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TTCバイオカフェレポート「ネムリユスリカの不思議なチカラ」

 2014年9月19日、東京テクニカルカレッジ(TTC)でTTCバイオカフェを開きました。お話は(独)農業生物資源研究所 昆虫機能研究開発ユニット 上級研究員 奥田隆さんによる「ネムリユスリカの不思議なチカラ〜驚異の生物を調べて、活かして、守れ!」でした。
奥田さんのお話の前に、TTC・大藤道衛先生がTTCバイオカフェのこれまでを簡単に紹介してくださり、海外のサイエンスカフェ紹介のサイトにもこのバイオカフェが掲載されていることなどを紹介してくださいました。
会場には、プレゼンテーション用とネムリユスリカの乾燥幼虫の観察用にふたつの大きなスクリーンが設置され、両方をみながらのバイオカフェとなりました。

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奥田隆さんのお話 蘇生したネムリユスリカを見ながら


お話の主な内容

農業生物資源研究所の昆虫部門の一部は元々蚕糸試験場、カイコの研究所だった。しかし、国内の養蚕業が縮小してしまい、現在は養蚕農家の数が600戸以下になってしまった。そこで、養蚕業にかわる新しい昆虫産業を創出するためにカイコ以外の昆虫についても研究をしている。今日は、その1つであるネムリユスリカについて、紹介する。

乾燥に強いネムリユスリカの幼虫
人間の体には約70%程度の水が含まれている。いくら乾燥に強い生き物でも体内の水分の50%以上を失うと生きてはいられない。でも、どんな時も“例外”が存在する。それがネムリユスリカ。ネムリユスリカの幼虫は乾燥すると水分量がおよそ3%まで下がる。その状態では呼吸をしておらず、現在の生き物の定義からすると生きていないことになる。しかし、死んでいるわけでもない。生物物理学者は、ネムリユスリカの乾燥幼虫は「物質」だと言う。1年経つと我々の体の構成物質はほとんど入れ替わっており、この新陳代謝が生物の特徴となっている。一方、乾燥幼虫はまったく入れ替わっていないので、いわば机と同じような「物質」であると言える。このように、生きても死んでもいない、無代謝状態の休眠をクリプトビオシスと呼んでいる。
生き物は自分にとって「悪い環境」に遭遇すると、2通りの反応でそれを避けようとする。1つは「良い環境」に移動する空間的な逃避、すなわち「渡り」をする。もう1つはこの乾燥幼虫のように代謝を低くして良い環境がくるのを待つというすなわち「休眠」で時間的な逃避をします。
実はこの現象(クリプトビオシス)は300年前から知られている。発見したのは世界で始めて顕微鏡を作ったレーベンフック。水をかけたホコリを顕微鏡で観察していたら、動きだす生き物がみつかった。その後否定されたものの、この現象は長く続いた生命の自然発生説の根拠になった。クリプトビオシスは300年前に発見され、その乾燥耐性のメカニズムはずっと知られていなかった。この極限的な乾燥耐性のしくみが分かれば、将来的には「乾燥に強い作物」、「常温保存可能なフリーズドライ赤血球」などにも応用できるのではないか。現在、他の研究機関と共同で研究を進めている。

40年間“眠っていた”ネムリユスリカの研究
ネムリユスリカの生息地はアフリカの半乾燥地帯。大きな花崗岩にできた小さな水たまりにいる。乾季には干上がって50℃にもなるが、雨季に雨が降り、水たまりができるとそこで生き返る。いったん乾燥すると、様々な極限状態に対応できるようになる。高い温度は106℃、圧力は12,000atm、100%エタノール中で一週間は耐えられる。放射線は7,000グレイ、真空にも耐えられる。これは、イギリスのヒントンが発見していたので、私(たち)はそれを再発見したことになる。ヒントンは1960年にNatureに論文を出したが、それ以降、我々が研究を始めるまで、46年間、誰も研究をしておらず、いわばこの魅力的な現象も眠ったままであった。研究を始めるきっかけになったのが、1991年の国際比較生理学学会で聴いた小西正一教授の聴覚に優れたメンフクロウの講演だった。音を頼りに暗闇中でエサを猟るしくみについての講演だったが、彼はこの時、「実験材料にはその現象の“チャンピオン動物”を使うといい」と話した。私は長年、昆虫の休眠の研究をしていたが、休眠の“チャンピオン動物”を調べると、それはネムリユスリカだと書かれていた。そこでネムリユスリカを研究材料に選んだが、飼育して増やせるようになるまでに10年かかった。最初は和名も無かったので、我々がネムリユスリカと命名をした。

