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TTCバイオカフェレポート「保存料をめぐるいろいろな誤解と実際」

 2012年11月30日、東京テクニカルカレッジ(TTC)でバイオカフェを開きました。お話は上野製薬株式会社 荒井祥さんの「保存料をめぐるいろいろな誤解と実際」でした。
初めに渡邊真位さんのハープの演奏があり、素敵な弾き語りで12月がお誕生日の参加者に「喜びの歌」がプレゼントされたりしました。
そして大藤道衛先生(東京テクニカルカレッジ)からサイエンスカフェの起源についてお話がありました。

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渡邊真位さんのハープの演奏 荒井祥さん
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大藤道衛先生 パンフの表紙


主なお話の内容

自己紹介
消費者に情報提供したり、パンフレットを作ったり、消費者に理解してもらえる方法を研究したりする仕事を担当している。
食の安全についてホームページ http://www.ueno-fc.co.jp/foodsafety/
上野製薬の食品事業の2本柱は、食品保存と糖アルコール(甘みが少なく、カロリーが低い)。食品保存の一環として保存料を製造・販売している。化学薬品事業では化粧品等の防腐剤、液晶ポリマー(携帯やパソコンに使われる高機能プラスチック)の原料も製造している。
個人として、FSIN(食品安全情報ネットワーク)メンバーとして、食の安全について科学的に不適切な報道に意見書を送ったり、記者や研究者と面談して意見交換したりする活動もしている。
FSINホームページ https://sites.google.com/site/fsinetwork/

私たちの食物
食品は時間が経つと腐敗し、廃棄しなければならない。日本の食品廃棄物1900万トン/年。このうち500-900万トンは食べられるもの。
食中毒の原因のダントツトップは細菌とウイルス。近年はウイルスが1位だったが、2011年は細菌だった。第3位は化学物質。これは鮮度の落ちた魚肉に含まれるヒスタミンが主であり、食品添加物によるものは報告されていない。
食品衛生の3原則は病原菌を「つけない、殺す、増やさない」。病原菌をつけないことができればいいが、あらゆるところに微生物はいて不可能。加熱して殺しても、耐熱性菌なら加熱しても死なない。加熱後包装前に付着することもある。1匹の微生物が10分に1度分裂し2匹になると仮定すると、5時間で10億匹に増える。だから、付いてしまった微生物を増やさないことが大事!

微生物を増やさない工夫
微生物が増えない環境にして、食品を保存する知恵を私たちは持っている。

  • 酸性にする 酢漬け
  • 乾燥させる 干物
  • 塩漬けにする 
  • 硝酸塩を利用する 岩塩や硝石を刷り込むとハムの色がきれいになり、ボツリヌス菌を防ぐことが知られていた。岩塩や硝石に含まれる硝酸塩が肉中で亜硝酸塩に変化して効果を発揮することが知られている。
  • 燻製にする 煙の中に保存効果のある化学物質が含まれている。実際の煙を分析すると、食品添加物としては安全性の面から許可されないであろうものも含まれる。

このような伝統の保存方法の正体は酢、食塩、亜硝酸塩など化学物質によるものが多く、すなわち化学物質を私たちは伝統的に利用してきたことになる。
しかし、どんな食品でも、酢漬けや干物にできるわけではない。一つ一つは穏やかな条件で、いろいろな手法を組み合わせるのがいい。これを、微生物がいろいろなハードルを次々と越えるうちに弱っていくという意味で「ハードル理論」という。
包装内にあって、食品保存に貢献するものに「脱酸素剤」がある。この主成分は鉄粉で、酸素を吸収し食品のかび発生や酸化を防ぐ。アルコール揮散剤は、食品包装中でアルコールを揮散して食品表面を覆い、かびの発生を防ぐ。

食品添加物は「量」がよく調べられている
食品添加物はヒトの健康に何の影響も及ぼさない量しか摂取しないように管理されている。ヒトの健康に影響する量よりも、大幅に少ない量で食品に効果のあるものでないと食品添加物として許可されない。対照的なのは医薬品で、ヒトに影響を与える量を用いる。
健康影響の有無は量で決まる。どんなものでも毒になるという例で、2007年、水のガブ飲み大会で亡くなった方があった。安全と思われている水も、量を摂り過ぎれば危険。
適切な量を決めるために様々な試験が行われる。発がん性、繁殖試験など多くの動物実験を行い、「無毒性量」(実験動物において、一生摂り続けても有害な影響がみられない最大量)を求める。ヒトが毎日、一生食べても健康への悪影響が起きない「一日摂取量(ADI)」は、無毒性量の100分の1にする。200分の1、1000分の1にすることもある。
例えば、ソルビン酸は、体重1kgあたり1日に25mg以下が一日摂取許容量とされている。ハムへの使用基準はハム1kgあたり2.0g以下である。すると、体重50kgの人が使用基準の上限までソルビン酸が使われていたハムを、毎日625g食べると、一日摂取許容量に達する。実際には、使用基準を上回ると違反で回収しなくてはいけないので、使用基準上限までソルビン酸を使うことはありえず、もっとたくさんのハムを食べないといけない。このハムをロースハムとすると625g中には脂質が86.9g含まれており、国民の1人1日あたりの脂質摂取量27.1gを大きく上回る。ソルビン酸を摂りすぎる前に、脂質の摂りすぎのための健康被害が起きると予想される。つまり、一日摂取許容量に達するほど保存料を摂取するような状況は、実際の食生活ではまず起らない。

