている人が増え、DNA型の多型が生まれたと考えられている。世界では地域差もあり、東南アジアや韓国、日本ではPV92部位にAlu配列が入っている型の人が多い。
     
    ジェネティクスとエピジェネティクス
    病気と遺伝子の関係について。単一遺伝病は遺伝するが、多くの病気は遺伝と環境が原因となる。エピジェネティクスという言葉があるが、その1つがDNAの“メチル化“。例えば一卵性双生児は同じ遺伝情報を持ち、小さい頃はほぼ同じ、良く似ているが、大人になると遺伝子の”メチル化“の位置が変わることで遺伝子の働き方も変わってくる。一卵性双生児の兄弟姉妹でも、年齢に伴い体質や病気のかかりやすさに違いがでるのは、メチル化によるのかもしれない。
     
    ゲノム医療
    すい臓がんで亡くなったスティーブ・ジョブス氏は自身の遺伝子解析をした。その結果、どういった遺伝子がすい臓がんで変化しているのかというところまでは明らかになった。しかし、残念なことにそれに対応している薬がなかったので、亡くなってしまった。自らのゲノム情報を調べて医療を受ける姿勢を示して、これからの医療の在り方を暗示してくれた。
     
    遺伝子リテラシー教育について
    1980年代、米国ではバイオ産業の振興に力が入れられた。同時に、学校教育、特に高校での生物学と社会とのギャップを埋めるようなカリキュラムが高校教員から草の根的に生まれてきた。大学で高校教員に対する遺伝子実験などの教育トレーニングが始まり、1990年代には充実した生物の教科書も増えた。現在は、科学的にものを考えるための基礎になるSTEM(Science, Technology, Engineering, Mathematics:科学、工学、技術、数理)の要素を取り入れた授業を展開する教育が広がっている。
    このような流れの中、今回の実験教室に実験キットを提供してくれたバイオ・ラッド社の米国本社では、20年前からバイオテクノロジーと社会とのつながりを学ぶ実験教材の開発が始まった。教材開発の中心になった元高校教員のロン・マーディジャンは、残念ながら若くして亡くなったが、彼の功績は全米科学教員協会(NSTA)でも認められ、彼の名前のついたアワードが作られるなどしている。

    講義2.堤正好さんのお話

    1996年放映されたNHKのETV中で、ダウン症の出生前マーカー診断を取り上げた回があり、社会的に大きなインパクトがあった。その番組の中でSRLの当時の担当者のコメントも取り上げられた。そのコメント内容含め、この番組が出生前のマーカーについての議論が巻き起こるきっかけになった。その話も含めて、染色体検査や遺伝子検査についてお話したい。
     
    染色体検査について
    SRLは全国に拠点を持つ検査会社。例えば、病院で採血したり、ガン組織、手術で組織を切除したりして検査を行う時、血液検査は病院の中でも行うが、手間がかかる検査は検査会社が行い、分析して、結果データを病院に返す。ここでは患者さんのデータとサンプルが同時に動いて初めて仕事になる。
    検査会社で行う検査の中に、染色体検査がある。染色体検査にも個人の遺伝情報を扱うようなものと、病気の腫瘍細胞でのみ起きている異常を調べるものと、2つの種類がある。どちらも染色体の形や本数を見る。
    個人の遺伝情報を扱う染色体検査には、例えば先天性異常染色体検査、例えばダウン症は、21番目染色体の数について検査する。どうしてダウン症かというと、生まれる方が多いこと、診断がわかりやすいこと(21番染色体が3本ある)などが挙げられるけれど、逆に「どうしてダウン症ばかり引き合いに出されるのか?」という意見や問題意識がある。SKY染色検査と言って染色体ごとに色を染め分ける手法があり、それを利用して検査するような場合もある。
    腫瘍細胞の染色体異常を調べる例として病白血病がある。白血病は患者さんも多いが、治療法が良くなってきていている病気。例えば慢性骨髄性白血病は、以前は骨髄移植とインターフェロンを使用することでよくなっていた。現在はグリベックという薬があり、まだ高価で80万円ぐらい/月もかかるが劇的に効く。
     
