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メディア意見交換会レポート「動物薬 塩酸ラクトパミンの事例から」

 2009年8月7日(金)、ベルサール八重洲において食の信頼向上をめざす会主催、メディア意見交換会が開かれました。米国などの養豚業者が利用している動物薬“塩酸ラクトパミン”と周辺の状況が紹介され、参加したメディア、食の関係者60名によって、「政治と科学」という大きなテーマについて意見交換が行われました。

「リスク評価とリスク管理の問題、とくに政治の関与〜ラクトパミンの事例」
      日本イーライリリー㈱ 開発・薬事・品質管理部長・獣医師 福本一夫氏

1)塩酸ラクトパミンとは
豚の仕上げ期に3-4週間(5-10ppm)飼料に添加する動物薬で、飼料の中の栄養成分を有効に利用し、生産性を改善させる。世界の主要な養豚生産国では豚の飼料節減を可能にする畜産資材として高く評価されている。1頭あたり、飼料12Kg節約、窒素排泄20%減少、糞量12Kg減少することができる。

2)塩酸ラクトパミンの安全性
日本では当初、厚生労働省が食品衛生委員会に諮問し残留安全性評価を行ったが、米国FDAの残留基準は妥当であると結論している。その後、食品安全委員会―厚生労働省が再度科学的評価を行い、残留基準値を設定しているが、これはCODEXで検討された残留基準値とも一致している。一方、CODEXでの審議は上部委員会であるCACにおいて、中国より反対意見があり最終決定は来年まで持ち越されている。
ヒトがラクトパミンを使用して育てた豚の肉を食べて何らかの異常を起こすには、一日に豚の肝臓を14Kg、豚肉であれば100Kg以上食べる必要がある。今回、中国等で問題になっているクレンブテロール(中毒事故が起きたことがあり、化学構造がラクトパミンと似ている)は通常の豚肉摂取量で中毒が起こる。

3)経緯
1999年 米国で承認された後、メキシコ、オーストラリア、カナダなどEUと中国を除く主要養豚国で承認されて広く利用されており、日本国内でも利用したいと考えて2006年から、国内で効果試験、残留性試験を実施、2008年1月に農林水産省に資料が提出された。
2008年6月、ヨーロッパや中国等で事故を起こしたクレンブテロールと類似するとの理由で、塩酸ラクトパミンを使った豚肉の輸入を阻止しようとする動きがあり、農林水産省の審議がストップしたままである。
2008年8月、農林水産省と協議した結果、以下の点が指摘された。
・新しい物質には消費者が抵抗感を持つのが普通なので、まず関係者の理解を進める。
・日本の豚肉の差別化の方向の中で飼料添加物のニーズは低いのではないか。
・政治的に不安定な時期でもあり、輸入豚肉にまで問題が波及することも懸念される。
2008年10月、養豚生産者、獣医師、流通、学識経験者等を集めラクトパミン研究会を立ち上げ、客観的に日本での必要性について検討した。

4)懸念が起こった背景
EU、中国、台湾では使用が禁止されている。

EUでは
1980年代後半〜1990年代初頭、喘息の薬だったクレンブテロールを違法に豚の餌に混ぜて使ったことで食中毒が発生した。同様の違反が繰り返され、クレンブテロールの属するβ作動性物質はすべて包括禁止となっている。

中国では
2002年、β作動性物質、性ホルモン等について、家畜の生産資材としての製造・販売・不法使用が禁止された。2007年のメラミン事件により中国製品が米国からボイコットされたことに対応し、塩酸ラクトパミンが使われている米国産豚肉の輸入を大幅に制限した。しかし、中国では現在でもクレンブテロールやラクトパミンのコピー商品が違法に作られ、広範に使われている。

台湾では
2007年、塩酸ラクトパミンの残留基準値設定の動きがあったが、選挙に絡んで反対運動が起こり作業は中断しており、米国などの豚肉は輸入禁止となっている。

5)クレンブテロールと塩酸ラクトパミン
両者の構造は類似し、ともにβ作動物質である。しかし、塩酸ラクトパミンは動物での残留性が低く、ヒトや動物に対する作用の仕方や活性の強さが大きく異なる。