乾燥耐性のキー その1・トレハロース
水は生態及び生体成分を保護する上で欠かせない分子である。ネムリユスリカ幼虫が乾燥するときに体から水が抜けていくけれど、水の代わりの分子が作られているに違いないと考えた。調べてみると、トレハロースが水の代わりをしていた。トレハロースといえば、以前放映されていた(株)林原のテレビCMなどで聞いたことがあると思う。実際、ネムリユスリカも林原のCMで紹介されていたことがあった。
ネムリユスリカは乾燥するときに、酵素を使って体内に蓄積されたグリコーゲンを使ってトレハロースにゆっくりと変換している。急速に乾燥させると蘇生率が下がる。水戻しで蘇生するときは、トレハロースを速やかにグリコーゲンに再変換させている。乾燥と蘇生を繰り返すときに、トレハロースとグリコーゲンが交代で作られている。
日本にいる乾燥耐性のないセスジユスリカは、体のサイズはネムリユスリカよりも2倍も大きいけれど、グリコーゲンの量は1/4ぐらいしかない。ネムリユスリカはたくさんのグリコーゲンを“保険”として持ち、いつ水たまりの水が干上がって乾燥ストレスが来てもいいように準備している。
シマリスは冬の到来を秋の時点で予知する。気温や日が短くなることを目で感じ、脳で処理し、ホルモンを介して各組織に情報を伝達する。つまり休眠誘導に中枢神経が重要に関わっている。ネムリユスリカはどうか、調べるために、幼虫の頭部と腹部の間を糸で縛り、脳を含む頭胸部を切除し、そのままゆっくり乾燥させた。それを水で戻してみると、蘇生した(通常は口から水を飲みながら蘇生するが、この場合は口がないので、肛門から水が入り、半日ぐらいかけてゆっくりと蘇生した)。このことから、ネムリユスリカのクリプトビオシス誘導に中枢神経は関与していないのではないかと考えられたが、厳密にはそうとも言い切れない。昆虫の中枢神経は分散しており、腹部にも脳の一部である腹部神経節が存在する。そこで、我々の肝臓に相当する脂肪体という組織があり、それをムリユスリカ幼虫から摘出し、スライドグラスの上でゆっくり乾燥し、デシケーターで3ヶ月保存した。それを水戻したところ蘇生した。各組織が中枢神経を介さずに乾燥ストレスに反応してクリプトビオシスに誘導されていくことが証明された。ネムリユスリカ由来の培養細胞を構築したところ、この培養細胞も乾燥に強いことがわかった。最初は乾燥した細胞を再水和すると蘇生する細胞数が少なかったが、現在は乾燥条件を改良し、蘇生率が上がっている。
では、トレハロースはどのような状態で存在するのか?顕微赤外分光光度計、という機器で分析してみると、48時間かけてゆっくり乾燥させた幼虫体内には大量のトレハロースが均一に蓄積しており、再水和後にはすべての幼虫が蘇生した。一方、6時間で急速に乾燥させた場合はトレハロース含量が少なく再水和後に全く蘇生しなかった。トレハロースの蓄積がネムリユスリカのクリプトビオシスには不可欠でることがわかった。ゆっくり乾燥させた乾燥幼虫の体内では、トレハロースの分子は“ガラス化”していることが分かった。ガラスは分子の配列はどちらかというと液状なのだが、分子運動は結晶に近い極めて低下した状態である。ネムリユスリカは、トレハロースを細胞内外でガラス化させることで、琥珀に封入された化石昆虫のように、自らを封じ込めていた。ガラスも熱すると溶けるように、ネムリユスリカ乾燥幼虫のトレハロースも70℃程度で溶け始める。ガラス状態が崩れるような高温処理をすると生体保護機能が消失して、幼虫は致死する。ネムリユスリカの乾燥休眠はアフリカの乾季にはうまく適応している。乾季の岩盤の表面温度は50℃に達するが、ガラス転移温度以下なので、ガラス状態は維持され、クリプトビオシスは維持される。トレハロースのガラスは高湿度下で吸水して崩壊する(含水量が10%を超えるとガラス状態ではなくなる)。ネムリユスリカがアフリカ大陸にのみ生息していることと深く関係していると推測する。多湿の日本では乾燥幼虫をシリカゲルと一緒に保存している。