    遺伝子関連検査について
    染色体とは別に、「遺伝子関連検査」という検査もあり、3つに分類されている。1つは「病原体核酸検査」といって、外部から体内に侵入した病原微生物やウイルスのDNAやRNAを検査する。「ヒト体細胞遺伝子検査」はガンなど後天的に変異した遺伝子を調べる。「ヒト遺伝学的検査」の例としては遺伝病の検査があり、これは個人遺伝情報を取扱う検査となる。
    「病原体核酸検査」としては、例えば子宮がんの原因となるパピローマウイルスは、ウイルスであるが培養ができず、検出が難しかったが、DNAやRNAを調べることでウイルスをたくさん増やさなくても検査できるようになった。結核は患者さんの痰の中にいる結核菌がいるかいないか、を調べる。病原体核酸検査は、全国で年間およそ500万テストが行われている。
    「ヒト遺伝学的検査」は、さらに薬物効果や副作用の予測を目的をした「ファーマコジェノミクス検査」と単一遺伝病の検査の2つがある。単一遺伝病の検査ではヨーロッパ王室内の血友病の遺伝についてのような例でよく知られている。
    遺伝情報は世代を超えて受け継がれる情報だが、まるで先祖代々、上からジョウロで水をまくように遺伝情報が受け継がれてきて、それを子供たちに伝えている。そういった中に私たちはいるのだ。
    遺伝情報の特性について、2011年に日本医学会でガイドラインを制定したが、その議論に1年4ヶ月かかった。それぞれの先生たちの意見が違っており、その議論もとても興味深いものだった。結果として、遺伝情報の特性は、生涯変化しない、血縁者間で一部共有されている、出生前診断に利用できる場合がある、不適切に扱われると不利益を被る可能性もある、などとした。遺伝情報をもとにした差別は受けてはいけない、遺伝情報は大切に扱わないといけない。
     
    NHK ETV放映後の議論
    1996年4月25日、NHKのETVで「生命を選べますか?新たな胎児診断システムの波紋」というタイトルの番組が放映された。内容はダウン症の出生前診断、トリプルマーカーテストの内容だった。検査が行われるようになることに対して、産婦人科医、検査会社、ダウン症のお子さんを持つ母親などの立場のコメント等で番組は構成されていた。
    当時、全ての妊婦に対して、採血でのダウン症のスクリーニングを実施しようとしていた。この時、SRLも取材されたのだが、担当者が「(新しく始まるトリプルマーカー検査は)飯の種になる」旨の発言があり、産婦人科医がお金儲けのために検査を行うのか、と批判を受けてしまった。
    この番組が放映された2日後、着床前診断に関するシンポジウムが鹿児島で行われた。自分はそれに参加したのだが、会社としてもETVでのSRLのコメントについて産婦人科の先生方にその場で謝るように、ということになった。この番組が放送されたことがきっかけで、その後、いくつかの団体からの質問状や、ダウン症のお子さんを持つおかあさんからの手紙に対して、法務部や広報部とともに対応するようになった。その後、SRLは「トリプルマーカー」を使わないようにと他の企業から商標差し止めの訴訟をおこされたりもした。そして1999年に厚生労働省が母体血清マーカー検査に関する見解を通知として出した。
    1996年のETVは、まさに検査が始まろうとしているタイミングでの番組放映だった。その後、遺伝カウンセラーの必要性も大きく注目され、制度化が進んだ。1998年には人類遺伝学会でも見解を出しており、この検査を積極的に宣伝はしないとした。厚労省の見解でもスクリーニング検査がとして行われることではない、積極的に知らせる必要はないとした。英国や米国では事実上のスクリーニングとして行われていたが、前述のような見解が日本の現状にあっているという判断をした。SRLは、どちらかというと普及は反対だった。
    一方で出生前診断について知っていただくためのリーフレット作成も行った。内容も様々な配慮を行った。最初、表紙に幸せそうな親子を出したのだが、それで良いのか?内容とギャップがあるのでは?という指摘があり、絵を差し替えたりもした。
    2012年にも出生前診断に関する報道が増えた。この時は、母体の血液でダウン症の診断がほぼ確実にできるようになったとの報道だった。費用はおよそ20万円程度。しかし、この検査もマススクリーニングとして安易に行うべきではない。
     
    これからの遺伝情報との付き合い方
    現在、技術が進み、全ゲノム解析費用はどんどん下がっている。ヒトのゲノムも1000ドルで全部解析できてしまうようになった。でも、その解析したデータを解釈するためのコストはどうなのだろうか?実は上がっているのではないかと考えている。
    今、進んだ技術が自分たちの手元に届くところにあるということ、それにどう向き合うのか?ということを問われていると思う。技術の進むスピードがものすごく速い。その中に自分たちはいるということをどう捉えるか、どう向き合うか、考えなくてはいけない。
     