代表的な保存料
○ソルビン酸:世界で最も用いられている。細菌、カビ、酵母に効果がある。
 乳酸菌(食品腐敗に関わる)には弱い。一部のベリー類に含まれている。
○安息香酸ナトリウム:カビ、酵母に有効、かんきつ類、果物、しょう油等に含まれる
○プロピオン酸:カビに効くが酵母には効かない。パンに利用される。味噌、醤油などの発酵食品に含まれ、私たちの腸内細菌も産生している。
○しらこたん白抽出物:アルカリ領域で抗菌性を発揮する。饅頭(重曹によりアルカリ性)、中華麺(かん水によりアルカリ性)、ご飯類(中性)等で利用される。

主な日持ち向上剤
比較的短時間、食品の腐敗・変敗を抑える目的で添加する物を日持向上剤という。保存料との違いは後述する。
○グリシン:私たちの身体を構成するアミノ酸のひとつ。カニの甘み成分。耐熱性菌に効く。
○酢酸ナトリウム:幅広い細菌類に効く。
○エタノール:通常は食品扱いだが、食品添加物としての目的で使われるものは食品添加物として表示しなくてはいけない。こういうものを一般飲食物添加物と呼ぶ。エタノールも通常は食品だが、日持ち向上目的で使われると食品添加物ということになる。「酒精」と表示されていることが多い。
○リゾチーム:卵白に含まれる酵素。微生物の細胞壁を溶かす作用があるので日持向上剤として使われる。

食品添加物の製剤について
これまで説明してきたような単一の食品添加物は原体という。原体や食品素材を組み合わせて「製剤」にし、効果を上げたり、利用しやすくしたりする。
少ない量でより効果が出るように組み合わせる例として、グリシンとしらこたん白の組み合わせがある。無添加で3日、グリシン0.5%で1週間、しらこたん白0.01%でも1週間の有効保存日数だったのが、グリシン0.5%としらこたん白0.01%でだと3週間近くになった。
食品添加物メーカーとしてはこのようにして少ない添加量で効果が上がるように工夫している。
しかし、表示が増えるために受けが悪いという問題がある。グリシンだけなら表示は「グリシン」となる。グリシン+しらこたん白なら「グリシン、保存料(しらこたん白)」となる。消費者の方は表示を見て食品添加物が少ないものを選びたいとおっしゃることがあるが、実際には後者のように表示の多いほうが食品添加物の量は少ない場合があることを知っておいていただきたい。
使いやすくする事例としてソルビン酸の事例を紹介する。ソルビン酸に限らず、有機酸は生肉に触れると斑点が出たり、食感が悪くなったりする。ソルビン酸を油脂でくるむと加工の過程で加熱したときに初めて油脂のコートが溶けて、肉に触れて混ざり、品質は落とさずに保存効果を発揮する。
食品製造業者から問題を提示されたときは、食品や作業工程を検査し、微生物の状況を調べたうえで、まずは製造環境の衛生化を提案する。手洗いや毛髪混入防止のための有効な方法や、製造ラインの除菌ポイントなどの指導も行う。それでも残ってくる微生物があれば、その種類等に応じて適切な食品添加物を提案する。食品添加物の提案の際にはもちろん、微生物への効果だけでなく味や臭い、食感なども評価している。