乾燥耐性のキー その2・LEAタンパク質
ヤモンユスリカとネムリユスリカのゲノムを比較した論文を最近発表したが、この2つにはいくつかの違いがあった。その違いの1つがLEAタンパク質を作る遺伝子の存在。LEAタンパク質は植物の種子が乾燥し、水分を放出するときに大量に作られるタンパク質で、長年植物にしかないと考えられていた。今ではワムシ、センチュウ、クマムシ、ネムリユスリカなどクリプトビオシスする動物もLEAタンパク質を持っていることが分かっている。LEAタンパク質の性質の1つとして、水の中ではランダム構造だが、乾燥するとα-へリックスに構造変化するという通常のタンパク質の逆の挙動を示す、極めて珍しい性質を持っている。これが鉄筋コンクリートでいえば鉄筋の役割をして細胞がつぶれないよう物理的に保護する役目を担っている。もう1つの性質が耐熱性。15分間煮沸しても凝集変成しない。日本にいるユスリカは乾燥して水分が減少するとタンパク質が濃縮し、構造変化が生じ、疎水性アミノ酸同士が接触することで凝集してしまうが、ネムリユスリカは親水性のLEAタンパク質が他のタンパク質をコーティングすることで、凝集変成から保っている。

乾燥耐性のキー その3・活性酸素
もう1つ、重要な要素として活性酸素がある。生き物の体の中では様々なストレスが原因となって活性酸素が発生し、DNAに損傷をもたらす。ネムリユスリカの乾燥過程でもDNAが損傷を受けていることがわかった。しかし切れたDNAを修復する酵素が働いて、4日後にはDNAは復元された。特に水戻し直後は大きな酸化ストレスがかかっており、DNA2重鎖切断をも誘発したが修復された。活性酸素を発生させる農薬のパラコートで処理しても同様にトレハロース合成酵素遺伝子の発現が促進された。活性酸素はDNA切断など生体成分の酸化による損傷をもたらすが、同時に、トレハロース合成酵素や抗酸化酵素、DNA修復酵素遺伝子発現のスイッチになっている。今観察している、水戻し実験で生き返ったネムリユスリカは、今まさに損傷を受けたDNAの修復をおこなっている。乾燥ストレスによるDNA損傷の規模は、放射線に換算すると、70グレイほど浴びたのと同じくらいの負荷がかかっている。さらにネムリユスリカのDNAは、G(グアニン)とC(シトシン)と比較してA(アデニン)とT(チミン)の比率が大きくなっており、進化の過程で頻繁に酸化ストレスを多く受けてきた痕跡をゲノムに残している。言い換えるとネムリユスリカはガンになりにくい体質になっている。
また、LEAタンパク質の遺伝子はシアノバクテリアのようなバクテリアから水平伝播したことが判明し、そのことがネムリユスリカが驚異的な乾燥耐性を獲得した一因であろうと考えられた。


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会場風景 ネムリユスリカへの暖かいまなざし

ネムリユスリカの産業利用
イワヒバは脱水して萎れても、水をかけると蘇る復活植物である。これは葉の中にトレハロースをたくさん持っているため。ワカメも同様で、トレハロースを細胞内に持っていると乾燥に強くなるというのは一般的な概念。アメリカの研究グループは、軍隊の兵士が出兵する際に血液を乾燥状態で携帯していくことで輸血用の血液の保存にかかる経費を節約ができないか、と研究をしている。血小板の常温保存には成功しているが、白血球や赤血球では成功していない。血小板は培地成分を積極的に取り込む性質を持ち、フリーズドライができる。しかし、白血球や赤血球を幅も多くの細胞の細胞膜は脂質の2重膜でできており、水やそれより分子の大きい糖は透過しない。ネムリユスリカは脂肪体でトレハロースを合成し、体液に放出しているので、脂肪体の細胞膜には、トレハロースを透過させる輸送体が存在するはずである。実際、糖を輸送する遺伝子がネムリユスリカから見つかった。実験的にアフリカツメガエルの卵母細胞にこの遺伝子を導入し、タンパク質を作らせたところ、トレハロースを細胞内に取り込むことが確認できた。ネムリユスリカから単離したトレハロース輸送体遺伝子(TRET1)はヒトやマウスの培養細胞にもトレハロース輸送活性を付与できた。今、TRET1を使って、様々なものに乾燥耐性を持たせる研究が世界中でされており、花きやイネ、動物細胞のほか食肉も常温保存が可能になるかもしれない。アフリカのネムリユスリカの性質が可能にした技術をアフリカの人たちが享受できるようにしたい。
 
