2009年12月14日(月)、食品の信頼向上をめざす会主催、メディアとの情報交換会が、ベルサール八重洲(東京中央区)で開かれました。エコナ問題をきっかけに、「トクホとはなにか」というタイトルの講演と意見交換がありました。
http://www.shoku-no-shinrai.org/test1203/activity/doc/091203doc.pdf
花王㈱ フード&ビバレッジ事業部 安川拓次さん
エコナの一時販売自粛・トクホ失効に至った経緯
1998年、健康エコナクッキングオイルに特定保健用食品(トクホ)表示許可が与えられ、1999年から発売された。
2003年、「念のための試験(厚生省薬事・食品衛生審議会・新開発食品部会で発がんプロモーション試験を行い報告)」が始まり、追加試験が加わり、現在まで審議が継続している。海外では、2009年3月、ドイツでグリシドール脂肪酸エステル(GE)の安全性見解が公表され、花王では、6月にエコナにGEが多く含まれると報告。9月16日、リコールではなく、販売自粛を公表し、10月8日、トクホ表示の失効届けを出した。
一般的な油の主成分はトリアシルグリセロール(TAG)であるが、エコナは80%がジアシルグリセロール(DAG)で、そのうち30%が1-2DAG、70%が1-3DAGである。
油脂は美味しさのもとでもあるが、食べ過ぎると体脂肪として蓄積する。TAGは体内で1-2ジアシルグリセロール(DAG)に分解される。DAGの有効性として、食後の血中中性脂肪抑制、継続摂取による体脂肪減が報告されている。BMI(Body Mass Index)22-27位の人を対象にエコナの試験をしたところ、体重、腹囲等に軽減効果が確認された。栄養指導下で脂全体の摂取を指導したところ、効果的に体重が減少したため、肥満・糖尿病防止に役立つと考えた。
エコナ製品の安全性
国際的な基準(GLP:Good Laboratory Practice)に従って、安全性試験(急性毒性、反復毒性、変異原性、生殖毒性、発がん修飾の動物試験)が行われている。動物実験の結果では、50Kg体重の人に換算すると一日に125-485g摂取しても安全性に問題は見られなかった。
世界33カ国で使用許可が与えられている。「念のための試験」とは、厚生労働省食品衛生審議会新開発食品調査部会が要求したもの。2003年6月、トクホ承認時、2年にわたるラットを用いた発がん性試験からDAGに発がん性がないことがわかった。しかし、発がん促進(プロモーション)作用が知られているフォルポールエステルはプロテインカイネース(PKC)を活性化することが知られており、同様に、PKCを活性化させる作用が報告されているDAGにも発がん性促進作用があるのではないかと考えられ、「念のため試験」が要求された。
グリシルドール脂肪酸エステルについて
3-MCPD脂肪酸エステルは体内で3-MCPDに分解されると考えられる。3-MCPDは1981年、MAGGIの調味料(ネスレ社)に見つかった。3-MCPDは腎臓に影響を与え、良性腫瘍をつくることがあるため、同社は1991年までに製造プロセスを変更し、大幅な低減をした。重要なのは、この間、販売が継続されたことである。
2001年、JECFAは3-MCPDを非遺伝毒性物質に分類。その後も、3-MCPDや3-MCPD脂肪酸エステルなどのリスク評価が主にドイツで続いており、マスコミでもとりあげられている。
一方、グリシドール脂肪酸エステルは体内で分解されるが、グリシドールになるかどうかはわかっていない。グリシドールには発がん性があると報告されている。グリシドール脂肪酸エステルは食用油を脱臭する工程でできるが、エコナの場合、一般食用油に比べて高く91ppmであり、約10倍含まれている。
今後の対応
脱臭温度を下げることでエコナ中のGEは大幅に低減することができる。
GEの低減、代謝に関する研究及び、GEの総合的な安全性評価を続けていく。
世界の状況を見ながら、消費者にわかりやすい情報を提供していき、消費者庁の指導のもと、出直しを図りたい。
国立衛生研究所安全情報部 畝山智香子
歴史
特定保健用食品の表示について国が許可する制度は日本が最も早く1991年に発足。ビタミン剤の健康影響に関して行われた試験では、1985年 ATBC、CARETが始まった。ビタミンAサプリメントでがんが増えていることが分かり、試験は中止された。その後の同様の試験が続いた結果、特定の栄養素を抽出したものを摂って病気を予防するという考え方は急に下火になっていった。
海外での評価
1)FDA(米国食品医薬品局)では、申請者の提出した文献に対して、他の文献も併せて包括的にレビューし、労力と時間がかかっている。その結果、認められた健康強調表示(ヘルスクレーム)は市民にわかりにくいものであるため、実際には表示されていない。
リコペンや緑茶と各種がんの関係など、多くが却下されているが(FDAで公開)、日本では見かけるものも多い。
申請者は効果を示す論文を集めて申請するが、包括的レビューを経ると、「○○を食べると△△病防止になるとする根拠は矛盾しており結論は出せない」という結果になる。例えば、FDAが唯一認めた肯定的なヘルスクレームといえるものは「1日400mg以上の葉酸摂取が、女性が脳や神経の出生時欠損のある子ども生むリスクを削減する」。