    堤さんのお話への質問

  • は参加者、 → はスピーカーの発言
    • 生まれてくる子供の遺伝子を調べて、子供を選ぶ時代になってしまうのではないかと思うのだが?  → まさにその通りだと思う。解析技術が進んでいて、命を選べる時代になりそうな状況なので、まさにそのような状況と向き合わないといけない。
    • 検査会社の社員の方が、自分(あるいは自分の奥様)は検査しようという気持ちになるものなの?  → それは個人の問題。でも会社の問題でもあるかもしれないが、現実として会社として個人の問題に踏み込むことは難しい。新しい妊婦の血液を使う出生前検査は希望者が多く、全国で50ぐらいある施設認定された病院が捌ききれないほど。個人の病院ではしていない。できないことへの不満もあるが、それを日本医学会などが歯止めをかけている状況。

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    お話をされる堤正好さん
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    全体の話し合いの様子
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    集合写真

    全体の話し合いでの意見や質問

  • は参加者、 → はスピーカーの発言

    • 自分のDNAを使った実験は初めてで興味深かった。結果を楽しみにしている。倫理的側面があることに初めて気づいた。これからは遺伝情報の話に興味をもっていきたい。
    • 楽しかった。言葉としてのDNAは聞いていたが、よく知らなかったので、今日の資料をよく読んで考えるようにしたい。
    • 想像していたより楽しくてあっというまだった。これからは映画を観るときに、何かに気づいたりするのだろうと思う。それが楽しみ。
    • 言葉が難かった。実験で体験できて楽しく過ごせた。予め勉強し、また参加したい。
    • 私はがん家系で、DNAに関心を持って前回から参加している。今回は、出生前診断のお話に期待してきた。
    • 情報系事業で働いていて、隣のチームは遺伝子解析。隣のチームのことが理解できるようになったと思う。遺伝情報の解釈に「飯の種」は確かにありそうだが、倫理的な配慮の必要性もわかった。
    • 2回目の参加。説明が多く前回より面白かった。年齢で細かい作業がやりにくくなり、1年で目が老化したことを感じた。
    • 楽しかった。DNA、染色体などの基礎情報から目の前の現象が目に見えて、コンパクトにまとめられていた。エピジェネティクスのような先端の話から、診断をしている現場の堤さんのお話も聞けて本当によかった。
    • 非常に楽しかった。科学は迷信や魔法を開放してきた。今の科学は魔法の成り立ちを確認しているのだと思った。今日は基礎実験が体験できてよかった。参加費が安くてこれでいいのかなと思った。
    • Alu配列を調べられてよかった。私自身、出生前診断をうけるか悩んだ経験がある。医師からの出生前診断の説明では聴きたいことが聞けなかった。知りたい情報、アクセスの仕方を考えさせられるよいきっかけだった。
    • 楽しいことはいいことだけれど、勉強とか知識とかも大事だと改めて思った。遺伝子組換えでないと書いてある「しょう油」に意味はあるのかなと思っている。こういう場面でも知識は大事だと思った。
    • ゲノム解析の値段は安くなったが、調べた後の解釈に関する費用は高くなっている。この意味について堤さんに質問したかった。  → ホールゲノムの解析費用は安くなったが、専門のバイオインフォマティシャンの解釈の費用は右肩あがり。
    • 8か月のこどもがいる。出生前診断をうけた。病気がどうこうよりも純粋に知りたい気持ちがあった。生命倫理的なこともわかるが、興味や関心も抑えられない気持ちがする。
    • オバマ大統領はSTEM教育が大事というが、日本はどうか?  → 第4次科学技術基本計画でサイエンスコミュニケーションを重視している。文科省は、高校生物の教科書でも分子生物学を重視したグローバルスタンダードを取り入れることになった。高校教育でもグローバルイングリッシュプログラム、スーパーサイエンスハイスクールなどの改革をやっている。指導要領の改訂で生物が重要だとされた。市民教育と学校教育が重要。海外の教育は本人の独学が基本。いい意味の個人主義のアメリカと、トップダウンで教育改革する日本。
    • PV92以外にもAlu配列はあるというが、なぜPV92が選ばれたのか?  → 1つめは病気と関係ないゲノムの部分にあるAlu配列を選んだということ。Alu配列は全配列の10%もある。2つめはPCRで増幅しやすい場所と増幅しにくい場所があり、PV92は増幅しやすいこと。3つめはPV92はよく研究されているので、DNA型のデータベースができていること。PV92はALFREDデータベースにのっている。アメリカでは、90人のクラスで調べるといろんな人種がいるので、分子生物学と一緒に人種によるDNA型の勉強もできるようになっている。本実験教室でも、以前はアルコール分解酵素に関係するALDH2遺伝子をやっていたが、食道がんとの関係がわかってきて、今はAlu配列を使っている。
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