6)まとめ

ラクトパミン研究会の見解
・ラクトパミンの利用は生産者が決めるべきで、使ってみたい養豚業者もいる。
・海外で利用され、日本にも残留基準があることを市民に知らせるべきである。
・世界的に食糧の生産性改善が必要になっている。
・審議に科学的な評価以外の要素が入っているのは問題あり。

日本イーライリリー社からの意見
・日本の考え方をひとつにまとめてほしい(国内品と輸入品の考え方に格差がある)。
・国際競争力を保ち、安全を守りながら生産性を改善するには、ラクトパミンは必要である。
・動物薬や飼料添加物の審議は政治と分離し、科学的な基準で行ってほしい。

質疑応答 

質問1:審議ストップに対して農林水産省はどう説明しているのか。
→日本の養豚生産者のコンセンサスがないので、審議ができない。日本の生産者の半分以上から使いたいという要望がないので、不要であるというのが農水の見解。
→ある議員が生産者グループにこの薬の危険性と不使用を働きかけたので、団体のトップはそういったものであれば現状では日本の養豚には不要と回答した。

質問2:塩酸ラクトパミンを使うとどのくらい生産改善するのか。 
→日本で一年間に生産される豚は1600万頭で、体重の約3倍の餌を食べる。塩酸ラクトパミンを使うと、同じ頭数、同じ餌の量で豚肉を多く生産できる。

質問3:この薬はホルモンなのか。肉に影響はないのか。
→体内で作用するがホルモンではない。アドレナリンと同じ種類の物質である。ホルモンはそれを使うとフィードバック(脳から投与したときにホルモン分泌を抑える働き)があるが、塩酸ラクトパミンにはフィードバックは起さない。一方、ラクトパミンを使い続けると、感度が鈍くなる(脱感作が起こる)。

質問4:筋肉増強剤のようなイメージだが、ドーピングのような良くない作用が豚に生じないのか。
→日本では5ppmが使用の限界で、この量では赤身肉は増えない。諸外国ではこれより多い10ppmも認められているが,この場合赤身肉の増加が起こってくる。
反対に実験動物(ラット、マウス)で長く使った場合、スリムになって寿命が延びるという結果であった。


事例紹介「にがりの基準について」
          食品添加物協会常務理事 佐仲登氏

にがりは2007年3月に食品添加物公定書に掲載された。経過措置期間切れが近づいた2008年3月4日に朝日新聞ににがりの基準が厳しく、奄美のニガリ製造者が困っているという記事が出た。
3月15日 民主党 鹿児島県選出の議員から液体ニガリに関する質問あり。食品安全部長に対して厚生労働省から企画見直しをするという回答があり2008年3月31日に経過期間延長の告示があった。
薬事食品衛生審議会添加物部会において2008年11月から2009年6月までに企画基準を下げる方向で審議が進んでいる。
塩化マグネシウム(ニガリの成分)の基準は12.0から30.0%だったが、マグネシウムで換算することになり、実質的には塩化マグネシウムの基準は8%まで基準が下がったことになった。実際には、不純物も増えることになり、都道府県の行政において不純物は増やさないという指導と矛盾する。
1985年まで塩は専売制だった。1985年から民営化、2003年から塩は自由化しており、1キロあたり100円と競争も厳しく、塩の副産物であるニガリの方が費用単価は高くなっている。
純度を下げたほうがニガリを製造する零細企業の保護になるので、進められている
鹿児島、奄美では塩やニガリが作られるようになったのは20-30年前で、きちんとした基準も従って製造されてきた。基準を緩める理由が、自由化した塩の値段下落とともに副産物であるニガリも安価になると、零細企業が困るので認めるという考え方に問題はないか。

質問1:基準を下げても安全性に問題はないのか。
→ニガリの主成分は塩化マグネシウム、塩化カリウムなど、実質的には安全上の問題はほとんどない。

質問2:消費者に健康被害がなく、零細企業が救われるのなら、基準が下がってもいいと思うが。
→下げる理由が科学を根拠としていなくていいのかと考える。
意見1:規制緩和を求めるロジックはわかるが、なぜ規制緩和がいけないのか。