2)EC(欧州委員会)では、「カルシウムは骨によい」、「ビタミンDは骨の発達によい」などの栄養学的に広く認められているものを除いては、認められていない。
3)EFSA(欧州食品安全機関)では、提出されたデータを基に、厳密な評価を行っている。あいまいな表現を採用せず、類似物からの外挿や推定も基本的に認めない。「お腹の調子を整える」はEFSAが解釈して「病原性細菌数を減らし腸内のバランスを回復する」というような具体的な形に修正されてしまう。栄養状態が悪い国の子どもの栄養状態を改善したというデータが添付されても、その商品を売る対象集団が栄養のよい欧州ならば、その根拠は採用しない。例えば、オリゴ糖、DHA、EPAなどは「因果関係は確立されていない」として、ほとんどが却下されている。
コレステテロールが高い人を対象にするものでは、コレステロールが高いとはっきり診断された人を対象としており、健常者が、コレステロールが高くならないようにするための予防に使わないようなヘルスクレームが認められる。
4)オーストラリアの医薬品局の補完代替医療ガイドライン案では、かなり厳しいデータが要求されている。体重を減少させたい人の場合、確かにサプリの効果がわかるようなデータが必要。たとえば、使用前に確かに太っていたこと、2か月以上の試験実施、5-10%の体重減少などを示すデータが求められる。
日本の特定保健用食品(トクホ)
日本のトクホはこのような海外の根拠や表示に比べると、とても緩い。特に条件付き特定保健用食品の承認は世界の流れに逆行している。食品に医薬品なみの試験を求めるのは厳しすぎるという業界の考えもあるかもしれないが、健康強調表示は医薬品と同じような表示をつけることだから、同様の根拠を求められても仕方ないのではないか。医薬品ならシーズではねられそうなものを、食品開発に利用しているように思える。
医薬品開発には非臨床試験の開始から平均して、11.5年で約350億円が投入される。それでも商品化されればいい方で、開発中止になることも多い。中止になった研究者の意欲を高く保てる企業こそが、医薬品や機能性食品の開発をすればいいと思う。
緩い審査条件がもたらすもの
安全性と有効性は表裏一体。明確でない有効性を根拠として認めれば、明確でない有害性の根拠も主張できるようになってしまうのではないか。
Southampton Studyといわれる研究では、「食用色素が子どもの多動やADHD(学習困難児)に影響するかもしれない」とした報告を巡る状況が報告されており、食用色素との因果関係に敏感に反応したのは、もともと有害性を確信していた母親たちだった。
このような、確かな科学的根拠に絞らずに緩い基準で効果を認めることと、科学的根拠が薄弱でも小さい弊害に大騒ぎすることは表裏一体ではないだろうか。
がんの発症に酸化が寄与するという仮説をもとにした抗酸化物質などを用いたがん化学予防研究の現状では、ほとんどが影響なしと結論されている(死亡減少とされている報告は中国の研究で、もともとの栄養状態も悪かったようだ)。
人々の安全への要求水準は高まっている中、特定の製品を長期に摂取することを勧めるのは問題がある。「食品だから安全」なのではない。市場に多様な商品が供給され、多様な食品からバランスのとれた食事をすることが肝要。
科学ライター 松永和紀
エコナ問題
「エコナ問題は大した問題でないのに回収することになった」と畝山さんがさらりと発言されたところから説明する。
エコナが体内で発がん物質に変わる可能性のある物質が検出されたという話と、トクホの位置づけは分けて考えることにして、以下の項目を整理したい。
・DAGとGEを整理して報道できていたか
・体内で発がん物質になる可能性をもつ物質のハザードと、リスクを区別して伝えられたか
・予防原則適用という考え方は適切だったか
安全性を伝えることの難しさ
花王の広報に問題があったと思う。例えば、安全性に懸念なしとしながら、安心して使って頂きたいので販売中止という流れの第一報。安全性確保の根拠、安心感とは何かの切り分けの意味を知らない人にとっては、意味不明の内容になってしまっていた。実際に、私のところに取材に来た週刊誌の記者は「まったく理解できず、企業の責任逃れのように読めた」と言っていた。
花王が、未だに断片的な情報提供に終始しており、全体像を提供する説明がいまだにないのは残念。マスメディアが科学的な報道をできなくても仕方がない面があった。
だが、メディアも取材の努力が足りなかったと思う。実は、エコナのGEのリスクについては、食品安全委員会の資料などにかなりの情報が含まれており、公表されていた。資料によれば、まず、エコナ製品の安全性評価試験では、発がん性は確認されていない。さらに、体重50kgの人がエコナオイルを1日に10g摂取する場合、GEが体内ですべてグリシドールに変化すると想定するワーストケースで、MOE(暴露マージン)値は約250である。