「食品添加物表示のありかた」を一緒に考えてください!
ここにお見せした煮干の袋には「皆様の健康を考え、塩と酸化防止剤を使わず製造しました」と書いてある。煮干には、酸化防止剤としてビタミンEを使うことがある。酸化防止剤としての微量のビタミンEと、酸化した魚の油とどちらが健康に悪いか?
「無添加」と大きく表示している食品がある。何が無添加なのか?加工食品品質表示基準のQ&Aでは、何が無添加なのか分からない表示は望ましくない旨が記載されているが、Q&Aであって法令でないので強制力はない。食品添加物については細かい表示ルールがある一方で、無添加や○○不使用については定義も表示ルールもない。
ポテトチップスに「合成保存料を使用しておりません」と書いている商品がある。ポテトチップスが腐るのだろうか?そもそも保存料が必要か疑問である。
サプリメントの錠剤の新聞広告にも保存料不使用が品質へのこだわりだという旨のものがあった。錠剤が腐るのだろうか。製造元に尋ねると、「摂りたい成分だけを摂取したい」という消費者のニーズに応えているとのことだった。しかし、そもそも必要のないものを使わないことがどうして「摂りたい成分だけ摂取したい」消費者ニーズに応えることになるのだろうか。
保存料不使用と書きながら、「pH調整剤、グリシン」と書いてあるサンドイッチについて説明する。pH調整剤はいろいろな用途があるので必ずしもそうとは限らないが、pHを酸性側にすることで微生物が増えるのを防ぐことができる。グリシンは先ほども説明したとおり、耐熱性菌等に効果のある日持向上剤である。日持向上剤は、業界ルールで比較的短期間の日持ちを向上させるものとして保存料と区別して運用されている。法令上は保存の用途目的で使用された食品添加物は、保存料と書かないといけないが、日持向上剤は物質名だけでよいという運用になっている。保存料も日持向上剤も使用目的は、食品中の微生物が増えるのを防ぐことである。従って、グリシンも本来は「保存料(グリシン)」と書かれるべきではないかと思うが、「グリシン」だけでよいという運用になっているために「保存料不使用」と書かれてしまう。
このサンドイッチの表示は運用上間違っていないが、食品添加物表示ルールの運用自体に合理的でない部分があるために消費者に誤認を与えかねないという事例である。今後、消費者庁でより合理的な表示ルールに改善されることを期待している。
こういう現状をみると、2006年の食品安全委員会リスクコミュニケーション専門調査会の議事録に「無添加食品が無添加でない食品よりも健康にいいという科学的証拠は全くゼロであり、詐欺商法に近い」旨の記載があるが、現在に至るまでなんら改善されていないと思う。
保存料無添加について、近畿大学の有路准教授と共同研究したことがある。大手流通にヒアリングしたところ、保存料無添加だと店頭陳列期間が短縮することがわかった。また、スーパー店頭でかまぼこ等を購入して100gあたりの単価を比較したところ、保存料不使用だと保存料使用品よりも30円高かった。

いろいろな誤解
読売新聞が掲載した静岡大学教授(栄養化学)の講演記事に「我々の体は、もともと地球に存在しない人工有機化合物、除草剤、農薬、食品添加物を体内に入れることを想定した仕組みになっていない」とあった。食品添加物であるソルビトールはりんごの蜜の部分に含まれ、天然に存在している。合成された医薬品を1日何回も服用するのは代謝してしまうからで、たとえもともと地球に存在しない物質であったとしても我々の体は対応できるということである。それを発言者は専門家でありながら認識せず、メディアもまた気づかずに記事にしてしまう。
テレビであるタレントが、1年に4kgの食品添加物を摂取していると言いながら、2kgのペットボトルを両手に掲げて見せた。4kgも薬剤を口にしているのかと驚く人もいるだろう。これは1年に摂取する食品添加物の成分は3.5kg位との調査結果に基づくと思う。だが、その調査結果をよく読めば、3.5kgのうち7〜9割は食品に元来、含まれているという考察がされている。もともと食品から、食品添加物と同じ成分をたくさん摂取していたということである。
過去に食品添加物由来の事故が起きたり、販売禁止になったりしたことがある。
1995年、ヒ素を含む粉ミルクで健康被害が出た。当時、第二リン酸ナトリウムは食品添加物の規制の対象でなかった。昭和40年代、食用タール色素やチクロ等の甘味料の使用禁止が相次いだ。この時期に弊社のAF-2も使用禁止となった。AF-2は当時としては初めて国際機関の勧告に基づいた安全性試験を行い、発がん性試験もクリアしていた。ところが、その後に変異原性試験(発がん性試験の予備段階の試験)が開発され、AF-2は変異原性ありとされた。消費者運動が盛り上がる中で再度の発がん性試験が実施され、高用量で発がん性が見出されて使用禁止とされた。AF2は非常に有効な保存料であったために、不使用による食中毒が起こらないように当時の厚生省は気を使ったと言われている。なお、近年になって厚生労働科学研究により「当時のAF-2の使用がヒトの発がんリスクを上げる可能性はほとんどない」ことが報告されている。
このような事件を教訓として、食品添加物は安全性や品質が高められてきた。まず、食品添加物の範囲が拡大され、現在では化学合成品、天然由来を問わず厚生労働大臣が認めているものしか食品添加物として使用することはできない。
食品添加物公定書が制定され、品質が向上した。食品添加物公定書では、食品添加物の製造、成分、使用の基準等が定められている。
安全性の評価技術も進歩し、ガイドラインに従って厳しい安全性審査を通過した食品添加物だけが適正に使用されている。

