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第9回TTCバイオカフェレポート「ブタとゲノムのおいしい関係〜ゲノム情報とブタの品種改良」

 2013年2月1日(金)東京テクニカルカレッジ(TTC)でバイオカフェを開きました。
お話は(独)農業生物資源研究所 美川智さんによる「ブタとゲノムのおいしい関係〜ゲノム情報とブタの品種改良」でした。

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三上校長先生の開会のことば 美川さん
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笹川さんの司会 会場風景

お話の主な概要

はじめに
日本人は1人当たり1日平均77gの肉を食べる。1年では、豚肉が12kg、鶏肉が10kg、牛肉6kg。牛肉は2001年のBSE陽性牛の発見で消費量がやや減ってしまった。アメリカ人は1日平均260 gで鶏肉が多い。日本人には、豚肉が人気。

銘柄豚
日本には255の銘柄豚がある。北関東が多く、群馬県だけで28銘柄ある。関西地方には銘柄豚が少ない。関西は神戸牛など、牛肉が有名だからだろう。
これらの銘柄豚のうち200以上はランドレース(L:白くて耳が寝ている)とラージホワイト(W:白くて耳が立っている)からつくったF1メスを使っている。これにデュロック(D:茶色)のオスをかけると「三元豚」となる。三元豚の「三」は交配したブタの品種の数を意味していて、今はほとんどのブタがこの三元豚となっている。白い豚は体が大きく繁殖能力が高く、デュロックには成長性と肉質が求められている。
ランドレースLとデュロックDのF1メスにバークシャー(B:黒豚)をかけたのが、人気の平牧三元豚(山形県にある平田牧場の三元豚)。静岡県の富士宮ではランドレースL、中ヨークシャーY、バークシャーBの交配から“LYB豚”がつくられた。
4種類をかけた四元豚もある。シルキーポークは住友商事が開発して日本向けにアメリカで飼育し、肉として輸入している。
餌で特徴を出す豚もある。例えば、かごしま黒豚は餌がサツマイモ、イベリコ豚はどんぐりを食べさせる。三元豚による銘柄豚の名前に餌の名前が入ることもある。
東京都が餌だけでなく遺伝的改良を行ったのが、TOKYO X。北京黒豚、デュロック、バークシャーを何世代もかけあわせたので合成豚という。合成豚は集団の拡大が難しいので、希少価値を売りにする戦略で進めている。

遺伝と環境
生産性・肉質向上のための方法としては、飼養管理(餌、栄養)も重要。”氏か育ちか“と言えば”育ち“の部分。これと対象的に遺伝育種といって交配で品種改良をする方法もある。いわば”氏“の部分。自分の今の仕事はこちら。競馬の馬は”育ち“については差があまりないので、血統が重要視される。
食肉では飼養管理と遺伝育種の両方があるので、食肉の研究だとこれらの分野の間で予算の取り合いになることもある。
遺伝的能力を解明するために、まず、遺伝的要因と環境的要因の割合を調べる。この中で遺伝の影響の割合を遺伝率という。短距離走には遺伝の要素が強く、親が短距離選手なら子も脚が速いが、マラソンは遺伝率が低く親が選手でも練習しないとだめ。
さらに遺伝学にも2つの見方がある。1つは統計遺伝学。これは「子は親と似る」現象。遺伝的要因とは血縁関係とほぼ同じと考える。もう1つは分子遺伝学。これは「遺伝子の伝達」。 遺伝的要因とはDNA配列の差と考える。私達はこちらの視点で研究を進めている。
例えば、「ダブルマッスル」という牛はミオスタチン遺伝子1つが壊れたためにできた筋肉質の牛。遺伝には、髪の毛の色など「質的形質」と言ってわずか数個の遺伝子で決まってしまうものと、身長や体重など「量的形質」と言って複数の遺伝子が関わっているものがある。量的形質には複数の遺伝子が関わることが多い。
また、原因遺伝子がわかっていなくても、染色体のこの辺りにある、という遺伝子の場所の意味で遺伝子座(Locus)を使うこともある。量的形質をつかさどる遺伝子座をQTL(Quantitative Trait Locus)と呼んでいる。