ここで、MOEについて説明したい。グリシドールのような遺伝毒性発がん物質は閾値を設定できないために、2000年頃からこのMOEという指標が用いられるようになった。MOEはおおまかに言うと、動物実験で腫瘍が発生する量と、人が実際に摂取する量を比較して、どのくらいの差があるかをみるもの。EU科学委員会は、動物実験の値と人の摂取量の間に1万倍以上の差があれば、リスク管理の優先順位は低いとしている。*
エコナ製品のワーストケースで約250という数値は、かなり低い。したがって、食品安全委員会も「リスク管理を急がなければ」と判断したのだろう。しかし、ポテトスナックやフライドポテト、ビスケットなどに自然に含まれている遺伝毒性発がん物質「アクリルアミド」のMOEは、平均的な摂取量の人で約300、多く摂取している人では約75とされている。MOEが低いからといって、どの国もポテトチップスやビスケットなどを販売禁止にしているわけではない。
MOE値がもっと低い食品は、アルコールなどいろいろとある。これらの食品が禁止されていないのに、なぜエコナだけがこれほど問題視されるのか。
現状では、エコナのリスクの大きさは不明だが、ワーストケースのリスクはかなり推測できていた。リスクが分からないから予防原則適用を、という一部の報道の論調は科学的にはあまりにもナイーブ、つまり未熟、単純すぎる。
今は検出技術がとても進み、これまで未知だった有害物質が見つかったり、定量したりできるようになってきている。未知の物質が登場するたびに、エコナのように騒いだり、規制していいのだろうか。
エコナのような説明が難しいケースには、食品安全委員会に頑張ってもらいたかったと思う。Q&Aは更新されていたが、わかりにくい。
どうして安全性の議論に時間がかかるのか、なぜグレーなのかを説明すべきだったと思う。こういう報道を放置していると、食品安全委員会への市民の信頼も損なわれ、残念。
花王は自社製品については主張しにくい。食品安全委員会も他の食品と比較しては書きにくい。だからこそ、私を含めてメディアが動くべきだったと思う。
しかし、私も書けなかった。3000字の連載記事でエコナ問題を取り上げたものの、MOEの説明や他食品との比較は書ききれなかった。他の食品が危険だと誤解されるのは避けたい、と考えたためでもある。この姿勢が正しかったのかどうか、今でも迷っているし、もう少し明確に書くべきではなかったか、と反省もしている。こういうことに、メディアに気付いてもらいたいと思っている。
消費者委員会の動き
10月7日の消費者委員会の議事録を読むと、DAGとGEの区別ができていない発言があった。後から、委員は会場に来てからエコナ問題を扱うことを知らされたと聞いた。こんなに複雑な問題を十分、説明せずに進めてしまう事務局のやり方に問題があるのではないか。櫻井委員は、消費者委員会に問題があるという意見を公開されている。
消費者がわからないこと、リスクが少しでもあることに対して、「予防原則で」とまとめてしまうのは問題だと思う。
トクホの報道
市民もメディアも有効性と安全性評価を混同していた。トクホの安全性評価の考え方では、食経験の少ないものには特に、かなり細かい試験のデータの提出が求められている。医薬品に比べたらトクホに求められるデータは少ないという意見もあるが、かなり多いともいえる。実際には、一般的な食品においては、安全性のデータはゼロで食べられていて、その一般食品の安全性を基準にしてトクホの安全性は検討され、同等の安全性は確保することを要求されている。
有効性への疑問
トクホの有効性は製品によってさまざまだが、食品安全委員会新開発食品専門調査会が出した「特定保健用食品の安全性評価に関する基本的考え方」では、「多くの場合、特定保健用食品が意図する摂取対象者は、疾病予備軍のヒト」とされている。
トクホ申請の時に出されるデータは、疾病予備軍の人を対象としているのに、一般の人は、トクホを摂取するとますます健康になる効果があると誤解している。また、薬事法により詳細な表示が許されず、企業は誤解を招きやすい表示をせざるをえない、という面もある。行政も説明不足。
トクホに問題があるという意見もあるが、根拠とする論文があるだけ、トクホはいわゆる健康食品よりは、はるかによいだろう。
体内で発がん物質に変化する可能性がある物質が検出された特定の食品を、データもないまま袋叩きにするメディアのやり方は公平だといえるのだろうか。科学的でない考え方をしている権力に対して、結局、加担する報道をしてしまったのではないかと感じている。
初めに唐木代表から「トクホは「いわゆる健康食品」よりよいものとして区別するために、始まった制度。トクホは食品であって、いわゆる健康食品との区別のために生まれたことを認識してほしい」というお話がありました。その後、エコナの審査についての質疑が行われ、消費者委員会の田島委員、日和佐委員、食品安全委員会の小泉委員長からは、エコナの安全性を科学的に説明すると複雑で難しいのにあまり準備なく消費者委員会で扱われたことなどを含め、エコナ問題に関するご発言がありました。
また、いわゆる健康食品の問題にはどう対処していくのがいいのか、消費者にとって「よりよい表示」は難しい課題だけれど考えていかなくてはならない、トクホは生活習慣病予備軍の人が対象なのに健康な人がより健康になるような誤解があるのはいかがなものかなどの意見が出ました。