情報をどう読むか
このように食品添加物の安全性や品質は進歩しているのに、十分に伝わっていない。一方で、過去の事件だけが一人歩きして記述されている教科書、記事、書籍が後を絶たない。
食品添加物の危険性を煽って商売にしている人たちもいる。そして正義感からそれを記事にしてしまう新聞記者もいる。ある記者と面談したら「化学物質は体に悪い」というのは頭にすっと入りやすく、信じてしまったといっていた。
記者ではなく、学者が寄稿する記事にも間違ったものがある。ある医学系の教授は「医学系の教科書にそのように書かれてあったために信じていた」と言っていた。また、何度誤りを指摘されても同じことを言い続ける別の医学系教授もいる。
子どもが生まれたとき産院の出してくれた祝い膳に「安全な無着色の赤飯」と書かれていた。看過できないと思い、意見を送った。若い母親へのこういう情報提供は残念。
畝山智香子先生の本(「安全な食べもの」ってなんだろう?」)の中に専門家と消費者が描く食品のイメージのギャップという話がある。消費者はもともと安全なはずの食べものが、何かよくないものによって汚されてしまうとイメージする。しかし、専門家のイメージでは、食品は未知の成分のかたまりで安全が保障されたものではなく、その中に、食品添加物のような安全が確認された物質が含まれている。
急性毒性量を比べると、ソルビン酸は7.4g〜12.5g、食塩は4g。数値が小さいほうが毒性が高い。これで、ソルビン酸は食塩より安全という記事があったらどう判断するべきだろうか。食品の安全性は急性毒性だけで判断できない。ソルビン酸と食塩との差が大きいともいえないと思う。そもそもこれは摂取しうる量だろうか?結論としては両方安全ということ。一つのデータから何かを断言するような記事が多いが、注意して読んでほしいと思う。


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会場風景 クリスマスの飾り付け

話し合い 
  • は参加者、→はスピーカーの発言

    • 保存料、添加物の安全性が立証されているのに、誤解している研究者がいるのはなぜ→わかっているけれど、消費者に受けるからそのように言う人と、本当に信じている人がいる。教科書に食品添加物は注意が必要で摂取量を減らしたいと書かれていては、信じる人がいても仕方ない。
    • 食品添加物への誤解について、地動説と天動説が混在しているような状況だと感じた→そういう論法が消費者に受容されている。
    • 漠然とした不安を持っている人が多いのではないか。人が化学反応を使って合成すると思うと不安になる。何が含まれ、どう作るかを伝えたらどうか→工場見学もいいと思うが 食品添加物工場は大手食品メーカーよりも規模が小さく、見学コースが備わっている施設は少ない。原料が化学薬品だったりすると感情的に受け付けられにくいようだ。
    • アンケート結果を紹介する(荒井さんから)。
       食品添加物の安全性評価や管理が行われていることを知らない人は75%
       保存料が日持ち向上や食中毒低減に役立っていることを知らない人も75%
       食品添加物の情報を集めたことがある人は6.5%
    • よく知らないでなんとなく不安ということなのだと理解している。「無添加」から食品添加物に不安を感じている人もいるだろう。
    • 安息香酸はチーズにもともと含まれているというが、どうしてブルーチーズにカビがはえるのか→天然に含まれている量は少ないのではないかと思う。カビにもいろいろ種類があるので、ブルーチーズのカビを阻害するかどうかわからない。
    • 保存料を台所にまいたら、カビ防止に役立つのか→ソルビン酸はカビの増加を抑えるが、カビが生えているようなところで効果が出るほど強力なものではない。脂肪酸の一種であって、もともと菌数が多いとかびの栄養になってしまう。カビは除菌剤で除菌して下さい。
    • 食品保存料がないと危ないという大前提を知らない人が多すぎると思う。現代は衛生的な環境だから食中毒の経験がないからではないか→ウインナの選択実験を行ったことがある。原料産地、保存料使用不使用、賞味期限の表示のためにどのくらいコストをかけていいかを質問した。情報提供後、再度アンケートをとった。安全性だけを説明したグループより、安全性と有効性の両方を説明したグループの方が保存料使用に傾いた。地域差なども現れた興味深い結果が得られた。 
    • 添加物は適切に管理されている添加物がニュースになるのは、制御されているのに、問題が起ったからで、他に原因がある。一方、食中毒が新聞に載らないのは起るべくして起った食中毒だからではないかと、読者はそう考えられるようになるべきだと思う。