宇宙空間にも耐えられる理由
ヒントン先生は40年前に出した論文の中で、ネムリユスリカは宇宙研究に貢献するだろうと、すでに予言していた。以前放映されていたカップヌードルのCMで、国際宇宙ステーション(ISS)の中で撮影したものがあったが、実はあの船内にネムリユスリカがいた。30日間船内に滞在したネムリユスリカはつくばに持って帰ってきて水戻ししたら、蘇生した。ISSの中で210日間船内にいても問題はなかった。では、船外暴露実験が2007年から実施された。ところが当時米国で大きなハリケーンが発生したために1ヶ月後に回収作業する予定であった米国宇宙飛行士がスペースシャトルで予定より一日早く地球に帰還してしまい、乾燥幼虫は置き去りになり、結局1年後に回収となった。回収すると、乾燥幼虫を入れていたプラスチック容器は溶けて変形していた。乾燥幼虫は無事で、モスクワで水戻しをしたところ、蘇生した。2年半後に回収したものも蘇生した。ISSは地球を1日16周しており約70℃の昼と約マイナス70℃の夜を90分後ごとに繰り返す。トレハロースの溶解する温度は70℃なので、地球上であれば蘇生しないはずなので、宇宙から帰ってきた乾燥幼虫が蘇生したので驚いた。どうして蘇生できたのか?理由は、宇宙空間が真空状態であり、熱でガラス状態が崩れても酸化されないためと考えられた。地球上でも、乾燥後に真空状態に置いて高温処理しても、蘇生率が高い。これと同じことが船外の宇宙空間で起こったのだろう。
乾燥幼虫を載せた火星衛星(フォボス)の探索機が軌道を外れて落ちてしまったことがあったが、その後も宇宙実験を続けている。今年は2月に若田宇宙飛行士が船内で微重力下での蘇生実験をし、その様子をビデオ撮影してもらった。ほとんどの乾燥幼虫が蘇生し、2週間後にはさなぎになった個体もあった。ネムリユスリカを使うことで成虫の交尾行動など、興味深い実験が将来可能となる。
 
アフリカでの保護活動
最近、マラウイにいるネムリユスリカが新種であることが分かった。すなわちナイジェリア個体群(本種)のものとは形態および遺伝子レベルでかなり異なっていることが分かった。現在、新種として登録しようと、論文を書いている。マラウイの個体のほうが乾燥に強いことと同時に、絶滅の危機に瀕していることも野外調査でわかってきた。生息場所の岩盤が採石場や住宅地になったり、携帯電話の電波塔が設置されたりして個体数が激減している。そこで、マラウイ大学の敷地内の岩盤に穴を掘り、生息場所を作った。現在、ネムリユスリカを理科教材(ネムリユスリカは巨大染色体を持ち、観察できる)として販売し、利益を保護活動費に当てている。しかし、この方法では持続的な保護活動にはつながらない。現地の人々にネムリユスリカという貴重な遺伝資源の存在とその保護活動の必要性を認識してもらう必要がある。それにはネムリユスリカが現地の人々に直接的に利益をもたらすような産業への利用化が不可欠である。現在、ネムリユスリカを養殖魚や観賞魚の餌(常温乾燥保存が可能な生き餌として)として利用するための現地での大量増殖システムの構築を計画している。アフリカではナマズの養殖が盛んで、その仔魚生産の改善にネムリユスリカが貢献するものと期待される。に。さらに海水養殖魚の稚魚にネムリユスリカ幼虫を与えたところ食べてくれたので、絶滅が危惧されるクロマグロの完全養殖にも利用できないかと考えている。
ナイジェリアではオクラやトウガラシなどを天日干ししたものを保存食として利用している。現地に行くと、ネムリユスリカの住む水たまりのすぐそこで野菜を干しているが、その水たまりにネムリユスリカがいることを人々は知らない。ぜひ現地の人々にネムリユスリカの価値を知ってもらいたいと思っている。


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蘇生するネムリユスリカを観察する装置 元気に動くネムリユスリカ

話し合い 
  • は参加者、 → はスピーカーの発言

    • 餌は何を食べるのか → 土の中のバクテリアを食べる。実験室では0.5%の寒天で2%の牛乳を固めたものを与えている。金魚の餌でもいい。
    • 成虫の寿命はどのくらいか → 寿命は2-3日。口がないので、食べず、吸血もしない。ユスリカは富栄養化した湖などでたびたび大量発生し、不快昆虫として扱われる。本当は人間が汚した水を浄化している「益虫」。ユスリカを不快昆虫というのは人間のエゴだと思う。
    • ユスリカは蘇生するとき、口と肛門から水をとりこむと思うが、どちらが多いのか、割合はどのくらいか → 乾燥するときは皮膚から水分が抜けるが、水を取り込むときは口と肛門の両方。口からのほうが多いが、割合はわからない。
    • ネムリユスリカは強い虫か → 乾燥には強いが、その他の面ではアカムシより弱い。
    • 宇宙で変態したときは何を食べていたのか → 宇宙では何も食べていない。餌も与えてない。たくさんエサを食べさせて、今にもさなぎになる前のタイミングで乾燥させた幼虫を宇宙に送った。