QTL育種
メンデルの法則の中の分離の法則で劣性遺伝が3代目に出ることがわかっていた。遺伝子が染色体にあるという発見に対する1900年ごろの遺伝学の研究者と顕微鏡が大好きな研究者の共同作業による貢献は大きい。
染色体は、減数分裂して配偶子になる時にシャッフルされて子どもに伝わることが示されている。
「遺伝子をとる」というのは、ある形質をもった個体を集めて、共通の遺伝子を見つけて取り出すことを言う。染色体に色を付けて目印にできればわかりやすいが、そういうわけにもいかないので、DNAマーカーを使う。例えば、私たちは肉の脂肪量に関係する遺伝子座を見つけるために、染色体のDNAマーカーごとに、遺伝子型の違いと150-500頭分の豚肉の脂肪量を解析して計算し、関係するQTLを見つけている。見つけたQTLは、DNAマーカーを目印にした選抜ができ、QTL育種、DNAマーカー育種という。
肉質が良いと確認できた時には、その豚は肉になっているから次の世代の仔がとれなくなってしまうというジレンマがある。だから、肉の柔らかい豚を選ぶのはとても大変。どの染色体のどの位置にほしい形質があるかがわかると、肉を調べなくとも選抜できる。
では実際にQTL育種は応用できるのか?ということで、静岡県とも一緒に仕事をした。金華豚は肉質が柔らかいことで有名だが、サイズが小さいのでたくさんの肉が取れない。そこで、肉の柔らかさに関係するQTLが第2染色体上にあることを突きとめたので、これを目印に体の大きいデュロックと交配して「フジキンカ」という豚が作られている。
霜降りのQTLが第7染色体、第14染色体の2箇所にあることがわかった。QTL育種で、通常肉の2倍の脂が入った肉質の豚ができ、岐阜県で「ボーノブラウン」と命名され、岐阜県で飼育されている。実際は遺伝と餌の両方を工夫して飼育することで、ヒット商品となっている。岐阜県瑞浪市と名古屋の一部だけでしか買えない。今日は加工会社から取り寄せたロースハムとソーセージを後で試食していただきます。
では、遺伝子座を使うだけで、遺伝子は単離しないの?という話になるが、単離もしている。例えば、豚の椎骨の数に関係する遺伝子が単離できている。通常、哺乳類は種によって椎骨数が決まっているが、食肉用の豚は椎骨数にばらつきがある。マウスの発生の研究者などにはなかなか信じてもらえない。豚の祖先のイノシシや金華豚などのアジア地域の豚は椎骨が19個。しかし、ヨーロッパ豚を交配して今の食用の豚がいるが、これらの椎骨数は個体によって20から23個とばらつきがある。椎骨数にはNR6A1という遺伝子とVRTN遺伝子の2つが関係していたが、西洋品種のばらつきについてはVRTN遺伝子が関係していることが分かった。椎骨数によって肉質が違う。また、多い方が胴が長く、たくさん肉が取れるので、目的に合わせて飼育する豚の椎骨数を揃えると良いのではないか。

ブタゲノムの研究
ブタのゲノム配列が国際的に解読され、ブタのDNA配列の違い、多くのSNPが見つかった。こういう情報があると、多数の遺伝子が関係していると思われるような性質、産子数、体の大きさ、成長に必要な餌の量、風邪や下痢などの抗病性などについても情報も見えてくるかもしれない。また、解析に必要な情報も膨大になってくるが、アメリカでは1頭6万のSNPを牛の2万頭分からデータを取って処理し、品種改良に使おうとしている。こういうゲノム選抜が可能になってきた。
これからはニワトリでもゲノム育種が進むだろう。コスト競争が大きくなる大量飼育の場面ではゲノム選抜が主流になるのではないかと思う。豚でもデンマークなどの数万頭を飼育するような大きな養豚をしている国では多くのデータを取ることができ、システム化したゲノム育種が可能になる。一方、QTL育種で銘柄ブタ、つまり高くてもよいものをつくる戦略がある。これはコスト競争とは離れてしまい、生産者がその気にならないと進まない。私は日本国内では両者の提案をしていこうと思う。

「試食」 ボーノブラウンのハムと温めたソーセージの試食がありました。

ハム 試食


質疑応答 
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • 本当に良い遺伝子を持っているかどうかはどうやってわかるのか→具体的にはDNA中のGTの繰り返し配列の繰り返し数を調べる。ボーノブラウンには、霜降りに特徴的な2つのQTLが2本の染色体上にある。例えばアメリカから来たデュロックと交配しても、その2つのQTLを維持することができる。他の血を入れても失いたくない、こういう遺伝子を守るように交配していく。
    • デュロックDは肉量が多い、Wは体が大きくて健康。DとWのつく豚の特徴になる。
    • 豚のQTLの解析はコンピューターで行うのか→パソコンで計算する。遺伝子が同じでも、餌、生まれた季節、同じ母親の何回目のお産かなどの要素が働く。そのような環境要因を補正しながら解析を行う。最近のパソコンは処理能力が大きいのでそれぼど時間はかからない。
    • DNA検査で本物のブランドかどうかはわかるのか→植物に比べて、和牛とブタのDNA検査は難しい。ことに和牛の造成には、過去に外国の牛をかけているので、難しくなる。
    • 餌でブランド化しているブタもあるというが、遺伝的要因と餌の要素の両方が本当に味にきいているのか → リジンを0.65%より0.43%にすると、霜降りが増える。和牛のビタミンAを欠乏させると霜降りが増えるといった手法がある。
    • 子供ころ、豚の餌は残飯で豚肉が臭いと思った、最近の豚肉はかおりがいい→トウモロコシが多く、残飯は使わなくなった。逆に最近はコンビニの残飯から餌に再利用することが始まっている。においがする肉は女性から不人気で、臭いのしないように管理されている。また、今のブタは6ヶ月で出荷するので臭いが肉に蓄積しない。
    • いい遺伝子をもっていても飼料も気をつけないとだめか→ 普通のブタに普通の餌といい餌、ボーノポークに普通の餌といい餌という4つの組み合わせを調べた研究がある。相乗効果があると学会発表している。いい餌によく反応するブタとそうでないブタがいて、その原因の遺伝的解析も行われている。

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