質問3:基準を緩めることに科学的な議論はあるのか。
→食文化論の話は聞いている。塩化マグネシウムで普通の豆腐は作られている。液体ニガリも既存添加物として公定書に載っている。塩化マグネシウムシは食品衛生管理者の資格を持った人が扱える。資格は大卒後、講習会を受けて取得する。民主党のその発言をした議員はニガリしか作らないから、この資格は不要だといっている。食品衛生管理者はニガリ専門ではない。


「リスク評価・リスク管理と政治の関与」
           食の信頼向上をめざす会代表 唐木英明

リスク評価機関とリスク管理機関の分離
BSE問題の教訓を生かして、日本を含む多くの国で食品のリスク評価機関とリスク管理機関を分離した。その理由は、産業育成を目的とする省庁がリスク評価を同時に行う場合の中立・公平性への疑義であった。こうして、リスク評価には科学以外の要素の関与を許さない仕組みが作られた。
一方、リスクを減らすために行われるリスク管理策の設定は、リスク評価結果のほかに費用対効果、技術的可能性、国際的な動向、国民感情など、多くの要素を勘案して、科学的であると共に多くの人が納得する管理策を実施することを目標に行われる。
以下、リスク評価と管理の分離が行われた国・機関を○、そうではない国を●、評価と管理を政治(産業振興)から分離した国を△で示す。

    ○ 日本政府内閣府食品安全委員会
    ○ 欧州食品安全機関(EFSA)
    ○ ドイツ連邦リスク評価研究所
    ○ フランス食品衛生安全庁(AFSSA)
    △ 英国食品基準庁Food Standard Agency:
    ● 米国農務省(USDA)食品安全検査局(FSIS)・動植物検疫局(APHIS)

リスク評価と管理の分離の問題点
  1. リスク評価は、多くの場合、不確実性の中で、限られた時間内で評価を行うことが必要であり、そのために確率論的評価を多用するが、この方法論は実験科学とは異なるため、誤解が多い。
  2. 食品の安全性を守るのはリスク管理であり、リスク評価はその参考情報の1つに過ぎないのだが、独立した評価機関の設置は、「評価機関こそが安全を守る主役」であるような誤解を広げた。
  3. リスク評価機関はリスク管理機関の諮問に答えるのが役割であり、どのような時期に、どのような形で諮問を出すのかは管理機関の裁量の範囲である。しかし、これがリスク評価機関の裁量であるがごとき誤解を生むことがある。
  4. 本来、リスク評価機関と管理機関は十分な意思疎通と協力関係を保つことが必要であるにもかかわらず、両者は独立した存在という見方から、両者の公式の接触が行いにくい状況がある。
  5. 英国のように、リスク評価だけでなくリスク管理もまた政治から独立することも一案。
  6. 実態としてリスク評価と管理を完全に分離することが困難という見方もある。

リスク評価と管理と政治の関与を考える際の例
  1. BSE全頭検査を政治の力で導入したため、今日に至るまで「検査が重要」という非科学的な誤解が続いている。
  2. リスク評価では安全性が認められているクローン家畜が解禁されていない(農水省方針:肉や生乳等は研究機関内で適切に処分する。ただし、試験研究機関が行う試食会等の開催は妨げない。体細胞クローン家畜等であることを明確にした上で実施する。)
  3. リスク評価では安全性が認められている遺伝子組換え作物が国民感情を理由に事実上解禁されていない(北海道「遺伝子組換え作物の栽培等による交雑等防止措置基準」により知事の許可が必要になったことなどの影響で、全国的に実験圃場以外の野外作付けはない)
  4. 塩酸ラクトパミンが飼料添加物としての指定を受ける段階で審議が中断している。
  5. ニガリに対する規制強化の実施が延期されている。
  6. 食品安全委員会委員の国会同意人事が否決された。



意見交換会

参加者全員による話し合いが行われました。そこでは、政治の圧力といってもそれが民意であるなら仕方ないのではないか、情報が十分に提供されないまま民意ということばが安易に使われすぎていないかなど、活発な話し合いが行われました。